江戸川乱歩「吸血鬼」より 氷柱の美女


 一部では世界遺産となっているシリーズの記念すぺき第1作目です。放送そのものは今日の所謂「2時間サスペンス」ですが、この頃はまだ90分枠でした。しかしそれでも当時のテレビ作品としては画期的なことで、ほとんど劇場用映画作品と同じ雰囲気のものが毎週放送されたため、忽ちこの「土曜ワイド劇場」は人気を呼びました。

 この「氷柱の美女」はその最初期のもので、番組通算8本目の放映作品ですが、長時間枠を充分に使いこなして、原作の味をたっぷりと映像化することに成功しています。その原作とは――

吸血鬼 / 江戸川乱歩・著
初出:昭和5年9月〜昭和6年3月、「報知新聞」に連載

 物語は美しき富豪の未亡人=柳倭文子(やなぎしずこ)と、彼女に求愛する2人の男=三谷&岡田の三角関係のもつれから毒杯決闘、そこで破れた岡田が自殺(?)というのが発端です。そして直後から倭文子の周辺に出没する顔に火傷のある不気味な男、続発する怪事件とスリル、そしてサスペンス! 果たして倭文子と三谷の恋の行方は? さらに事件の真相は? その動機は? という展開の中で不可能犯罪、SMエログロ趣味、強烈なサスペンスと複雑なプロットの面白さ、そして鮮やかな明智小五郎の名推理等々、江戸川乱歩の絶妙の語り口と筆が冴えに冴えた傑作です。

 これは新聞連載ということで、毎回、何らかの山場を要求された結果として出来上がったものなのでしょうが、実際問題として、それを成し遂げた江戸川乱歩の筆力は強力で、所謂「乱歩の通俗物」の決定的名作になっております。

 その中では、まず冒頭の毒杯決闘が白眉! これがあるからこそ、その後の物語展開とプロット&トリックが成立しているわけで、つまり、岡田=卑劣漢、三谷=情熱の美青年として読者は感情移入してしまうのです。

 またヒロインの倭文子は、大金持ちで美貌なのはもちろんのこと、普通はなかなか言えない、貧しさゆえにお金が大好きという自らの弱さを早々に告白することで、連載当時の社会常識からいうと悪女でありながら、実は人間の本音・本性を素直に吐露した悲劇の女として、これも読者の気を大いにそそる描かれ方をしていると思います。

 しかもそこに、これまでの恋の遍歴や、好きでもない男との間に生まれた自分の子供への情愛がさらに書き込まれており、それが彼女に対して徹底的に意地の悪い物語展開の中で、見事に被虐のヒロインとしての立場を成立させているのです。

 特に私が好きなのが、悪漢・吸血鬼によって拉致された倭文子とその息子=茂少年という展開の中で、ヌメヌメとした不気味な吸血鬼に倭文子が肉体を要求され、全身をいたずらされて抵抗すると、別室に捕らわれている茂少年が手下によって折檻を受け、その泣き声が聞こえてくるので、心ならずも身を任せてしまうところです。あぁ、こんな責めがあるでしょうか……。流石、大乱歩!

 さらにここでの嫌悪に満ちた体験が倭文子の心身にトラウマとして刻み込まれ、それが吸血鬼の正体に結びつく手掛りになっているという部分は、当時の世界中の本格ミステリを見渡しても類の無い、あまりにもズバリとエグイ書き方で、これも大乱歩ならではの仕業です。

 また殺人の嫌疑をかけられた倭文子と茂少年が、その場を脱出するために通夜の席の棺桶に潜み、それがそのまんま火葬場で焼かれてしまいそうになるサスペンスも、怖くて強烈です。

 というように、この作品はテンポの良さに加えて、これ以外にも刺激的な映像化が期待出切る場面が多々あるのです。否、あまりにも多すぎて、とても娯楽映画の尺=長さ・上映時間では収まりきれないほどです。したがって映像化にあたっては、その場面の取捨選択が大切なポイントではないでしょうか。

江戸川乱歩「吸血鬼」より;氷柱の美女
監督:井上梅次
脚本:宮川一郎
原作:江戸川乱歩「吸血鬼」
放送:昭和52(1977)年8月20日、テレビ朝日「土曜ワイド劇場」
出演:天知茂(明智小五郎)、三ツ矢歌子(柳倭文子)、松橋登(三谷)、菅貫太郎(岡田)
■出演:大和田獏(小林芳雄)、五十嵐めぐみ(文代)、稲垣昭三(恒川警部補)
■出演:加島潤(谷山二郎)、稲川善一(斉藤)、荻野尋(茂少年)
■出演:北町嘉朗、野口ふみえ、村上記代 他

 この作品は物語設定を昭和の現代に置き換えてあり、いきなり名探偵・明智小五郎=天知茂が、静養先の箱根で偶然にも出会った美女・倭文子=三ツ矢歌子への想いを独白する場面からスタートします。その時の天知茂のスタイルは、なんと釣り人! いくらシリーズで明智探偵の変装がウリになるからといって、これはあんまりな登場の仕方ではありますが、しかし対する倭文子=三ツ矢歌子は和服姿、その美しさは絶品です。という彼女のプロフィールは――

三ツ矢歌子(みつやうたこ)
 昭和30(1955)年、18歳の時に新東宝のニューフェイスに合格、翌年デビューしています。何の因果か、その頃から新東宝は大蔵貢体制下でエグミの強いプログラム・ビクチャーを次々に製作していくのですが、その中でも彼女の役は清純派でした。ちなみにこの当時の同社の肉体派スタアが三原葉子や前田通子で、三ツ矢歌子は彼女達の妹役としても多く出演しています。そして少しずつ、人間味のある演技≒エッチな部分も含んだ演技も披露するようになり、私は未見ですが、スリップ姿で熱演する作品もあるらしいとか……。この頃には天知茂や菅原文太との共演作も残していますし、中でも「地獄(昭和35年・中川信夫監督)」での薄幸のヒロインは強烈な印象です。 しかし新東宝倒産後は活動の中心をテレビに移し、特に昼メロでは女王的存在になりました。私が彼女に抱くイメージの大部分はこの時期にあり、それは、よろめく人妻、優しい母親、運命に翻弄される未亡人というところですので、まさに「吸血鬼」の倭文子にピッタリと重なるはずなのですが……。

 で、物語は原作と同様に三谷と岡田の毒杯決闘の場から実質的に始まり、ここはなかなか息詰まる演出が秀逸です。ただし結末は岡田が自らグラスを取り落としてしまう事にされており、原作にあったような情けをかけられる最後の場面を倭文子に見られていないことが、惜しまれます。しかしそれでも、この物語のキモになっている毒杯決闘を、きちんと見せているのは流石で、ここを端折った「吸血鬼」が堂々と作られる昨今の嘆かわしさとは大違いです。そして問題の岡田は、ここで三谷に硫酸をかけようとして、逆に自らの顔を焼いてしまい、捨て台詞を吐いて退場、そして数日後、顔の潰れた変死体が柳家の別荘の近くで発見されるという展開に、原作がアレンジされています。

 こうして倭文子と三谷は蜜月状態となり、東京へ戻ってからもアツアツの展開ですが、ここでそれに異を唱えるのが執事の斉藤というのも原作どおりです。もちろんそれは、夫が亡くなって1年にもならないうちにもう、別な男と再婚しようとする倭文子の不貞をなじる気持ちからですが、この倭文子と斉藤の確執も物語のキモになっているので、余計な演出ではありません。

 そしてここで茂少年が誘拐され、身代金要求の電話が入りますが、それを持参するのが三谷青年、しかも倭文子になりすますべく女装するところも原作を大切にした展開です。その三谷を演じる松橋登は劇団四季で活躍する甘いマスクのクールな二枚目ですから、女装、そして年上の未亡人とのアバンチュールも絵になります。

 物語はこのあたりから原作の良いとこどりの展開になりますが、それが非常に上手くエッセンスを煮詰めた演出になっています。

 まず身代金騒ぎのスキに倭文子が誘い出され、廃屋に監禁されるところでは、そこへ入った時に茂少年の鳴き声が聞こえ、さらに不気味な包帯男が出現、彼女に襲いかかります。もちろんその包帯が解かれると、そこには焼け爛れた地獄の顔がっ! そして彼女の必死の抵抗も虚しく、着物が剥ぎ取られていくのです♪ ただしこの彼女の裸身は吹替えでしょう。しかしそれでも強烈に醜い顔の男が嬉々として白い乳房にむしゃぶりついていく様にはゾクゾクさせられますし、三ツ矢歌子の迫真の嫌がりと悲鳴・泣き叫びは素晴らしく刺激的です。またこの後、襦袢姿で足を鎖で繋がれ、監禁されている彼女の姿も見所のひとつです。

 ここでいよいよ名探偵・明智小五郎が登場、ダンディにキメて、いきなり独善的な推理を披露し、恒川警部補や三谷をケムにまいていくところは痛快です。ちなみに原作での恒川は警部でしたが、ここでは警部補になっているというのは、細かい余計なお世話でしたね……。

 そして明智の登場に合わせたかのように不気味な怪人が柳家に出現、追跡劇から犯人の消失、そして倭文子と茂少年の救出へと物語は展開しますが、ここで「悪魔の覗き穴」を指摘し、発見する天知茂のキャラクターの濃い演技は拍手喝采です。おまけにこの後、明智探偵事務所で三谷と事件について語り合うところでの強烈な決めつけも圧巻です。ここでは小林芳雄=大和田獏と文代=五十嵐めぐみも登場するのですが、天知茂に比べると、失礼ながら全く凡人の演技にしか見えないです。そして犯人は死んだはずの岡田だと推理するのですが、明智は……。

 一方、救出された倭文子は、不気味な怪人に陵辱されたショックから引き篭もりの日々、三谷とのラブシーンの最中にも吸血鬼の感触が蘇るという、乱歩ならではの描写がきっちりと映像化されていて好感が持てます。

 そしてついに、倭文子は執事の斉藤と言い争いの果てに殺人を?! という他に容疑者がいない不可能犯罪が発生、その嫌疑から逃れるために倭文子と茂少年は逃走というクライマックスを迎えます。ここは原作では、亡夫の正体とか、隠れ場所の古井戸の恐ろしい秘密とかが積み重ねられた物語になっているのですが、この作品では倭文子と茂少年が古井戸から斉藤の遺体が入った棺桶に隠れているうちに火葬場へ、という怖い部分だけが描かれています。しかし、これが怖い! 決定的な見せ場になっています。

 物語はこの後、明智小五郎の捜査と推理で事件の真相に迫っていきますが、そのスキに再び倭文子と茂少年は吸血鬼に拉致され、製氷工場に監禁されます。そしてもうひとつのクライマックスである人間アイスフラワーの製作が始まるのです。ここでは母子が裸に剥かれ、製氷容器に入れられますが、もちろん三ツ矢歌子のヌードは吹替えでしょう。しかし彼女の顔がはっきり分かる場面では乳首からギリギリ上の裸体を披露してくれます。

 ということで、いよいよ大団円、明智は後々までお約束となる鮮やかな変装と早変わりを見せ、犯人を指摘します。このあたりは原作には無い味ですが、当時のテレビ放送としては、かなり陰惨な印象が強かったこの作品に結末をつけるためには、こういう颯爽とした如何にも芝居という演出が必要なのでした。

 というこの作品の出来は秀逸、かなりの視聴率を記録したのでしょう、以後シリーズ化され「土曜ワイド劇場」の看板となっていきます。しかしこの作品製作時には、おそらく単発物として企画されたはずで、以後の物語とは微妙に設定が違っており、また原作との兼ね合いも苦しい部分があります。

 それは「美女シリーズ」おける文代の立場で、原作に愛着のあるファンには残念至極というか、勿体無いという他はありません。やはりここは彼女を花崎マユミとして観ていくのが正解なのでしょうか。実際、この作品での五十嵐めぐみの演技は、その衣装とともに、精彩が感じられません。

 また、すでに述べたように、小林芳雄も原作ではこの作品が初登場でありながら強烈な印象を残しているのですが、「美女シリーズ」ではイマイチ存在感が希薄です。もっともそれは、天知茂の明智探偵があまりにも凄すぎるキャラクター! という証明に他ならないのですが。

 あと、肝心のヒロイン、三ツ矢歌子の柳倭文子ですが、ここでは確かに美しい! しかし正直に言えば、優しい母親の面が出すぎているように思います。もう少し女としての嫌らしさを滲ませて欲しかったのですが、見方を変えれば、こういう優しさの塊のような女性が、お金が大好きとか、男無しには生きていけないというようなドロドロとした本音を告白し、女としての本質的な生き様を見せてくれるのは、ある種の倒錯的な刺激かもしれません。まあ、それも、イノセントな男の夢なのです。

 最後に、この作品は素晴らしい出来ですが、それ以上に原作は物凄い傑作です。まだまだエグイ場面、そして悶絶の物語が積み上げられているのです。未読の皆様には、ぜひとも大乱歩の絶妙な語り口に酔っていただきとうございます。

(参考文献:DVD「氷柱の美女」付属解説書」)

(2005.06.03 敬称略)