大時計の美女 江戸川乱歩の「幽霊搭」


 土曜ワイド劇場の「美女シリーズ」も大好評のうちに区切りの10本目となった作品が「大時計の美女」です。しかし厳密にいえば、実際の区切りは前作「赤いさそりの美女」で、それはタイトルの表示の仕方を前後入れ替えて、「○○の美女」を前面に出すようになったことからも明らかですが、内容的にも物語展開を原作から大きく改変しはじめたところが特徴だと思います。

 この傾向はシリーズの後半に進むほど顕著になっていくのですが、しかしこの時点では、まだまだ原作の味を大切にしています。そしてその上で、物語をより濃密に展開させようとする監督以下スタッフと出演者の奮闘は好感が持てます。その原作とは――

幽霊搭 / 江戸川乱歩・著
 初出:昭和12年1月〜昭和13年4月、「講談倶楽部」に連載

 これも「白髪鬼」と同様、乱歩の純オリジナルではなく、黒岩涙香の翻案小説を乱歩流に書き直したものですが、涙香がネタ元にしたのはイギリスの作家・ウイリアムスンの「灰色の女」だそうです。実は私は両方とも読んだことが無いのですが、それでもこの「幽霊搭」は非常に興味深いものを含んでいます。

 江戸川乱歩の著作「探偵小説四十年」によれば、乱歩は黒岩涙香の「幽霊搭」を中学1年生の夏休みに熱中して読んでいたそうで、「少年のころからすでに、現実の歓楽よりは、架空の世界に生甲斐を感じる性格であった」とさえ告白されています。ということは、「幽霊搭」は乱歩の創作活動の秘密に大きく係わるものを含んでいる物語なはずで、しかもそれを乱歩自らが書き直したのですから、面白くないわけがありません。

 物語の時代は大正4年の春、長崎県のある山間の町に聳え立つ、大きな時計搭がある3階建ての西洋館が舞台です。この時計屋敷は大富豪・渡海屋市郎兵衛という商人が、江戸時代末期にイギリス人に依頼して建てたものですが、完成して間もなく、その渡海屋市郎兵衛が屋敷の中で行方不明となり、そのまま事業も下り坂で一族は没落、建物そのものも他人の手に渡っていきます。そして今、それを手に入れたのが退職判事の児玉丈太郎で、その改築の下検分に訪れたのが甥の北川光雄、その彼を主人公にした一人称で物語は進行します。

 で、その北川光雄が時計屋敷を訪れてみると、止まっているはずの時計搭の針が動いています。不振に思った彼が搭に登ったところ、そこには野末秋子という美女が! しかも彼女は、誰も知らないはずの時計の動かし方を知っていたのです。

 実はこの時計屋敷には不思議な伝説があり、まず最初の持ち主である渡海屋市郎兵衛は、この建物内部に莫大な財宝を秘匿していて、その隠し場所に自ら入って出られなくなり、行方不明になったという事に加え、渡海屋が没落した後に屋敷を手にいれた、お鉄婆さんという強欲な老婆が6年前に養女に殺害され、その幽霊が出ると言われているのです。そして何時しか、この時計屋敷は「幽霊搭」と呼ばれるようになっていたのです。

 もちろんその殺人事件の犯人とされる養女・和田ぎん子は捕縛されて服役しますが、3年前に獄死しているということで、物語は謎の美女・野末秋子を巡る恋のさやあて、渡海屋が隠したとされる財宝の行方、幽霊伝説と殺人事件の真相、さらには野末秋子の正体は? という興味津々のストーリーに主人公・北川光雄、その許婚・三浦栄子、豚肥え夫人・肥田夏子、弁護士・黒川太一、監獄医・股野礼三、クモ屋敷の主人・岩野甚三、お鉄婆さんの養子・長田長三造、医学研究者・芦屋暁斎、そして探偵役の森村刑事等々の多彩な人物が登場して、波乱万丈・奇々怪々な展開となります。

 とにかく謎の美人の墓参り、不可能犯罪、列車事故、クモ屋敷に捕らわれのセムシ少年、死に際に殺害犯の腕の肉を食いちぎった老婆の幽霊、首無し死体、毒薬、妖しい手術等々、アクの強いギミックとプロット満載の面白さなのです。

 また野末秋子を中心として、北川光雄と黒川弁護士、さらに三浦栄子までも加えての多重三角関係や恋の駆け引きも読ませますし、何よりも人物の造型がユーモラスであり、生臭くもあるという深みがあります。この作品は月刊誌連載だったわけですが、同時期には少年物の「少年探偵団」、通俗物の「悪魔の紋章」という傑作が執筆されており、乱歩の筆の運びも絶好調、リアルタイムの読者は毎号待ち遠しかったに違いありません。

 というこの物語を「美女シリーズ」として映像化したのが――

大時計の美女;江戸川乱歩の幽霊搭
 監督:井上梅次
 脚本:長谷川公之
 原作:江戸川乱歩「幽霊搭」
 放送:昭和54(1979)年11月3日、テレビ朝日「土曜ワイド劇場」
 出演:天知茂(明智小五郎)、結城しのぶ(野末秋子)、荒井注(浪越警部)
    :横内正(児玉丈太郎)赤座美代子(夏子)、根上淳(黒川弁護士)、松橋登(股野礼三)
    :五十嵐めぐみ(文代)、柏原貴(小林芳雄)、内藤杏子(アケミ) 他

 結論から言うと、原作の主要プロットを圧縮し、さらに明智探偵物に改変してあるのですが、これが非常に上手くいっており、なかなか面白いサスペンス物になっています。そのミソは謎の美女・野末秋子の正体に関する部分と幽霊搭に隠された財宝、それを巡る欲深い人間達の暗闘、さらに出没する老婆の幽霊の謎という、それらの絡ませ方が絶妙です。そして明智小五郎は時計屋敷の新しい主となった児玉丈太郎=横内正から、時計搭に出没する幽霊の謎の解明を依頼され、幽霊搭での過去の事件、それを取巻く人間関係、そしてその奥底に潜む真相や財宝の在処までも解明していくのです。

 ちなみに、ここでの児玉丈太郎=横内正というキャラは原作とは大きく異なりますし、また、そこでの主人公である甥の北川光雄というキャラを強引に改変したものでもなく、実際にはこの作品独自の登場人物というところですが、しかしそれが物語を上手く展開させたポイントになっていると思います。そして名探偵が登場する前段として、その児玉丈太郎が深夜に肉片を咥えた老婆の幽霊に脅されるところは、見方によっては笑ってしまうほど、横内正の演技は迫真です。もちろんこの幽霊こそが2年前に遠縁の娘・和田ぎん子に殺害された、お鉄婆さんの霊だというのが大方の見解になっています。しかし個人的にはこの老婆の幽霊が元気過ぎるというか、ピョンピョン飛び回って大騒ぎするのが???です。

 で早速、明智小五郎が児玉丈太郎と共に問題の時計屋敷に赴くと、留守番をしている児玉丈太郎の妻・夏子=赤座美代子は入浴中♪ これはお約束とはいえ、最初から嬉しい演出です。ただし乳首や太腿、さらに尻のワレメがはっきり拝めるヌードは、限りなく吹替疑惑が濃厚です。しかしその後にバスタオルで肉体を隠しつつも、胸の谷間をさりげなく強調して見せる艶技は流石です。その彼女のプロフィールは――

赤座美代子(あかざみよこ)
 この人は妙に玄人っぽいというか、艶めかしさが滲み出てくるような演技が印象的で、中でも「牡丹燈籠(昭和43年・大映・山本薩夫監督)」でのヒロイン・お露役は強烈! 吉原に売り飛ばされた武家の娘としての被虐の演技が怨念に変わっていく様は、色気と怨みのミックス・ジュースで濃厚でした。とにかく彼女は最初っからキャラが濃い女優さんで、ネチネチとした厭らしさ、ネバネバとした色恋沙汰、ズケズケと言い放つ本音の芝居等々、常に共演者がタジタジになる演技が、夥しい出演作品でたっぷりと味わえます。その中で個人的には「不良番長・送り狼(昭和44年・東映・内藤誠監督)」で演じた、憎めない親不孝娘が好きです。昼はミニスカ、夜はクラブのママをやっているんです♪ ちなみにプライベートでは、確か藤田敏八監督と結婚されているはずです。

 という彼女は、この「大時計の美女」でも欲と本音を丸出しの悪妻を演じ、横内正はもちろんのこと、天知茂さえも辟易させています。

 さて、問題の幽霊は確かに存在していました。それは明智がこの時計屋敷にやって来たその夜に出現し、追跡する名探偵を振り切って墓場で姿を消すのですが、その場所こそが「児玉家代々の墓」、しかも横には「和田ぎん」の墓標まで建っているのです。この辺りは少し大袈裟な怪談仕立になっていますが、青ざめた天知茂や心底怯えている横内正、それを軽蔑する赤座美代子、さらに夜の闇を飛ぶ幽霊の白装束という演出は稚気が感じられて憎めません。おまけにそこで、謎の美女・野末秋子=結城しのぶと明智小五郎が出会うのですから、ゾクゾクしてきます。

 そして彼女はこの後、すでに誰も分からなくなっている時計搭の動かし方を知っていたり、また時計搭が見える墓地に埋葬された「和田ぎん」の墓にお参りしているという謎の行動を繰返します。さらに彼女が常にしている大きな腕輪も気になるところですが、それにしても、この野末秋子=結城しのぶは原作どおりの美しさ、クールな表情と清楚な雰囲気、さらに秘めた悲しみがミステリアスに昇華されていて、最高の当り役だと思います。その彼女のプロフィールは――

結城しのぶ(ゆうきしのぶ)
 女子大生の頃から本格的に演劇の勉強を始め、昭和50年、21歳の時にNHKのドラマ「新・ぼっちゃん」のヒロイン・マドンナ役に抜擢されています。これは大原麗子の代役としての出演だったので当初から注目され、かなりのプレッシャーがあったと思われますが、明るく爽やかな好演で人気が爆発しました。そしてNHKのお気に入りとしてドラマ出演が続き、また民放での出演も多数あります。しかし彼女の名前が永久に不滅になっているのは、今やカルトな名作化している大傑作映画「天使の欲望(昭和54年・東映・関本郁夫監督)」に主演した物凄い演技に他なりません。ここでの彼女は昼は清楚な看護婦、夜は男漁りの日々という肉欲に狂う女の本音とタテマエを見事に表現し、さらにクライマックスでは妹=有明祥子と全裸で血みどろの殺し合いまでも演じて、観た者全てを恍惚とさせてくれました。そして当時、NHKに出ている女優がここまで脱いでやってくれた! 本当か?! と大いに話題になりました。この作品は機会があれば、ぜひとも一度はご覧いただきとうございます。ちなみに私は彼女の横顔が大好きなので、画像はもちろん「天使の欲望」からの横顔を使います。それと彼女はテレビ作品と劇場用映画ではイメージの異なる役柄が多く、後者ではクールな悪女のような演技が持ち味になっていますが、この「大時計の美女」出演当時はちょうど前述した「天使の欲望」が公開された直後ということで、テレビ作品としては例外的に、いっそう凄みのある彼女の魅力が堪能出来るのです。

 また、この「大時計の美女」には、もうひとり、謎めく女が登場します。それが児玉丈太郎=横内正の婚約者だったというアケミ=内藤杏子で、これは原作にある三浦栄子というアクの強いキャラクターの改変ということでしょうが、ここでのアケミの存在感も強烈です。そういう事情を全く知らされていなかった妻・夏子や明智小五郎の前で皮肉と本音を言いたい放題、またまた冷や汗たっぷりで困り顔という横内正の演技が秀逸です。その彼女のプロフィールは――

内藤杏子(ないようきょうこ)
 映画の世界に登場したのは昭和49年頃からですが、それから数年間、不良少女やスベ公、性悪ホステス役といえば、この人でした。最も早い出演は「女囚やくざ(昭和49年・東映・篠塚正秀監督)」で、その後は日活ロマンポルノで活躍するという、当時としてはお定まりのコースを歩みましたが、そのアクの強い演技と存在感はピカイチでした。そこでは「制服の処女・男狂い(昭和49年・遠藤三郎監督)」と「女子大生・モーテル歌麿遊び(昭和50年・磯見忠彦監督)」で主演、助演作品では「トルコ風呂(秘)昇天(昭和49年・林功監督)」「十代の性典'75(昭和50年・近藤幸彦監督)」「新・女の四畳半(同・武田一成監督)」等々があり、いずれも素晴らしい演技を披露しています。特に「新・女の四畳半」は、宮下順子、桂たまき、ひろみ摩耶、絵沢萌子という存在感満点の女優陣の中で、ひときわ忘れがたい輝きを放ちました。またそうした個性が重宝されてテレビのサスペンス物・刑事物にも多数出演されていますので、顔を見れば、あぁ、この人かっ! と皆様すぐに、それと分かる女優さんです。

 物語はこの後、お鉄婆さんの殺害事件や、その容疑者和田ぎんの逮捕〜有罪確定に至る顛末、そして謎の美女・野末秋子の正体を巡って、ひとクセありそうな人物が入り乱れて丁々発止のドラマが展開されていきます。その詳しい部分は、ネタバレがありますので、ここには書けませんが、とにかくこれが非常に面白く、どんでん返しと意外なオチの連続です。それはもちろん、長谷川公之の練り上げた脚本と井上梅次監督の冴えた演出があればこそですが、この「大時計の美女」は出演者の演技が「美女シリーズ」の中でも特に秀逸です。

 中でも野末秋子=結城しのぶの霊的な美しさとクールな情念の演技は言わずもがなですが、強欲な悪妻=赤座美代子が色仕掛けで明智小五郎を篭絡しようとする場面の天知茂も、それを困り顔でかわしてしまう野暮天名探偵を最高に上手く演じています。また、何を考えているのか分からない横内正や黒川弁護士=根上淳のディープな演技、如何にも意地の悪い内藤杏子、クールなワルの松橋登、そして物凄い形相の下男までもが、謎の行動を繰返して物語が進行していくところは、何が真相なのか全く分からなくなるという迷路に誘い込まれるはずです。このあたりは原作を非常に上手くアレンジしてあり、それを未読の皆様ならば、尚一層、ミステリの快感に浸れるはずです。

 肝心のポイントになる幽霊の謎は、呆気無いと言われればそれまでですが、その幽霊に殺害された内藤杏子の変死体が乳首を見せているのは、「美女シリーズ」ならではのお楽しみです。ただし今回は、そういうお目当ての部分が少なく、残念……。

 とは言え、今回ならではの見所として特筆しておきたいのが、この「大時計の美女」における文代=五十嵐めぐみの存在で、これまでのボーイッシュな雰囲気とは違い、とても「女」の部分が強く感じられるのです。まず彼女の衣装や化粧の強さが印象的ですし、「美人に弱い」といつものように明智小五郎に言う皮肉の台詞も、その表情や仕草に艶やかなものが漂っていると思います。これは前回の「妖虫事件=赤いさそりの美女」で、殿村京子に心を奪われた明智を、何とか自分に取り戻したいという女心の表れでしょうか? 本当は文代というよりも五十嵐めぐみの色っぽさを特筆するべきでしょうか……。その彼女のプロフィールは――

五十嵐めぐみ(いがらしめぐみ)
 女優を目指し、高卒後も演技の勉強を続けていましたが、なかなか芽が出ずに下積みがあります。そして注目されたのが、21歳の時にヒロインに抜擢されたテレビドラマ「さかなちゃん(昭和51年・TBS)」への出演でした。そしてその後もテレビを中心に活動、この「美女シリーズ」での文代役は彼女の代表作となりました。映画では「せんせい(昭和58年・大澤豊監督)」で初主演、放射能障害の女教師を健気に演じていましたが、この作品は商用作品ではなく、通常の配給にはなっていないようで、私は某団体主催の上映会で観ています。ちなみに彼女は、この作品出演直後に結婚、引退されました。

 ということで、この作品は原作とはまた違ったところで、素晴らしいサスペンス物の傑作になっています。正直に言えば、原作を読んでいない方が、かえって楽しめるという皮肉な結果にもなっていると思います。

 また、これまでの「美女シリーズ」に比べて、えっち場面が少ないのが残念で、せめて結城しのぶにはスリップ姿くらいはサービスして欲しかったのですが、そういうものを入れる余地が無いほど、この作品はサスペンス的展開が濃密です。しかも何となく律儀なチープさとでも申しましょうか、往年の新東宝的な味わいさえも感じられるのです。もちろん、お約束である天知茂の変装や荒井注のオトボケも用意されていますが、今回ばかりはそれも後づけという雰囲気です。

 どうか皆様には、この「大時計の美女」の練り上げられたサスペンス・ミステリの醍醐味を堪能していただきとうございます。そして原作を読むのは、それからでも遅くない! と最後は暴言で締め括っておきます。いささか確信犯的ではありますが、お叱り・ご意見は覚悟の上の、これは傑作サスペンスと断言致します。

(参考文献:DVD「大時計の美女」付属解説書」)

(2005.07.05 敬称略)