白い素肌の美女 江戸川乱歩の「盲獣」


 大傑作「天使と悪魔の美女」で、まさに「新生」と言っても過言ではないスタートを切った「美女シリーズ」の、それに続く作品がこの「白い素肌の美女」です。もちろん放送されたのは番組改編期の4月、ということは放送開始から7年目に入っているにもかかわらず、テレビ朝日にとっては、まだまだドル箱の存在だったという証になっています。

 それは製作スタッフ一同の熱意と原作の揺ぎ無い魅力が根底にあるわけですが、しかし、やはりテレビ放送ではどうしても見せてはならない部分が江戸川乱歩の世界にはあり、それゆえに出来上がったものに賛否両論がつきまとったことは否定出来ません。

 その一番大きな部分が原作への忠実度です。したがって今回の原作が「盲獣」と知った時、これはどうなるんだろう? と私が思わざるをえなかったことは、原作をお読みになられた皆様には、きっとご理解いただけるはずと思います。

 そして実際に観始めると、またまた仰天驚愕、なんとこの物語は、これも危険極まりない「一寸法師」が入っていたのです。その原作とは――

盲獣 / 江戸川乱歩・著
 初出:昭和6年2月〜昭和7年3月、「朝日」に連載

 乱歩の妖しいエログロ世界を代表する物語で、主人公は盲目の殺人淫楽者ですが、その彼の異次元美術感覚=触覚芸術論を徹底的に書き込んだ恐るべき作品です。つまり目で楽しむことが出来ない美感を、触ることによって満喫出来る芸術ということで、平たく言えば、触ることによってのみ得られる快楽の追求です。

 それは例えば、盲人の職業としては一般的なマッサージ師に成りすまし、若い女性の肉体を撫で回し、肌の感触や肉体の凹凸の絶妙な曲線を満喫することばかりでは無く、その感触を人工的に作り出したオブジェの製作・展示というところまで発展していきます。

 しかも主人公は、その過程でお気に入りの女性を虐殺し、バラバラにして各所に展示・遺棄したり、はたまた風船につけて空中に飛ばしたり、ハムに加工して安売りしたりするという変質者ぶりを存分に発揮していくのです。

 当然、乱歩の文章は、そのあたりを執拗に、そしてネチネチと陰湿に、物凄い勢いで書き綴っており、それはついに作者自らが嫌悪を感じるほど圧巻の出来栄えになっています。しかも凄いのは物語最後に至り、触覚芸術の素晴らしさが、その完成に至るまでの残虐な行為を跳ね返して燦然と輝くという爽やかさに転じているということです。

 私はこれを初めて読んだ中学生の時、それまで全く考えも及ばなかった世界に覚醒したような気分にさせられ、触覚芸術論の受け売りしてしまった過去があります。ちなみにその時読んだのは春陽堂文庫版で、後に削除された「鎌倉ハム大安売り」がきちんと入ったものでしたから、自らの変態の軌跡に、これははっきりと残された轍という作品です。

一寸法師 / 江戸川乱歩・著
 初出:大正15(昭和元)年1月〜昭和2年3月、「朝日新聞」に連載

 これも江戸川乱歩が作品の出来に嫌悪を感じ、休筆を決意したという物凄いサスペンス・ミステリの傑作です。

 物語は猟奇の徒である小林紋三が深夜の浅草で出会った一寸法師が、切断された人間の片腕を所持していたことから尾行するというのが発端で、しかも一寸法師が入った先の古寺・養源寺にはその姿は無く、翌日から独自の捜査を始めるという展開です。

 そしてその過程で、郷里の先輩である大富豪・山野大五郎の美人妻・百合枝から、失踪した娘・三千子の捜索を依頼され、ここに小林紋三と旧知の名探偵・明智小五郎の出馬となるのです。

 で、早速訪れた山野邸での事情説明によれば、三千子は密室状態の自室から姿を消しており、それはつまり、家出と目されますが、実は意外なトリックを使った誘拐事件ではないかと、明智は推理を披露するのです。ちなみに山野百合枝は後妻であり、三千子は血の繋がらない娘ということで世間体もあるわけですが、この事態に至っても父親の山野大五郎の態度が、何故か煮えきりません。

 そして同時に、帝都各地でバラバラ死体が見せびらかすように展示される事件が発生、それはどうやら失踪した三千子の遺体ではないかと断定されます。しかもここに謎の一寸法師が出没していること、さらに三千子失踪事件の相談相手が、冒頭で述べたように一寸法師が消失した養源寺の住職だったことから、事件は混迷を極めるのです。

 しかし流石は名探偵・明智小五郎です。複雑な山野家の人間関係を整理し、卓抜な推理を働かせて鮮やかに事件を解決していくのですが、ここでは三千子失踪に関するギミックになるグランドピアノの使い方や指紋のトリック、さらに人間関係や恋愛関係という生臭い部分にまで踏み込んだ物語展開が、この時期の乱歩ならではの妖しさを含んだ文体で綴られています。

 もちろんタイトルどおり、一寸法師その人の生き様もきちんと描かれておりますし、そこが迫力のクライマックスと哀しい余韻が漂う最後の場面に昇華されているのは、本当に見事です。またミステリの本質を大切にしたトリックの数々とプロットの巧さが、この作品を単なる怪奇エログロ物にしていないのは、言わずもがなです。

 というこの2つの原作を用いて「美女シリーズ」化されたのが――

白い素肌の美女;江戸川乱歩の「盲獣」
 監督:長谷和夫
 脚本:篠崎好
 原作:江戸川乱歩「盲獣」「一寸法師」
 放送:昭和58(1983)年4月16日、テレビ朝日「土曜ワイド劇場」
 出演:天知茂(明智小五郎)、叶和貴子(山野百合枝)、中条きよし(宇佐美鉄心)
    :田中明夫(山野大五郎)、美池真理子(山野三千子)、五代高之(蕗屋)
    :荒井注(浪越警部)、高見知佳(文代)、小野田真之(小林芳雄)
    :曽我町子(アパート管理人)、福田妙子(キミ)、飯野けいと(小松ひとみ?) 他

 さて、今回のエピソードも時代背景を現代に置き換えてあり、それは番組が放映されたリアルタイムということで、冒頭からディスコで踊る文代=高見知佳、そして彼女に引っ張り出される形で不器用に体を動かす明智小五郎=天知茂が何とも野暮ったく、時代にアクセス出来ない中年おやじ像が笑わせます。しかし今となっては私的にも額に汗が滲ます……。

 で、結局その場に居たたまれず、表にエスケープした明智が出会うのが、なんと切断された片腕を持った謎の尼僧です。もちろん明智は早速その謎の人物を尾行、そして行った先が古寺の養源寺で
すが、尼僧は消失、そして住職に「当山は尼寺ではない」と軽くあしらわれる展開は、原作の「一寸法師」を「尼僧」に改変してあるとはいえ、物語の発端そのものは同じプロットなので好感が持てます。

 こうして幻のバラバラ事件に遭遇して困惑する明智の悪い予感を裏書するように、次の日の朝、色とりどりの風船に吊り下げられて青空の下を浮遊する包みの中から出てきたのは、切断された人間の生脚でした。ここは原作「盲獣」からの場面挿入ですが、ちなみにこの「白い素肌の美女」でこれを発見するのも河川敷で遊んでいた子供達! もし、これが現実だったらトラウマ必至の名場面です。

 検視の結果、それは女性のものと判明しますが、捜査は遅々として進展せず、困り果てた浪越警部は例によって明智探偵事務所を訪れますが、頼りの名探偵は茶会に招かれて外出してしまいます。ここは明智=天知茂の和服姿が落ち着いたダンディズムを漂わせていおり、当にスタアの証といった佇まいです。

 そして招かれた先は、厳格な教育で知られる山野文化学院の経営者・山野大五郎の邸ですが、何故か招待客は明智ただ1人であり、応接に出た山野大五郎の美人妻・山野百合枝=叶和貴子から、明智はある調査を頼まれるのです。それは5日前に行方不明になった義理の娘・三千子=美池真理子の捜索依頼でした。

 もちろん百合枝は後妻であり、先妻の娘・三千子とは7つしか年齢差が無いうえに、三千子は厳格な教育者の家庭に育ちながら遊び好きのケバイ美女とあって、親子仲は上手くいっていません。もちろん百合枝は懸命に家族の絆を大切にしようと努めるのですが、それにしても叶和貴子の柔らかな風情は最高です。その彼女のプロフィールは――

叶和貴子(かのうわきこ)
 短大音楽科を卒業後、ピアノ教師をしている間に芸能界入りしています。それはテレビドラマ中心の活動で、正式デビューは昭和55年頃だと思われますが、まず人気を得たのが特撮テレビ番組「宇宙刑事ギャバン(昭和56年・テレビ朝日)」のヒロイン・ミミー役でした。そこでは活動的なキャラでしたが、また、同時にもうひとつのイメージである和服が似合う美女として、多くのテレビドラマや舞台に出演していきます。しかも大人の女としての演技では出し惜しみすることの無い姿勢が素晴らしく、例えば「美女シリーズ」では17作目の「天国と地獄の美女」にも出演し、目が眩みそうな全裸を披露していますし、この「白い素肌の美女」でも、そのスタンスは変わっておらず、見せ場が数多く用意されています。

 さて、問題の山野三千子失踪の顛末ですが、まず5日前の夜、父親の秘書である小松ひとみと自室で語らっていたのが最後の姿でした。そこで明智が三千子の部屋を調べてみると、どうしても密室状態なところから、彼女は家出と推察する一方、まだ家の中に居るという推理も披露するのです。そして驚愕する百合枝にピアノの中という暗示をかけた瞬間、そこに血まみれの死体がという悪夢に襲われ、叶和貴子は失神するのでした。実際、その瞬間のイメージ映像はシャープな処理で見事です。

 また、ここでは天知茂と叶和貴子というスタア2人の和服姿が最高にキマッていますし、また彼女の仕草の中では、ついつい、その肉づきの良いヒップあたりから目が離せない瞬間があります。当然、下着のラインは見えません♪ 特に階段を登っていくシーンは嬉しく、もちろん、色っぽいうなじの雰囲気にもグッときます

 そして失神した彼女を介抱するのが、山野家に20年前から出入りする片目が不自由なマッサージ師の鉄心=中条きよしで、もちろん山野百合枝に横恋慕しているのがミエミエの存在ですが、もちろん原作の味を大切にして彼女の肢体を執拗に撫で回すのです。それは着物の上からとは言いながら、中条きよしの手と指の動きは絶妙の厭らしさですし、ついには着物を割り開いて生脚に指を這わせるあたりでは叶和貴子が意識朦朧の中で、思わず愉悦の表情を浮かべてしまうところまで、アップの映像を巧に使って表現されています。しかも脚の裏側辺りを中心に撫で回すところは芸が細かく、羨ましくもリアルな演出だと思います。

 こうして調査を依頼された明智は、まず、その夜に三千子と語り合っていた小松ひとみに当りをつけますが、彼女は風邪で欠勤中という事で自宅アパートを訪問、そしてそこで山野文化学院のピアノ講師・蕗屋=五代高之に遭遇するのです。その時の印象は、何故か2人とも煮え切らない態度というか、何かを秘めていると、明智には感じられるのですが……。

 さて、ここで物語は急展開、デパートの和服売場でマネキンの腕が切断された人間のものとすり替えられる事件が発生、しかもその前夜、警備員が問題の売場で謎の尼僧を目撃していたこと、さらにその切断された手の指には三千子の指輪があり、おまけにその指紋が彼女のものと一致したことから、どうやら山野三千子は殺害されたものと推定されるのです。そして追い討ちとして、山野邸には切断されたもう一方の腕が小包で届けられるのでした。

 驚愕する山野家の人々、そしてそれとは対照的に虚無的な鉄心=中条きよしの不気味な振舞いに、明智はまた何かを感じるのです。さらに、どういう訳か山野大五郎から留学資金1千万円をせしめた蕗屋の行動にも引っ掛かりを覚えた名探偵は、小林芳雄と文代に身辺調査を命令します。

 すると小松ひとみの恋人だった蕗屋を強引に奪ったのが山野三千子という背景が浮かびあがるのです。ここでは高見知佳が女子大生に化けて軽いタッチで聞き込みをする楽しい場面もありますが、それとは逆に探偵事務所での推理合戦では小林芳雄や浪越警部を凌駕する、なかなかの名推理を披露して、憎めない小娘という新しい文代像を見せてくれます。また、この場面では、各人の推理をイメージする映像がきちんと作られており、本格ミステリの醍醐味を満喫させる演出にも好感が持てます。

 中心となる名探偵の推理は、謎の尼僧の存在が何とも気になるところで、最初の出会いと消失に関わる養源寺を再度訪ねるのですが、なんとそこは無住の寺!

 そして次は皆様お待ちかねの入浴シーン、演じるのはもちろん叶和貴子です。ここはまず、彼女のうなじ方向から湯の中の裸体が映し出されるカメラワークが分かっている演出ですし、微妙にほつれた髪の毛が彼女のお色気を増幅させています。さらに浴槽から出て着替えに向かうシーンでは尻のワレメと乳がモロ見えの大サービス♪ ただし、どういうわけかここでは彼女の顔が映し出されない微妙なカメラワークになっていて、はて、これは吹替えか? とテレビの前の諸兄はスケベ心が揺れてしまうはずですが、そのあたりは皆様各自でご確認お願い致します。

 ちなみに彼女が風呂を出たのは、何故か聞こえるピアノの音が気になってのことです。それは三千子の部屋から確かに聞こえてくるようですが、中にはもちろん誰もいるはずがなく、しかしそれでも彼女は三千子の亡霊を見て怯えるのです。そしてここでまたしても介抱に現れるのがマッサージ師の鉄心で、それに事寄せて叶和貴子と危険なお芝居を演じます。ここは女タラシのイメージを持つ中条きよしの真骨頂で、叶和貴子も陥落か……!? という見せ場になっていますので、その後は見てのお楽しみとさせていただきます。

 さて肝心の名探偵は、推理の行き詰まりを打開するべく再度、小松ひとみを訪ねるのですが、なんと彼女は突然の転居でアパートは空き部屋に! もちろん勤務先の山野文化学院にも退職届けが郵送されているという手際の良さに、明智は驚愕するのでした。そして小林芳雄が彼女の身辺を調査してみると、意外な秘密が浮かび上がるのです。

 物語はこの後、蕗屋=五代高之から、さらなる留学資金を無心された山野大五郎の不審な行動、そして蕗屋が殺害されるという事件が発生し、ここは山野家に家政婦として入り込んでいた文代=高見知佳の機転がきいた尾行で、その核心が露わになると思われるのですが……。

 もちろん愛する夫や家族を思う百合枝夫人の焦燥は極限に達しており、ついに謎の尼僧からの呼出状にしたがって窮地に陥るのです。そして――

 ここからは原作どおりに盲獣の触覚芸術美術館が披露され、そこに一寸法師の悲しい片思いが上手く重ねられており、猟奇・エログロ風味が満喫出来ます。そして叶和貴子は美しく妖しい怯えをたっぷり見せてくれるわけです♪ あぁ、事件の真相は……!

 というのが今回の展開です。ここまで全篇を貫く山野百合枝の献身的な愛情は美しいばかりですが、事件の真相を徹底追究しようとする明智小五郎は納得しません。そして全ての謎の根源は養源寺にありと独善的に推理した名探偵は、勇んで乗り込むのですが、ここで窮地に陥るのはお約束です。しかし今回も、それを事件解決に上手く結びつけていますので、それは見てのお楽しみです。もちろん得意の変装も披露されます。

 ということで、この「白い素肌の美女」は、現代のテレビ放送では禁断とも思える原作2本を非常に上手くミックスさせ、尚且つ本格ミステリの味を損なわない仕上がりになっています。それは原作をご存じない皆様が、事件の真相を明智小五郎から解き明かされた時、必ずや仰天させられる仕掛けになっているのです。しかも最後の最後に真の殺人者を決めつける名探偵のアクの強い独善ぶりも、いつも以上に堪能出来るのです。

 これは前作「天使と悪魔の美女」に引き続く篠崎好の見事な脚本、そしてそれを完全に活かしきった長谷和夫監督の演出は最高です。この監督は昭和40年代に松竹でプログラム・ビクチャーを撮り、昭和50年代からはテレビに活動の場を移して、時代劇やサスペンス物、ホームドラマまで幅広く担当してきたベテランで、特に人気時代劇「必殺シリーズ」でのツボを外さない演出は代表的なところです。ここでもその「必殺シリーズ」を想わせる照明やカメラワークが秀逸で、画面を贅沢に使ったスタイリッシュな構図と映像は一見地味ですが、流石と唸る場面が多々あります。中でも場面毎の役者の立ち位置と演技上の動きの完璧さは立体感に溢れ、出来過ぎというほどです。こういう撮影は綿密なリハーサルが必要であり、今日のテレビドラマではほとんど観ることが出来ませんので、如何にこの作品が丁寧に撮られているかの証明になっています。二度、三度と繰り返し鑑賞される時には、そのあたりにもご注目下さい。

 出演俳優では叶和貴子の美しさ、哀切の演技は言わずもがな、それを充分に引き出しているのが中条きよしの屈折した名演です。いささかネタバレになりますが、クールな振舞いに隠された男の悲恋、そのキザなものを嫌味無く演じられる役者は、他に誰がいるでしょうか。ちなみに「美女シリーズ」では「エマニエルの美女」「魅せられた美女」に続いて3度目の出演で、よほど相性が良かったのでしょう、いずれも印象的な好演でした。

 また出演美女のひとりである美池真理子は最初のケバイ雰囲気が強烈ですが、案外素直な美しさもあり、ネタバレがあるので、それがどこかは書けないものの、確信犯的演出で叶和貴子とのレズっぽい場面まで見せてくれます。ちなみに彼女はこの当時、男性誌のグラビアでヌードも披露しており、今となっては女優よりもそっちの活動の方が記憶に残っているほどなので、この作品でもサービス場面を期待したのですが、残念ながら……。

 そして彼女の父親役の田中明夫の煮詰まった演技もこの物語にはピッタリで、それにしても叶和貴子に献身的な愛情を捧げられる境遇は羨ましい限りです。

 肝心の主人公・明智小五郎=天知茂は、中年おやじ丸出しの部分と颯爽とした男盛りの佇まいのバランスが秀逸です。アメリカの私立探偵のような雰囲気は前作「天使と悪魔の美女」からの引き続きですが、今回のエピソードのように上流家庭の内幕を舞台にした物語では、それも不自然ではありません。美女に対するストイックな振舞いも同様です。

 シリーズ・レギュラーの面々では文代=高見知佳がイキイキとしていて、それは乱歩が描く女性像とは掛け離れていますが、天知茂を自然なボケに誘い込む演技は楽しいものがありますし、名探偵を慕う気持ちは恋心というよりも、父親か兄に対する愛情に近いものがあるようです。また小林芳雄は小野田真之が演じるようになってから、かなり重要な仕事を任されるようになったことも特筆すべきだと思います。そして浪越警部=荒井注はオトボケが今回は控えめで、警察官として本来の姿を見せていますが、これがなかなかの働きで違和感がありません。

 あと、少し余談ではありますが、DVD化されたことによって、製作者側の隠された稚気も発見出来ました。それはスタートから1時間15分目辺り、文代と小林芳雄が養源寺を訪れる場面で何気なく画面に映し出される墓石に「菰田家」という文字が! そうです、皆様良くご存知の乱歩作品「パノラマ島奇談」の舞台として設定された資産家が「菰田家」で、しかも、それを「美女シリーズ」化した「天国と地獄の美女」のヒロインが叶和貴子! これは単なるリスペストを超えた芸の細かさというか、何時か誰かが気づいてくれるというような遊び心だったのでしょうか……。

 というように、この作品は本当に細部にまで気配りされた秀作だと思います。ただし、それゆえに何処かこじんまりしている印象があるのも、また事実です。それは原作があまりにも現世の本質を突きすぎたが為に、乱歩以外の第三者がそれを表現することが許されないという事情によるものです。つまり、タブーが多すぎて……。

 ちなみに「一寸法師」は新東宝で極めて原作に近い形で映画化され、昭和30年に公開されていますし、「盲獣」は昭和44年に大映で増村保造監督によって名作が撮られています。また近年では石井輝男監督による「盲獣vs一寸法師」という話題作があるというように、この原作はどうしても映像化したくなる魅力があるのは確かです。

 その意味で、それらの諸作と、この「白い素肌の美女」を比較鑑賞されるのも一興かもしれません。ちなみに新東宝の「一寸法師」には、若き日の天知茂も出演しているのでした。

(参考文献:DVD「白い素肌の美女」付属解説書」)

(2005.10.24 敬称略)