化粧台の美女 江戸川乱歩の「蜘蛛男」


 大衆作家は売れてナンボの世界ですから、最初にその人気を決定づけた作品が代表作となることが多いのですが、作家本人からすると、その作品や登場する人気キャラクターを嫌っていることが、少なくありません。

 例えば、イギリスを代表する世界的ミステリ作家のアガサ・クリスティは、自身が生み出したエルキュール・ポアロという天才的名探偵を嫌っており、ポアロを自らの手で殺すという作品を書いていますし、コナン・ドイルも自分が生み出した名探偵=シャーロック・ホームズを一度は生死不明にしています。

 江戸川乱歩にしても、何故か嫌悪感を持っている自分の作品があり、例えばそれは「一寸法師」、例えば「陰獣」という衆目が一致する傑作なのですから、私のような凡人には全く???です。しかしその乱歩が、経済的な理由があったにせよ、ある種の覚悟を決めて書いたのが「孤島の鬼」と「蜘蛛男」で、共に超傑作ながら、特に後者は通俗物と呼ばれる乱歩の作品群に出てくるひとつのパターンの典型になっています。ちなみにそのパターンとは、全くの私見ではありますが、「蜘蛛男」「魔術師」「黄金仮面」に3作品に代表されていると思います。

 「蜘蛛男」は、その中でもっとも早く発表された作品で、その内容は――

蜘蛛男 / 江戸川乱歩・著
初出:昭和4年8月〜昭和5年6月、「講談倶楽部」に連載

 物語は天才的な猟奇殺人者・蜘蛛男と名探偵の対決を描いています。

 この怪人は新聞広告で人集めをした中から好みの美女を選び出し、無残にも殺害した後にバラバラして石膏で固めた美術標本を作ったり、その被害者の妹を誘拐・殺害して水族館に展示したり、また、その姉妹とそっくりの映画スタアが出演している映画スタジオで跳梁跋扈しては、恐怖を撒き散らすのです。

 その怪人・蜘蛛男と対決するのが、法医学と犯罪学を研究する義足の名探偵・畔柳博士と助手の野崎三郎青年、そして警視庁の浪越警部ですが、犯人の狡知の前に翻弄されるばかりでした。

 このあたりのスリルとサスペンスは強烈至極で、犯人側から描いた犯罪の内幕と畔柳博士の卓抜な推理、犯人消失や誘拐での不可能趣味、野崎青年の恋と冒険、そしてアッと驚く大トリック等々が、乱歩の絶妙な筆によってテンポ良く綴られていきます。

 さて、江戸川乱歩の人気キャラといえば明智小五郎ですが、その名探偵は後半に登場し、独善的な推理で美味しいところを全部さらってしまいます。そしていよいよ蜘蛛男と対決するのですが、その犯罪者は49人の好みの美女を集めた大パノラマ館建設を目論んでいたのです。

 というこの物語は連載開始から大反響・大人気となりましたが、内容的には、乱歩お得意の残虐趣味やエロスの描写が少なく、むしろ大人から子供までが安心して楽しめる活劇物という仕上がりになっています。これは編集者からの要望もあったらしいのですが、プロット的には既作「一寸法師」からの使い回しも交えて発展させるなど、なかなか良く練り上げられています。

 というこの作品を「美女シリーズ」化したのが――

化粧台の美女;江戸川乱歩の「蜘蛛男」
監督:井上梅次
脚本:宮川一郎
原作:江戸川乱歩「蜘蛛男」
放送:昭和57(1982)年4月3日、テレビ朝日「土曜ワイド劇場」
出演:天知茂(明智小五郎)、萩尾みどり(一色令子)、荒井注(浪越警部)
■出演:山本学(黒柳博士)、中村竹弥(山際大造)、中尾彬(横堀京介)
■出演:蜷川有紀(山際洋子)、早乙女愛(山際恵子)、志麻いづみ(マキ)
■出演:五十嵐めぐみ(文代)、柏原貴(小林芳雄)、松原留美子(ミナコ) 他

 「美女シリーズ」は「土曜ワイド劇場」でも特に人気があるだけに、番組改編期の目玉しての役割を担っており、シリーズ開始から実質6年目入る今作も、なかなか魅力的な豪華キャストを揃えています。しかし、それゆえに原作を改変してあることは言わずもがなです。

 まず冒頭、明智小五郎は雨の夜の寂しい街角で佇む美女に目をとめます。そしてそこは流石に名探偵というか、中年男の下心を隠しきれず、運転していた車をバックさせ、いっしょに乗っていくように誘うのです。一瞬、躊躇する美女・一色令子=萩尾みどり、しかしここは天知茂のダンディな雰囲気に惑わされたかのように、萩尾みどりは明智の車に乗ってしまうのです。また、ここでは同乗していた助手の小林芳雄が、先生の思惑を素早く読み取って機転をきかせるあたり、なかなか師弟の連携が見事です。

 さて今回の事件は、東洋映画の新作「恐怖の毒蜘蛛」のポスター撮りの現場に本物の毒蜘蛛が現れ、ヘアメイク担当の一色令子が咬まれて重体というのが発端です。幸いにも彼女は、毒物研究の第一人者である黒柳博士=山本学によって一命を救われますが、映画の中で実際に使う毒蜘蛛を扱っている爬虫類研究家の横堀京介=中尾彬が、容疑者として浮かび上がります。

 この横堀京介にはマキ=志麻いづみというホステスの愛人がいましたが、金の切れ目がなんとやらで、別れ話の縺れから横堀京介はマキが勤める店で悶着を起こしているのです。そして、そのマキの新しいパトロンが山際大造=中村竹弥です。

 こういう布石が打たれたところで、ホステスのマキが浴室で毒蜘蛛に襲われ、全裸で死んでいるのが発見されます。ここは「美女シリーズ」ではお約束の美味しい場面で、志麻いづみの入浴シーンとヌードがたっぷりと楽しめます。特に彼女の常時勃起系の大きめな乳首は感動物で、ファンならずとも嬉しいところですが、それは毒蜘蛛とても同じ事♪ きちんと乳首付近に咬みついて、小さめの乳房全体を赤く爛れさせてしまうのです。

 この場面で主役の志麻いづみについては、拙稿「闇の中の妖精第6回」で取上げておりますが、全裸姿だけでなくホステスとしての仕事中の雰囲気でも、色っぽい割合に玄人っぽいところが無いという気品があり、私は大好きです。もちろんこの作品出演当時は、日活ロマンポルノの大スタアとしての全盛期でもありました。その所為か、死亡してから後も担架の上で裸体を晒し、死因である乳付近の咬み傷を観察させたり、新聞記事の写真として全裸死体を公開されたりしています。

 実は劇中でこの変死体を最初に発見するのはパトロンの事業家・山際大造なのですが、あまりの事に怯えて自宅に逃げ帰っています。もちろん捜査当局によって、それはすぐに露見し、警察に拘引されますが、やはりマキを巡っての確執から、この事件も横堀京介が重要容疑者と見做されるのですが……。

 というように、このあたりまでは完全に原作に無い展開です。しかし黒柳博士の足が不自由である事と、山際大造の娘・洋子=蜷川有紀が映画スタアとして毒蜘蛛騒ぎに巻き込まれていたことから、中盤以降は撮影所を舞台に、原作の味を取り入れた展開となります。

 名探偵・明智小五郎は前述の「毒蜘蛛浴室殺人」から事件に乗り出してきますが、黒柳博士からの情報を基にしつつも、一連の事件の関係者から、犯人の真の狙いは山際家への復讐ではないか? と早々に独善的推理を披露しています。

 その山際家では長女・恵子=早乙女愛が某銀行頭取の息子との結婚が決まっているものの、暗い表情です。それは父親が毒蜘蛛殺人事件の参考人となった事に加え、何と、以前から関係のあった父親の秘書とのすっきりしない別れ話があるからです。もちろん、その秘書の男は未練たっぷりで、何かを胸に秘めているかのようですが、そこへ蜘蛛男からの脅迫状が舞い込んで……。それにしても劇中、早乙女愛は暗い表情ばかりが多くて……。

 それでも彼女の婚礼は予定どおり行われます。もちろんその会場には警察関係者、文代と小林芳雄が黒柳博士と共に張りこんでいるのですが、しかし驚くべきは蜘蛛男! 何と早乙女愛のドレスに毒蜘蛛を仕込み、彼女は殺害されるのでした。

 ここでは明智小五郎と黒柳博士の推理合戦があり、黒柳博士は犯人の心理面を追及しますが、明智は犯人は複数だと決めつける独善的なスタイルで対抗しています。そして事件は謎の男からの犯人についてのタレコミ電話があったり、一色令子の男関係、黒柳博士の彼女への執心も描かれ、おまけに一色令子のアシスタントであるミナコ=松原留美子が殺害されて意外な正体が露見したりと、原作よりも犯人宛てミステリの味付けが強くしてあります。

 さて後半は、明智探偵事務所による山際大造の過去について調査がポイントとなり、また、新たな事件が山際洋子が出演している映画撮影の現場で発生するのです。それはまず、劇中で山際洋子が車で誘拐される演出が本当の連れ去りになるという、原作どおりの展開ですが、黒柳博士の役割は原作を捻ってありますので、ここは観てのお楽しみです。

 さらに毒入りワインの不可能犯罪と監視されている部屋で寝ているはずの山際洋子の消失も、上手く原作を改変してあり、これを山際大造の誘拐に繋げるところは手際の良い展開です。そして山際親子は犯人から恐ろしい復讐を受けるのですが……。

 結論から言うと、これは原作「蜘蛛男」をベースにしつつも、乱歩のその他の諸作にある様々な美味しいキモをプラスした内容になっています。特にクライマックスで地下室に捕らわれた山際親子に再現ビデオを見せて、事件の奥底に潜む過去の出来事と犯人の正体を明かす部分は、まるっきり「魔術師」と同じ演出です。またここで山際親子が受ける復讐は「影男」を連想させられます。このあたりはシリーズの王道を守りつつ、より密度の高い作品を作ろうとする意欲の表れかもしれませんが、やや???です。

 しかし、お約束の明智の変装が今回は2回もあって意表をつかれます。また明智探偵事務所にファックスや自動車電話という、今では当たり前を通り越して古びてしまった最新機器が入っていたり、探偵犬を登場させたりと、新機軸が用意されています。

 そして個人的に瞠目させられたのが、文代の変心というか、何時もは美女に弱い明智にヤキモチやイヤミを言っているのに、今回は何と、明智と一色令子のロマンスを取持つような行動をしています。これは自分に対して何時までも煮え切らない態度しか示さない先生への愛想づかしでしょうか? 今回の劇中では文代が2回も結婚式に出席しており、おそらくその所為で、自分の身の振り方を考えてしまったのでは……? また彼女のファッションはドレス姿とか、なかなか大人の女性の魅力を漂わせています。

 このように「化粧台の美女」はシリーズのファンにとっては安心して楽しめる作品、と言いたいところですが、せっかく萩尾みどり、早乙女愛、そして蜷川有紀という美女を3人も揃えたのに、それがほとんど活きていないと私は思います。既に述べたように早乙女愛(さおとめあい)は暗い表情がほとんどですし、蜷川有紀(にながわゆき)は素晴らしい演技派なのに出番が少なく、また中心的ヒロインの萩尾みどりにしても、どちらかというと脇にまわって輝くタイプなので、ここでは失礼ながら地味な印象しかありません。何よりも面白く無いのは、3人ともサービスシーンが一切無いことです! またミナコ役の松原留美子はニューハーフですが、その特質も物語展開の中心からは外れており、単なる話題作りの域を出ていません。そして、以上のような個人的な思いから、今回は女優さんのプロフィールは割愛させていただきますが、早乙女愛については後に「炎の中美女」に出演していますので、そちらで取上げたいと思います。

 ということで、残念ながら私にとって、この「化粧台の美女」はイマイチ、テンションが低い作品です。しかしそれは傑作揃いの「美女シリーズ」の中にあっての事で、やはりその真摯な作りは捨てがたいものがあります。ただし、いくら「蜘蛛男」だからといっても、本物の蜘蛛を出してしまったのは評価の別れるところでしょう。ですから原作を未読の皆様には、どうかそのあたりを踏まえつつ、素晴らしき乱歩通俗ワールドの原点に接していただきとうございます。

(参考文献:DVD「化粧台の美女」付属解説書」)

(2005.08.19 敬称略)