江戸川乱歩「魔術師」より 浴室の美女


 痛快な出来となった「土曜ワイド劇場・氷柱の美女」に続く、待望の新作は昭和53(1978)年の正月に放送されました。タイトルはヒット作の常として前作を受け継ぎ、「〜の美女」が用いられ、つまり「美女シリーズ」の実質的なスタートはここからになるわけです。それがこの「浴室の美女」で、原作は長篇通俗物の傑作「魔術師」です。その内容は――

魔術師 / 江戸川乱歩・著
初出:昭和5年7月
       〜昭和6年5月、「講談倶楽部」に連載

 この恐ろしい物語は明智探偵が静養先の湖畔のホテルで、玉村妙子という美女に出会うところからスタート、忽ち彼女の虜になった明智小五郎は、彼女の実家である大富豪の宝石商=玉村家に次々と襲いかかる怪事件を手がけるのですが……、という展開です。

 その犯人は自らを「魔術師」と名乗る怪人ですが、どうにも動機が分かりません。しかも魔術師の手際は狡知を極め、犯罪予告〜密室殺人の不可能犯罪、残虐な死体陵辱、狡猾な脅し、さらには事件に乗り出したばかりの明智探偵の誘拐等々、次々に先手を打った陰湿な犯行は恐怖の連続です。

 実はこれ、全てが玉村家に対する魔術師の復讐なのです。あぁ、その経緯の恐ろしさ! そしてついに玉村一族は根絶やしにされるのか?! という次の瞬間、明智小五郎の鮮やかな活躍によって魔術師はついに……、となるのですが、この作品の本当の凄さ、奥底の真相は、ここに書くことが出来ないほどに強烈です。原作をお読みなられた皆様には、それが充分にご理解いただけているものと思います。

 ちなみにこの作品を執筆当時の江戸川乱歩は、長篇では「孤島の鬼」「蜘蛛男」「猟奇の果て」「吸血鬼」「黄金仮面」「盲獣」「白髪鬼」、短編では「芋虫」「押絵と旅する男」「目羅博士の不思議な犯罪」等々の超傑作を次々に発表しており、この「魔術師」もそれらに勝るとも劣らない抜群に面白い通俗長篇なのですが、そのキモになっているトリックとプロットは、これも世界に類のない恐ろしさを秘めているのです。

 で、この復讐譚を原作に極力近づけ、最高に上手く映像化したのが、今回ご紹介する「浴室の美女」です。

江戸川乱歩「魔術師」より;浴室の美女
監督:井上梅次
脚本:宮川一郎
原作:江戸川乱歩「魔術師」
放送:昭和53(1978)年1月7日、テレビ朝日「土曜ワイド劇場」
出演:天知茂(明智小五郎)、西村晃(魔術師=奥村源造)、荒井注(浪越警部)
■出演:夏樹陽子(玉村妙子)、佐野周二(玉村善太郎)、志垣太郎(玉村一郎)
■出演:高橋洋子(綾子)、五十嵐めぐみ(文代)、白石奈緒美、水原ゆう紀
■出演:高桐真(福田得二郎)、宮口二郎、北町嘉朗、池田駿介 他

 まず原作を読まれた皆様には、このキャスティングに違和感を覚えてしまうのではないでしょうか。どうしても許せないところがあるはずなのです。また、進一少年も登場していません。しかしそれは、ここでは言わないお約束として、お話を進めさせていただきます。

 さて始まりは、この作品でもまず、明智小五郎が出会った美女についての独白があり、その美女とは大富豪の娘・玉村妙子=夏樹陽子です。ここは原作どおり、ある湖畔のホテルが舞台なっており、明智は完全に彼女の虜になっています。ただしここでは原作にあったようなジメジメと恋に煩悶する姿は描かれておらず、むしろスマートで好色な中年プレイボーイという印象ですが、下心丸出しの明智小五郎という天知茂の演技には、大いに共感出来ます。

 しかも不吉な予感に苛まれる玉村妙子の妖しくセクシーな魅力は全開で、結局、彼女は明智より一足先に帰京するのですが、その際にホテルの部屋のドアの前で握手を求める妙子=夏樹陽子は完全に「据え膳」状態なのに、明智=天知茂は何を野暮天やってんだっ! と観ていて激怒する皆様が、きっといらっしゃるはずです。それほどここでの夏樹陽子は魅惑的なのです。その彼女のプロフィールは――

夏樹陽子(なつきようこ)
 抜群の美貌と肢体が魅力のトップモデルとして活躍した後、22歳で女優に転身、「空手バカ一代(昭和52年・東映・山口和彦監督)」で千葉真一の相手役としてデビューしたことになっていますが、それ以前にもちょい役として、テレビや映画にいろいろと出演しているようです。そして初主演作は「新女囚さそり・特殊房X(昭和52年・東映・小平裕監督)」という、当時の東映のバリバリの看板シリーズというあたりに、彼女の資質の素晴らしさが、いかに最初から評価されていたか分かろうというものです。さらに続けて菅原文太主演の「トラック野郎・度胸一番星(昭和52年・東映・鈴木則文監督)」にもマドンナ役で出演し、その年の製作者協会新人賞を受賞しています。ということで、この「浴室の美女」は、その大ブレイクと同時期に撮影されたものでしょう、すでにして彼女の魅力は大輪の花! それは淫乱ギリギリのセクシーさが陰湿なものになっていないこと、そして明るく華やかな部分と哀切を滲ませるところの鮮やかな演技の使い分け、さらにモデル出身としての華のある立ち振る舞いです。しかし衰退期にあった日本映画界は、その彼女を活かしきることが出来ず、決定的な主演作品に恵まれなかったことが残念でなりません。この後の彼女はテレビを中心に活動していくのでした。その中では所謂2時間サスペンス物への出演も多数あります。ちなみに現在の彼女は宝石デザイナーとしても大活躍されています。

 で、物語は玉村氏の実弟・福田得二郎の屋敷へ移り、ここでは毎日、いろいろな形でカウントダウンされる不気味な数字の予告が現れているのです。もちろん福田氏も大資産家ということで、狙われる物は沢山あるのですが、それが何の脅迫なのか不明なところがミソになっています。

 ですから警察も積極的に介入することが出来ず、ここで明智小五郎に出馬が依頼されるのです。ちなみにここからシリーズを通しての名物キャラクター・浪越警部=荒井注が初登場、原作では「警視庁捜査課名うての鬼警部」とされていますが、ここでは初っ端から和みの名演技を披露しています。

 こうして明智小五郎は静養先から帰京し、福田邸へ向かうのですが、何と上野駅で賊に拉致されるという失態を演じてしまいます。ここは玉村妙子に再会し、彼女を助けて良い格好をしようと浮かれてしまった明智がスキをつかれたわけですが、私は、こういう人間臭い明智が、かなり好きで、天知茂もそのあたりを充分に成りきった演技で見せてくれます。

 そしてその夜、福田得二郎が密室状態の寝室で首無し死体となって発見され、おまけに5億円のダイヤも奪われてしまうのでした。さらに翌朝には、その失われた生首が小さな船を見立てた板切れに乗せられ、川に流されているのが発見されるのです。この場面の生首は人形でも、ましてやCGでもなく、簡単な仕掛けを使って、ちゃんと生身の人間が演じているので迫力があります。こういう肝心な部分を大切にするのが井上梅次監督の良いところです。

 一方、賊に拉致された明智は、正体不明の船の客室に監禁されており、ここで綾子=高橋洋子という健気な美女に世話をされています。実は彼女は魔術師の娘で、チャイナ・ファッションがなんとも言えませんが、そのプロフィールは――

高橋洋子(たかはしようこ)
 昭和47年、19歳で松竹の劇場用作品「旅の重さ(斉藤耕一監督)」のヒロインに抜擢されデビューしました。これは家出少女の旅の物語でしたが、彼女はヌードも披露する熱演で大ヒット、続けて翌年にはNHKの朝の連続ドラマ「北の家族」にも出演、製作者協会新人賞を受賞してスタアとなりました。彼女の魅力は不思議な存在感に加えて健気な雰囲気、そして大胆さと初々しさの絶妙なバランス感覚だと思います。そのあたりは「サンダカン八番娼館・望郷(昭和49年・東宝・熊井敬監督)」での娼婦、「宵待草(昭和49年・日活・神代辰巳監督)」で反政府主義者と駆け落ちする貴族のお嬢様、「アフリカの光(昭和50年・東宝・神代辰巳監督)」での猟師の娘等々、数え切れません。その中の極みきというか、私が特に好きなのが「北陸代理戦争(昭和52年・東映・深作欣二監督)」で、追いつめられた松方弘樹に同情して肉体を捧げる娘役は最高です♪ この他にもテレビ・映画で大活躍の彼女も昭和56年に結婚してからは家庭優先の活動となったようですが、ここで彼女は作家に転身というか、処女作「雨が好き」で中央公論新人賞を獲得、しかもこの作品を自らの監督・主演で映画化するという凄さです。他の著作も多数あり、中でも「通りゃんせ」は芥川賞の候補になっています。また、歌手としても本当に味のある人で、昭和60年に発売したアルバム「シルエット(ビクター)」は名盤!

 というわけですが、ここで彼女が演じる綾子という人物について、原作をお読みになられた皆様にはもう、その人が本当は誰だったのか、お分かりのことでしょう。しかしそれは、ここでも私は言わないお約束とさせていただきます。

 で、肝心の明智は名探偵ですから、当然、脱出を試みるのですが、不思議なことに監禁部屋には自分ひとりのはずが、誰かに見張られていることに気がつくのです。その答えは、壁に飾られたお面でした。しかもそれは、お面の目が覗き穴になっているのではなく、お面そのものが道化師の人面になっているという、まさに乱歩だけの、恐さとユーモア紙一重の世界がしっかり映像化されています。もちろんこの人面が魔術師その人で、ここが怪人と名探偵の初対決の場になっています。

 それにしてもここで西村晃が演じる魔術師は最高です。この人はご存知「水戸黄門」から「せむし」男まで、善人も悪人も演じられる最高の役者ですが、やはり個人的には、一癖も二癖もある人物を演じた方が、思い入れが強くなります。ここでもそうした魅力がジワジワと余韻を残す名演を披露、アクの強さでは負けていない天知茂とのコントラストも緊張感がたっぷりです。

 と、まあ、今回も私の文章はクドさ満点ですが、この作品のテンポは快調、この後も見せ場の連続となります。

 まず、賊の船からの明智の脱出がスリル満点、しかも、ここで明智を助けるのが綾子=高橋洋子という、アクション物の王道が描かれます。さらに明智の溺死発表があり、ここでも浪越警部=荒井注が良い味出しまくりですが、この展開と演出は原作どおりとはいえ、どうなんでしょうねぇ……。

 等と思い悩む暇は、この作品にはありません。今度は玉村家に前述の脅迫数字のカウントダウンが始まるのです。しかも、いつの間にか身元不明の老下男までが雇われているという、怪しい展開になるのです。

 そしてお待たせしました、いよいよ「浴室の美女そのまんまの場面が始まります。それはもちろん夏樹陽子の素晴らしい肢体を拝ませていただくわけですが、ここで何と彼女の美しき肌にナイフが突き立てられ、血まみれの惨劇が! ここは当時のテレビとしては本当に刺激的な演出になっています。ちなみに、この場面の美味しい一部分が、番組冒頭の「浴室の美女」というタイトルバックに使われており、こういう演出は、今後、このシリーズのお約束となっていくのでした。また、ここで映し出される尻のワレメが見える全裸体や乳首は、吹替えか否か? ということが大いに気になりますが、それはDVD化されている映像で皆様がじっくりと鑑賞され、結論を出していただきとうございます。個人的には、そんなことに関係なく、彼女の入浴シーンをいつまでも眺めていたいのですが……。

 なんと次も強烈な、乱歩ならではの凄まじい仕掛けが映像化されています。それは玉村家にある時計搭の文字盤に不思議な張り紙を発見した一郎=志垣太郎が、それを確かめるために文字盤のネジ巻き穴から顔を出していると、巨大な時計針に首を挟まれ、切断されるという恐怖の目論見です。ここでは血だらけで悶絶する志垣太郎の演技が迫真です。

 そしてさらにここから物語は、ますますスピードをつけて展開し、怪しい魔術団の存在、罠にかけられ監禁される玉村親子、そしてこの怪事件の真の動機は? と、各々の場面が強烈なスリルに満ちています。特に動機となる因縁の一部始終は、本当に恐ろしい! そしてそれを、きっちりと映像化した井上梅次監督の演出が冴えています。

 ということで、この作品は「美女シリーズ」の中でも特に出来の良い傑作です。中でも妙子=夏樹陽子と綾子=高橋洋子のコントラストは最高で、共に劇中では23歳の同い年とされていながら、妖しく華やかな美しさの夏樹陽子健気な可憐さが愛くるしい高橋洋子をじっくりとご覧下さい。

 それと、この物語の本当の真相解明は強烈です。これは原作を読んだ時も痺れたのですが、あぁ、これぞ江戸川乱歩です! こんな恐ろしい物語があるでしょうかっ!

 あと、ここまで意識的に避けていた五十嵐めぐみ=文代の存在ですが、この作品での微妙な立場が影響したのか、否か、彼女は前作「氷柱の美女」とは見違えるほどに輝いています。特に明智探偵事務所へやって来た玉村妙子=夏樹陽子との2人だけでのやりとり、そして魔術師を尾行する活躍は素敵です。ちなみに後者は、やはり花崎マユミの味が出ており、一粒で二度美味しい名場面です。それと、ついでに言えば、志垣太郎が演じる一郎は、原作での一郎と二郎の兄弟のキャラを併せ持った役に設定されています。

 もうひとつ、原作にある進一少年が、この作品では出てきません。このあたりは原作でも絶妙なスパイスだったので残念です。しかしテレビ作品では、やはり無理でしょうねぇ。ですから前述した文代の存在の微妙さと、この進一少年が登場しなかったことにより、この「浴室の美女」は素晴らしい出来なのですが、どうしても原作との違和感を払拭出来ません。どうかそのあたりも踏まえて、未読の皆様にはぜひとも聖典に親しんでいただきとうございます。私は原作の開始早々にある、進一少年の素性を物語った「玉村氏所有の貧乏長屋に住んでいた小商人の息子で、両親に死に別れ、身よりもないのを、妙子さんがお母さんにねだって、自分の弟のようにして育てている〜」という一文を読んで、ゾクリとしました。「ねだって」という表現が、原作発表当時の社会状況では、どうだったのか? 今でも大いに気になるのです。

 しかしながら、この作品はやっぱり良い! と最後にもう1回、クドく書いておきます。何しろ夏樹陽子が素敵です。劇中、登場するたびに、高価なファッションを自然に着こなしている華のある立ち振る舞いと妖艶な存在感の強さ♪ これには明智小五郎ならずとも、メロメロになってしまうでしょう。もちろん天知茂も西村晃も、そして荒井注も熱演なのですが、彼女の存在が原作との違和感を見事に緩和していると思います。

(参考文献:DVD「浴室の美女」付属解説書」)

(2005.06.05 敬称略)