禁断の実の美女 江戸川乱歩の「人間椅子」


 怪奇幻想、エログロ、そしてミステリという江戸川乱歩作品の特質の中で、見逃せないのが全篇に漂う寂寥感と主人公の孤独感ではないでしょうか? それがあるからこそ、読者は乱歩の虜になり、折に触れては中毒症状を呈するのだと、私は思います。

 そのあたりは特に初期短編に顕著で、中でも「人間椅子」は凝縮されたエロスと孤独感がギリギリのところでミックスされた逸品! それゆえに偏愛度も異常に高いという、おそらく乱歩作品の中でもベスト10に入る傑作だと思います。

 ですから、これを映像化しようとする試みには大いに共感出来るわけで、しかもそれが「美女シリーズ」でというのですからたまりません♪ しかし元ネタは短編なので、どうしてもそのあたりに不安を感じてしまうのも、また事実……。まず、その原作とは――

人間椅子 / 江戸川乱歩・著
 初出:大正14年9月「苦楽」に掲載

 生まれつき、世にも醜い容貌の男が、自らの欲望を満たすために目論んだ、悲しく歪んだ企みの顛末を描いた作品です。それは貧しくとも、天才的な腕前がある椅子職人としての自分の技能を活かし、特殊な空間を作った椅子の中に潜んでお気に入りの美女と間接的にでも肌を合わせたいと願う主人公の、超現実的な行動でした。

 そしてそれを手記として綴った手紙が、ある日、外務省高級官僚の美人妻で、売れっ子作家でもある佳子のところへ送られてくるのが発端です。そこには前述したように、人間椅子になった男の強烈に屈折した如何わしい体験が、陰湿な情熱を込めて書き綴られていたのです。

 まずそれは、外人が経営する高級ホテルの椅子として試されます。しかしもちろん最初から、美女との肌合わせ云々という目論みがあったわけではなく、当初は椅子の中に潜み、隙を見て抜け出しては窃盗を働くのが目的でした。そしてそれは所期の目標を達成するのですが、そうこうしているうちに、椅子に腰掛けてくる見知らぬ人との触覚や超常識的なふれあいに、秘められた異常性癖を刺激された主人公は、ますます狭い暗闇の中で陶酔していくのでした。

 なにしろ外国要人でさえ、その椅子に腰掛けているのならば、その心臓を一突きにして殺害することさえ出来る、その唯一無二の優越感! また異国のうら若い乙女の肉体に、なめし皮一重隔てて密着する、実生活では絶対に不可能な椅子の中の恋! それは触覚と聴覚と僅かな嗅覚のみの異常恋愛、暗闇の陶酔、悪魔の国の愛欲でした。

 もちろんそれは、出入りする様々な女によって微妙に、そして大きく変化する楽しみでもあり、主人公は完全に中毒症状に陥るのですが、ある日突然、そのホテルの経営者が変わり、その椅子は中に潜んでいる男と諸共に、ある立派な屋敷に売られていくのです。そしてそこで、ある美貌の日本女性と禁断の恋愛を楽しむのですが、ついに……。

 という体験がネチネチとした文章で綴られているその手記は、奥様、という佳子に対する情熱的な一言で始まっていました。そしてそれを読みながら彼女は戦慄します。なんと彼女の書斎には、最近購入したばかりの高級な洋風のソファーが!

 という展開から強烈な背負投げのオチがつけられたこの「人間椅子」は、当に乱歩ならではの陰湿な恋物語で、全く屈折していながら、大いに共感出来るエロスと孤独感が見事な傑作というほかはありません。しかし、これをどうやって映像化するのか? しかもテレビというお茶の間の憩いで提供しようとするのですから! その答えが――

禁断の実の美女;江戸川乱歩の「人間椅子」
 監督:貞永方久
 脚本:ジェームズ三木、山下六合雄
 原作:江戸川乱歩「人間椅子」
 放送:昭和59(1984)年1月7日、テレビ朝日「土曜ワイド劇場」
 出演:天知茂(明智小五郎)、萬田久子(北見佳子)、レオナルド熊(黒川)
    :荒井注(浪越警部)、高見知佳(文代)、小野田真之(小林芳雄)
    :長谷川哲夫(田村)、内田朝雄(高杉大作)、東郷晴子(タミ)
    :丸山秀美(高杉晴子)、小田桐かほる(高杉裕子)、森田理恵(根岸咲子) 他

 結論から言うと、「美女シリーズ」の公式に則った、とてもオーソドックスな仕上がりになっています。

 まず、今回の明智小五郎は美女に弱いという部分を久々に、そして最初っからモロ出しにしています。それは出張帰りの飛行機の中で、隣り合わせた座席の美女・北見佳子=萬田久子にチョッカイを出すというか、我田引水的な謎掛けから、自分を名探偵・明智小五郎と彼女に言わせて悦にいるという、どうしようもない中年エロおやじ的な行動が憎めません。しかも彼女が人気ミステリ作家の北見佳子と知っての行動なのですから、いやはやなんとも……。しかし、このあたりの天知茂の満更でもない演技は、その味とクサミが満点なのでファンにはたまらないと思います。

 で、その北見佳子は自宅に戻ると当然まずは入浴、ここは「美女シリーズ」ではお約束ということで、シャワー・シーンも艶っぽい彼女のうなじを中心としたカメラワークが嬉しく、またその後にはネグリジェに着替えて寛ぐ美女がじっくりと描かれているので、観ているこちらは、まるっきり萬田久子の私生活を覗いているような気分になります。

 しかしここは、もうひとり、さらにじっくりと彼女の行動を観察している者がいて、もちろんそれは椅子の中に隠れている男=レオナルド熊に他なりません。そして原作どおりの椅子の中の恋が語られるのです。

 一方、すっかり北見佳子の虜になった明智小五郎は、事務所でも彼女の著作を読書三昧! 文代=高見知佳のイヤミの何処吹く風ですが、そこへ北見佳子から誘いの電話が入るのですから、流石の名探偵もますますクールの構えて下心を隠そうとするのですが……。何とその瞬間、北見佳子が宝石商の御曹司と結婚の新聞報道が、小林芳雄=小野田真之によって伝えられ、明智小五郎は完全にコケにされたという雰囲気が漂うのでした。

 このあたりは天知茂のボケと高見知佳のツッコミ、さらに小野田真之と荒井注の絶妙な合の手が上手く演出されていて、これまでの「美女シリーズ」の中では最もトリオ漫才風のコントになっています。特に天知茂の呆けたような表情は一見の価値有り!

 そしてその報道で、明智小五郎以上の絶望感に襲われたのが、椅子の中の男・黒川で、新聞に掲載された2人写真をズタズタに切り裂くところから、物語は不吉な予感に満たされていきます。もちろん、この黒川は原作どおりの醜男に描かれているのです。

 さて、そうは言っても、名探偵はその日、北見佳子と約束の東洋ホテルに出かけていきますが、北見佳子はその前に、同じホテルで婚約者である高杉孝太郎とその家族の面々と会食しています。そこには孝太郎の父親・高杉大作、妹の晴子と裕子が集っており、話の流れからミステリ作家志望の高杉裕子=小田桐かほるが北見佳子の弟子になることが決まります。

 しかし、この和やかな雰囲気をぶち壊すのが、北見佳子につきまとう2人の男で、それは北見佳子を売れっ子作家に育てながら、現在は落目の編集者・野呂武信と彼女の前夫・土田広介です。そしてそういうドロドロした状況の直後、北見佳子は化粧室で何者かに襲われ、首を絞められて半死半生で発見され、折りしもその場に居合わせた明智小五郎と浪越警部が捜査に乗り出すのですが……。

 という展開から彼女の周囲に怪事件が続発していきます。それはまず、北見佳子の家に住み込んだ弟子の高杉裕子が、何時の間にか誰もいない書斎の中で刺殺されます。もちろんその前に、前述した怪しい2人の男のアリバイは完璧に証明されているのですから、捜査陣も困惑しますが、明智は現場の状況から、忽ち人間椅子の仕掛けを看破するのです。

 ここでは高杉裕子が犠牲になる前に、問題の人間椅子に身を任せて寛ぐ姿が思わせぶりたっぷりに描かれているのが素敵な演出で、演じる小田桐かほるの死顔も、何となく魅力的です。

 で、早速、その椅子の製作者・黒川が容疑者と目されますが、住み込んでいる家具工房の部屋からは姿を消しており、しかし、そこからは黒川の手記「人間椅子」が発見されるのです。もちろんその中には、原作どおりの暗闇の中の恋が綴られており、しかもそれが再現映像として描かれているのが最高です。

 それは不気味な変質者の本性を露わにした黒川=レオナルド熊の独白と名演で、密かに憧れている北見佳子から椅子作りを頼まれ、それを人間椅子として仕上げ、その中に潜んで彼女と一体になるという、まさに夢想と現実の狭間が描かれて共感を覚えます。しかも萬田久子のシャワー・シーンとネグリジェ姿が2度目の登場、おまけに彼女とレオナルド熊の全裸の絡みがイメージ・ショット的に映し出されるのですから、当に美女と野獣の妖しい官能絵図になっているのです♪ もちろん乳や尻のワレメが映るところは吹替え疑惑が濃厚ですが、萬田久子がレオナルド熊にうなじを舐められたりするあたりは、なかなか危ないものがあります。

 という手記を読まされた北見佳子は、明智小五郎と浪越警部の前で羞恥心から身も縮む思いを露呈しますが、彼女は何故か椅子の中に潜んでいた黒川の存在に気がついていたというか、現実世界でレイプ寸前に追い込まれていたという事実まで話すのですが……。当然このレイプ場面も再現映像化されており、萬田久子の嫌がりは最高です♪

 こうして黒川は高杉裕子殺害犯人として指名手配されますが、その行方は杳としてつかめず、高杉家との縁談と折り合いも危うくなるのですが、そんな中で明智小五郎の北見佳子への思いは頑なになるのでした。

 しかし事件は続きます。今度は北見佳子の秘書・根岸咲子=森田理恵が自宅の浴室で襲われ、全裸で惨殺されるのです。ちなみに、ここはもちろんシャワーの真っ最中♪ ここまでの彼女はメガネに野暮ったい服装で冴えない女を演じていましたが、一転、素顔の彼女は愛くるしい面立ちに、全裸になれば質量感満点の巨乳と大きめの乳首が本当に最高です! 私は森田理恵という女優さんを良く知らないのですが、この1作、この場面だけで完全に彼女の虜になりました。血まみれでうつ伏せの全裸死体となる演出・演技からも目が離せません。

 そして次は北見佳子が転居したマンションを訪れた高杉孝太郎が、何者かに狙撃されて死亡! これはどちらを狙ったものか、捜査陣は判断に窮し、また高杉家と北見佳子の間も険悪になるのですが、あまりにも有名な原作を知っているテレビの前のファンも、いったいこの「人間椅子」にはどういう結末がつけられるのか、疑心暗鬼にかられるのではないでしょうか。

 それは観てのお楽しみというか、冒頭に書いたとおりの王道を行く大団円が待っておりますが、それで安心するか否かは十人十色というのが、私の正直な気持ちです。つまり「美女シリーズ」のコアなファンであればあるほど、いろいろな意味で唸る結末になっていますが、しかし、ここで「なんだ……、またかよ……」と言うのは野暮な話だと思います。

 ただし今回の明智の変装はやや必然性に乏しく、残念です。また久々に美女にメロメロになった点については、いささかネタバレになりますが、それが無ければ物語展開が成り立たないからでは? 実際、劇中では北見佳子に対して思わせぶりな台詞が多い明智小五郎であり、また何時も以上にオトボケが多い天知茂は、本格ミステリとしてのミスディレクションという見方も出来ます。

 そしてその北見佳子を演じた萬田久子は、いつもながらの完熟した美女というか、大人の魅力を随所に滲ませた好演でした。最後になりましたが、そのプロフィールは――

萬田久子(まんだひさこ)
 昭和54(1979)年、19歳でミス・ユニバース日本代表に選ばれた彼女は、翌年からモデルとして活動、同時に芸能界入りもしていますが、それが本格的になったのは昭和56年に出演した「夏の別れ(東映セントラル・井上眞介監督)」での好演が認められてからです。この作品は青春映画の隠れ名作で、彼女の熱っぽいラブシーンもありますので、機会があれば、ぜひともご覧下さい。新人ながら、そこですでに確立されている彼女の魅力はクールな雰囲気と時にはドロドロした情熱的な女の性のバランスが素晴らしいところで、ファッション的にも和服が似合う日本女性としての柔らか雰囲気と最先端の流行をシャープに着こなしてしまう自然体のセンスの良さが、本当に素敵です。それは今日まで夥しく出演している作品が時代劇、コメディ、メロドラマ、サスペンス物等々、ジャンルを超越していることでも明らかで、もちろんその全てにおいて、登場した瞬間から、完全に萬田久子の世界を表現してしまいます。しかもそこに仄かに漂うお色気は最高で、この「禁断の実の美女」でも、和服から洋装、そしてネグリジェ姿からヌード・シーンまで、たっぷりと楽しませてくれました。しかもそれがけっして露骨なものではなく、どこかミステリアスなものを含んでいるところに、私は惹かれます。ちなみに彼女の私生活では、世間を騒がせた未婚の母騒動があり、現在でも父親の名前は明かされていないというミステリがあります。

 ということで、少し厳しい書き方ではありますが、この作品は王道とマンネリのバランスが危うい出来になっています。しかし、前述したような「なんだ……、またかよ……」の部分は、裏を返せばあまりにもお約束なので、コアなファンにはある種の驚きというか、肩すかし的なキメ技でもあります。このあたりは原作のオチの背負投げに一脈通じているような気がするのは、私の思い込みでしょうか……。

 物語のクライマックスにおける明智の謎解きは、何時もながらの独善的なスタイルですし、大団円での北見佳子とのやりとりもクールな天知茂の本領発揮という見所になっていますが、何故か妙にな虚しさが漂います。しかしそれが主人公の孤独感無しには成立しえない「人間椅子」には相応しいのかもしれません。それ故か否か、全篇に流れるタンゴ調の哀愁のメロディが心に染みてまいります。

(参考文献:DVD「禁断の実の美女」付属解説書」)

(2005.11.26 敬称略)