江戸川乱歩「白髪鬼」より 宝石の美女


 「土曜ワイド劇場」のバリバリの看板は、間違いなく明智小五郎が活躍する「美女シリーズ」です。しかし乱歩の原作が面白いものばかりだといっても、その全てに明智小五郎が登場しているわけではないので、既定のシリーズを製作していく上では、どうしても原作を大きく改変していかなければならないのですが、それでもそれほど噴飯物の作品が生まれなかったのは、出演者と製作スタッフの力量と情熱があったからだと思います。

 そうして生まれた擬似明智探偵物の中でも、特に秀逸なのが、今回ご紹介する「宝石の美女」です。その原作は「白髪鬼」ですが、もちろん、それをそのまんま映像化しているわけではありません。まず、その原作とは――

白髪鬼 / 江戸川乱歩・著
初出:昭和6年4月〜昭和7年4月、「富士」に連載

 良く知られていることですが、この作品は元ネタがある所謂翻案物です。それはまずイギリスの女性作家=マリー・コレリが1886年に発表した「ヴェンデッタ」という復讐譚であり、それを日本の黒岩涙香が1893(明治26)年に「情仇新伝白髪鬼」として抄訳発表し、それをまた江戸川乱歩が「白髪鬼」として翻案したという次第です。

 乱歩がここに至る経緯には、当時の異常な売れっ子ぶりがあったという推察が容易です。何しろ「蜘蛛男」「魔術師」「黄金仮面」「吸血鬼」と通俗長篇の大傑作を重なり合うように執筆・連載し、それが終了するや、今度は偏愛物の決定版「盲獣」を連載開始という、いくら天才とはいえ、これではネタ切れも致し方ないところでは……。

 そしてそういう状況で、またしても連載の依頼を断りきれずに始めたのが、この「白髪鬼」というわけです。しかし、流石は大乱歩! ただの翻案・焼き直しではなく、元ネタよりも面白い物語に仕立て上げているのです。

 まず元ネタの涙香版では文語体であった文章を、乱歩は主人公の独白という語り口で貫くことにし、それはもちろん乱歩調、冒頭からグイグイと引き込まれてしまいます。さらに涙香版ではイギリス版原作に出てくる固有名詞を漢字の当て字で書いていたところを、乱歩版では登場人物名や地名等々を、完全に日本そのものに設定にしなおして、より親しみやすいスタイルに変えているのです。このあたりの版権関係がどのようになっていたのかは不明ですが、この乱歩の作戦は見事に当りました。

 実際、私は後年、涙香版を読みましたが、その読みづらさは流石に苦しく、素直にストーリーを楽しめませんでした。また、オリジナルのマリー・コレリ版も原文で挑戦してみましたが、これも古臭い表現が多いように感じて遅々として進まず、途中で投げ出してしまいました。

 さて肝心の物語の舞台は九州のある港町、裕福な貴族の若様が美貌の妻を娶り、何不自由ない生活を送っていると思いきや、彼女はその若様が面倒を見ている画家と密通、それと知らぬ若様は2人に殺害されてしまうというが発端です。

 ところが埋葬された墓地の棺桶の中で、この若様が蘇生、しかも、その恐怖のために容貌が大きく変化し、なんと実年齢より遥かに老けた白髪の怪人に変身していたのです。ちなみにこの墓地は、特別に作られた地下室というか洞窟のような場所に設定されています。

 そして何とかその墓の中から出口を見つけようと彷徨ううちに、素晴らしい宝の山を発見するのです。それは当時、中国〜日本近海までを荒らし回っていた海賊が秘匿していたものでした。こうして、その海賊が出入りしていた通路をも見つけた若様は、その財宝を横取りし、名前も大牟田敏清から里見重之と変えて姦夫姦婦に復讐を目論むのですが……。

 という展開で、全篇、人間の恐ろしさ、業と情けの深さがグリグリ・ネチネチと、乱歩ならではの筆の運びで描かれています。そのディープな雰囲気は天下一品! もちろん復讐行為そのものも強烈です。

 そしてこの物語を明智探偵物に仕立て直したのが、次の作品です。

江戸川乱歩「白髪鬼」より;宝石の美女
監督:井上梅次
脚本:宮川一郎
原作:江戸川乱歩「白髪鬼」
放送:昭和54(1979)年1月6日、テレビ朝日「土曜ワイド劇場」
出演:天知茂(明智小五郎)、田村高廣(里見重之=大牟田敏清)
■出演:金沢碧(大牟田瑠璃子)、小坂一也(川村義雄)、荒井注(浪越警部)
■出演:田島はるか(豊子)、奈美悦子(住田女医)、睦五郎(西岡)
■出演:五十嵐めぐみ(文代)、柏原貴(小林芳雄)、北町嘉郎、託磨繁春=現・宅麻伸 他

 まず物語設定を昭和の現代に移し変えてあるので、原作のような味が出ているのか不安になりますが、そこは脚本の宮川一郎と演出の井上梅次監督の辣腕で、見事なサスペンス物の秀作になっております。そのミソは、原作で財宝を隠していた海賊の存在を、こちらでは宝石泥棒にしてあることです。つまり大牟田敏清が発見する財宝は、海賊が秘匿していたものではなく、その宝石泥棒が隠していたものにしてあるわけです。そしてその宝石泥棒・西岡=睦五郎が、収監されていた刑務所から脱獄して、この物語がスタートします。

 また、その西岡が明智小五郎のために捕まっていたという因縁が持ち出され、ここに堂々と名探偵が登場するの出来るのです。しかも、西岡が逃走する際に白髪のカツラで変装しているという、抜群の布石まで打たれています。

 一方、肝心の白髪鬼は、いきなり大牟田邸のバスルームの窓越しに登場します。その大牟田家では、1年前に主人の大牟田敏清が事故で水死、現在は未亡人の瑠璃子、その実の妹・豊子、そして大牟田敏清が後援していた画家の川村が生活しており、もちろん瑠璃子と川村はデキています。しかもその3人が共謀して大牟田敏清を殺害したという犯罪を、物語開始早々のこの場面で語り合い、暴露してしまっているのです。

 ということで、この作品は犯人当てのミステリでは無く、復讐譚だった原作を巧にアレンジした倒叙物になっているのです。そして脱獄した宝石泥棒の西岡が、大牟田家のある土地に出没、もちろんそれは盗んで隠した宝石が目的なわけですが、それ故、ここに警察捜査陣、そして前述の因縁から明智探偵が乗り出すのです。

 で、そのバスルームの窓際に出現した白髪鬼は? というところで入浴シーンがあるのはお約束♪ ここでは瑠璃子=金沢碧が、まず、スリップを脱ぎ捨てるところから浴室に入り、尻のワレメが拝める全裸の後姿、そしてそのまましゃがみこみ、湯を浴びるという大サービスです。ただしこのオールヌードの全身は吹替え疑惑が限りなく大きいものです。また湯船の中で寛ぐ彼女の豊満な乳と思わず見つめてしまう太腿も、同じ疑惑がつきまといます。しかし続く場面で、白髪鬼が窓際に現れ、彼女がそれに気がついて必死で湯船から立ち上がり、さらに辛うじてバスタオルで大切な部分だけを覆い、怯えるところは最高です。悲鳴と、今にも落ちそうなバスタオルのスリルがたまりません。ここでは彼女自身の美しい背中と脇乳を、DVDならではの鮮明な映像で楽しむという裏技も可能です。というように、なかなか見せてくれた彼女のプロフィールは――

金沢碧(かなざわみどり)
 一躍有名になったのは、青春TVドラマ「俺たちの旅(昭和50年・日本テレビ)」での洋子役でしょう。ここでは中村雅俊、秋野太作、田中健らが演じる、イマイチ情けない男達の中で、キリリとした清楚な面立ちで、柔らかく暖かいマドンナを演じました。そのイメージがあまりにも強く、その後、伸び悩んだ雰囲気もありますが、どんな作品に出演しても、なかなか目を引く存在感は流石です。そして意外に着痩するタイプでもあります。それはこの作品でじっくりとご確認下さい。

 こうした騒ぎと前述した脱獄囚・西岡の存在が重なり、明智と浪越警部以下の捜査陣が大牟田邸にやってきますが、そこへ現れるのが白髪の老紳士・里見重之=田村高廣です。その里見の顔には大きな火傷があり、しかもサングラスをかけているのですが、瑠璃子、川村、そして豊子にはその奥底の印象がどうしても、1年前に殺害した大牟田敏清としか思えず、疑心暗鬼にかられていくというのが、次の展開です。

 このように最初から犯罪者の正体が観ている側にはワレているので、見所は白髪鬼・里見の復讐とそのサスペンスです。そしてもちろん白髪鬼、その人の存在感が大きなポイントになりますが、演じる田村高廣は流石という他はありません。この人はご存知のように坂東妻三郎の長男で、最初はサラリーマンをやっていたのですが、父の急死により俳優に転身した経緯があります。しかしやはり、その血筋は抜群、最初は地味な現代劇で脇役からスタートしたものの、時代劇のチャンバラでは父親生き写しの輝きを発揮し、スタアになりました。ただしその本質は派手な演技ではなく、じっくりと構えてジワジワと輝いていく良い味の出し方で、代表作は数多い中でも、大映の「兵隊やくざ」シリーズで演じた有田上等兵は、完全に主役の勝新太郎を越えたものとして忘れられません。ちなみに俳優の田村正和、田村亮は実弟です。

 で、この田村高廣の白髪鬼がジワジワと裏切り者の3人を追いつめ、さらには天知茂の明智小五郎と対決していくのですが、田村高廣の方が実績も格も上ということで、流石の天知茂も今回は影が薄い印象です。もっともそれは、原作を強引に明智探偵物に仕立て上げたことを鑑みれば正解の演出で、それがこの作品を成功させた要因のひとつだと思います。

 肝心の見せ場としては復讐の過程で瑠璃子に襲い掛かるスリラー的な恐怖、また意識的に大牟田敏清の仕草を真似る里見の存在、おまけに白髪のカツラで変装している脱獄囚・西岡とのダブルプレイ等々が上手く絡み合って、ネチネチとした人間ドラマが展開されます。そしてその中で、里見が持っている莫大な財産のひとつである宝石の山に目が眩む瑠璃子の嫌らしさは最高! 演じる金沢碧の欲深い演技は絶品です。

 お目当てのサービスカットでは、白髪鬼を追跡して逆襲され、裸に剥かれて逆さ吊りにされる豊子=田島はるかが、テレビとしては過激な演出で見逃せません。ちなみに彼女の役=豊子は、原作では登場していませんが、やはり「美女シリーズ」ということで最高の彩りになっています。つまり平たく言えば、サービスカットの脱ぎ要員♪ しかし彼女は隠れた実力派で、そのプロフィールは――

田島はるか(たじまはるか)
 19歳の頃から日活ロマンポルノの脇役として活躍しています。当時の出演作品は多数ありますが、乱歩ファンには「江戸川乱歩猟奇館・屋根裏の散歩者(昭和51年・日活・田中登監督)」がオススメです。何の役かはネタばれ関連があるので、各自ご確認下さい。彼女はなかなかの演技派で、初主演作品「非行記録・少女売春(昭和52年・新東宝・高橋伴明監督)」でのクールで我侭な存在感は印象的でした。新東宝では他に「赤い性・暴行傷害(同)」や「蕾を殺る!(同)」等に主演していますが、そこでのクレジットは森都いずみになっています。個人的には好きな女優さんで、今日までの過小評価が残念です。

 もうひとつの美味しい場面は、瑠璃子とグルになっている女医の奈美悦子が殺されて海辺に晒し者にされるところで、まず岩場の影から女の生脚だけが突き出ており、近づいてみると下着姿の彼女が! という演出です。露出度がやや物足りませんが、現在の彼女からすれば、これもお宝かもしれません。ちなみに奈美悦子は、最近こそ脂っこいオバチャンとしてバラエティで活躍していますが、若い頃は西野バレエ団のスタアで、金井克子、由美かおる、原田糸子、そして彼女で構成された「レ・ガールズ」として歌って踊る、お色気満点の活動をしていました。当時を知っている人は、現在の彼女のお姿に諸行無常の響きを覚えているのでは……。

 という嘆きはさておき、やはり物語は白髪鬼の復讐が見所で、それはそのまま、田村高廣の素晴らしい演技を堪能することに他なりません。特に早すぎた埋葬から何とか脱出せんとする強烈な執念の演技には、寒気を覚えます。またジワジワと瑠璃子を虐めていく冷酷な振舞いも最高です。もちろん明智探偵=天知茂との対決も! 中でも明智から瑠璃子との結婚を祝福された白髪鬼・里見が「ふっふっふっ、結婚って、そんな幸せなもんじゃ、無いようですよ」と柔らかに微笑む場面は、名台詞にして名演技です。

 ということで、はっきり言えばミステリの体裁でありながら、犯人も犯行のトリックも、その動機さえも観ている側には先刻ご承知の演出になっているのに、どうしても最後まで、この作品から目が離せなくなるのです。

 もちろんそこには、江戸川乱歩の原作の素晴らしさがあるでしょう。しかしこの作品は、それを充分に引き出し、活かしきった出演者&製作者側の勝利とするべきだと思います。それほどに濃密な人間の欲と怨念が積み重なったドラマになっているのが、この「宝石の美女」です。

 大団円では、白髪鬼によって例の墓地の中の棺に閉じ込められた瑠璃子が明智探偵に助けられますが、その恐ろしさから見事に発狂しているというオチがついています。そして、ただの石ころを宝石だと思い込み、完全にぶっ飛んだ演技を見せる金沢碧の、破れたブラウスから覗く下着の白さが、目に染みてまいります。

 最後に欲を言えば、江戸川乱歩の原作にある瑠璃子の妊娠、そしてその後の恐い顛末、さらに入浴シーンでは、大牟田敏清に体を洗ってもらう彼女の痴態を、この作品でも入れて欲しかったのですが……。その辺りは、乱歩版の原作「白髪鬼」で存分にお楽しみ下さい。

(参考文献:DVD「宝石の美女」付属解説書」)

(2005.06.09 敬称略)