白い乳房の美女 江戸川乱歩の「地獄の道化師」


 江戸川乱歩の通俗物の最大の魅力、それは読者の好奇心を乗り越えた猟奇趣味を刺激してくれる犯罪者が登場することです。例えば「一寸法師」「蜘蛛男」「魔術師」「吸血鬼」「黄金仮面」「白髪鬼」「恐怖王」「黒蜥蜴」「人間豹」「緑衣の鬼」等々、物語タイトルがそのまんま、登場する怪人のネーミングになっているという物凄さです。これは後の少年物にも受け継がれていくわけですが、その一見子供騙しというような感覚を堂々と大人物でやってしまう乱歩の感覚は、他の追従を許していません。今回ご紹介する「白い乳房の美女」の原作も、そのひとつです。それが――

地獄の道化師 / 江戸川乱歩・著
 初出:昭和14年1月〜12月、「冨士」に連載

 まず、タイトルが凄いです! 「地獄」ときて「道化師」ですからねぇ〜、これにはアメリカのハードロック・バンド= KISS
(注)も吃驚でしょう。

 な〜んて、初っ端からこんな、分かる人にだけ分かってもらえるような書き出しにしたのは、タイトルに負けず劣らず、内容も超へヴィーなものを含んでいるからです。軽口をホザイテいるのも今のうち、はっきり言って、恐いです。

 物語は春もなかばの生暖かい夕暮れの東京、交通渋滞真っ最中の踏み切りで、車同士の衝突事故のためにオープンカーから投げ出された裸婦の石膏像がヒビ割れ、血が流れ出す! という衝撃の発端から、中身は顔を潰された22〜23歳位の女性の変死体が! というゾクゾクする展開になります。

 この冒頭は、当時の東京のラッシュアワーの情景や、猟奇事件突発に騒ぎ出す野次馬の騒動等々が、乱歩ならでの絶妙な語り口でイキイキと描かれているので、興味津々、臨場感満点、忽ち物語に引込まれてしまいます。

 で、もちろん運転手はドサクサに紛れて逃走しているのですが、捜査の結果、この彫刻は綿貫創人という変人彫刻家が製作したことが判明、早速、警察は容疑者のアトリエへ踏み込むものの、怪彫刻家は行方不明になっています。しかも深夜には、そこで放火と思われる火災が発生、独断専行でアトリエに張り込んでいた刑事が、延焼する現場で縛られている綿貫創人を発見するのですが……。

 一方、彫刻の中に塗りこめられていた変死体の身元は、行方不明になっていた野上みや子と推定されます。その妹・野上あい子の申し出によれば、姉・みや子には失踪前に道化師の人形が送りつけられており、それ以来、極度に落ち込んでいたと……。

 そして、どうやら事件のカギは道化師、と司法当局は睨むのですが、なんとその警察からの帰り道、あい子は不気味な道化師につきまとわれるのでした。人通りの無い寂しい住宅街で、「お前には、この世に絶望した人間の気持ちがわかるかね。ウフフフフフ……」と、彼女に近づき不気味に囁く道化師のチンドン屋! 全くの日常生活の中で、派手さの中のたそがれた恐怖! 乱歩の筆は冴えに冴えて、素晴らしいです。

 で、どうにか家へ駆け戻った野上あい子は、姉の許婚のピアニスト・白井清一に相談しますが、今度は彼女の元へ道化師の人形か送りつけられ、ついには誘拐されてしまいます。

 こうして、いよいよ明智小五郎の出馬となるのですが、今度は有名な歌手・相沢麗子の周辺に道化師が出没します。しかも彼女の伴奏者が白井清一だったことから、何かを感づいた明智は独自の捜査でついに道化師の隠れ家を発見、捜査陣とともに乗り込みますが、道化師は寸前で逃走、そして現場には監禁されていたと思われる裸の美女が、顔面に硫酸をかけられ、瀕死で呻いているのが発見されるのでした。

 そしてここから、道化師の本当に怖い姦計が……、果たして犯人は綿貫創人か? 白井清一か? それとも? また行方不明の野上あい子の運命は? という、如何にも乱歩ならではの猟奇と怪奇に満ちた本格ミステリです。

 発表当時の日本は戦時体制が強化され、傑作短編「芋虫」が当局から全篇削除を命じられる等、けっして乱歩の創作環境はよろしくありませんでしたが、そうした中で、前年には少年物の傑作「妖怪博士」を書き上げたことから、この作品でも小林少年を大活躍させています。

 熱心な乱歩マニアには、やや物足りない作品かもしれませんが、白状すれば、これは私が2番目に読んだ大人物の長篇で、こんなに面白くて恐い推理小説があるのか?! 江戸川乱歩って本当凄いっ! と一生ついて行く決意をさせられました。

 乱歩の作品群の中では、どうやら世評はけっして高くないようですが、本格物の王道はきちんと守られていますし、私は大好きで、乱歩を読むなら、まず、これっ! とまで思っています。特に、この作品での「硫酸」の恐さは世界一ではないでしょうか?! で、この作品を「美女シリーズ」として映像化したのが――

白い乳房の美女;江戸川乱歩の「地獄の道化師」
 監督:井上梅次
 脚本:宮川一郎
 原作:江戸川乱歩「地獄の道化師」
 放送:昭和56(1981)年10月3日、テレビ朝日「土曜ワイド劇場」
 出演:天知茂(明智小五郎)、岡田奈々(野上あい子)、片桐夕子(野上みや子)
    :白戸真理(相沢麗子)、荻島真一(白井清一)、荒井注(浪越警部)
    :蟹江敬三(綿貫創人)、五十嵐めぐみ(文代)、柏原貴(小林芳雄)
    :高橋昌也、北町嘉郎、北原理恵、茶川一郎 他

 時代背景を昭和の現代に置き換えてあるので、それに合わせて劇中設定を変えてあります。その気になる原作との違いは、白井清一が主催するバレエ団の次回公演の主役の座を争う2人の美女=野上あい子と相沢麗子、というように物語の舞台を設定していることです。しかしプロットの主要な展開は原作に忠実に作られています。

 で、まず冒頭からお約束の大サービス、野上みや子=片桐夕子の入浴シーンです♪ ここは全くの吹替え無しで、彼女の熟れきった肉体、涎が出そうな太腿、そして豊満な乳がじっくりと拝めます。なにしろ彼女の乳房には大きなホクロがあり、それが後々の展開に大きなポイントになるのですから、ここはじっくりと乳首まで眺めておいても、後ろめたいことは全くありません。

 しかし、その華やかな肉体とは正反対に、彼女の表情は陰鬱です。そしてそこへ差出人不明の小包が送られてきて、開封すると中からは道化師の人形がっ! ここでますます、彼女が鬱状態に陥るのです。この野上みや子の描写は原作に忠実というよりも、私にはそれ以上に感じるのですが、それにしてもこの作品で彼女を演じる片桐夕子の華の無い、寂しそうな演技は重苦しいほどです。それがまた、あまりにも美しい肉体と強烈なアンバランスを生み出していて、倒錯的ですらあります。その彼女のプロフィールは――

片桐夕子(かたぎりゆうこ)
 昭和45年、19歳の時に銀行OLから日活の「新・ハレンチ学園(林功監督・渡辺やよい主演)」のオーディションに応募し、五月由美の芸名で日活と契約・デビューしています。もちろん端役での出演でしたが、その魅力溢れる素質は会社側から大いに期待されていたようです。そして数本の作品に出演をした後、ロマンポルノ路線に転換した会社側から説得され、昭和46年に「女子高生レポート・夕子の白い胸」のヒロイン=片桐夕子と同じ芸名で主演し、忽ち人気が爆発しました。この作品はロマンポルノとしては3本目にあたりますが、彼女は日活生え抜きのスターというわけです。ただし実際には、これが彼女のロマンポルノ初出演では無く、記念すべきロマンポルノの初作品「色暦大奥秘話(林功監督・小川節子主演)」に下女役で出ていますので、ぜひともご確認下さい。それとこの時期に、彼女はNHKの某ドラマのオーディションに合格していたのです。しかし前述した「夕子の白い胸」が大ヒットしたため、これは無かったことにされました。どうやら彼女は両方やるつもりだったようで、それが実現していたら、間違いなく歴史が変わっていたはずなのですが……。また、いささかプライベートな部分ですが、五月由美時代の彼女は既に小沼勝監督(当時は助監督)と同棲しており、会社側から注意を受けていたようです。ちなみにこの2人は昭和49年に結婚、昭和55年に離婚しています。肝心の女優としての活躍は言わずもがな、ロマンポルノの清純派のエースとしてヒット作品を連発しました。このあたりは書ききれませんが、その魅力は親しみの持てる面立ちに豊満な肉体と巨乳♪ そして的確な演技力です。そのあたりを評価されて一般作品やテレビ出演も数多くあります。昭和60年頃から10年ほどは海外で生活していたようですが、近年はまた国内での活動が活発になっています。とにかく華やかな役から悲惨な暗い演技まで完璧にこなす片桐夕子は、間違いなく日本映画・演劇史に残る女優さんですので、詳しくはいずれ「闇の中の妖精」で取上げたいと思いますが……。

 一方、妹の野上あい子は本当に愛くるしい美女で、演じる岡田奈々は大正解のキャスティングだと思います。この当時の彼女は人気アイドルから本格的に女優へ転身した時期で、その輝きは最高です。この「美女シリーズ」では本作品以外にも「魅せられた美女」でヒロインを演じていますので、詳しいプロフィールはそちらをご一読願います。

 その野上あい子は前述したように、この「白い乳房の美女」では将来有望なバレリーナで、ライバルは相沢麗子、この2人は実力も伯仲しておりますが、当然というか、白井清一を巡っての「恋のさやあて」もあるのです。白井清一もどちらを主役に抜擢すべきか悩んでいるのですが、そこには相沢麗子が後援者の娘、また野上あい子は婚約者の妹というのが裏事情です。しかも白井清一は、許婚である野上みや子よりも、妹の野上あい子に心変わりしているという、困った奴なのでした。ちなみに白井清一を演じているのは荻島真一で、煮え切らない二枚目を好演しています。

 それとここはバレエ団が舞台ということで、彼女達はもちろんレオタード姿♪ 他にも本職のバレリーナが数人出演しており、やはり若い女性のボディラインを鑑賞するのは、楽しいです。井上梅次監督もそのあたりを充分心得ている演出で、ムチムチした太腿や各部の膨らみ、そしてクイコミをじっくり拝める影像になっていますので、感謝感激です。

 そんな状況の中、野上みや子が失踪、その原因は先日送られてきた道化師の人形という展開は、原作と同じです。また例の石膏像が交通事故で投げ出されというところから、中身が顔を潰された女の変死体というエグイ部分も、気持ち悪くしっかりと映像化されていますし、姉の変死にショックを受けている野上あい子の前に道化師が現れて、不気味に囁くところも、陰湿さが溢れ出る演出です。

 こうして、いよいよ明智小五郎の出馬となりますが、その時にはもう、野上あい子は道化師に誘拐されているのです。車の運転手が、ヒョイッと振り向くと、それは道化師の顔! という恐い演出と、その後、彼女が陥れられる妖計は原作どおりの恐さで、岡田奈々の好演が光ります。

 ということで、野上あい子も行方不明、一連の事件の嫌疑は変人彫刻家・綿貫創人に濃厚ということで、ついに警察に捕らわれるのですが、アリバイが成立したことから保釈となります。この詳しい経緯は原作にはありませんが、このアリバイ立証に関与するのが綿貫創人の愛人で、演じているのは当時のロマンポルノのスター=北原理絵です。その彼女のプロフィールは――

北原理絵(きたはらりえ)
 ロマンポルノ女優のアイドル化第1号は、この人です。デビューは「ハードスキャンダル / 性の漂流者(昭和55年・にっかつ・田中登監督)」ですが、直後から寺島まゆみ、太田あや子とスキャンティーズと呼ばれるトリオとして活躍し、彼女達が主演した「制服体験トリオ・わたし熟れごろ(昭和56年・にっかつ・西村昭五郎監督)」は大ヒットしています。また同時に男性誌やエロ本のグラビアでも大活躍、ロリ風味でありながらピチピチに熟れた肢体が人気の秘密でした。ところが人気絶頂時に歌手に転身し、ジャズ・スタンダード曲に独自の日本語の歌詞をつけて歌うという新機軸で再びブレイクしています。これは当時、キャンディ・ジャズと命名され、ちなみに、これがきっかけでジャズ・ファンを止め、アイドル・ポップスの収集家になった人を、私は何人も知っています。ところがこの歌手活動も絶頂期に止めてしまい、今度は北原リエのペンネームで作家に転身し、昭和63年に「青い傷」というポルノ映画の内幕を描いた小説で、中央公論新人賞を受けています。

 という多芸多才な彼女がここでは、なかなか健気な愛人を演じています。もちろんオールヌードのシャワー・シーンはお約束で、張りのある素晴らしい肉体が、テレビでここまで見せていいのか!? というほど拝めます。そして入浴後に寛いでいるところを背後から怪人に襲われ、巨乳を揺らして悶絶するのです♪

 で、物語はこの後、相沢邸に現れた道化師の追跡、逃亡、さらに顔を硫酸で焼かれた女の救出、道化師の正体究明のための墓あばき等々、原作を上手くアレンジして進行していきます。もちろん、スリップ姿で硫酸を浴びせられ、焼け爛れて悶絶する女のグロさ加減も強烈です。そしてついに驚愕の真相に辿り着いた時、この物語の本当の恐さが身に染みてくるのです。

 その中で、お目当ての美味しい見せ場としては、まず綿貫創人と野上みや子との濡場で、この辺りの片桐夕子の控えめでありながら、エキサイティングな肉体の動きと熱っぽい表情は流石です。ちなみに綿貫創人を演じてるのが名優の蟹江敬三で、ここでは原作での不気味な雰囲気に加えて、エロおやじ的な味も滲ませた好演です。

 それと相沢麗子=白戸真理のシャワー・シーンも見逃せず、直前の汗だくのレオタード姿も妙に猥褻な風情が漂っています。彼女は昭和53年、19歳でミス・ユニバース関東代表に選ばれて芸能界入り、テレビを中心に活動し、昭和54年にはゴールデンアロー新人賞を受けています。サスペンス物では土曜ワイド劇場をはじめ、現在まで各社の2時間ドラマに多数出演し、その清楚な魅力で人気を確立していきますが、この作品はちょうどその上昇期に残されたお宝というところです。ただしシャワー・シーンは全身が見えていませんので、大きな期待は禁物です。

 さて肝心の名探偵・明智小五郎の今回の活躍は、何となく事件そのものを楽しんでいるようなところが原作どおりで、しかも、なかなか事件解決の糸口が掴めません。したがって天知茂にも、いつものようなアクの強さがイマイチ感じられず、得意の変装を逆手に取られたような、おとぼけ演出さえあります。それはこの作品で明智が事件発生前に出会う女性が、いつものような美女ではなく、鬱に沈んだ野上みや子で、つまり明智がその女性に一目惚れ状態になるのではなく、心に引っかかりを覚えるという展開故かもしれません。

 したがって「美女シリーズ」の中では、やや陰湿さが表立った作品だと思いますが、そのじんわりとした恐さは天下一品! 観終わった後、皆様はきっと「硫酸」の真の恐さを思い知るのではないでしょうか。見事に原作の味を出せた秀作だと思います。もちろんタイトル「白い乳房の美女」に偽りなしです♪

(注) KISS :1974(昭和49)年にレコードデビューしたアメリカの4人組ロックバンドで、ピエロのようなメイクとSF悪魔風の衣装がウリの化粧バンドです。その音楽性はハードロックで単純明快、ステージではクライマックスで火を吹くというギミックで人気を集めました。彼等の楽曲やアルバムタイトルの邦題には「地獄からの使者」「地獄の叫び」「地獄への接吻」等々、やたら「地獄」が用いられています。現在もバリバリの現役で、日本のロックバンド「聖鬼魔U」の雛形にもなっています。個人的には哀愁漂う「ハードラック・ウーマン」が心の名曲になっています。

(参考文献:DVD「白い乳房の美女」付属解説書」)

(2005.06.16 敬称略)