江戸川乱歩「黒蜥蜴」より 悪魔のような美女


 昭和52(1977)年7月に始まった土曜ワイド劇場は、忽ちのうちに人気番組となり、充実作が毎週連発されました。その中で人気のカギとなっていたのが、この「美女シリーズ」であったことは間違いなく、昭和53年7月の1周年記念作品としては「白い人魚の美女」、同年12月の年末スペシャル作品としては、特に放送時間を2時間枠として「妖精の美女」が放映されています。そしてついに、昭和54年4月から同番組はレギュラーの2時間枠に昇格し、その最初の作品が今回ご紹介する「悪魔のような美女」です。

 この作品は犯人当てミステリというよりも、名探偵と怪盗の必死の闘争という色合が強く、前述した「妖精の美女」の「黄金仮面」に近いものがありますが、この「悪魔のような美女」の「黒蜥蜴」の方がより一層、華やかで娯楽性が強いものになっています。その原作とは――

黒蜥蜴 / 江戸川乱歩・著
初出:昭和9年1月〜12月、「日の出」に連載

 これは、名探偵と美貌の女賊の対決、と言うよりも、恋物語です。とにかく冒頭から都会的な雰囲気に満ち溢れ、スリルとサスペンス、アクション、そして猟奇と残虐、さらに痛快なトリックと今となってはレトロでお洒落なプロットの冴え! まさに映像化にぴったりの傑作なのです。

 しかし執筆開始当時の江戸川乱歩は、大スランプというか、昭和7(1932)年に2度目の休筆宣言〜妹の死〜経営していた下宿屋の廃業・売却等々が重なり、その間に日本各地を旅する等の言わば潜伏期を経て、どうにか連載を始めた本格長篇(?)の「悪霊(新青年・昭和8年11月〜)」が中断と、作家として完全に追いつめられた時期でした。しかもその代わりに連載されたのが、小栗虫太郎の「黒死館殺人事件」だったのです。

 したがって筆者の苦悩も殊更に大きかったと、凡人の私は思わざるをえないのですが、そこは流石に大乱歩! ここに大傑作にして大娯楽作の決定版を生み出したのは、まさに天才だけが成せる偉業なのです。なにしろそれが「名探偵 vs 女賊」という設定ですから、痺れる他はありません。

 特に女賊・黒蜥蜴のイメージが最高です。時には夜の繁華街に登場するダーク・エンジェル、時には暗黒街の女帝、そしてある時には男装の麗人、さらにある時には大富豪の緑川夫人、おまけに「恐怖美術館」まで運営している美女なのですから♪

 対する明智小五郎もスマートに、そして独善的に活躍するので、物語は白熱します。そしてそれが大乱歩の絶妙な筆力によって、いつしか2人の恋物語に転化するのですからたまりません! もちろん物語は勧善懲悪の大団円を迎えますが、常にクールで、しかも情熱的な黒蜥蜴は、その最期まで読者と明智を虜にしているという名作です。

 それを映像化した作品では、序文でも少し触れたように、京マチ子主演による「黒蜥蜴(昭和38年・大映・井上梅次監督)」が圧巻の出来ですが、実はその前年に三島由紀夫が戯曲化した公演が行われています。このステージの黒蜥蜴は水谷八重子で、DVDの付属解説書によれば、「大映版」は、この戯曲をさらに煮詰めたものらしいですが、肝心の水谷八重子のステージを観たことが無いので、私には何とも言えません。

 ただし「大映版」は、井上梅次監督の音楽的センスが娯楽に徹した基本姿勢と見事に合致して映像化された逸品でした。そして今回ご紹介する「土曜ワイド劇場版」も同監督が演出ということで、正々堂々とリメイクしたのが、この「悪魔のような美女」というわけです。

江戸川乱歩「黒蜥蜴」より;悪魔のような美女
監督:井上梅次
脚本:ジェームス三木
原作:江戸川乱歩「黒蜥蜴」
放送:昭和54(1979)年4月14日、テレビ朝日「土曜ワイド劇場」
出演:天知茂(明智小五郎)、小川真由美(黒蜥蜴)、荒井注(浪越警部)
■出演:柳生博(岩瀬庄兵衛)、加山麗子(岩瀬早苗)、清水正吾(雨宮潤一)
■出演:大前均(船長)、五十嵐みぐみ(文代)、柏原貴(小林芳雄)
■出演:北町嘉郎、託磨繁春=現・宅麻伸 他

 まず、初っ端から「恐怖美術館」で人間剥製に執念を滲ませる黒蜥蜴=小川真由美という場面が、強烈なインパクトです。なにしろそこでは、パンツ一丁の美青年=託磨繁春が吊るされており、小川真由美が華麗な衣装を身にまとい、彼に人間剥製の意義を艶然と説くのです。それは「美」の永久保存……。

 この「恐怖美術館」の場は、原作では後半にあるのですが、それをいきなり冒頭にもってきたことで、この作品の猟奇性=乱歩ワールドの魅力が強調され、それは特に原作に親しんでいなくとも「美女シリーズ」が大好きというテレビの前のファンを、いきなり期待どおりの世界に引き込むものです。

 そして続くタイトルバッグで、黒蜥蜴という稀代の怪盗がいる、そしてそいつが、またまた獲物を狙っている、という基本設定を、主な登場人物の紹介を兼ねた台詞として構成していく、その潔さ! さらにその最後には「今度の勝負は私と明智小五郎の勝負ですからね」という黒蜥蜴のキメが入るのですから拍手喝采です。

 脅迫状によれば、狙われているのは宝石商・岩瀬庄兵衛の「一番大切なもの」ということで、明智小五郎と浪越警部は、岩瀬親子が宿泊しているホテルに乗り込むのですが、ここで待ち受けているのが美貌の大富豪・緑川夫人=黒蜥蜴という展開です。

 このように、既に黒蜥蜴の正体はワレているのですが、劇中では警察関係者はもちろんのこと、明智小五郎もそれを知らず、特に浪越警部は黒蜥蜴は男だと思い込んでいるところが楽しくもあり、ワクワクさせられます。したがってここからは明智と黒蜥蜴、と言うよりも天知茂と小川真由美の心理合戦と駆け引きが洒落た芝居へと展開していく見せ場となります。

 その小川真由美は、素敵な和服姿からセクシーな部屋着へと華麗なファッションを粋に着こなし、妖艶な振舞いで熟女のお色気をたっぷりと発散させていますが、その彼女のプロフィールは――

小川真由美(おがわまゆみ)
 文学座に所属し、舞台で活躍していましたが、昭和38年頃からテレビや映画で風俗嬢、妾、芸者、不倫女という所謂悪女を熱演して注目されました。その頃の代表作は「二匹の牝犬(昭和39年・東映・渡辺祐介監督)」で、当時としては大胆な彼女のヌードとセックス場面がウリとなって大ヒットしています。さらに緑魔子と共演した「悪女(同)」も大当りして、悪女スタアと呼ばれました。このように彼女はデビュー当時からセクシーな美しさではトップでしたが、その魅力の本質は、けっして下卑た部分だけを強調した演技ではなく、後追いで観た私には、そこに至るまでの心理の滲ませ方が抜群だと感銘を受けました。彼女の名演は数多くありますが、特に私が好きなのが、市川雷蔵主演による「陸軍中野学校(昭和41年・大映・監督)」におけるタイピスト役です。ここでは心ならずも連合国側のスパイとなって、婚約者の特務機関員=市川雷蔵に毒殺される場面のスリップ姿が最高で、羞恥心から身を縮めてベッドに横たわる演技は、本当にグッときます。また、またテレビでは「浮世絵・女ねずみ小僧(昭和46年・フジテレビ)」や「アイフル大作戦(昭和48年・TBS)」におけるセクシーでコミカルな演技も忘れられません。とにかく劇中設定にまったく影響されることなく、常に自分色の演技を貫いている素晴らしさには驚嘆させられます。

 こうして始まった明智小五郎と黒蜥蜴の対決で狙われる獲物は「エジプトの星」という高価なダイヤモンド、と関係者は思い込んでいるのですが、実際の目標は岩瀬庄兵衛の愛娘・早苗=加山麗子です。ここでの彼女は吹替え無しで全裸を拝ませてくれる、お約束の入浴シーンを披露していますが、そのプロフィールは――

加山麗子(かやまれいこ)
 20歳の頃にスカウトされて芸能界入りしていますが、その生い立ちは複雑で謎につつまれています。そしてテレビや映画にちょい役で出演した後、日活ロマンポルノの大作「肉体の門(昭和52年・日活・西村昭五郎監督)」で主役のボルネオ・マヤに抜擢され本格的にデビューし、清楚な面立ちと大胆な演技で忽ち人気スタアとなりました。さらにその後出演した「金曜日の寝室(昭和53年・同・小沼勝監督)」「エロチックな関係(同・長谷部安春監督)」「帰らざる日々(同・藤田敏八監督)」「危険なハネムーン(同・林功監督)」も大ヒットしています。しかし昭和54年頃からは一般映画やテレビに活動の場を移し、ファンを嘆かせました。この「悪魔のような美女」は、ちょうどその端境期に出演された貴重なお宝です。ちなみに昭和53年には歌手として「うらみ花(東芝)」という名曲を発表しています。

 という彼女は、警戒厳重なホテルの一室=緑川夫人の部屋で就寝しているはずが、いつのまにか誘拐されてしまいます。黒蜥蜴の鮮やかなトリックとその後の明智の反撃が見所になりますが、小川真由美のケレンたっぶりの芝居と天知茂の独善的な演技の応酬には、稀代の女賊と名探偵の対決という以上のアクの強さがたっぷりです。

 またここで救出される早苗=加山麗子は当然下着姿ですが、その際の身のこなしが本当に自然体で、好感が持てます。しかし、だからといって、彼女の肉体の細部、特に脚の開き方ばかりを見てはいけません。と言いつつも、猿轡で縄姿の彼女がトランクから現れるシーンは、何度観てもゾクゾクします♪

 このあたりの演出はスピード感もあり、この後、明智に正体を見破られた黒蜥蜴の鮮やか脱出は、原作を見事に新解釈していると思います。もちろん男装してクールに逃走する小川真由美も拝むことが出来ます。

 物語はここから第2ラウンド、狙われるのはもちろん早苗=加山麗子、舞台は岩瀬庄兵衛邸です。ここでも警察と明智探偵事務所の面々が、水も洩らさぬ警備体制を整えていますが、黒蜥蜴には通用しません。鮮やかな手口で早苗は誘拐されてしまいます。もちろんこの作品では原作どおりに、乱歩の十八番である人間椅子が実写化され、加えて小川真由美が入浴シーンの大サービス、さらに彼女のキャットウーマン・スタイルの披露等々、見せ場が満載されています。

 そして次は、原作では私が大好きな「通天閣」の場となるはずなのですが、ここでは無人の競艇場に変えられてしまったのが残念です。しかし宝石「エジプトの星」の受渡しから明智の反撃に怯える黒蜥蜴一味の焦燥が、原作を上手くアレンジして描かれています。特に美しい小川真由美とポンコツトラックのコントラストは秀逸! もちろん次への布石もきちんと打たれています。

 こうして万事を整えた黒蜥蜴は原作どおり、小汽船に乗ってアジトへ向かいます。ここからは、その船内での不思議な出来事、そして「恐怖美術館」での一部始終から大団円へと、原作を大切にした物語展開でスリルとサスペンスの連続となり、目が離せません。もちろん加山麗子がスキャンティひとつの裸に剥かれ、吊るされて剥製処理を受ける泣き叫びは、お約束です。

 その中で見せ場となるのが、やはり明智小五郎の鮮やかな変装と独善的な立ち振る舞い、そして黒蜥蜴の独白です。特にその「美」に対する執着、明智に対するデュフォメルされた恋情、さらに最期の最期まで矜持を持ち続けようとする稀代の女賊としての悲しさ……。これらが天知茂と小川真由美という2人の名優によって、原作に勝るとも劣らない名場面を生み出しています。そしてそれを、最終エンド・ロールまでも使って見事に演出・映像化した井上梅次監督の熟達の腕前! 驚嘆する他はありません。

 原作での明智小五郎は黒蜥蜴の前では野暮天に描かれています。なにしろ乱歩が周到に容易した、美貌の女賊と名探偵の恋愛という最高の舞台から逃げ出してしまったのですから、罪深い限りです。しかしこの「悪魔のような美女」での明智は違います。もちろん成就することのない恋ではありますが、ここでは徹頭徹尾、非情に振舞うことで名探偵としての矜持を保ち続けていると思います。それは平たく言うと、カッコ良さ♪ そしてそれが出来るのは、非情の演技が卓抜な天知茂しかいないのです。

 そういう演技が積み重なって迎えるクライマックスでの明智と黒蜥蜴の抱擁〜唇づけは、「明智は無言のまま、黒トカゲのもう冷たくなった額にソッと唇をつけた」という原作どおりのハードボイルドな雰囲気に満ち溢れていて感動です。

 ここからは全く私の当て推量に過ぎませんが、この「美女シリーズ」を製作するにあたってのキャスティングでは、明智小五郎のこの場面を最初から想定して天知茂を抜擢したのではなかろうか……、とまで私は思っています。それほどにラストシーンは強い余韻を残す名作なのでした。最後になりましたが、全篇をとおして、音楽も秀逸です。

(参考文献:DVD「悪魔のような美女」付属解説書」)

(2005.06.07 敬称略)