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アメリカで最も早くビートルズに目をつけたのが、当時「エド・サリヴァン・ショー」という自分のテレビ番組を持っていたエド・サリヴァンです。この番組は1948年に開局まもないCBS−TVが「トースト・オブ・ザ・タウン」と題してスタートさせたバラエティで、司会は芸能記者として活躍していたエド・サリヴァン、毎週日曜日の夜8時から生放送というスタイルでした。内容は映画・演劇・音楽・手品・曲芸・お笑い・スポーツ、そして時事の話題等々、人種的な垣根もそれほど無く、面白ければなんでもありでしたが、その基本姿勢は健全で質が高いことが条件でした。番組名が「エド・サリヴァン・ショー」に変わったのは1955年で、以降1971年まで、1000回以上の放送が行われました。 その彼がビートルズに遭遇したのは、1963年10月31日、ロンドンのヒースロー空港での事でした。ちょうどその日は、ビートルズがスウェーデン巡業を終えてイギリスに戻ってくることになっており、空港内はファンや関係者でゴッタ返していたのです。事情を知らないエド・サリヴァンが、それらの人々にいろいろと尋ねて知ったビートルズという存在に興味を抱いたのは言わずもがなです。 何しろちょうどその頃、アメリカのテレビ業界ではCBSの「エド・サリヴァン・ショー」とABCの「アメリカン・バンド・スタンド」を中心に、バラエティ・ショーの激烈な視聴率争いがあったため、エド・サリヴァンは日夜、新鮮で刺激的な出し物を物色しており、ビートルズもそのひとつとして目を付けられたというわけです。記録によれば、彼はその日のうちにビートルズの「エド・サリヴァン・ショー」出演の仮契約をしたと云われております。そして正式契約はブライアン・エプスタインが渡米してきた11月に行われましたが、その時のギャラは通常出演者の半額以下で、2回の生出演+1回の録画出演で1万ドルでした。 しかし待望のアメリカ進出の足がかりを得たビートルズ側は、キャピトル・レコードに対しても宣伝の強化を要求、キャピトル側も「エド・サリヴァン・ショー」に彼等の出演が決定したという事でそれを受諾し、ここにシングル盤1枚に4万ドルという、通常の10倍の大金を使う大宣伝が始まるのです。もちろんそれは、テレビ局とも連動しており、アメリカの主要テレビ局であるABC、CBS、NBCは11月16日にイギリスのビートルズ公演を取材し、その熱狂・狂騒はアメリカのニュース番組で数回にわたり報道されています。尤もそれは、ビートルズの長髪をモップと言い切り、ファンは低脳、そして音楽性は皆無という偏見に満ちたものでした。一方、キャピトル側はポスター、バッジ、ステッカーを大量に配布し、その宣伝文句は「ビートルズがやって来る」です。こうして1964年1月13日に発売されたシングル盤こそが―― ■I Want To You Hold Your Hand / I Saw Her Satnding There(Capitol 5112) A面の邦題は「抱きしめたい」、ルーズでタイトな、まさにビートルズでしか生み出しえない永遠の名曲です。B面は彼等のイギリスでの1stオリジナル・アルバムのトップに収録されていた、これもビートルズ流のロック・ナンバーです。ちなみに両面ともモノラル仕様で収録されています。 こうして発売された I Want To You Hold Your Hand は大宣伝の効果もあって忽ちチャートを急上昇し、キャピトルの発表では発売後3週間で100万枚売れたとのことですが、実は発売日が1963年12月26日に繰り上がっていたという説もあります。 また1月20日にはキャピトルと契約しての1stアルバム「ミート・ザ・ビートルズ:Meet The Beatles」が発売されました。その内容は―― ■Meet The Beatles(Capitol T2047:mono / ST2047:stereo ) ![]() A-1 I Want To You Hold Your Hand▲ A-2 I Saw Her Satnding There★ A-3 This Boy▲ A-4 It Won't Be Long★ A-5 All I've Got To Do★ A-6 All My Loving▼ B-1 Don't Bother Me★ B-2 Little Chiled★ B-3 Till There Was You★ B-4 Hold Me Tight★ B-5 I Wanna Be Your Man★ B-6 Not A Second Time★ このアルバムは彼等が1963年11月22日にイギリスで発売した2ndアルバム「ウイズ・ザ・ビートルズ:With The Beatles」を元にしていますが、さて、ここからがいよいよ本題です。 当時はステレオ装置がまだ完全に普及しておらず、レコードはステレオとモノラルの両仕様で出されるのが常でした。もちろん、そのマスター・テープもそれぞれの特徴を活かせる様に、きちんと作り分けています。また、ビートルズの音源はイギリスで発売されるものがオリジナルですから、当然、それらの諸作にはオリジナル・マスター・テープが使用されていますが、それ以外の地域・国で発売されるものに使われるマスター・テープはイギリスから送られてくるコピーだということです。さらにアメリカのキャピトル・レコードはビートルズとの契約が遅れたために、この時期、初期の音源を発売する権利が無く、それらの事情が絡み合って、シングル盤のカップリング、及びアルバムの選曲構成は独自のものになっていくのです。そしてその過程で、アメリカ盤でしか聴けないバージョンが生まれたのです。その中で特に重要なものが―― ▲A-1 I Want To You Hold Your Hand ステレオ盤収録のバージョンは擬似ステレオ仕様です。 ちなみにリアル・ステレオ・バージョンは後にイギリス・オリジナルとして発売されたベストアルバム「オーディーズ:A Collection Of Beatles' Oldies」のステレオ盤に収録され、これは現在、通称「赤盤」及び「パスト・マスターズVol.1」でCD化されています。 また、これまでオリジナル・モノラル・バージョンが聴けるCDは「シングル・コレクション」という高価なボックス・セットしかありませんでしたが、今回の復刻はモノラルとステレオの両バージョン収録なので、この機会にモノラル・バージョンを安く入手出来るのは嬉しいところです。 ▲A-3 This Boy これもステレオ盤収録のバージョンは擬似ステレオ仕様だと思われます。 リアル・ステレオ・バージョンは「パスト・マスターズVol.1」でCD化されています。 オリジナル・モノラル・バージョンのCDについては、これも「シングル・コレクション」しかありませんので、ここで聴くのが得策かと思います。 ▼A-6 All My Loving すでにステレオ・バージョンは「赤盤」でCD化されておりますが、それは新しく作り直されたもので、従来のものよりも、音が中央よりでステレオ感が狭くなっています。したがって、今回復刻されるものとは別物なので、要注意です。 その他★印の曲は今回の復刻でステレオ・バージョンが初CD化となるものですが、ここでまた、いろいろと細かい点が違いますので、以下、解説致します。 ★B-2 Little Chiled オリジナルのイギリス盤ではフェードアウトする部分がモノラルとステレオでは微妙にミックスが違うのですが、アメリカ盤のモノラル・バージョンはステレオ・バージョンをただ単にモノラル化しただけなので、その違いがありません。 ★B-4 Hold Me Tight これもオリジナルのイギリス盤では、コーラスと手拍子の部分にモノラルとステレオでは違いがあるのですが、アメリカ盤のモノラル・バージョンはステレオ・バージョンをただ単にモノラル化しただけなので、その違いがありません。 ★B-5 I Wanna Be Your Man またまたオリジナルのイギリス盤では、曲終わりのフェードアウトがステレオ・バージョンの方が長いのですが、例によってアメリカ盤のモノラル・バージョンはステレオ・バージョンをただ単にモノラル化しただけなので、その違いがありません。 ★B-6 Not A Second Time しつこく、これもオリジナルのイギリス盤では、モノラル・バージョンの方が僅かに最後が長いのですが、アメリカ盤のモノラル・バージョンはステレオ・バージョンをただ単にモノラル化しただけなので、その違いがありません。 以上のような異なる部分は、アナログ盤はもちろんの事、ぜひとも現行CDと聴き比べて楽しんでいただきたいところです。ちなみにアナログ盤時代は、いつしかステレオ盤が優勢になり、モノラル盤が貴重となっていましたので、初CD化された時のモノラル仕様は妙に嬉しかったのですが……。 というように、嬉しい部分、残念な部分を含んで後々まで楽しみを残してくれたこのアルバムはもちろん大ヒット、チャート1位になっております。そしていよいよ、ビートルズがアメリカ上陸、テレビにも出演して未曾有の大ブームを巻き起こしていくのですが、ここで更なる大きな問題が噴出して来るのでした。 参考文献:「ビートルズ・レコーディング・セッション / マーク・ルウィソーン」 (2004.10.19 敬称略・続く) |