赤いさそりの美女 江戸川乱歩の「妖虫」


 あらためて言うまでもなく、江戸川乱歩の作品は最高に面白い! 面白過ぎます。ですから映像化された作品は、たとえ何であろうとも、それなりの魅力がありますし、中でも「美女シリーズ」は出来が良いので人気が沸騰、放送開始から2年も経たないうちに8本が製作・放映されました。しかもテレビ作品とはいっても、劇場用プログラム・ビクチャーと変わりない完成度があるのですから、この製作本数は映画全盛期と変わりない大ヒット作というわけです。

 当然、次回作への期待と要望は大きくなるばかりですが、乱歩作品は面白いといっても、そこに「過ぎる」が付いてしまうという、ある意味での欠点があって、それは世の中の真理・真相を追究するあまりに、映像化が極端に難しい作品が多々あるのです。つまり作者本人が意識していたか否かに関わらず、リアルタイムでの人権意識の差や社会構造の変化、さらには国際情勢まで考慮しなければならない放送メディアにとって、乱歩作品のキモは危険極まりないものを含んでいるという、ジレンマが間違いなくあるのです。

 そこで一番安全、且つ手っ取り早い解決方法が、原作の改変です。今回ご紹介する「赤いさそりの美女」は、シリーズの中でそれが極端に目立った最初の作品ですが、まず、その原作とは――

妖虫 / 江戸川乱歩・著
 初出:昭和8年12月〜昭和9年11月、「キング」に連載

 何ともこの時期の乱歩らしい、妖しくオドロのタイトルです。「この時期」と書いたのは、やや遅れて、あの傑作「黒蜥蜴」が執筆されているからで、個人的には「乱歩の爬虫類シリーズ」とでも名付けたい、これも大好きな名作です。ちなみに乱歩は昭和4年に「芋虫」「蜘蛛男」「蟲」というウルトラ級の大傑作を発表していますので、「爬虫類シリーズ」としての研究も何か出来るかもしれません。また、この「妖虫」執筆の前後は、「黒蜥蜴 / 悪魔のような美女」でも少し触れたように、乱歩本人にとっては色々あった時期で、それ故に文章の端々に妙な粘っこさが感じられるのは、私の穿ちすぎでしょうか。

 さて物語は、高名な事業家・相川操一の長男・守と、その妹・珠子、そして家庭教師の殿村京子が、高級レストランで不審な2人の男が交わす会話を知ったことから始まります。それはもちろん聞こえてきた訳ではなく、殿村京子が読唇術で読み取ったものでした。その内容は「明日の晩、12時、谷中天王寺町、墓地の北側、煉瓦塀の空家の中で」云々というものですが、どうやらそこで誰かが殺害されるらしいというのですが……。

 結局、あまりにも確証に乏しい出来事なので警察に届ける事は控え、その晩、相川守が問題の空家に赴いてみると、行方不明になっていた映画スタア・春川月子が裸に剥かれ、虐殺される一部始終が! そしてその犯人は鳥打帽に青めがねの男と不気味なしわがれ声の正体不明の人物……。

 驚いた相川守は急遽、警察に連絡、警官と共に現場に引き返しますが、そこには犯人の姿も死体も無く、ただ血で描かれた赤いサソリの絵模様があるばかりです。しかし捜索の結果、バラバラ死体が発見されるのでした。

 もちろん相川守は峻烈な取調べを受けるのですが、どうにか許されての帰宅途中、ある曲芸団のテントの中から出てきた、例の犯人と思われる青めがねの男と遭遇します。そして、何と妹・相川珠子こそ、次の獲物であることを告げられるのです。

 その相川珠子は「東京女学生美人投票第一席ミス・トウキョウ」としてマスコミに取上げられた評判の美女です。本人もそのあたりは充分に自覚しており、風呂上りの鏡の前で自己陶酔するほどですから、この18歳の美しさは唯一無二♪ 変質者に狙われるのも無理のないところです。そして早速、その浴室に赤いサソリの死骸が投げ込まれるのでした。

 こうして事件は新たな展開を向かえ、ここで警察当局と共に名探偵・三笠竜介が出馬するのです。ここからはもう、木箱の中から聞こえる不気味な安来節、見世物小屋、惨殺されて展示されるマネキン死体等々に加えて、何と等身大のサソリまでもが登場するという、乱歩の通俗物ではお約束の展開が続き、クライマックスへと驀進する絶妙な語り口が満喫出来ます。

 特に今回のミソは、探偵役が明智小五郎では無く、三笠竜介という初老の人物に設定されていることで、物語中ではニセの三笠探偵が登場したり、また三笠竜介本人が犯人に襲われて負傷・入院するという展開まであるのです。果たして犯人=名探偵というトリックが出るのか否か?! というミステリマニアには垂涎の疑心暗鬼が楽しめる作品でもあります。そして驚愕の真犯人と悲しい動機、思わせぶりなラストまで、まさに江戸川乱歩にしか書けない物語となっています。

 で、この作品を「美女シリーズ」として映像化すれば、最高に面白い出来になるのは分かっているのですが、どうしても原作に忠実には作ることが許されないのです。そしてその理由を書くことも、ネタばれ以前の問題として許されません。その辺りは「妖虫」を読まれた皆様ならば、ご理解いただけるはずです。

 したがって「赤いさそりの美女」は、まず明智探偵物に改変する事情以前に存在する問題から、ポイントとなるプロットは大切にしつつも、物語の設定と展開を大きく再構成してあるのです。しかしそれが、なかなか見所が多い出来になっています――

赤いさそりの美女;江戸川乱歩の「妖虫」
 監督:井上梅次
 脚本:井上梅次
 原作:江戸川乱歩「妖虫」
 放送:昭和54(1979)年6月9日、テレビ朝日「土曜ワイド劇場」
 出演:天知茂(明智小五郎)、宇都宮雅代(殿村京子)、荒井注(浪越警部)
    :野平ゆき(相川珠子)、速水亮(相川守)、三崎奈美(春川月子)
    :永島暎子(櫻井品子)、五十嵐みぐみ(文代)、柏原貴(小林芳雄)
    :永井秀和(吉野圭一郎)、本郷直樹(笠間明)、入川保則(狩野五郎)
    :堀之紀(今村友雄)、増田順司、北町嘉朗 他

 物語は新作映画「燃える女」の主演女優コンテストから始まります。その最終審査の5人の美女の中に櫻井品子=永島暎子と、彼女の婚約者の妹・相川珠子=野平ゆきが入ったことから、家族や友人が会場に駆けつけますが、結果は相川珠子が準優勝、見事にヒロインの座を射止めたのは、主演の吉野圭一郎と同棲している春川月子=三崎奈美だったことから、周囲は収まりません。この時の選にもれた女たちの物凄い目つきは、怨念そのものです。そしてその表彰の最中、舞台にライトが落下してきて、早くも暗雲が立ちこめるのです。

 というように、冒頭から原作を大きく改変してあり、もちろん時代背景は昭和の現代です。しかし初っ端から水着姿の美女5人を登場させるところは、流石に井上梅次監督の掴みの上手さが光ります。そしてその中でも一番輝いているのが、やはり豊満な肉体の三崎奈美♪ 審査員の目は節穴ではありません。ちなみに彼女は「死刑台の美女」にも出演しておりますので、プロフィールはそちらをご一読願います。

 しかしやっぱり相川珠子=野平ゆきは納得出来ません。自宅近くで「燃える女」のロケが行われているので、惨めになることは分かっていても、現場に出向いてしまうのです。それには家庭教師の殿村京子も同行し、そこで怪しいサングラスの男に遭遇、殿村京子が読唇術でその男の呪詛の呟きを探り当てるところは、原作のプロットを大切にした展開ですが、ここでその男に怯えて現場から突如逃げ出し、失踪するのが、俳優の吉野圭一郎と春川月子です。

 一方、櫻井品子=永島暎子は相川守を相手に喫茶店で不貞腐れ、これには婚約者もゲンナリで先に帰ったところに現れるのが、学生時代から櫻井品子に片思いしている画家の笠間明です。彼は不気味な幼虫の絵ばかり描いている変態趣味があるのですが、その情熱は櫻井品子に捧げられているようです。そしてどうやら彼女を女王様に仕立て上げようと、見境の無い計画を練っているようなのですが……。

 こうしてその夜、例の怪しい男の呟きを確かめるために赴いた空家で相川珠子が見たものは、裸に剥かれてベッドに大の字に拘束され、切り刻まれる春川月子! そしてやはり縛られて虐殺されていく吉野圭一郎でした。犯人はもちろん、例のサングラスの男らしいということで、早速、警察に連絡するのですが、戻ってみると現場には誰もいません。ただそこには血痕とバラバラされた2体のマネキン人形、それに百円玉が2枚と十円玉が3枚、合計230円の硬貨が残されているばかりでした。

 このように、物語は原作とテレビ・オリジナル「赤いさそりの美女」の間を行きつ戻りつしながら進行していきますが、やはりここでの見所は、春川月子=三崎奈美に対する拷問と虐殺です。この時の彼女の嫌がりと恐怖の表情は、その白痴美的な魅力が存分に出た名演ですし、もちろん素晴らしい肉体からも目が離せません。仰向けに寝せられても全く質量感を失わない彼女の乳が、刃物で切り刻まれて血が滲んでいくところはゾクゾクさせられます。ということで、ここで一応、彼女の白痴美的な画像をひとつサービスしておきましょう。

 肝心の明智小五郎は、この時点で浪越警部の依頼により捜査に加わりますが、それ以前に映画のロケ現場で春川月子や殿村京子、相川珠子という美女を見かけていたというあたりが「美女シリーズ」ならではの設定です。

 また例の空家から消えた春川月子と吉野圭一郎は結局は殺されており、結婚衣裳を着せられてショーウインドウで晒し者になるところは、江戸川乱歩ならではのケレンを大切にした演出です。もちろんバラバラにして捨ててあったマネキンは、本来ここにあった物というのは原作にもありましたが、何となく乱歩に似合わず律儀な説明です。

 こうして映画「燃える女」のヒロインは準優勝の相川珠子が演じることになり、本人は大喜びですが、しかし早速、彼女の元へ脅迫状が舞い込むのです。そこで相川家では明智小五郎に出馬を依頼し、相川守と殿村京子が明智探偵事務所を訪れるのですが、何とそこで、いきなり襲いかかるのが明智小五郎! そして相川守は気絶させられて地下室へ放り込まれますが、そこで意識を取り戻すと、そこにはまたまた明智小五郎が!

 混乱する相川守に事情を聴いた地下室の明智小五郎は、事務所にいた明智はニセモノで、自分こそが本物であり、同様に突如暴漢に襲われて監禁されていたのだと説明するのです。そして2人は換気口から脱出しようと図るのですが、そこで見たものは下着姿で監禁されている殿村京子、そして彼女をネチネチと責める、もうひとりの明智小五郎でした。

 ここでの殿村京子=宇都宮雅代はスリップ姿でベットに縛りつけられており、救出れさた瞬間に明智小五郎に縋りつきますが、この時の、そこはかとない色気が最高です。その彼女のプロフィールは――

宇都宮雅代(うつのみやまさよ)
 おそらく最初に注目されたのは、新宿の中村屋を描いたテレビドラマ「パンとあこがれ(昭和44年・TBS)」でのヒロイン役でしょう。これは私が好きで毎日観ていたので、よく覚えています。映画では「新幹線大爆破(昭和50年・東映・佐藤純弥監督)」での高倉健の妻役が健気で最高でした。また有名なラクロの原作を翻案した「危険な関係(昭和53年・日活・藤田敏八監督)」でのヒロイン役も、その屈折感が強烈な印象です。ちなみにこの作品で共演した三浦洋一とは、その後、結婚しています。そして忘れられないのは「雪華葬刺し(昭和57年・角川・高林陽一監督)」で、若山富三郎に刺青を彫られてしまいます♪ これは刺青好きには必見の激オススメ耽美映画で、彼女の代表作として良いと思います。

 さて一方、相川家では2人の帰りを待ちわびた珠子=野平ゆきが入浴するという、お約束の嬉しい場面があります。彼女は「美女シリーズ」では「黄金仮面」に続いての出演ですが、そこでは入浴シーンが無かったので、今回はじっくりとお楽しみ下さい。彼女はしなやかなスレンダー系の美女で、巨乳ではありませんが、乳首の存在感はピカイチ♪ ここでもしっかりと勃起したそれを拝ませてくれます。そしてここでは原作どおり、浴室にサソリが投げ込まれ、気がついた彼女の叫び声で婚約者が浴室へ入って来ての恥じらいが、きわどいタオルでの裸体の隠し方に描かれていてグッときます。ちなみに彼女のプロフィールは「黄金仮面」を、ご参照願います。

 そしてここで相川家を訪れるのが明智探偵ですが、ご推察のとおりニセモノです。しかしまんまと相川珠子と婚約者の今村友雄は誘い出され、廃業した見世物小屋に連れ込まれます。もちろん目的は、作り物と本物の入れ替えです。そしてこのニセ明智が例の怪しいサングラスの男と同一人物なのは言わずもがなで、何と頬には赤いサソリのアザが! 絶対絶命の相川珠子! と次の瞬間、本物の明智小五郎が現れて2人を救出するつもりのはずが、ここでまたしても不意打ちに! 何ともうひとりのサングラスの人物が現れて明智は負傷、相川珠子と今村友雄は再び連れ去れます。そして胴体から真っ二つにされ、下半身は工場の煙突に、上半身は焼却炉に突っ込まれ、晒し者になるのでした。

 このあたりは原作の急所を意図的に外さざるを得ない場面ですが、そこを上手くアレンジしてあります。特に煙突に死体を晒す場面は原作の味を大切にしてあり、下半身こそ人形ですが、上半身はきちんと役者が演じているので迫力が違います。もちろん野平ゆきの乳も拝めます。

 こうして、またしても不覚をとった明智は入院、そこへ見舞いに訪れるのが殿村京子で、例によって明智は美女にメロメロ、そこを文代に睨まれて……、というお約束が楽しいところです。そして何となく明智と文代はデキている雰囲気を感じるのは私だけでしょうか。文代の女房気取りが気になるのですが……。天知茂の困り顔も真に迫っています。

 事件はこの後、小林芳雄の活躍で容疑者として櫻井品子に横恋慕している笠間明が浮上、忽ち警察に捕縛されますが、ここからはほとんど原作から離れたストーリーが進行していきます。そしてその中で、不気味な爬虫類を大量に飼育している妖虫博士が登場したり、また悲しい女の宿命と怨念が明かされ、さらに櫻井品子と相川守までもが誘拐されて事件は大団円を迎えますが……。

 こうした展開では、文代が女子大生に化けて妖虫博士に近づいたり、小林芳雄と推理合戦を繰広げたりしますが、何と言っても入院中の明智小五郎の世話をする殿村京子に嫉妬するところが、なかなか可愛げがあります。当然、明智小五郎と殿村京子のロマンスも花開き、天知茂の満更でもない演技が微笑ましくもあります。また宇都宮雅代のラブ・シーンは何となく深いエモーションが漂って、これが熟女の色気というものでしょうか。

 これ以上はネタばれになりますので詳しくは書けませんが、原作とは違っているとはいえ、やはり悲しい女の運命が事件を引起こしていたのです。そして恋に狂った悲しい男の運命も描いたところは、原作を改変した上での物語の深みとでも言いましょうか、単なる謎解きで終わらないラスト・シーンは、なかなか見せてくれます。特にそれまでほとんど無表情に近い演技だった宇都宮雅代の凛とした凄みは狂気の狭間! これには流石の天知茂もタジタジで、今回ばかりは明智小五郎も野暮天を通り越して情に溺れた事件ではなかったでしょうか。物語最後にある名探偵の独白が、いつも以上に心に染みてまいります。

 ということで、もちろん明智の変装や浪越警部のオトボケもあるという、「美女シリーズ」のお約束はきちんも守られているのですが、やはり原作を読まれた皆様には、明らかに不満が残る作品だろうと思います。しかしそれは、現代ではどうしても映像化することが許されません。また何もそれ故に、江戸川乱歩を人権意識の無い作家だと言うつもりもありません。ただ原作はあまりにも悲しい女の宿命を描いた猟奇ミステリの傑作で、それを書けたのは江戸川乱歩の天才の証明だと思います。

 したがって、この「赤いさそりの美女」は、全くの別物として虚心坦懐にご覧いただきとうございます。そしてその中で乱歩味に触れてゾクリとしたり、「美女シリーズ」ならではの美味しい演出にニヤリとするほうが、素直な楽しみ方だと思います。

 ただ正直に言えば、永島暎子の出演がイマイチ活かされなかったことや、230円の謎が笑う寸前のこじつけだったりするところが不満ではあります。しかし大団円での宇都宮雅代のエキセントリックな演技で帳消しです。それほどクライマックスでの彼女の演技は強烈なのです。

 そして未だ原作を読まれていない皆様には、ぜひともご一読をお勧め致します。これほど妖しくエロスに満ちて、且つまた、悲しい女の運命を描いたミステリは、同時代では世界を見渡しても、この「妖虫」以外に無いと思います。面白さと読後の余韻がいつまでも心に残ります。

(参考文献:DVD「赤いさそりの美女」付属解説書」)

(2005.06.28 敬称略)