鏡地獄の美女 江戸川乱歩の「影男」


 お気に入り作家の作品群の中には、衆目の一致する代表作ではないけれど、何とも個人的に気になる作品があろうかと思います。私の中の乱歩では「影男」が当にそれっ! ですから、その「影男」が「美女シリーズ」で映像化されると知った時の高揚感は、今でも忘れられないものがあります。

 もちろんそれは、原作をどうやって「美女シリーズ」にするのだろう……? という、どちらかと言えば不安感が大きな部分を占める期待ではありましたが、まず、その原作とは――

影男 / 江戸川乱歩・著
 初出:昭和30年1月〜12月、「面白倶楽部」に連載

 これは紛うことなき明智探偵物語ですが、なんとその名探偵は中盤まで登場しておらず、怪人・影男の素晴らしく妖しい冒険譚が、冒頭から語られます。

 この影男は、速水壮吉、綿貫清二、鮎沢賢一郎、殿村啓介、宮野緑郎……、等々、幾つかの名前を持ち、ある時は大会社の経営者であり、またある時は佐川春泥という売れっ子の猟奇作家でもあるのです。もちろん、有能な部下も大勢従えています。

 また影男は大学生の時に各方面の書籍を乱読し、車や飛行機の運転・操縦を会得しており、スポーツが得意なので乗馬をこなし、さらには曲馬団に入って空中曲芸のスタアとしても一人前だったというのです。おまけに女にモテモテで、いろいろな所に愛人がいるという羨ましい超人ですが、その基本は世間の中で目立たずに行動するのが信条です。

 そのために彼は灰色を基調とした各種色合の衣装を用意し、保護色の原理でそれを着こなし、もちろん変装も巧で、70歳の老人にも、20代の美女にも化けることが出来るのでした。

 で、その彼は人間というものの観察・研究を生甲斐にしていますが、特にその裏側を犯罪学的に探求しようとしているのです。まぁ、平たく言えば、他人の秘密を探り出して悦に入り、余禄として金持ちに対しては強請りを働いているのです。しかし彼は単なる犯罪者では無く、ちゃんと社会の底辺で苦しむ人を助けたりする義賊的な一面も持ち合わせているのです。

 さて、こういう影男について、皆様は良くご存知のある人物とイメージが重なるのではないでしょうか? そうです、その男こそ二十面相です。私は予てより美術品ばかりを集め、それを転売もせずにコレクションとしている二十面相が、どうやって糊口をしのいでいるのか不思議でしたが、実は影男だったとすれば、何の不思議もありません。実際、二十面相はある事件では会社の経営者として登場していますし、かなり費用が嵩むアジトやギミック、仕掛けを用意出来るのも、こういう本業があったとすれば納得出来るのです。

 いみじくもこの物語では、中盤に登場する明智小五郎が、どうやら影男=速水壮吉のことを不思議な男だと認識しており、前から調べているらしいことが述べられていることからして、影男は二十面相ではないか? と私は強く思っているのですが……。つまりこれは「二十面相・外伝」!?

 肝心の影男の冒険譚では、高級ホテルの一室で繰広げられる高名政治家の痴人の愛、有閑マダム達が主催する地下プロレス、そして類は友を呼ぶとでも申しましょうか、殺人請負会社の専務の頼みで残酷な復讐のアイディアを提供したり、また地底のパノラマ国を主催する粋人の計らいで、その桃源郷に遊んだりする、まさに「うつし世は夢」の世界が語られています。もちろん、その全篇が乱歩ならではの妖しい語り口で彩られているのは言わずもがなで、妖艶な美女、薄幸の美少女、優しい愛人、不倫、スリル満点な地獄の駆け引き、そして名探偵との対決等々、これが映像化されるとなれば、ワクワクしないではいられないサイケおやじでした。それが――

鏡地獄の美女;江戸川乱歩の影男
 監督:井上梅次
 脚本:吉田剛
 原作:江戸川乱歩「影男」
 放送:昭和56(1981)年4月4日、テレビ朝日「土曜ワイド劇場」
 出演:天知茂(明智小五郎)、金沢碧(速水美与子)、荒井注(浪越警部)
    :原田大二郎(鮎沢影一)中島ゆたか(紺野百合江)、岡田英次(毛利幾造)
    :五十嵐めぐみ(文代)、柏原貴(小林芳雄)、西田健(速水壮吉)、上原ゆかり 他

 何と驚いたことに、全く原作とは違う物語になっていました。はっきり言うと原作から流用しているのはタイトルと一部の登場人物の名前、それにプロットのごく一部分だけです。しかしそれでもこの「鏡地獄の美女」は、なかなか面白い出来になっています。

 物語は明智小五郎が、密輸の疑惑がある速水壮吉という宝石商を追って香港を訪れるところからスタート、ところがその速水に接近したゴルフ場で2人とも大爆発に見舞われるという衝撃の発端になっています。これはゴルフボールに仕込まれた爆薬によるもので、速水は即死、明智は目を負傷したものの一命を取り留めるのですが、その後の調べで、やはり速水は宝石密輸に関わり、明智を爆殺しようとして自分が命を落としたとされるのですが……。

 しかも速水壮吉は自らが経営していた宝石店から多額の売掛金や使途不明金を引き出しており、その後始末として自宅等の財産は全て、叔父である毛利幾造に取られ、残された未亡人の速水美与子=金沢碧は失意のどん底で毛利幾造の囲われ者になってしまうのです。

 もちろん彼女は亡夫の無実を信じているのですが、結局、高給を貰い、これまでどうりの邸に住み、宝石のコンパニオンとして華やかな生活を楽しめるという境遇に負け、表向きは毛利幾三の秘書として言いなりになるのというわけです。

 この場面では彼女をものにしようとギラギラした欲望を剥きだしにする岡田英次が、中年男の鑑として羨ましい限りです。そして岡田英次の慰み者になる金沢碧の抵抗と、その後の諦めの官能美も見逃せません。着衣の絡みでありながら、この濃厚な雰囲気は完全にお茶の間に気まずい雰囲気を漂わせるはずです。金沢碧は宝石の美女に続いて、またしても未亡人役ですが、ここでは運命に翻弄されることによって、ますます滲み出る色気が最高です。また高価な宝石を身に纏い、悲しみの中でありながら思わず笑みをこぼしてしまう彼女の「女」としての本性の表し方もたまりません。

 そんな彼女の前に突如として現れるのが顔面を包帯で完全に覆った不気味な怪人で、怯える彼女に対し「毛利の女になったようだな、裏切ったやつは許さん……」と囁いて迫るのです。そして騒がれた後、ひとつの指輪を置いて立ち去るのですが、その指輪こそ、速水壮吉との結婚指輪でした。うっ、速水壮吉は生きていたのか!? そして影男となって復讐を企んでいるのか!? そんな美与子の不安も関係なく、この場面でまたしても彼女を強引に抱き寄せる岡田英次の胡散臭さには拍手喝采です。もちろん金沢碧の嫌がりもたまりません♪

 ちなみに原作を読んでいれば、速水壮吉=影男であることは明白ですし、美与子が不倫を働くという部分は原作どおりですが、ただしそこでは速水壮吉と美与子は夫婦ではありません。このあたりの原作の改変が「鏡地獄の美女」における影男の正体に上手くリンクしており、その謎がいっそう深まる演出になっています。
 
 また、それゆえにプロットも豊かになり、毛利幾三の後妻による金沢碧に対するイジメ、親の敵と恋愛する娘=上原ゆかりの健気さ、そして同業者として事件に巻き込まれていく宝石ブローカーの鮎沢影一=原田大二郎と紺野百合江=中島ゆたか、さらに日本と香港を股にかけた真相の解明等々、多岐に亘る物語展開は濃密です。

 特に紺野百合江=中島ゆたかの存在はミステリアスな魅力全開で目が離せません。その彼女のプロフィールは――

中島ゆたか(ながじまゆたか)
 高卒後に美人モデルとして活動していましたが、高校在学中からミスコン入賞の常連として業界では有名だったそうです。そして20歳の時に東映と契約し、ちょい役出演の後に「夜の歌謡シリーズ・なみだ恋(昭和48年・斉藤武市監督)」のヒロインとして初主演し、同年の製作者協会新人賞を受けています。この「夜の歌謡シリーズ」では他にも「女の道(昭和48年・山口和彦監督)」と「しのび恋(昭和48年・降旗康男監督)」でヒロインを演じていますが、個人的には同時期に主演した「従軍慰安婦(昭和49年・鷹森立一監督)」の儚い色っぽさが最高でした。また脇役としても「直撃!地獄拳(昭和49年・石井輝男監督)」でのタコ=名器と噂される謎の美女や「少林寺拳法(昭和50年・鈴木則彦監督)」で無法なロシア兵に犯される場面等々、忘れ難い出演が多々あります。そして一番有名なのが「トラック野郎・御意見無用(昭和50年・鈴木則文監督)」におけるマドンナ役でしょう。また「殺人遊戯(昭和53年・村川透監督)」でのクライマックスで、ラブシーンの最中に非情にも松田優作に殺されてしまう時の凄絶な美しさは、もはや伝説です。彼女の魅力は底が見えない妖しい美しさで、特に正体不明の美女を演じさせては最高の輝きがありますので、この「鏡地獄の美女」における紺野百合江というキャラは最高の当り役だと思います。そしてもう少しグラマーならば、「花と蛇」の「小夜子」もOKと個人的には思っていた時期もありました。ちなみに彼女は昭和56年に結婚、この作品はその直前に出演された貴重なものです。

 ということで、この物語の主題は影男による復讐になっており、特に自分を陥れた岡田英次と夫の死の直後から別な男に身を任せた金沢碧に対するそれは、苛烈を極めます。そしてその中でやはり見逃せないのが、シリーズではお約束の入浴シーン♪ もちろん演じているのは金沢碧で、彼女は「宝石の美女」でもそれを美味しく見せてくれましたが、今回は熟れきった肉体を石鹸の泡で包みながら丁寧に洗う場面、それに浴室に現れた影男に怯える場面でのバスタオルのきわどい扱い方が本当に流石で、グッときます。もちろん乳首や尻のワレメが見えるシーンは吹替えですが、シャワーで身体の泡を流すところは彼女自身によるものなので目が離せません。また「影男」に襲われてバスタオルを剥ぎ取られる場面は、その瞬間にクルリと彼女の身体が1回転して全てが露わになり、思わず乳を隠して怯える彼女がもう、最高です!

 また、この前段としての岡田英次と彼女の濡場も、またまたお茶の間に気まずい雰囲気をたっぷりと漂わせる濃厚なものです。彼女の抵抗と嫌がりが官能美に変化する刹那の表情を、たっぶりとお楽しみ下さい。

 そしてこの2人には、野外に掘られた穴の中に首だけ出して埋められ、影男に大きな鎌で首を刈られるという強烈な仕置きが仕掛けられるのですが、ここは原作のプロットが用いられている数少ない場面です。ただしこの「鏡地獄の美女」ではその寸前で明智と浪越警部に救われています。

 しかし影男の復讐は止みません。今度は美与子を自分達が結婚式を挙げた教会に呼び出し、自らの正体を明かしてネチネチと責めるのです。この場面での影男は顔を覆っていた包帯を解いて焼け爛れた不気味な顔面を露出させ、彼女を抱きすくめて……、という何ともエログロ満点な演出ですが、それにしても金沢碧はこういう受身の演技が予想外に上手くて、ちょっと虚を衝かれた感じです♪ もちろんヌードでの濡場ではありませんが、今流行の着エロって、本来こういうものかもしれません。

 こうして影男が、やはり死んだと思われた夫であることを認めた美与子は、事件から手を引いてくれるように明智と浪越警部に願い出るのですが、明智は納得しません。それどころか、事件の真相を探るために再び香港へ飛ぶのです。しかしそこにはすでに罠が仕掛けられており、また紺野百合江=中島ゆたかまでもが待ち受けていたのでは、流石の名探偵も油断したのか、またしても大爆発が仕掛けられ、あぁ、名探偵の運命や如何に! と書くのは、やや白々しいところで、これはもちろんシリーズのお約束です

 ちなみにこの香港の場面では、明智の後をつけて来た怪しい男がエロ写真売りだったというオチが笑わせます。しかし中島ゆたかの積極的なアタックにタジタジの名探偵という、これもシリーズお約束の演出では、天知茂のノリが今回はイマイチの雰囲気です。これは彼女のエッチなサービスカットが無い所為でしょうか、残念至極……。

 さて、物語はこの後、日本に移ってクライマックスを迎えます。舞台は鮎沢影一=原田大二郎が経営するナイトクラブの地下に特別に作られたサロンで、鏡張りの意匠が凝らされています。ここは原作にあった地底パノラマ国の部分的再現を狙ったものでしょうが、その鏡の中から現れては消えるエロい美女達を何とか捕まえ、衣装を剥ぎ取って乳に触ろうとする岡田英次の嬉々とした演技は、演技になっていないリアルさが満点です。もちろんそれを軽くあしらう美女達が裸体を惜しげもなく見せつけるのは、楽しいところです。

 ところがここで影男・速水壮吉=西田健が忽然と登場して岡田英次に復讐を始めます。当然、影男は顔面を覆っている例の包帯を取り去って正体を明かしますが、ここは焼け爛れた顔を復讐成就の歓喜で歪ませるという、なかなか猟奇的雰囲気に満ちた乱歩味がある演出です。

 そして大団円では別な影男が現れて真相を暴くのですが、これもシリーズ恒例のお約束、もはや言わずもがなのお楽しみということで、ここでは多くを書きません。ただし今回は全体的に明智小五郎=天知茂の独善的なアクの強さがそれほど感じられず、ややテンションの低い雰囲気が漂っています。しかしここは、ある日突然の出来事から運命に翻弄された女の執念、その恐さと悲しい結末がいつまでも余韻を残します。物語の最後にある名探偵の独白も、そのあたりを踏まえて感傷的なハードボイルドになっております。と言うか、今回は美女に対してあまり表面的にはデレデレすることのなかった明智小五郎が、実は失って初めて知る恋の苦しみ的な感傷に酔ってしまった事件かもしれません。

 ということで、この「鏡地獄の美女」はシリーズの中では上位に来る作品では無いかもしれませんが、劇中では大爆発シーンが2回もあったり、海外ロケやマジック・シーン、父娘葛藤、不倫等々、サスペンス物では定番の演出がテンコ盛りです。ちなみにこのシリーズ初の海外ロケが香港というのは、昭和40年代から指導的な立場として香港映画界でも活動していた井上梅次監督の「顔」があっての事でしょうか、ありきたりのタイアップになっていないのは好感が持てます。

 しかも物語が、何不自由無い日常から不幸のどん底に突き落とされた速水美与子=金沢碧の視点を中心として展開され、それは今日のテレビ2時間サスペンス物の王道ではありますが、そのどれよりもエグ味があって良質だと思います。特に金沢碧の犯される受身の演技は最高で、しつこいようですが、ご注目! また「悪魔のような美女」から引用されている劇中音楽が、ここでもなかなかマッチしており、物語をせつなく盛り上げています。

 ガチガチの乱歩ファンにとっては全く原作とは違っているので顰蹙物の作品かもしれませんが、そのあたりも踏まえて、機会があればぜひともご覧いただきとうございます。

(参考文献:DVD「鏡地獄の美女」付属解説書」)

(2005.07.29 敬称略)