ザ・ビートルズ/アメリカ盤の謎

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 1965年9月13日にアメリカでシングル盤として発売され、大ヒットとなった「Yesterday」は、それまで強固だった、ビートルズの音楽はただの騒音というイメージを覆すものとなりました。

 しかもそれが本国イギリスでは無く、米国キャピトル主導によるシングル盤発売だったというところに、歴史の妙があります。

 そして実は、その発売日の前日、1965年9月12日に放送されたエド・サリバン・ショウに登場したビートルズは、その中でポールのソロとして弾語り+ストリングスという形式で、この曲を披露しています。これは同年8月14日に録画されていたものですが、そのスタジオ内でワーワー、ギャーギャー大騒ぎだった女の子達が、この時ばかりはほとんど静かにシンミリと聴き入ってしまう様が、しっかりと残されています。

 ちなみに同日の放送で次に演奏されたのが、この時点でチャートのトップになっていた「Help !」でした。なんとそこではジョンが浮かれすぎたのか、2番の歌詞を間違えるという憎めないことをやっていますが、それはそれとして、とにかく「Yesterday」の出来栄えにはポールも満足していたらしく、いまだに自分の最高傑作と公言しているほどです。

 このストリングの使用については、ポールからの申し出を受けたプロデューサーのジョージ・マーティンが弦楽四重奏団にとアイディアを変換させたもので、これはクラシックの作家に憧れ続けたジョージ・マーティンが本懐を遂げたという雰囲気さえ漂います。

 元来ポップ曲におけるストリングスの使用はオーケストラ形式が定番でしたので、この掟破りは強烈でした。ビートルズの音楽をノータリンしか満足させられない騒音とバカにしていた有識者も、これには楽曲の素晴らしさも相まって、グウノネも出せないところでした。

 またアルバム「ヘルプ!:Help !」に収録された楽曲、特にジョンの書いた詩は、およそトップアイドルには相応しくない内向的なものに変化しています。なにしろ「You've Got To Hide Your Love Away」では「愛がすべてを導くなんて、信じられない」云々とまで歌っています。あるいは「助けて!」と公で絶叫するスタアがいたでしょうか……。

 こういうビートルズの変貌は、アイドルとして頂点を極めた、その瞬間から顕著になっているところに歴史となった凄さがあるわけですが、その彼等がますます進化していく過程で発売されたのが――

We Can Work It Out / Day Tripper (Capitol 5555:mono)
 クリスマス商戦用のシングル盤として、アメリカではイギリスに3日遅れでしたが、1965年12月6日に発売されました。しかも両A面扱いという強力盤! これはイギリスでも同様でしたが、アメリカでは「We Can Work It Out」がプッシュされています。もちろん両面ともモノラル仕様です。

We Can Work It Out:恋を抱きしめよう
 モノラル・バージョンはステレオ・バージョンよりも若干、短めです。このステレオ・バージョンとは、もちろんステレオ仕様のアルバムに収録されたバージョンを指しますが、実はそれでさえも英米では異なっており、それについては後述致します。ちなみにモノラル・バージョンは「シングル・コレクション」で、ステレオ・バージョンは「パスト・マスターズVol.2」や「赤盤」でCD化済みです。

Day Tripper
 モノラル・バージョンはステレオ・バージョンよりも2秒ほど長くなっています。またこの両バージョンはミックスも若干違いますし、ステレオ・バージョンも英米、または現行CDで違いが散見されますが、それは後述致します。ちなみにこれもモノラル・バージョンは「シングル・コレクション」で、ステレオ・バージョンは「パスト・マスターズVol.2」や「赤盤」でCD化済みです。

 さて、この2曲はもちろん大ヒット! 「We Can Work It Out:恋を抱きしめよう」はチャートのトップ、「Day Tripper」も第5位にまでランクされましたが、このシングル盤発売日には同時に強力なアルバムも出ています――

Rubber Soul (Capitol T2442:mono / ST2442:stereo)
A-1 I've Just Seen A Face ★
A-2 Norwegian Wood ★
A-3 You Won't See Me ★
A-4 Think For Yourself ★▲
A-5 The Word ★▲
A-6 Michelle ★▲
B-1 It's Only Love ★
B-2 Girl ★
B-3 I'm Looking Through You ★▲
B-4 In My Life ★▲
B-5 Wait ★▲
B-6 Run For Your Life ★

 イギリスでは同年12月3日に発売された、今や音楽史に屹立する説明不要の大名盤ですが、3日遅れとはいえ、このアメリカ盤は選曲が違います。個人的には違いすぎると断言するほど、オリジナル盤でキーポイントだった曲が全て外されていると感じます。

 その構成は「A-1」と「B-1」が、既に本国イギリスでは5枚目のオリジナルLP「ヘルプ!:Help !」に収録されながら、アメリカではようやくここで発表されたもので、しかもこのアルバムの両面トップに据えられるという大抜擢には、完全に???です。特に前者はフォーク・ロック色が濃厚で、英国オリジナル盤A面収録の「Drive My Car」に聴かれる黒っぽい雰囲気とは対照的であり、なによりもアルバム・タイトルに反する処置だと思います。

 このあたりはビートルズ本人達もかなり頭にきていたようで、キャピトルは後日、とんでもない形での逆襲をくらう事になるのですが、まあ、それでも当時アメリカで流行していた「フォーク・ロック」というキーワードで括ると、このアメリカ盤もなかなか魅力的なアルバムになっています。

 それとこのアルバムは、アナログ盤時代には英・米盤共にステレオミックスが右と左に泣き別れ、つまり真ん中から音がしないという初期ステレオのスタイルでしたが、CD化された時には左右の音が真ん中に寄せられたりする新ミックスに変えられてしまいましたので、今回の復刻ではオリジナル・ステレオ・ミックスが初CD化となります。また英国オリジナル盤「ヘルプ!:Help !」に収録されていた「A-1」と「B-1」の2曲も、同様にオリジナル・ステレオ・ミックスが初CD化となりますので、それを示した★印は全曲につくことになりました。さらにモノラル・バージョンが初CD化の曲もあり、それは▲で示しています。

★▲A-2 Norwegian Wood:ノルウェーの森
 歌詞の内容と邦題があまりにも違いすぎると昨今問題になっておりますが、それはそれとして、モノラル・バージョンでは最初のサビの所で誰かの咳払いが、2度目のサビでは話声が入っており、これはステレオ・バージョンでは消されています。

★A-3 You Won't See Me
 イントロの咳払いがステレオ・バージョンでは鮮明に聴こえますし、演奏時間もモノラル・バージョンより長くなっています。ちなみにモノラル・バージョンは「EPコレクション」でCD化済みですが、今回の復刻で聴き比べが容易になりました。

★▲A-4 Think For Yourself:嘘つき女
 モノラル・バージョンの初っ端にはノイズが入っています。実は私が所有しているモノラル仕様のアナログ盤は、かなり磨り減っているので空耳かと思いましたが、友人に確認したところ、やはり入っているそうです。ということで、実質は未確認情報ですので、ご容赦願います。

★▲A-5 The Word:愛の言葉
 この米国独自編集盤収録のステレオ・バージョンは英国オリジナル盤のステレオ・バージョンとは異なるミックスになっています。全体としては右チャンネルにボーカル、左チャンネルに演奏が据えられているのですが、何故か4番の後の間奏とラストの演奏部分だけ、右チャンネルからベースとキーボードが聞こえてくるのです。
 しかもその最後の部分が長くなっているので、完奏に近いロング・バージョンなのです。

★A-6 Michelle
 英国オリジナル盤に収録されたこの曲はステレオ・バージョンの演奏が長いのですが、米国独自編集盤では逆にモノラル・バージョンが長くなっていますので、今回の復刻は貴重です。
 また米国アナログ盤のステレオ・バージョンは、同じく米国アナログ盤の「赤盤(米アップル:SKBO3403)」にも収録されていますが、なんとステレオのミックスが左右逆になっていたことに気づかされました。
 ちなみに英国盤モノラル・バージョンは「EPコレクション」でCD化済みですが、オリジナル・ステレオ・バージョンは未CD化ということになります。

★▲B-3 I'm Looking Through You:君はいずこへ
 モノラル・バージョンの方がエンディングの演奏時間が長くなっています。
 また、このアメリカ独自編集盤のステレオ・バージョンでは、イントロのギター失敗が、そのまんま残されています。
 そしてつまり、この曲もオリジナル・ステレオ・バージョンは未CD化ということになります。

 以上がモノラルとステレオの両バージョンにおける主な違いだと思いますが、現行CDに収録されているステレオ・バージョンは、ほとんどが左右の音を真ん中に寄せる等、ミックスに変更が施されていますので、しつこいですが今回の復刻は大歓迎です。

 ということで、このアルバムも様々な問題点を含んでいます。そして何故こんな事になったかと推測すると、やはり製作時間の少なさが原因だと思います。せっかくの大傑作が、クリスマス商戦という悪しきお約束に振り回されたのです。

 ただしこのアルバムは、アメリカ盤としては初めて英国オリジナル盤と同じジャケ写を使用しておりますし、アメリカだけで忽ち200万枚を突破する驚異の売上げを記録しています。またビーチボーイズのブライアン・ウイルソンはこの作品に刺激を受けて、名盤「ペットサウンズ:Pet Sounds」の製作を想起したという伝説が残されました。

  しかし当時、すでにアイドルから脱却しはじめていたビートルズ側には不満が燻り、既に述べたように米国キャピトルは思わぬ形で逆襲されるのでした。

参考文献:「ビートルズ・レコーディング・セッション / マーク・ルウィソーン」
      :「The Beatles' Story On Capitol Records / Bruce Spizer」

(2006.04.09 敬称略・続く)