After Hours / Dusko Goykovich(原盤:Enja 2020=LP)
 Dusko Goykovich(tp) Tete Montoliu(p) Rob Langereis(b) Joe Nay(ds)
 1971年11月9日、バルセロナで録音


 全く知らないジャズメンやレコードに出会えるのが、ジャズ喫茶通いの楽しみのひとつですが、この盤との出会いは、ひときわ鮮烈でした。時は1974年の晩春、場所は新宿のジャズ喫茶「ビザール」でのことです。

 その内容は、バリバリの王道ジャズでしたが、当時は限りなくロック化していたチック・コリアのリターン・トウ・フォーエバーとか、ウェザー・リポート等の電化グループや神様コルトレーンの真似事に終始した自己満足的ジャズが全盛でしたから、ちょっと聴きには古臭いこういうスタイルが逆に新鮮でした。しかも演奏しているのが、読み方・発音が全く分からないヨーロッパ人だったのです。ほとんど海賊盤みたいなシンプルなジャケットも、また印象的でした。

 というこのアルバムの主人公は、ダスコ・ゴイコビッチと日本では発音しているユーゴスラビア人のトランペッターです。そのスタイルはマイルス・デイビス〜チェット・ベイカー路線の王道派で、これは日本人が最も好むところですが、同時に非常に力強い部分も聞かせてくれるという魅力があるのです。で、このアルバムの内容は――

A-1 Last Minute Blues(S.Hampton)
 無伴奏のピアノがテーマを奏でた後、いきなりアップテンポでバリバリと全体の演奏が始まりますが、その初っ端からパワー全開です。ピアノがガーン・ガーン、ベースがブンブン・ブリブリ、ドラムスがビシバシと切り込んでくるリズム隊に煽られて、ゴイゴビッチのトランペットがクールで鋭いフレーズを連発します。とにかくこのスピード感溢れる4ビートの展開は、当時のジャズが失っていたものを存分に聴かせてくれたのです。
 そしてリーダーのゴイゴビッチもカッコイイんですが、リズム隊がまた素晴らしく力強くて圧倒されます。ピアノのテテ・モントリューはオスカー・ピーターソンがビル・エバンスしてしまったような繊細な超絶技巧派で、しかも盲目だったとは吃驚です。さらにドラムスのジョー・ナイはアート・テイラーとエルビン・ジョーンズの影響が強いパワー派、ベースのロブ・ランゲレイスは野太く蠢く地底の帝王のような演奏を聞かせてくれるのです。この1曲だけで完全に彼等の世界に引き込まれてしまうのでした。

A-2 A Child Is Born(T.Jones)
 前曲とは一転して、温か味のある歌心を存分に楽しめるのが、このトラックです。原曲はカウント・ベイシー楽団で活躍したトランペッターのサド・ジョーンズが、1970年に発表した有名人気曲で、多くのミュージシャンに取上げられていますが、このゴイコビッチのバージョンも、シンプルながら名演だと思います。

A-3 Old Fisherman's Daughter(D.Goykovich)
 アップ・テンポでかきまわすようなテテ・モントリューの無伴奏ピアノのイントロに続き、ミュート・トランペットで奏でられるミディアム・テンポの哀愁のテーマ・メロディはゴイコビッチのオリジナルで、ここではマイルス・デイビスの世界に迫っています。これが嫌いなジャズ・ファンはいないと思われるほど琴線に触れてくる素敵な泣きのメロディは、アドリブ・パートに入るとますます冴えわたり、最高です。バックのリズム隊も、3人がバラバラをやっているようで、実はきちんと整合性のある躍動感を醸し出しているところが、ジャズの魅力を良く引き出している名演だと思います。

B-1 Remember Those Days(D.Goykovich)
 ゴイゴビッチが作曲した哀愁のバラードで、余程の自身作だったのか、裏ジャケットには楽譜が掲載してあります。ここでもリズム隊が抜群の働きで、演奏が情緒に流されないように、しっかりと引き締め役を演じています。特にテテ・モントリューのピアノは精力絶倫のようでいて、なおかつ、繊細な感覚も満点です。

B-2 I Love You(C.Porter)
 有名スタンダード曲をハードバップに調理していおりますが、ここでのゴイゴビッチは、チェット・ベイカー路線で歌う素晴らしいアドリブ・フレーズをたっぷりと聞かせてくれます。もちろんリズム隊も大活躍で、ジョー・ナイのドラムスは躍動感の源、さらにベースとピアノのコンビネーションも抜群! このリズム的興奮は聴いていて快感です。

B-3 Ten To Two Blues(D.Goykovich)
 アルバムのラストは果敢にも黒人ブルースに挑戦した雰囲気ですが、その意欲が空回りしています。しかし、こういう姿勢は当時のジャズ・シーンでは忘れられていたたもので、それを欧州勢がやってしまったところに、限りないジャズの魔力を感じてしまいます。

 というこのアルバムは、当時の日本のジャズ・マスコミではほとんど取上げられることがありませんでした。しかしこれは所謂ジャズ喫茶の人気盤で、後に日本盤も発売されています。ちなみにこの「Enja」というレーベルは、Europe New Jazz を略したもので、ホルスト・ウェーバーというジャズマニアの欧州人が1971年に発足させたものですが、その底流には当時のアメリカの嘆かわしいジャズ・シーンに対する反撥があったといわれております。また、実はこのアルバムはスペインで製作された「Ten To Two Blues:Ensayo 45」がオリジナルで、ホルスト・ウェーバーはその権利を買い取って発売したわけですが、非常にハードバップで中身の濃いこのアルバムを聴いていると、彼の目指したものに思わず共感してしまうのでした。

 さて肝心の主役=ダスコ・ゴイコビッチは、1931年にユーゴラスビアに生まれ、16歳からトランペットを学び、22歳の時にドイツに移住して本格的にプロの道を歩み始めました。そして1960年代に渡米、バークリー音楽院で学び、メイナード・ファーガソンやウディ・ハーマンのオーケストラで働いた後、1966年頃から欧州に戻って活動しています。
その演奏スタイルはマイルス・デイビスの影響が強く、実際にマイルスにも気に入られていたようです。

 また、ピアニストのテテ・モントリューは1933年生まれのスペイン人で、既に述べたように盲目でありながら精力絶倫タイプの超絶テクニシャンです。1950年代はクラシックを学び、本格的にジャズに転向したのは1960年代からで、コペンハーゲンを中心に活動し、アメリカからやって来る一流ジャズメンとの競演録音も多数残しています。ちなみにこのアルバムに参加しているドラムスのジョー・ナイは長年の盟友ですし、ベースのロブ・ランゲレイスも当時のテテ・モントリュー・トリオの一員であったと思われます。

 ということで、ダスコ・ゴイコビッチはこのアルバム1枚でジャズ・ファンの気になる存在になったわけですが、当時の日本では欧州で数多く残された彼の録音作品を聴く機会はめったにありませんでした。それが1990年代に入ってようやく欧州ジャズが一般にも認められるようになったおかげで、定期的な新作録音発表や旧作復刻だけでなく、なんと来日公演や日本録音のアルバムまで製作されるようになったのですから、本当にありがたいことです。その意味で、このアルバムこそ、欧州ジャズが注目されるようになった端緒の1枚として、皆様にはぜひとも聴いていただきとうございます。

【現行CD】
 残念ながら日本盤は品切れ状態らしいので、輸入盤をチェックして下さい。タイトルが変えてありますが、メンツと収録曲で判断出来るはずです。また、日本ではアナログ盤がかなり売れているはずなので、中古盤屋でもわりと容易にめぐりあえると思います。もちろんCD再プレスも期待出来ますし、ジャズ喫茶の常備盤なので、未聴の方はぜひともリクエストとして下さい。A面がオススメです。

(2004.12.16掲載・敬称略)