赤い天使(昭和41年)


 衝撃を受ける映画というのは、十人十色だと思いますが、私にとっては、例えば「マタンゴ」、例えば「生贄夫人」……、そしてこの「赤い天使」もその中のひとつです。

 私が観たのは高校生の時で、もちろん名画座での後追いでした。そしてその時は、田宮二郎主演の「大悪党」と他にもう1作の3本立て興行でしたが、この「赤い天使」があまりにも強烈で、現在、他の2本の内容は全く記憶に無く、当時のメモにも「赤い天使」の事ばかりが書き連ねてある始末です。今、思うと、どうやらそれは増村保造監督の特集興行だったという気がしているのですが……。


 で、その衝撃の内容は――

赤い天使(昭和41年・大映)
監督:増村保造
原作:有馬頼義
脚本:笠原良三
出演:若尾文子(西さくら)、芦田伸介(岡部軍医)
   :川津祐介(折原一等兵)、千波丈太郎(坂本一等兵)
    :赤木欄子(婦長)、池上綾子(都留崎) 他

 これは戦争映画です。しかし、そこらにある、ドンパチやって敵を殲滅したり、命かながら脱出して目出度し、メデタシという作品ではありません。勇ましい勇者も登場せず、実は最前線を支えていた従軍看護婦の物語なのです。

 時代は昭和14年、舞台は中国大陸、24歳の従軍看護婦・西さくら=若尾文子は同僚と共に天津の日本陸軍兵站病院へ赴任して来ます。この時のスタイルは、なかなかレトロモダンなコートにトランク、皮製の各種小物入れが付いたベルトというイカしたスタイルで、彼女達は使命感に溢れ、毅然と行進しています。

 で、早速、西さくらは内科病棟の担当になりますが、ここは戦争による精神障害や結核患者が多く、しかも戦線に復帰したく無いが為に仮病を使っている者が多いとあって、美しい若尾文子は忽ち男達にちょっかいを出されてしまいます。そしてある日の深夜、巡回で入った病室で
彼女は患者達に集団でレイプされてしまうのです。この時の描写は本当にリアルで、看護婦の衣装が半分ほど剥がされ、スカートが捲くり上げられてストッキングとズロースが見えるあたりは、いきなりの衝撃です。もちろん若尾文子の必死の抵抗も見応えがありますが、そこを無理矢理に集団で犯そうとする仮病患者達の勢いは、薄暗い室内の照明で光と影のコントラストが強調された迫力をあります。

 もちろん、翌日になって西さくら=若尾文子は婦長=赤木欄子に全てを報告するのですが、驚いたことに、そういうレイプ事件は彼女で3人目ということで問題化し、ついに首謀者の坂本一等兵隊は強制退院から最前線へ送られていくのです。

 このあたりは生死を賭けた戦場でのヒトコマというか、狂気も異常もそれなりの日常の表れかもしれませんが、どっこい、最前線はもっと苛烈な日々の連続で、いよいよ野戦病院で働くことになった若尾文子は、そこで地獄を体験するのです。

 それはまず、戦闘の最中に続々と収容されて来る傷病兵の群れでした。そしてそういう兵隊達をまるで魚市場のマグロのように並べ、軍医が簡単に素早く診察、その度に「切断!」「摘出!」「死亡!」と分類していくのです。しかもそうしている間にも、負傷兵は増えるばかりで、怒号と悲鳴、助けを求める呻き、死の恐怖からの泣き叫び……、そうした中で従軍看護婦は休む間もない、必死の働きに追われるのです。

 ここでの描写も本当にリアルで、
モノクロ画面が逆に血みどろ感覚を増幅させており、ロクな麻酔も無しに脚を切断する場面はどんなスプラッター物よりも真実味がありますし、そういう手術を施される兵隊も必死のもがきです。そしてそれを押さえつける看護婦の若尾文子はぶっ飛ばされてしまったり、骨を切断するノコギリの音やそうして切断した脚をもぎ取る描写など、迫真の極みです。気の弱い私など、劇場ではこの場面を本当に正視できないほどでした。

 こうした荒療治になるのも、輸血用血液や抗生物質が不足しているためで、つまり破傷風や壊疽を防ぎ、負傷で出血多量の兵隊の命を救うためには、手足を切断する他は無いという究極の医療措置なのです。

 そして、その現場で3日3晩、不眠不休で懸命に働く若尾文子の白衣は当然血まみれで、その彼女の前に、前述した深夜の病室レイプ事件の首謀者である坂本一等兵が瀕死で運ばれてきます。その姿は必死で助けを求める憎い男ではありますが、そうなったのは自分が犯された事を婦長に訴えたために最前線に送られた結果とあって、西さくらの心境は複雑です。結局、情の深い彼女は軍医に自分の知り合いであることを告げ、無理を承知で輸血を頼むのです。

 もちろん、この岡部軍医=芦田伸介は承知するはずがありません。しかしこの時、「お前が今夜、俺の部屋に来ると約束するなら……」と下心を丸出しにしつつ、クールに条件を出すのです。一瞬、息をのむ若尾文子の困惑した目つきにグッときますが、彼女も胸に去来するものを抑えて、静かに承諾するのです。

 そしてその夜、意を決して約束どおりに岡部軍医の部屋を訪れる若尾文子、ここではその部屋に入る前にちょっとした仕草で髪や衣服を整える細かい芝居が流石です。そして、彼女は下着姿になるように命令され、いよいよかと思いきや、何と岡部軍医は自分に対してモルヒネの注射を命じ、彼女には添い寝を要求するのみでした。しかし、翌朝に目覚めた彼女が
下着を剥ぎ取られて全裸にされていたことから見せる戸惑いの恥じらいは、もう最高です。もちちろんそれは、連日の激務で疲れ果て、意識不明の爆眠に陥った末の恥じらいでもあるのですが、果たして……。ここでは彼女の乱れた髪の毛とか、美しい背中の雰囲気も楽しめます。

 ――と、このあたりは、そうしたえっち場面ばかりが気になるところですが、実は戦争の悲惨について、なかなりシリアスな演出・演技、そして台詞があり、例えば、結果的には死亡した坂本一等兵に何故、無駄な輸血をしたのかという問いに、岡部軍医=芦田伸介は「時には医者に戻りたくなる」と、本音とも言い訳ともつかない台詞を吐くハードボイルドです。どうか、じっくりとご覧下さい。後の物語展開に繋がる布石も打たれています。

 こうした経験を積み重ねた西さくらは、再び天津の陸軍病院に戻ると、今度は外科病棟に配属されますが、そこで世話をすることになったのが、両手を失った折原一等兵=川津祐介です。もちろん寝たきりですから体を拭いたり、下の世話も当たり前にするのですが、あまりにも惨めな自分の姿を恥じる折原一等兵は、若尾文子にそういう世話を夜の消灯後にやってくれるように願い出るのです。

 そしてその夜、準備を整えて折原一等兵の世話をする若尾文子に、切ない告白をする川津祐介、もちろん究極の願いは、両手が無いので不可能なオナニーの願い出、つまり手コキを頼むのです。「お願いです……」と――

 あぁ、
若尾文子の手コキですよ! もちろんここはズバリの描写ではありませんが、布団の中に手を入れてゴソゴソやるほうが、ずっと妄想が……! しかもこの時の彼女は、もちろん最初は動揺するのですが、ある決心から使命感に突き動かされ、ごく自然に振舞うのですから、心底、グッときます。

 さらにそれでも折原一等兵の願いは続きます。今度は接吻の強要、おまけに両手を失ってからは足の指の感覚が鋭敏になっていると言い、彼女の秘部を足で触らせてくれと頼むのです。もちろん西さくら=若尾文子は困惑しますが、戸惑う暇もなく、
川津祐介の足は動き出し、彼女のスカートの中へ侵入していくのですから、ここは彼女も覚悟を決めて、その足をズロースの中へ導いていくのです。

 あぁ、美しい若尾文子! この当時の彼女は押しも押されぬトップ女優です。その彼女がこんな物凄い演出に応えるなんて……! 川津祐介の感極まった天国の表情も、全く自然体の演技です。

 しかも話はここで終わりません。坂本一等兵は両手を失ってはいるものの、実はもう完全に治癒した状態なのですが、そのまま除隊・帰郷させたのでは、そのあまりにも惨めな姿を国民の前に晒すことになり、その結果、反戦意識が強まることを警戒する指導部の思惑から、飼い殺し同様にされているのです。もちろん自分の妻にも会うことが許されていないという絶望的状況です。

 西さくら=若尾文子にとって、それは命を助けるためには切断医療をやるしか無い現場の荒療治の結果であることが身に染みているわけで、自分の奉仕は憐れみや同情を超えた「お国のため」の一環ということなのでしょうか……。否、実は……。

 そして彼女はある日、自分が非番なので付き添うことを条件に、坂本一等兵との特別外出を申し出て、許可されます。この時の街の情景が、なかなか当時の中国、天津の街並らしくてリアルですが、この2人の行き先はホテルでの休憩です。

 で、ホテルの部屋について驚愕する川津祐介と余裕の若尾文子の対比も奥深い演出ですが、ここでは2人入浴シーンもあり、体の不自由な男の体を洗い、自分の肉体を鑑賞させる若尾文子の描写は、もちろん部分的に吹替えではありますが、眩暈がするほど興奮させられます。「して欲しいことを、何でも遠慮無く言って……」、う〜ん、こんな台詞、ありですか……。

 当然、この後は2人のベッド・シーンとなりますが、ここは事を終えた後の描写で、毛布に包まって「こんなことは2度と無いわ……」と
優しく諭す若尾文子のたまらなく妖しい色気はどうでしょう♪ 誰も真似が出来ない彼女だけの台詞回しも最高です。もちろん川津祐介は涙ながらに「僕は本当に幸せだぁ……」と感謝感激なのですが……。

 なんと翌日、折原一等兵は投身自殺してしまいます。しかも枕の下には西さくら宛ての遺書が……。自分のしたことが、またまた裏目に出たと悔いる彼女を静かに見つめる婦長、彼女は全てを百も承知なのでしょう。この婦長=赤木欄子の毅然とした演技も素晴らしいものがあります。

 あぁ、何て悲しい……、等と感傷に浸っている暇は戦争にはありません。後半、再び野戦病院に勤務することになる西さくらは、そこで岡部軍医と再会し、好意を寄せるのですが、何と岡部軍医はモルヒネ中毒で男としての機能を失っているのでした。もちろんここは、夥しい数の負傷兵と死体が溢れる病院の情景、物凄い手術現場、血みどろの描写が、これでもかと積み重ねられます。そして、さらに最前線に送られた岡部軍医と西さくら、新米看護婦の都留崎は、中国軍の猛攻撃で孤立した村に閉じ込められますが、そこを守備する頼みの小隊にはコレラが蔓延し万事休す……、いよいよ最後の戦闘になるのですが……。

 もうこのあたりになると、
戦争の悲惨さ、その不条理さ、バカらしさが、観ている側にとことん、提出されていきます。そしてそんな中で、懸命に自分の職務と女であることの生き方を追求する若尾文子は、強烈な生臭みを漂わせるのです。

 はっきり言って、この作品を観るまでの私にとって、若尾文子は大女優という認識がありましたが、ある意味ではノーマークでした。こんなに「女」を丸出しにした演技を見せてくれるとは想像がつかなかったのです。その彼女のプロフィールを簡単に――

若尾文子(わかおあやこ)
 父親は無声映画の活弁士だったと言われています。東京生まれですが、戦時中から仙台に疎開しており、昭和25年、17歳の時に当地を訪れた長谷川一夫の一座に入門志願し、同年、上京して大映に入社しています。この頃の彼女は美少女ではありましたが、田舎っぽさが庶民的な魅力に繋がり、本名をそのまま芸名として、ちょい役で数本の作品に出ています。その彼女が一躍注目されたのが、十代の少女達の性的興味を扱った「
十代の聖典(昭和28年・島耕二監督)」に主演してからで、忽ち人気投票第1位のスタアになりました。そして大映の看板女優として多くの作品に主演していくのですが、そのほとんどが「女の映画」であり、尚且つ、その所為でテレビ出演も昭和43年まで無かったことから、私にとっては名前だけの大女優でした。ところがこの「赤い天使」を観たことをきっかけとして彼女の出演作品を後追いしてみると、これが危ないものが山のようにあるのです。例えば「瘋癲老人日記(昭和37年・木村恵吾監督)」では、インポの義父に自分の体をいたずらさせ、いろいろな物を買ってもらう、たまらなく悪いお嫁さん、「刺青(昭和41年・増村保造監督)」では女郎蜘蛛の彫物をいれた芸者、「(昭和39年・増村保造監督)」ではレズ狂いの女、「女は二度生まれる(昭和36年・川島雄三監督)」では屈託の無い寝室芸者……、等々、キリが無いほどです。いずれも、女の情念をその肉体で表現し、美しい面立ちと生臭い雰囲気のアンバランスが倒錯的な興奮を呼び起こします。彼女の場合、デビュー当時に大映の社長・永田雅一から「ヒクネの花」と蔑まれたことは伝説になっていますが、その後、溝口健二、小津安二郎、吉村公三、川島雄三、そして増村保造といった巨匠監督達と出会い、徹底的にシゴかれたことが、そういう資質を開花させたものと思います。もちろん、彼女自らの努力も並大抵のことではなかったはずです。噂によれば、彼女は自分の出演作品は全て16ミリに転写して自宅で繰り返し観ているそうですし、現場でも彼女ほどグリグリに監督から虐められた女優はいないとまで、言われています。

 さて、こうして書いてくると、また何時ものように、サイケおやじが好きなエログロ場面ばかりがお目当ての映画か!? という声がはっきりと聞こえてまいりますが、しかしこの作品ほど、戦争の悲惨さを人間の本音と生身で描いたものはありません。また映像描写も、流石、完全主義者の集まりである大映だけあって、負傷した夥しい兵士の群れ、手術で血まみれになった床を洗う場面、切断した手足が無造作に突っ込まれている甕、コレラで苦しむ慰安婦や兵隊、死亡した兵隊の火葬、激烈な戦闘……、等々がリアルの極みで表出されています。もちろん「
兵隊は物だと思え!」「看護婦に心はいりません!」等々の非情な台詞も緊張感に溢れています。

 そういう中でエグミたっぷりにヒロインを演じる若尾文子は、この時32歳の女盛りでした。その彼女に容赦無い演出をつける増村保造監督とのコラボレーションも最高の極みです。この2人は他にも幾多の名作を残していますが、この「赤い天使」はその中でも特に秀逸だと思います。

 ちなみに現場での増村保造監督の厳しさは有名で、私は幸運にも「曽根崎心中」の撮影現場を見学させてもらったことがありますが、そこでは、あの梶芽衣子が増村保造監督の絶え間ないイヤミとイジメにしか思えない演出に、泣きそうになっていたほどです。おそらく若尾文子も、かなり……。

 ということで、私がこの作品を観た当時は、平和運動も世界的規模で行われていましたし、実際、街ではそういう活動も頻繁にありました。ですから
戦争はくだらない悲惨なものという認識は染みついていたはずなのですが、それでも、この「赤い天使」ほど、それを痛感させられた映画はありません。

 第二次世界大戦が終結してから今年で60年、未だに世界平和は訪れず、それどころか我国は近い将来、巻き込まれるであろう「有事」に対する備えに追われつつあります。それが実際どうなのか、私には判断出来ませんが、平和の祈りを込めて、この作品を紹介させていただきました。

 幸いなことに、この作品は現在DVD化されています。皆様には、ぜひともご覧いただきとうございます。

(2005.08.15掲載・敬称略)