ザ・ビートルズ/アメリカ盤の謎

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 1965年7月19日、待望されていたビートルズの新曲シングル盤が発売されました。それは本国イギリスよりも4日早く、もちろん新作映画の主題歌という扱いでしたが、映画そのものは7月29日にイギリスで初公開され、全米では8月11日に封切されています――

Help ! / I'm Down (Capitol 5476:mono)
 新作映画「ヘルプ! / 4人はアイドル」が当初「Eight Arms To Hold You」と題されていたことは有名ですが、それが変更されたのは、ビートルズがそのタイトルどおりの曲を作れなかったという理由でした。A面はその問題のタイトル曲ですが、B面は映画には使われなかったものの、ライブでは定番になっていくオリジナル・ハードロックです。もちろんここでは両面共にモノラル仕様です。

Help !
 映画のタイトルバックに使われていますが、それにしても素晴らしい曲です。ハードなメインボーカルと爽やかなノリのコーラス、転調の妙が冴えるメロディと慎重に選ばれたと思われる歌詞の単語……等々、当にロックの本質に根ざした心情吐露の名曲だと思います。もちろんチャート1位の大ヒット♪
 ちなみにこの曲はモノラルとステレオの両バージョンで違いが著しく要注意です。しかもアナログ盤LPではオリジナル英国盤と米国独自編集盤で、これまた違いがあります。おまけに映画に使用された音源にまで違いがあるということで、それをイギリス盤中心に整理してみると――
 ●モノラルとステレオではボーカルが完全に違います。
 ●ステレオではギターのボディを叩く音が所々で聴こえます。
 ●ステレオではサビと3番のところでタンブリンが聴こえます。
 ●劇場公開された映画に使用の音源はモノラル仕様ですが、ジョージの声が目立ちます。
 ●デジタルリマスターされた最近のビデオ版は、通常のステレオ・バージョンです。
 ●米国独自編集LPのモノラル盤に収録された同曲は、ステレオ・バージョンのモノラル化です。

と、概ね以上のような違いがあるわけですが、このオリジナル・モノラル・バージョンは現行CDでは「シングル・コレクション」で聴くことが出来ます。
 しかしアルバム収録のオリジナル・ステレオ・バージョンは、現行CDではミックスが真ん中寄りに変えられてしまったので聴くことが出来ませんので、今回の復刻は大歓迎です。また既に述べたように、アメリカ独自編集によるアルバム収録のモノラル・バージョンは、ステレオ・バージョンを単にモノラルに落としただけなので、今回の復刻でも期待出来ないと思われますが……。

I'm Down
 この当時のステージではラストに演奏されることが多かった激情のハードロックで、何と言ってもジョンの肘で弾くオルガンが強烈でした。
 ここではモノラル・バージョンですが、ステレオ・バージョンでは2つのリードギターの真ん中から聴こえるパートが大きくなっています。ちなみにモノラル・パージョンは「シングル・コレクション」で、ステレオ・バージョンは「パスト・マスターズVol.1」でCD化済みです。

 さて、この時期のビートルズは8月13日から9月1日まで、2回目のアメリカ巡業を敢行していますが、それに合わせた新作映画「ヘルプ! / 4人はアイドル」の公開と新曲の発売があって人気は絶頂でした。そして公演そのものも大都市中心で、しかも初日のニューヨークでは野球場のシェア・スタジムを使うという大規模野外コンサートまでもが組み込まれての大狂騒! 現代に比べれば貧弱なPA装置しか無かった当時、本当に音楽そのものが聴こえていたのかどうか、全くの疑問ですが、それでもロスのハリウッド・ボウル公演は前年に引き続きライブ録音が行われ、それが後に「アット・ザ・ハリウッド・ボウル:The Beatles At The Hollywood Bowl」の一部として発表されたのは、皆様ご存知のとおりです。

 というその初日、8月13日に発売されたのが――

Help ! (Capitol MAS2386:mono / SMAS2386:stereo)
A-1 James Bond Theme
A-2 Help ! ★▼
A-3 The Night Before ★
A-4 From Me To You Fantasy
A-5 You've Got To Hide Your Love Away ★▲
A-6 I Need You ★
A-7 In The Tyrol
B-1 Another Girl ★▲
B-2 Another Hard Day's Night
B-3 Ticket To Ride ★
B-4 The Bitter End / You Can't Do That
B-5 You'er Going To Lose That Girl ★▲
B-6 The Chase

 このアルバムは新作映画「ヘルプ! / 4人はアイドル」のサントラ盤という趣向で、全13曲中、太字がビートルズの歌と演奏、それ以外はケン・ソーン作編曲&指揮によるオーケストラの演奏が収められています。ちなみに8月6日にイギリスで発売されたオリジナルLPの「ヘルプ!:Help !」では、ここに収められているビートルズの歌と演奏による7曲がA面にきちっと入れられ、B面にはさらに7曲が入った14曲仕様だったのですから、このアルバムの水増し度が目立ちます。

 しかし現実にはアメリカだけで予約の段階から100万枚を突破していたという、空前の売上げを記録しています。

 さて、この「ヘルプ!:Help !」というアルバムは、もちろん英米ともにアナログ盤時代にはモノラルとステレオの両バージョンが存在していましたが、現行CD化された時点でオリジナル・バージョンとは大きく異なるステレオ・ミックスに統一されました。したがって今回の復刻でオリジナル・ステレオ・バージョンが初CD化されることになり、それは★印で示しました。また逆にモノラル・バージョンも初CD化となる曲があり、それは▲で示しています。それと▼は擬似モノラル・バージョンということで既に述べていますが、あらためて取上げておきます。

★▼A-2 Help !
 アナログ盤でのモノラルとステレオ両バージョンにおける顕著な違い、及び映画フィルム音源とアナログ盤音源との違いについては、シングル盤のところで既に述べたところですが、愕いたことにデジタル・リマスターされて現在出回っているこの映画のビデオに使われている音源は、本来モノラルのはずが、全てステレオ・バージョンに差し替えられています。ただしそれは現行CDに収録されている、ミックスが大きく変えられたものではなく、オリジナル・ステレオ・バージョンですので安心感があります。
 それとこのアメリカ盤LPのモノラル・バージョンはステレオ・バージョンを単にモノラルにしただけのものですので、モノラルとステレオの違いは聴くことが出来ません。

★▲A-3 The Night Before
 モノラル・バージョンのボーカルにはエコーがありません。
 また現行CDはステレオ・バージョンですが、左右の音が真ん中寄りのミックスに変更されています。

★▲A-5 You've Got To Hide Your Love Away:悲しみはぶっとぱせ
 現行CDはステレオ・バージョンですが、左右の音が真ん中寄りのミックスに変更されています。

★▲A-6 I Need You
 
現行CDはステレオ・バージョンですが、従来、左チャンネルにあった音が真ん中に寄せられている変態ステレオです。

★▲B-1 Another Girl
 モノラル・バージョンの最後にはギターの弦を擦るような音が入っています。ちなみにこの曲ではジョージがギターをミスってばかりいたので、リードギターはポールが弾いたと言われていますが……。
 また、これも現行CDはステレオ・バージョンとはいえ、左右の音が真ん中寄りのミックスに変更されています。

★B-3 Ticket To Ride:涙の乗車券
 
まず問題提起として、アメリカ独自編集LPのステレオ盤に収録されたこの曲は、初期プレス物では擬似ステレオ疑惑が濃厚です。もちろんリアル・ステレオ・バージョンでプレスされた物も存在しており、それが何時頃から変わったのか、私には特定出来ません。
 一応、ステレオ・バージョンの方がモノラル・バージョンよりも最後のフェードアウトが長くなっています。また英国オリジナルLPをCD化した「ヘルプ!:Help !」では、アナログ盤ステレオ・バージョンよりもさらに3秒ほど長くなっていました。そして2000年末に発売されたCD「ビートルズ1:The Beatles 1」に収録されたリマスター版では、またまたそれよりも2秒弱、長くなっています。
 このエンディングは個人的に気に入っているので、長くなるのは大歓迎ですが、例によって、それらのCD版はステレオ・バージョンとはいえ、左右の音が真ん中寄りのミックスにされています。
 ちなみにモノラル・バージョンは「シングル・コレクション」でCD化済みですが、今回の復刻でも聴けますし、同時に収録されるオリジナル・ステレオ・バージョンも含めて、皆様それぞれ聴き比べてみて下さいませ。

★▲B-5 You'er Going To Lose That Girl:恋のアドバイス
 現行CDはステレオ・バージョンですが、従来、左チャンネルにあった音が真ん中に寄せられている変態ステレオです。

 ということで、ビートルズの演奏曲についてはここまでですが、いっしょに収録されている映画関連のサントラ楽曲を作編曲したケン・ソーン:Ken Thorn という人の仕事に聴き逃せないものがあります。

 この人は元々はジャズ方面で仕事をしていたらしいのですが、007映画で有名な音楽家のジョン・バリーと親しかったことから、その下請けをやりつつ、同時にBBCラジオ周辺で活動していたそうです。

 本格的な映画音楽はこの「ヘルプ! / 4人はアイドル」が最初ですが、その職人的な腕前は流石で、特に劇中、東洋の邪教集団が登場するということで用いられたと推察されるシタールの使用については、これによってジョージがインド音楽に興味を持つきっかけになったというのが、今や定説になっています。

 もちろんここで聴かれる曲のフルバージョンが映画で使われたわけではありませんし、アルバム全体の曲順も映画どおりでは無く、さらに映画本篇では「シーズ・ア・ウーマン」等、ここに収められていないビートルズの歌と演奏も入っていますから、完璧なサントラ盤とは言えないのですが、それでもなかなか楽しく映画の雰囲気を伝えている編集盤だと、私は思います。

 ちなみに映画の中では「You'er Going To Lose That Girl」を演奏するスタジオの中の光と煙草の煙の美しきコントラスト、草原で演奏される「The Night Before」のドタバタな楽しさ、後々のプロモフィルムに大きな影響を及ぼした雪中の「Ticket To Ride」や海辺の「Another Gir」等々、やはり素敵な映像が随所に見られます。

 ところでアナログ盤LP「ヘルプ! / 4人はアイドル(東芝オデオン:OP-7387)」が日本で発売されたのは昭和40(1965)年9月15日、構成はイギリス盤仕様の14曲入りでした。しかしその裏ジャケットはオリジナル英国盤とは異なり、この映画のスチールが使われています。それはアメリカ盤シングル「Help ! / I'm Down」のピクチャー・スリーヴ及びこのアメリカ盤LP「ヘルプ!:Help !」の裏ジャケットにも使われた、バハマの海辺で撮影されたと思しき4人の集合写真で、これは日本独自で同年10月5日にシングル盤が発売された「恋のアドバイス / テル・ミー・ホワット・ユー・シー(東芝オデオン:OR-1426)」のジャケットにも流用された物です。そして当時、このアルバムがレコード店にディスプレイされる時は、この裏側を飾るのが定番でした。これについては諸事情からジャケット画像を掲載出来ませんが、加山雄三主演の傑作エレキ映画「エレキの若大将(昭和40年・東宝・岩内克己監督)」の楽器屋の場面で、ご確認下さい。

 そしてアメリカでは、1965年9月13日、20世紀を代表する名曲がシングル発売されました――

Yesterday / Act Naturally (Capitol 5498:mono)
 両面2曲共、イギリスではオリジナル・アルバムの「ヘルプ!:Help !」に収録されていましが、アメリカではこのシングル盤が初出となりました。ジャケ写を見れば愕いたことに「Yesterday」の扱いが小さいのですが、レーベルではしっかりA面扱いでしたし、もちろん大ヒットしたのは「Yesterday」の方です。おそらくこれはジャケットデザイン上の問題でしょうか?
 しかし我国では、これに影響されたか否か、実は同じカップリングになったものの、リンゴ人気にあやかって、本人がリードボーカルを歌った「Act Naturally」が堂々のA面扱い! 同年11月15日に発売されています(東芝オデオン:OR-1437)。

Yesterday
 説明不要の名曲♪ 発売されるや忽ち100万枚突破の売上げとなり、10月になってチャート1位を4週間独占しています。ただしこの曲はビートルズ名義とはいえ、ポールが生ギターで弾語り、バックには弦楽四重奏団がついているだけで、他のメンバーは参加していません。このシングル盤は例によってモノラル仕様ですが、アルバム収録のステレオ・バージョンに比べると、所々でエコーが強くなっています。

Act Naturally
 モノラルとステレオ両バージョンの違いは特に無いようです。

 ちなみに上記のシングル盤AB面2曲のステレオ・バージョンがアメリカで公になるのは、翌年に発売されるアメリカ独自編集LP「イエスタディ・アンド・トゥディ:Yesterday And Today」に収録されてからでした。

 またその前に、米国キャピトルは1965年10月11日、以下のシングル盤を発売しています。

Twist And Shout / There's A Place (Capitol Starline 6061:mono)
Love Me Do / P.S.I Love You (Capitol Starline 6062:mono)
Please Please Me / Form Me To You (Capitol Starline 6063:mono)
Do You Want To Know A Secret / Thank You Girl (Capitol Starline 6064:mono)
Roll Over Beethoven / Misery (Capitol Starline 6065:mono)
Boys / Kansas City (Capitol Starline 6066:mono)

 最初の4枚は、以前にヴィー・ジェイ・レコード及びその子会社のトリー、オールディズというレーベルから発売されたものの再発です(第3回参照)。また後の2枚は、これがシングル盤としては初めての発売ですが、もちろん大きなヒットにはなっておらず、いずれもコレクターズ・アイテムの域を出ないものです。

 しかしビートルズの勢いは止まることが無く、またまた強力な新曲シングル盤、そしてアルバムが発売されるのでした。

参考文献:「ビートルズ・レコーディング・セッション / マーク・ルウィソーン」
      :「The Beatles' Story On Capitol Records / Bruce Spizer」

(2006.04.05 敬称略・続く)