ザ・ビートルズ/アメリカ盤の謎

 20世紀の音楽遺産であるビートルズの音源は、世界中で夥しい数のレコードやCD等で残されておりますが、そのうちの公式音源は、現在、一応イギリス盤仕様を基準として統一されております。しかしリアルタイムでは、世界各国でその仕様が異なっていたことは歴史的事実であり、それゆえ同一曲でありながら異なったバージョンやテイクが氾濫しておりました。そして、その中で最も大きな部分を占めるのが、アメリカ盤の存在です。

 ただし冒頭に述べたように、CD時代になってからは、それ等は無かったことにしてしまいました。しかし、この度ついにそのアメリカ盤仕様の諸作が公式にCD化されることになりましたので、その実態と謎の数々を、ビートルズのアメリカ進出と絡めて取上げたいと思います。

 さて、今から40年前の1964年、アメリカはイギリスから猛烈な侵略を受けていました。そうです、今日「ブリティッシュ・インベンジョン」と呼ばれている、イギリスのビート・グループのアメリカへの大挙進出です。その筆頭はもちろんビートルズ、その優れたな楽曲と斬新なファッション&ヘアスタイル等々が忽ち若者を虜にし、大旋風を巻き起こしました。

 しかし、彼等のアメリカ進出がすんなり行ったわけではありません。ビートルズは本国イギリスでは大レコード会社のEMIの中にあるパーロフォンというレーベルと契約していましたので、アメリカでも当然、EMIと資本提携関係のあるキャピトルからレコードが発売されるのがスジなのですが、当初はそれが実現していません。もちろんEMI側は、ビートルズの2枚目のシングル盤 Please Please Me がヒットした1963年1月の時点で、キャピトル側に話を持ちかけましたが、あえなく却下され、続けて3枚目の From Me To You 、4枚目の She Loves You までもが拒否されています。詳しい理由は定かではありませんが、おそらくそれまでキャピトルで扱ったイギリス産のポップスがアメリカでほとんど受け容れられなかった事、例えばクリフ・リチャードが全然売れなかった事や、ビートルズのモップ・ヘア・スタイルがネックになったものと思われます。1960年代前半のアメリカは、今日からは想像もつかないほど、ガチガチに保守的だったのです。

 それでもEMI側は何とかアメリカでのビートルズの販路を見つけ出し、それがシカゴにあった黒人経営のマイナー・レーベル=ヴィー・ジェイ・レコードです。この会社は1953年に正式創業され、主にR&Bやジャズ等で優れた作品を発売していましたが、少ないながらイギリス産ポップスもアメリカで発売しており、担当者がイギリスや欧州でのビートルズ人気を知っていた事が契約成立の要因でした。こうして、まず1963年2月25日、アメリカで最初のシングル盤が発売されたのです。それは――

Please Please Me / Ask Me Why(VeeJay VJ498)
 イギリスでは2枚目のシングル盤として発売された物と同じカップリングですが、アメリカではこの時点で全くヒットしませんでした。ちなみにイギリスでは1月30日に発売され、後に音楽で世界を変えていく彼等にとって、最初の大ヒットになりました。
 それとここで重要なのは、Please Please Me がモノラルとステレオではテイクが違っているという事で、このシングル盤はもちろんモノラル・テイクです。

 続けて5月27日には2枚目のシングル盤が発売されます。

From Me To You / Thank You Girl(VeeJay VJ522)
 イギリスでは3枚目のシングル盤として4月12日に発売され、忽ちチャート1位の大ヒットになりましたが、アメリカではやはりダメでした。
 ちなみにこの2曲もステレオとモノラルではバージョンが違いますが、それは後に詳しく触れるとして、もちろんここではモノラル・バージョンが収録されているはずです。「はずです」と書いたのは、私がこのオリジナル・シングル盤を聴いたことが無いからですので、ご容赦下さい。

 ここまで2枚のシングル盤がコケていますが、それでもヴィー・ジェイ・レコードは7月にビートルズのアメリカでの1stアルバムを出すことにします。それが――

Introducing The Beatles(VeeJay VJLP1062:mone / SR1062:stereo)
A-1 I Saw Her Standing There
A-2 Misery
A-3 Anna
A-4 Chains
A-5 Boys
A-6 Love Me Do
B-1 P.S. I Love You
B-2 Baby It's You
B-3 Do You Want To Know A Secret
B-4 A Taste Of Honey
B-5 There's A Place
B-6 Twist And Shout

 曲目をご覧なれば一目瞭然、これは当時のアメリカでのLP標準仕様である12曲入りにするために、イギリスでの1stアルバムからすでにシングル盤で発売されていた Please Please Me Ask Me Why を抜いたものです。しかし、これは当時、実際に市場に出なかったと云われております。それはヴィー・ジェイ・レコードがそれまで発売していたビートルズの楽曲についての印税を支払っていなかった所為で、そのために、同時にライセンスを得ていた Love Me Do P.S. I Love You の権利をEMI側から取り消されてしまったのです。

 こうしたトラブルはマイナー・レーベルにはありがちなことで、なにしろ自前のプレス工場を持っていないので、そうした発注はすべて現金取引が当たり前なのに、レコード出荷による売上げ回収は長期の掛売りというシステムの問題でした。ですからすでに出来上がっていたこのアルバムを廃棄することは、ヴィー・ジェイが倒産する可能性に結び付くとあって、結局、アルバム・ジャケット裏に広告を掲載し、曲目表示を載せないで発売するという裏技で出すことになりました。そしてその際に権利を失った前述の2曲を外し、 Please Please Me Ask Me Why に差し替えたプログラムにしたとされていますが、私にはこの真相がイマイチ、掴めていません。ただ、いずれにしろ、この時点ではヒットすることはありませんでした。

 こうしたゴタゴタからEMI側はヴィー・ジェイ・レコードに見切りをつけますが、ビートルズの4枚目のシングル盤として8月末に特大のヒットになっていた She Loves You のアメリカでの発売元は、やはりスワンというマイナー・レーベルでした。

She Loves You / I'll Get You(Swan 4152)
 両面ともモノラル仕様で、アメリカでの発売は1963年9月16日、もちろんその時はヒットしませんでしたが、翌年にビートルズがアメリカでも大ブレイクしたのに合わせてチャート1位になっています。

 しかし、それもこの時点では遠い未来の話でした。たまりかねたビートルズのマネージャー=ブライアン・エプスタインは11月に出来上がったばかりの新曲を携え、自ら渡米してキャピトル側と交渉、何とか契約を取り付けますが、キャピトル側の提示はその時でさえ、シングル盤とアルバム、各々1枚だけ発売するというものでした。その新曲こそ、ビートルズが世界中で大ブレイクするきっかけになった I Want To Hold Your Hand だったのですから、今から思うとキャピトル側の消極的な姿勢が???なわけですが、ただし、この頃になるとイギリスや欧州でのビートルズ熱が少しずつアメリカにも伝わってきており、ラジオのDJの中にはわざわざイギリスから彼等のレコードを取り寄せてオンエアする者も現れていたので、全く無視する事も出来なかったのでしょう。そしてここで、彼等にとって強力な助っ人が登場することになるのです。

参考文献:「ビートルズ全記録 / マーク・ルウィソーン」

(2004.10.17 敬称略・続く)