天使と悪魔の美女 江戸川乱歩の「白昼夢」


 江戸川乱歩の創造する世界は、やはり乱歩自らの筆でしか、完璧に描写することが出来ません。極言すれば、映像化することは不遜とも言えます。そこに江戸川乱歩の凄さと不幸があるわけですが、しかしそれでも、テレビ作品でありながら、劇場用映画作品と遜色ない、しかも質の高いものを生み出し続けた「美女シリーズ」は、数多の乱歩原作映像作品の中で、一際強烈な輝きを放っています。

 そのミソは「美女」という括りを設けた視点が心憎いわけですが、やはり実際の現場を井上梅次という娯楽映画の神様のような監督に任せたところが大きいと思います。とにかく放送開始から足掛け6年、19本作られたシリーズがひとつの色に染上げられているのは見事としか言いようがありません。

 ですから、ついに大台の20本目の作品で監督が交代していたのを知った時、私は「大丈夫だろうか……」と、リアルタイムで素直に思いました。しかも放送枠が正月元旦の夜、2時間20分で原作が掌編「白昼夢」では、完全に???です。

 しかし結論から言うと、これは素晴らしい作品でした。そして元ネタは「白昼夢」というよりは「猟奇の果て」だったのです。まず、その原作とは――

白昼夢 / 江戸川乱歩・著
 初出:大正14年7月、「新青年」に掲載

 非常に短い物語で、内容は浮気な妻を殺してバラバラにした男の告白です。しかし白昼の路上での堂々とした告白など、誰一人信じないという、ある種の恐怖物になっています。散文詩的な掌編ですが、むし暑い日の午後の情景を描写する乱歩の文章は、本当にむせかえるようで凄いの一言! 完全に白昼夢の世界に引き込まれます。

猟奇の果て / 江戸川乱歩・著
 初出:昭和5年1月〜12月、「文芸倶楽部」に連載

 この世の中に、それとは知らず全くウリふたつの人間が存在する恐怖と謎! ある意味ではミステリの極北に挑戦した作品です。

 物語は2部構成で、前半は猟奇の徒である大富豪・青木愛之助が、自らの嗜好を満たすためにあらゆる刺激を求める日々で遭遇した怪事件、そして当に「猟奇の果て」を描いています。それは彼の友人・品川四郎の奇怪な行動を発端に、実はこの世に複数存在するのではないかと思われる品川四郎とそっくりの人物に恐怖し、焦燥する青木愛之助の姿を描いています。

 もちろん、そこを描写する乱歩の筆の素晴らしさは驚異的! とにかく当時の風俗、中でも見世物小屋、密会宿、覗き穴からの情景、上流社会の乱れた性関係、痴人の愛、不倫、さらに底の見えない推理の泥沼が、これでもかと書き込まれています。

 そしてついには、自分の美しく貞淑な妻・芳江までも複数存在しているのではないか? という恐ろしい疑惑に駆られた主人公は……!

 この青木愛之助は冒頭で、刺激を求めるあまり、彼自ら犯罪者となるほかはないのだ、と描かれていますが、本当にそうなってしまうという恐怖と現実に辿り着き、物語は混迷を極めるのです。

 で、後半は視点を移し、明智小五郎と浪越警部が登場して、帝都に発生する怪事件の陰で蠢く大陰謀に迫りますが、その不可能事態の裏に、容姿がウリふたつの人物が複数存在するとしか思えない不条理に突き当たる展開になっています。

 ここでは事件の背景に労働争議も絡めて、国家を転覆させようとする陰謀が描かれており、流石の明智も大物政治家や資本家の我侭、そして犯人の狡知に翻弄されますが、得意の変装や独善的推理を駆使して反撃に出るのです。

 というような展開で、ウリふたつの人間が存在する謎については、やや拍子抜けではありますが、読み進むうちにジリジリと焦燥させられる筋立ては、なかなか面白く出来ています。特に青木愛之助の視点で語られる第1部は最高で、まさに江戸川乱歩の真骨頂! 何度読んでも、読み飽きることがありません。

 しかしそこがあまりにも素晴らしいがために、明智が登場する後半でテンションが低くなったような気がしてしまうのは、残念なところです。ただしその部分も、けっして駄作ではありません。特に明智が不可能犯罪に直面し、合理的な推理で犯人を指摘するものの、実は根底の決定的な証拠を提示出来ずに自ら退場していく場面は、ネタバレがあるので詳しくは書けませんが、ある意味で本格ミステリの深層を突いていると思います。

 また複数の同一人物が登場する場面では、どれが本物か? 見極めるために様々な推理や手法が展開されたり、実は1人の人間が複数の役割を演じているのではないか? というような、ミステリの基本を裏返すような常識的な推理が披露されたりするところにも、ニヤリとさせられます。そして細かいトリックでは、追跡や尾行を振り切るためのタクシーの使い方が印象に残ります。

 というこの作品を「美女シリーズ」化したのが――

天国と地獄の美女;江戸川乱歩の「白昼夢」
 監督:村川透
 脚本:篠崎好(企画協力:ジェームズ三木)
 原作:江戸川乱歩「白昼夢」「猟奇の果て」
 放送:昭和58(1983)年1月1日、テレビ朝日「土曜ワイド劇場」
 出演:天知茂(明智小五郎)、高田美和(青木芳江)、鰐淵晴子(三田村アキ)
    :中村嘉葎雄(青木愛之助)、美保純(カオル)、荒井注(浪越警部)
    :草川祐馬(佐川)、高見知佳(文代)、小野田真之(小林芳雄)
    :勝部演之(九鬼)、佐野守(三田村の助手・たつみ)、北城真記子(家政婦)
    :星野晶子(密会宿のおかみ)、松竹歌劇団 他

 すでに述べたように「白昼夢」をタイトルにしていますが、主な筋立ては「猟奇の果て」の第1部を使っており、「白昼夢」からは、妻の浮気という部分だけが用いられてという雰囲気でしょうか、尤もそれは「猟奇の果て」の中にも同じ要素が入っているのですが、とにかく、その辺りを上手く現代に置き換えて改変し、さらに「序章」「第T部:黒髪の麗人」「第U部:エロスの白い肌」という構成に仕立ててあります。

 物語はクリスマス・イブの夜、大富豪・青木愛之助が自宅で主催する仮装パーティに招待された明智小五郎が、そこでドロドロした人間関係に接して困惑させられるのが発端です。

 まず主人の青木愛之助=中村嘉葎雄が西洋甲冑に身を固めて登場、ここで明智にある因果を含めるのですが、どうらそれは、美しい妻・芳江=高田美和の浮気調査らしいことが仄めかされます。う〜ん、これ以前の「美女シリーズ」における明智小五郎は、浮気調査にはあまり乗り気ではなかったはずですが、事務所の経営が良くないのだろうか……? なんて事を考えさせられる場面です。しかしそれは、この辺りからもう、新監督=村川透の「美女シリーズ」として、新しい展開が滲み出している証でもあります。

 で、この後も仮装した登場人物が次々に紹介され、クレオパトラに扮した美保純、奴隷と称される草川祐馬、男装の麗人として青木邸にやって来る鰐淵晴子、酔いどれフランケンシュタインの勝部演之、そして極みつきが、ハムレットに扮した荒井注=浪越警部で、ここでは天知茂のボケも眩しい強烈なオトボケにクラクラしてきます。

 おまけにここでは、鰐淵晴子が男装から黒いドレス姿に着替えるという素晴らしく心ときめくシーンがあり、全裸は吹替えでしょうが、それでも上手いカメラワークと照明、そして男から女に変身していく彼女自身の妖しいフェロモンがナチュナルに放出されていて、何度も観たくなります。

 しかし、やはりキャラが一番濃いのは中村嘉葎雄の青木愛之助で、窮屈な鎧に閉じ込められた猟奇の徒としての本領発揮は、その陰湿な高笑いと暗い微笑み! 本当に魘されそうです。また、様々な拷問・処刑道具やエログロ図版のコレクションを見せびらかす時の嬉々とした表情も、不気味さを通り越した自然体ですから、二の句が継げません。

 肝心の人間関係は、まず青木芳江=高田美和が元・歌劇スタア、鰐淵晴子も同期の男役でしたが、ある出来事から退団し、今は医師として青木家の主治医をしていると説明されます。しかし実は青木愛之助と鰐淵晴子は公な愛人関係になっており、秘書の草川祐馬は高田美和に同情しつつもメロメロの奴隷状態、そこに横恋慕しているのが姪の美保純という、多重三角関係になっているようです。また勝部演之は落目でアル中の演出家として不気味な存在感を漂わせています。

 そんな中で芳江=高田美和は、日頃から夫によって虐められているという演出が積み重ねらていきます。なにしろギロチンに首を入れて明智に見せてやれ、と命令され、唯々諾々と従う彼女の抑えた恐怖の表情、また、それをクールに装って見守る明智=天知茂の軸のぶれない演技が、何か恐いものを予感させてくれます。そして、アッという強烈な一瞬から、お馴染みのテーマとタイトルバックが始まると、身も心も「美女シリーズ」にどっぷりと浸かっている自分に気がつくのです。

 というように、この「天使と悪魔の美女」は冒頭から密度が高く、映像も抑えた色彩が逆にクールな感触で、村川透監督の持ち味が良く出ています。おそらく井上梅次監督ならば、この仮装パーティのシーンは、もう少しキッチュな色彩と演出になっていたのではないかと思います。そのあたりは十人十色の好みの問題ですが、村川監督の演出は物語が進むにつれて、ますます冴えを見せていきます。その村川透のプロフィールは――

村川透(むらかわとおる)
 大学卒業後、昭和34年に日活に入社しますが、営業部に配属されたため退社、昭和36年に再び入社試験を受けて演出部に入るという履歴があります。そして助監督となりますが、何故か社外出向が多く、同期・後輩に比べて監督昇進が大きく遅れています。どうやらあまり世渡りの上手い人ではないのでしょう、世間的にはヒットしたニューアクション路線や爆発的ブームとなったロマンポルノ路線を批判していたと言われています。しかし、昭和47年の監督第1回作品「白い指の戯れ」は、やはりロマンポルノでした。ただしこの作品は、ロマンポルノという枠を飛び出して日本映画史に間違いなく残る傑作です。その内容は、ふとしたことからスリの仲間になった若い女の視点から描かれたやるせない日常と青春の物語で、緻密なカメラワークと流れるような物語展開、当時としては濃密で自然なエロ描写、そして映画に対する熱い思いがクールに焼き付けられた映像が、当時の世相や青春の情熱と上手くリンクして観る者の感性を鋭く刺激する出来栄えでした。またこれが実質的なデビュー作となったヒロイン・伊佐山ひろ子の持ち味を存分に引き出した演出も見事で、彼女はキネマ旬報主演女優賞を受けています。この作品については、いずれきちんと取り上げますが、この作品があったからこそ、ロマンポルノはそれまでのピンク映画とは一線を隔して世の中に認められたという側面があり、皆様にはぜひともご覧いただきとうございます。しかし、これで燃え尽きたのか、続く作品は全く精彩が感じられず、会社側とトラブルを起こして昭和48年には日活を退社しています。やはり、世渡りが下手な人なのでしょうか……。こうして雌伏5年、村川透が息を吹き返すのが、松田優作主演による昭和53年の「最も危険な遊戯(東映)」でした。これは往年の日活アクション物をクールな感性でハードボイルドに蘇らせた傑作で、もちろん大ヒット、続けて「殺人遊戯」「白昼の死角」「蘇える金狼」「処刑遊戯」等々、ヒット作を連発し、さらにテレビでの仕事としてもアクション物、時代劇、2時間サスペンスと撮り続けて今日に至っています。ただし、そうやっていくうちに、やや監督独自の色が薄くなっている作品も多々あるのは残念……。このあたりは、やはり妙に妥協しているというか、世渡りが上手いのか下手なのか分からなくなっていますが、しかし、この「天使と悪魔の美女」はテレビ作品としては代表作と言って良い、素晴らしい出来です。

 と、ここまでが「序章」、そして続く「第T部:黒髪の麗人」は、明けて新年はお正月、明智探偵事務所も文代=高見知佳が晴れ着姿で遅刻して現れるというおめでたい一幕でスタートします。彼女はこのエピソードから文代役を演じていきますが、それ以前の五十嵐めぐみと比べると、子供っぽいというか、生意気で憎めない小娘という雰囲気で、流石の明智小五郎も、まだ彼女には手をつけていないと思われます。否、と言うよりも、親子に近い関係かもしれず、すると彼女は花崎マユミのイメージが強くなるのでしょうか? このあたりは事情については拙稿「私説・明智小五郎三代記」をご一読願えれば幸いです。

 肝心の物語は、ここで青木愛之助から明智に呼び出しの電話が入り、指定されたホテルに赴くと、そこから青木愛之助は妻・芳江の尾行を頼むのです。もちろん明智は迅速に行動、芳江を追跡していった先は下町の民家を装った密会宿! しかも驚いたことに、青木愛之助はそこに先回りして、明智を待ち受けているのでした。

 このあたりの映像は何気ないようでいて、実は随所にお正月風景がさりげなく散りばめられており、例えば晴れ着姿の女性や子供達、初詣の風景、お正月の飾り等々が画面を彩ります。そしてそこには多くのエキストラや大道具・小道具が適材適所に配置されており、綿密な計算があっての撮影であることにご注目下さい。もちろんロケハン=撮影の場所探しと設定もじっくりと行われており、この作品が非常に丁寧に作られていることに、必ずや感心されるはずです。

 で、芳江が入った密会宿に続けて入る青木愛之助と明智は、物分りの良いおかみの手引きで隠し部屋に通され、そこに設けられた覗き穴から見える情景には、芳江と演出家・九鬼の激しい愛欲が展開されていたのです。

 ここは如何にもという濃いピンクの照明の中で濡場を演じる芳江=高田美和が、吹替えなしの全裸で熟女の激しさをたっぷり見せつけくれます。もちろん乳もバッチリで嬉しい限りという、その彼女のプロフィールは――

高田美和(たかだみわ)
 俳優・高田浩吉の愛娘として映画界にデビュー、主に大映時代劇作品で清純可憐な娘役として活躍した彼女は、私の世代では特撮時代劇の最高峰「大魔神(昭和41年・大映・安田公義監督)」で見事にヒロインを演じたことが印象的ではないでしょうか。そこでは自らの命を捧げることで神に助けを求め、さらに必死の涙で大魔神の怒りを静めるという、美しい彼女の面立ちが、不条理なもので泣き濡れていく、その瞬間のせつない妖しさがたっぷりと楽しめます。彼女は他にも現代劇や青春物にも数多く出演し、テレビ等でも活躍しておりますが、あっ、と驚かされたのが、日活ロマンポルノ「軽井沢夫人(昭和57年・にっかつ・小沼勝監督)」に主演して見せた大胆な濡場でした。そしてこの時は、当時の夫だった関西歌舞伎の片岡秀太郎が現場について来て、「美和はこうすると興奮するんだ」とか、いろいろと口を出し、流石の小沼監督も困り果てたという逸話が残されています。あと、土曜ワイドへの出演では、この年の9月に放送された「刺青殺人事件(高木彬光・原作)」が素晴らしく、もちろんヒロインとしてお目当ての色っぽい肉体を存分に披露しています。これはDVD化されていますので、ご確認下さい。

 う〜ん、それにしてもこのあたりの妖しい映像の組立は、ロマンポルノも形無しの濃密さがありますが、それ以上に困惑させられるのが明智小五郎その人で、妻の不貞を百も承知で覗き、名探偵に見せびらかす青木愛之助の不信には完全に呆れ顔です。そして続けて青木邸に戻ってみると、なんとそこには、どう見ても貞淑な妻である芳江が待っており、流石の青木愛之助も吃驚仰天! もちろん名探偵も絶句してしまいます。これは、どうやっても2人より先に帰宅出来るはずがないという、強烈なセンス・オブ・ワンダーが提出されているのです。

 さて、この元・歌劇スタアである青木芳江という美女は、自宅で当時のフィルムを映写して回想に耽るという日常がありますが、それも夫の愛之助から忘れ去られているからで、新年早々から主治医の三田村アキ=鰐淵晴子の定期健診を口実に愛の戯れを見せつける夫の虐めには、泣き濡れるしかありません。

 ここでは松竹歌劇団に混じって歌い踊る高田美和の珍しい演技がフィルムでご覧いただけますし、鰐淵晴子のボンデージスーツ姿、その太腿に頬擦りしてエロスに耽溺する中村嘉葎雄という場面はあまりの妖しさに、こりゃ、お茶の間じゃ見れんぞっ! と思わずにはいられないエグイ演出が堪能出来ます。特にクールで濃厚なエロスを発散する鰐淵晴子は最高です。その彼女のプロフィールは――

鰐淵晴子(わにぶちはるこ)
 父は有名バイオリン奏者、母はドイツ人のピアニストというハーフで、幼少の頃からバイオリンの天才美少女として活躍していました。当然、映画界からの誘いが多く、初出演は7歳の時の「母子鶴(昭和27年・大映)」、これは未見ですが、それとてバイオリンを弾く場面だったと言われています。そして本格的な映画出演になったのが「ノンちゃん雲にのる(昭和30年・新東宝・倉田文人監督)」で、典型的な美少女としての彼女は人気沸騰、後々までリバイバル上映されるほど大ヒットしています。そして昭和34年に松竹と契約、本格的に映画の世界に入るのですが、そのためにバイオリン奏者としての活動を止めてしまったのは残念でした。もちろん映画の世界でも多くの主演作品がありますが、原節子の再来とまでいわれた正統派の美貌、長身で素晴らしいスタイルの肉体を完全に活かすことが出来なかったように思います。これは彼女の場合、英語やドイツ語が話せたことから、中途半端な国際女優と見られたことが、ひとつの要因かもしれません。そんな中では「眠狂四郎無頼控え・魔性の肌(昭和42年・大映・池広一夫監督)」でのドロドロしたエロスの滲ませ方が印象的でした。しかし、この直後の昭和43年、某有名時計屋のお坊ちゃまと結婚して即、離婚、さらに渡米という騒動があってスキャンダルに塗れました。そして渡米中に美術家のタッド若松と結婚し、今度は芸術ヌードの世界に突進、当時としては強烈なポーズと鮮烈な映像美を披露して世間を仰天させています。個人的にはこの頃が一番印象に残っている、というよりもお世話になりましたというべきでしょうか……。もちろんこの後も、テレビ・映画・舞台をとおして妖艶な役から奥深い演技まで数多く演じていきますが、なぜか決定的な作品に恵まれていないのが残念です。しかしその中で、この「天使と悪魔の美女」は、なかなかに強烈なものを残してくれたと思います。

 その彼女は劇中では女医でありながら、やはり元歌劇の男役で、芳江=高田美和の相手役として売出中の舞台で足を縺れさせて階段から転落し、そのまま恥辱に塗れて退団したという設定ですが、その原因は芳江の足の運びのミス、あるいは故意というのが定説になっているようです。そして彼女はそれをバネに猛勉強して女医となり、芳江はスターの道を歩んだ後に大富豪の妻になるという幸せを掴んだのですが、青木愛之助という猟奇の徒の存在が、現在の2人の間に今も横たわる因縁と愛憎に大きく関わっているのです。このあたりは前述した往年のフィルムにしっかりと残されており、後々の物語展開と推理に大きく係わってくるので要注意です。

 そして物語は急展開、なんと前述した問題の密会宿で九鬼=勝部演之が変死体となって発見され、明智は現場に急行、浪越警部と捜査にあたりますが、その宿のおかみの証言から、もちろん容疑者はいっしょにいた女との見方が有力です。ちなみにこの密会宿のおかみ=星野晶子(ほしのあきこ)は、昭和30年代のテレビ創成期から各社CMで活躍していた上品な美女で、私の世代では何時の間にか脳裏に焼き付けられている存在でしょうが、元々は女優、昭和53年頃から映画やテレビドラマの世界に復帰して数多くの作品で印象的な脇役を演じています。

 で、肝心の捜査は浪越警部=荒井注が論理的推理を披露して、容疑者は嫉妬に狂った青木愛之助と目星をつけますが、そのアリバイは完璧であり、しかもそれを証明するのが、はからずも現場でいっしょに覗きをやっていた明智小五郎とあっては、手が出せません。そして何より不思議なのは、まったく身寄りの無い芳江が2人存在という疑惑です。もちろん双子説は否定されるのです。またそこに残された黒薔薇が不気味な手掛りと思われるのですが……。

 この後、その黒薔薇は芳江にも送られて殺人未遂事件が発生、行詰った明智は芳江の過去を探る一方、女医・三田村アキに接触しますが、その彼女にも黒薔薇が送られており、直後に命を狙われます。そんな中、明智は街で偶然にも芳江と三田村の助手・たつみが同じ車に乗っているのを目撃、ますます困惑する名探偵は、世の中に全くウリふたつの人間が存在するのか否か、深い疑念の中に落ち込んでいくのでした。

 このように「天使と悪魔の美女」は原作のミソを大切にしながら、より一層、華麗な世界を見せてくれます。そしてそれを尚、面白くしているのがゴシックな人間関係で、まず青木愛之助の秘書・佐川=草川祐馬の芳江=高田美和によせる熱い想い、またその佐川に惚れているカオル=美保純の暗い情念が強烈です。さらに三田村アキ=鰐淵晴子の助手・たつみ=佐野守や青木家の家政婦=北城真記子の不気味な存在も気になるというディープさがあります。

 そして青木愛之助をエキセントリックに演じる中村嘉葎雄の演技は出色! 常に意地悪く不気味に笑い、やや足が不自由と思われるその身のこなし、さらにギラギラした本性を奥に潜ませたその表情は、悪い予感に満たされているという素晴らしさです。さらに劇中ではカムバックの希望を持つ妻を苛め抜き、愛人との戯れに耽溺するのです。もちろんそれに反感を持つのは秘書の佐川=草川祐馬、そして姪のカオル=美保純はそんな人間関係に呆れ果て、殺人という究極の解決方法を仄めかすのですが……。

 次の場面はお待ちかねの入浴シーンで、演じるのはもちろん高田美和です。ここは明るく広い浴室でオールヌードの全身を惜しげもなく見せる彼女が光り輝いていますが、それは熟したボディラインが崩れる寸前の美味しさです。しかもここへ草川祐馬が、腰にバスタオルを巻いただけの姿で彼女の背中を流しに入ってくるのです。もちろんそれは中村嘉葎雄の命令なわけですが、しかし、もちろん男としては辛抱たまらん状態! 2人は自然に浴室内で絡みを演じるのです。おまけにそれを中村嘉葎雄が密かに覗いており、その視線を感じた高田美和が一層激しく、草川祐馬に絡んでいくのですから、これはもう完全にロマンポルノの世界です。しかもここでの高田美和は自ら腰を使っていく動きも見せるので、テレビの前のお茶の間は、完全に気まずい雰囲気一色になること、請け合いです。

 ちなみにここで美しい熟女に翻弄される草川祐馬(くさかわゆうま)は昭和50年にアイドル歌手としてデビュー、当時の女子中高生の間で熱狂的な人気を得て、俳優としても活躍し、主に青春ドラマで屈折した役を演じて輝きました。ところが人気上昇中に体調を崩して入院という不運に見舞われます。そして闘病〜退院と続く間、入院中の病院はお見舞いの女の子で溢れたという伝説が残されています。実は私は草川祐馬が某病院を退院する現場に居合わせたことがあるのですが、大勢の報道陣と女の子の群れに、何事か? と当惑した記憶があります。そしてその後は、やや地味な活動になりましたが、なさけない二枚目とかキザ男を演じてはピカイチの役者に成長していきました。

 さて劇中で、その草川祐馬に惚れているのが美保純です。彼女もまた、ここで高田美和と草川祐馬の熱い戯れを覗き見しており、ついに暗い情念に突き動かされてしまい、翌朝、草川祐馬は全裸の変死体となって、ガラス張りの天井に晒し者となって発見されるのです。この場面は、もちろん原作にはありませんが、非常に乱歩色を強くしたスタイリッシュな映像が強烈です。

 そして犯人はカオル=美保純と、捜査陣は簡単に推理してしまうのですが、なんとここで三田村アキ=鰐淵晴子が彼女のアリバイを証明するので、またまた当局は手が出せません。さらにこの2人の強烈なレズ・シーンまでが披露されるのですから、もう、たまりません。映像も柔らかく、そして情熱的にエロスを描写していますし、リードする鰐淵晴子の妖艶さは言わずがな、全てを任せている美保純の表情の素晴らしさと肉体の輝きは、その首筋から乳首に至るまで完全に胸ときめくものがあります。その彼女のプロフィールは――

美保純(みほじゅん)
 その生い立ちはあまり良く知りませんが、どうやら静岡県でデパートの店員をしていたらしいです。そしてスカウトされて上京、昭和56年、20歳で「制服処女のいたみ(現代映像企画・渡辺護監督)」に主演してデビューしています。これは日活の買取作品、つまり添物でしたが、同時上映だったメインの「愛獣・赤い唇(泉じゅん主演)」「ベッドでサイン(三崎奈美主演)」に勝るとも劣らない彼女の存在感は多いに注目され、日活と契約して「宇能鴻一郎の濡れて騎る(昭和57年・鈴木潤一監督)」「看護婦日記・獣じみた午後(同・黒沢直輔)」「セーラー服鑑別所(同・川崎善広監督)」等に出演、いずれもあまり冴えた作品ではありませんでしたが、美保純だけは、あっけらかんとした個性で強烈な印象を残しています。そしてついに主演した「ピンクのカーテン(同・上垣保朗監督)」が大ヒット、一躍スタアになったのです。ここでの彼女は兄と2人暮しの困った妹役で、いつも軽薄に笑い、大胆なセックスに身を委ね、本音で愛くるしい魅力を存分に発揮しています。その感性は秋吉久美子と飯島愛を繋ぐもののように、私は思いますが、とにかく彼女はこれでエロ映画の世界に新しいスタア像を確立し、その後、一般映画やテレビドラマの世界に進出しても、その個性は輝きを失っていません。また肉体的にも、どこか親しみの持てる部分があり、個人的には敷居が高くないという魅力も感じています。肝心の演技面では、どのような場面でも自然体の部分が強く、官能場面では、特にオナニーが上手いと、私は思います。一般映画やテレビドラマも含めて数多い彼女の出演作品の中では、やはり前述した「ピンクのカーテン」をぜひともご覧下さい。

 という彼女にも結局、黒薔薇が送られてきます。この時の美保純はセクシーな衣装で怯えを見せますが、やや、大袈裟か……。しかし当局は彼女を泳がせて様子を探るのです。それは深夜にタクシーで出かけた彼女を追跡する浪越警部というサスペンスから一転、原作のトリックを使った人間消失で、まんまと彼女は遁走、行く先はなんと明智探偵事務所でした。しかしそこで犯人に遭遇し、行方不明となるのです。そして残されたのは黒い薔薇!

 さらに青木邸と三田村アキの研究室に、切断された左右の腕が1本ずつ送られてきます。それはもちろんカオルのものと断定されますが、驚くなかれ、死体は青木邸の浴室のバスタブの中から発見されるのです。ここは真っ赤に染まった血の風呂に美保純の死顔が限りなく美しいという、乱歩味が決定的に強い演出になっています。おまけにこの事態になっても不敵に微笑み、酒をあおって、ピアノまで弾いてしまう青木愛之助=中村嘉葎雄は本当に狂気の狭間という名演を見せてくれます。そしてこれには流石の名探偵も、愛人の三田村アキも、そして妻の芳江までもが、呆れ果てるのでした。

 そしてここから「第U部:エロスの白い肌」がスタートし、その夜、ついに狂気に落ちた青木愛之助は、妻を強引に屈服させようとムキになっているその最中に、もうひとりの芳江を見てしまうのです。果たしてこれは夢か幻か!? どちらが本物の芳江なのか!? 恐怖と困惑に錯乱した青木愛之助は、とうとう芳江を殺害するのですが、それは本物なのか、ニセモノなのか!? それでも分からぬ真実に、青木愛之助は自ら破滅の道へ突き進むのですが……。

 それにしても中村嘉葎雄の演技は素晴らしすぎます! これほどまでに狂気と現実、天空と地上を往復する演技を見せられては、共感する部分、羨ましい部分、そして猟奇の果ての真実に素直に感服するほかはありません。そのプロフィールは――

中村嘉葎雄(なかむらかつお)
 ご存知のように生まれは歌舞伎界名門の出身、萬屋錦之介の弟です。当然、小学生の時から舞台に出ていますが、兄・錦之介が東映に入ったことに刺激され、昭和30年、松竹に入社しています。もちろん時代劇スタアとして活躍しましたが、兄・錦之介が華やかな魅力で売り出したのと対照的に、屈折しながらも乾いた感性を全面に出して現代物でも素晴らしい演技を見せています。そして昭和32年には東映に移籍して、兄弟共演による豪華絢爛な時代劇で一世を風靡しました。また、この当時の東映では昭和の大歌手・美空ひばり主演によるミュージカル時代劇というような明朗闊達な作品が数多く製作され、中村嘉葎雄はそこに登場することによって、華やかな雰囲気も身につけていきます。そしてその頂点の痛快娯楽作品が兄・錦之介と共演した「殿さま弥次喜多道中シリーズ」で、ミュージカルとオトボケ、そして心地よい勧善懲悪が素直に楽しめます。また佐久間良子とのコンビで数多くのアクション・サスペンス物にも主演しています。しかし昭和38年、東映が任侠路線に転換したことから退社、フリーとなって各社の作品に多数出演しました。ちなみに芸名はデビュー当時から中村賀津雄で、中村嘉葎雄になったのは昭和50年代に入ってからです。そしてその芸風は、重厚さと軽妙な味のバランス感覚が素晴らしく、どんな作品でも、いっさいの妥協が無い演技は強烈な存在感を示しており、この「天使と悪魔の美女」でも、実質的な主人公という位置付けは原作どおりだと思います。

 さて、物語はこの後、定石どおり、明智の独善的な推理と活躍で事件の真実に迫っていきますが、もちろん捕らえられ、拷問を受け、ついには生死不明という、シリーズお約束の展開になります。しかもここでは蝋燭責めを受けて悶絶する天知茂という、なかなか珍しくも興味深い場面まで用意されています。

 またクライマックスでは高田美和と鰐淵晴子の華麗な歌劇がたっぷりというお楽しみも用意されています。これはもちろん、事件を解き明かしていく上での演出にもなっており、最後の最後まで芝居そのものという展開が、驚愕の真相を見事に浮かび上がらせています。

 肝心のウリふたつの同一人物の謎については、安易といえばそのとおりですが、そこは原作をさらに掘り下げたサスペンスと本格推理的な動機・真相が用意されているので、あまり問題にはならないと思います。それよりも気になるのは、ニセモノの存在を簡単に認めてしまう明智小五郎と浪越警部以下の捜査陣のあり方かもしれません。

 とは言え、ここでの明智小五郎は非常に颯爽としています。それはシリーズが新しい展開に入ったことを如実に示す雰囲気で、例えば、このエピソードでは美女にメロメロという、これまでの弱味を見せていません。否、むしろクールに構えてダンディに行動するという、ハードボイルドの王道を行く探偵ような佇まいさえあるのです。そしてそういう明智小五郎=天知茂に、美女の方から弱味を見せてしまうのが、今回のオチに繋がっています。

 また、お楽しみの変装は、ここまで書けば誰に化けるのかがミエミエですが、それを見た瞬間、物語が逆転するところは痛快です。つまり、ウリふたつの同一人物が存在してしまうというパラドックスなので、この脚本は本当に良く練り上げられていると感じます。

 ということで、これは「美女シリーズ」でも屈指の名作だと思います。サスペンス・ミステリとしての構成は言わずもがな、出演者の演技も素晴らしく、また演出、カメラワーク、映像構成も地味ながらクールな様式美に彩られており、テレビ作品としては最上の部類でしょう。否、これは劇場版としても立派に通用する傑作です。そして観終った後、青木愛之助に感情移入して共感を覚えているもうひとりの自分の存在に、きっと気がつかれる皆様がいらっしゃるはずだと思います。

(参考文献:DVD「天使と悪魔の美女」付属解説書」)

(2005.09.15 敬称略)