炎の中の美女 江戸川乱歩の「三角館の恐怖」


 江戸川乱歩の業績のひとつに、戦後、特に活発に行った海外ミステリの紹介・評論活動があります。それは「探偵小説」とされながら、怪奇幻想が主流だった我国のミステリを、緻密なトリックや理論に基づいた「本格物」に原点回帰させようとするのが狙いでした。

 そしてそれに刺激を受けた横溝正史を筆頭とする作家達が、次々と優れた本格物を発表していくのですが、さて、江戸川乱歩自身の創作活動は「青銅の魔人」「虎の牙」「透明怪人」という少年物が主体でした。もちろんその諸作は、とてつもない傑作でしたから、周囲の期待は、次は大人物で、という熱烈な要望になるのでした。

 そこでようやく発表されたのが、長篇「三角館の恐怖」です。しかしこれは新作とはいえ、実は乱歩お得意の翻案物で、元ネタはアメリカの作家であるロジャー・スカーレット:Roger Scarlett が1932年に発表した「エンジェル家の殺人:Murder Among The Angells」です。

 江戸川乱歩が戦後に海外ミステリの紹介に意欲を燃やした礎は、戦前・戦中に密かに読んでいた原書による海外本格物で、中でもこの「エンジェル家の殺人」については激賞しています。と同時に文章がイマイチという評もあり、それならば自分で、という意気込みがあったものと思われます。

 実際、正式に翻案権を獲得しての執筆ですから、なかなか面白い物語となりました。

 ちなみに原作者のロジャー・スカーレットは、ドロシー・ブレア:Drothy Blair とイヴリン・ペイジ:Evelyn Page という2人の女性による合作のペンネームが、その正体です。

 物語の内容はノートン・ケイン警部を探偵役にした不可能犯罪の館物という、ミステリ黄金時代の本格作品なので、江戸川乱歩もその基本線を崩さずに翻案しています――

三角館の恐怖 / 江戸川乱歩・著
初出:昭和26年1月〜12月、「面白倶楽部」に連載

 物語の舞台は隅田川沿いに立つ奇妙な西洋館、それは四角な敷地に沿ってL字型に作られた建物を、中央から対角線に仕切られたもので、通称「三角館」と呼ばれています。

 そこに住んでいるのは、蛭峰健作と康造という双子の老兄弟とその家族、使用人達で、親の遺言により長生き競争を強いられているが故に何時しか仲が悪くなり、建物から敷地に至るまで、真っ二つ、つまり三角形に分断してしまったというわけです。

 しかし家の中央にある玄関からロビー、そしてエレベーターだけはそうもいかず、そのまんま利用されているところが、作品全体の展開とプロットの妙に繋がっています。

 で、問題の親の遺言というのは、莫大な財産の相続権を長生きした者に与えるという、良くも悪くも後味が悪い内容でした。つまり独身の内は良いものの、家族が出来てしまえば早く死んだ者の身内は無一文になるという結果です。しかも一族全員が、信託されている莫大な財産のあがりだけで贅沢な生活が出来ているので、誰もが我侭な道楽者になっているのです。

 そして時が流れ、この世の常として人生の終りが見えてきた今、健康を害している健作老人は、ついに弟の康造に妥協を申し入れ、どちらが早く死んでも、お互いの遺族には財産の半分を残すという約束を取り付けようとするのですが……。

 しかし常日頃から健康に気をつけてきた康造は、簡単にその申し入れを受ける意志がありません。そこで一方的ながら、健作は弁護士を呼んで遺言状的な書類を作成することになり、それが事件の発端に繋がります。

 なにしろ両家の一族にとっては、莫大な財産の行方に今後の自分の人生が左右されますから、その人間関係も複雑を究め、ある時は不倫、ある時は仲違い、そしてある時は自分の都合だけを考えての離散集合を繰り返すのです。

 そしてその夜、なんと康造老人が殺害されるのですから、ますます人間関係は険悪で複雑怪奇なベクトルを示します。さらに遺産を巡る書類の紛失、エレベーター内の不可能犯罪、動機の不明、怪しい来訪者と人間消失……等々が積み重なり、ここに森川弁護士と篠警部が事件の解明に乗り出すのですが……。

 という物語の作中には健作老人の長男・健一、次男・丈二、健作の義妹・穴山弓子、康造老人の養子・良介、養女・鳩野桂子、その夫・鳩野芳夫の他に執事や女中が登場し、全員が一筋縄ではいかない人間模様を見せてくれます。

 ただし江戸川乱歩の文体から、戦前の作品に濃厚だった妖気が稀薄になっているように感じます。それは「本格物」という点を殊更に意識した所為でしょうか……? 翻案物という事を除いても、一味違った乱歩作品に接することが出来ます。

 そしてこれを美女シリーズ化したのが――

炎の中の美女;江戸川乱歩の「三角館の恐怖」
監督:村川透
脚本:江連卓
原作:江戸川乱歩「三角館の恐怖」
放送:昭和59(1984)年11月10日、テレビ朝日「土曜ワイド劇場」
出演:天知茂(明智小五郎)、早乙女愛(鳩野桂子)、久保菜穂子(鳥井和子)
■出演:朝比奈順子(鳥井靖子)、ジョニー大倉(鳩野信夫)、鈴木瑞穂(鳩野玄太郎)、
■出演:萩原流行(鳥井達夫)、織本順吉(荒熊)、荒井注(浪越警部)、高見知佳(文代)
■出演:小野田真之(小林芳雄)、聖ミカ(マヤ)、藤代佳子、影沢銀子 他

 キャストをご覧になれば一目瞭然、原作にあった双子の老人の長生き競争、それに伴う館の特殊性が消されています。「三角館」という呼び名も、ここでは避雷針の形に由来する事にされましたし、舞台設定は現代になっています。

 ただし莫大な財産相続を巡ってのドロドロした人間関係、親子の愛情、そして原作にある意外な動機、新案のトリックを上手く絡ませて、なかなかのスリルとサスペンスに満ち溢れたミステリ劇に仕上げています。もちろん原作には登場しない明智小五郎の存在も「美女シリーズ」ならではの巧みさで活かされているのです。

 物語はある日の明智探偵事務所、そこにオズオズとやって来た美女=早乙女愛に喜色満面で対応する明智小五郎=天知茂が、まず憎めません。なにしろ彼女の依頼は人物調査で、日頃はそんな仕事は請けないのが鉄則ですから、これには文代も小林芳雄も呆るばかり! ニヤニヤと下心を滲ませる明智は流石に名探偵です。

 彼女はシマムラサチコと名乗り、鳩野桂子という女性の身元調査を頼むのですが、明智は忽ち、その鳩野桂子が大富豪・鳩野玄太郎の令嬢だと見当をつけ、ウキウキとして仕事にかかるのですが……、という発端です。 

 ここは「美女シリーズ」のお約束として、依頼人の美女の美味しい部分が描かれ、ここでは派手めな服装からヒップラインを強調した映像♪ またジャズダンス教室でのレッスンでは、もちろんレオタード姿で揺れる巨乳とグラマーなボディラインがサービスされます。そしてどうやら、そこの二枚目な先生とデキている雰囲気が……。なにしろレッスン終了後はアツアツで料亭へ食事に向かうのです。

 するとそこで2人は火災に巻き込まれ、偶然にも同じ店で浪越警部と会食中の明智に助けられるのですが、同伴の男が焼死では無く、刺殺されていたことから事件としての疑惑が浮かび上がるのです。

 ここは劇中で彼女を抱きしめて悦に入る天知茂の言い訳めいた独白が、なんとも傑作ですので、皆様には、ぜひともお楽しみいただきたいところです♪

 さて肝心の依頼調査は文代と小林芳雄の働きにより、シマムラサチコの住所はデタラメである事、さらに鳩野桂子は鳩野玄太郎の養女である事が判明し、つまり鳩野桂子の本当の親は誰なのかがポイントになるのですが、そこへタイミング良く、鳩野玄太郎から仕事の依頼が入るというテンポの良さです。

 そして颯爽と鳩野邸へ向かった明智が出会ったのは、なんとシマムラサチコ! そして彼女こそが鳩野桂子その人だったのは、言わずもがなの驚愕事実です。

 さらにこの屋敷には、鳩野桂子の夫で、元は鳩野家の運転手だった鳩野信夫=ジョニー大倉、鳩野玄太郎の妹・鳥井和子=久保菜穂子、その子供である靖子=朝比奈順子と達夫=萩原流行がいて、心臓病で余命いくばくも無い玄太郎の財産を狙っているのです。

 その玄太郎=鈴木瑞穂は過去に妻子を火災で亡くし、その後に桂子を養女にして溺愛した結果、彼女は美しき我侭娘となり、そこを心配した玄太郎の命令により、やはり元は孤児で住込み運転手ながら実直な信夫=ジョニー大倉と結婚させたのですが、彼女は信夫を嫌いぬき、日々遊び歩いているというわけです。

 そこへ「桂子は凶悪犯・荒熊の娘」という謎の手紙が舞い込んだことから、玄太郎は遺産の相続に悩み、その身元調査を明智に依頼するのです。もちろん早乙女愛が自分の正体を偽ってまで明智に同じ事を頼んだのは、同様の理由からです。なにしろ、もしも桂子が荒熊の娘ならば、遺産の相続から外されるというのですから、ますますドロドロの人間関係は、陰湿さを増して行くのです。

 まず萩原流行が早乙女愛を我が物にしようと狙い、久保菜穂子と朝比奈順子は彼女とジョニー大倉の追い出しを画策します。

 そしてその流れの中で、ついに早乙女愛に前述した放火殺人の容疑が固まり、さらに萩原流行とヌードモデルのマヤ=聖ミカが野外ロケの最中に襲われるという事件が発生して、彼女は窮地に陥ります。ちなみに萩原流行は女性専科のカメラマンで、マヤは早乙女愛の知人という設定ですが、もちろん聖ミカはシリーズ恒例の脱ぎ要員♪ 乳も尻のワレメも見せてくれる、ちょっと小悪魔的なキャラが素敵な女優さんです。

 しかしその容疑は、明智のゴリ押しと萩原流行の下心によって晴れ、こういう展開の中で途方に暮れる早乙女愛は、ある時は下着姿で萩原流行にセクシー写真を撮影させ、またある時は明智小五郎に甘えますが、夫であるジョニー大倉には決して心を許しません。ちなみに、ここで早乙女愛とデートする天知茂は、父親のような感情云々と、またまた言い訳の独白をするのですが、どう見ても下心が滲み過ぎています。

 もちろん事態は混迷し、今度は彼女の誕生パーティの会場にボロを纏い、顔に醜い火傷の痕がある不気味な男が出現して現場は大混乱! どうやらそいつは、出所したばかりの荒熊! そしてこれは現場に残された指紋から確定されます。

 物語はこの後、財産相続に関する遺言状の書き換えが二転三転、久保菜穂子と朝比奈順子の悪企み、嵐の夜の玄太郎の感電死と避雷針を折る荒熊……等々が積み重ねられ、強烈なサスペンスが展開されます。特に鳥井親子の憎たらしさは絶品! また早乙女愛の我侭さとジョニー大倉のひたすらに耐える卑屈な演技も最高です。

 また、お目当てのエロ場面のサービスも抜かりなく、夜の雷雨の中に大きめなシャツだけを着た早乙女愛が飛び出せば、忽ちズブ濡れ♪ 雷光に透きとおる彼女のボディラインも、一瞬のお楽しみで、思わず目を凝らしてしまいます♪ さらに萩原流行が、またまたスタジオでヌード撮影をやります。

 肝心の明智小五郎の活躍では、いつもの生死不明という展開がありません。見せ場の変装も犯人にワナを掛ける目的とはいえ、やや必然性に乏しい気がします。しかし今回の明智=天知茂の温か味のある振る舞いは素晴らしく、早乙女愛と荒熊の対面の場における人情味、そして犯人のミスを指摘する時の鋭い決めつけは、シリーズ屈指の名場面だと思います。

 またヒロインの早乙女愛の我侭さも絶品で、セクシーさに加えて悲しみの泣き顔にグッときます。しかも終盤には白いホットパンツに露出度の高いタンクトップという嬉しい衣装で、あの巨乳の存在をたっぷりと楽しませてくれます。その彼女のプロフィールは――

早乙女愛(さおとめあい)
 昭和49年、16歳で映画「愛と誠(松竹・山根成之監督)」のヒロインとして、役名そのまんまの芸名でデビューした彼女は、愛くるしい面立ちで忽ちスタアになりました。当然それは続篇が作られるほどのヒットとなり、そして彼女は清純派路線を歩むのですが、その豊満な肉体は密かに大きな魅力であり、昭和58年には、ついにロマンポルノ路線の「雌猫(山城新伍監督)」で大胆なレズシーンも含む、素晴らしいヌードを披露し、もちろんそれは大ヒットになりました♪ 以後、ヌードグラビアや写真集、カレンダーも評判を呼び、巨乳スタアのトップに君臨するのです。しかし彼女の魅力は豊満な肉体だけでなく、どこか翳を秘めた演技、悲しみに歪む美貌が倒錯的な魅力に満ちていることです。今となっては叶わぬ夢ですが、ポスト谷ナオミとしては最高の女優になれたかもしれない……、と密か思い焦がれた人でもあります。そういう天性の資質は、この「炎の中の美女」でも存分に楽しめます。

 さて共演者ではエグミの強い演技に撤する久保菜穂子(くぼなおこ)の存在感が強烈です。この人は昭和20年代末から新東宝や東映の夥しい作品に出演していた美人スタアで、スマートで色っぽい演技が印象的でした。そして昭和45年頃に引退したのですが、昭和50年代にカムバックして、主にテレビを中心に活動しています。

 また朝比奈順子(あさひなじゅんこ)は宝塚からロマンポルノに出演した人気女優で、その濃いキャラと素晴らしい肉体が人気の秘密でした。それは昭和56年のデビュー作「女教師のめざめ(藤井克彦監督)」から全開♪ しかもオトボケもいける演技派でしたので、1980年代の同路線ではエース的な活躍をしています。個人的には彼女の唇が大好き♪ ただし残念ながら、この作品では脱いでいないのが心残りです。

 そして男優陣では、まず萩原流行がズルさ満点の悪役を好演! 特に早乙女愛と抱き合っていながら、計算高い目つきでヨソ見をするあたりは、コノヤロー! と思わずにはいられません。う〜ん、許せんっ!

 さらにジョニー大倉も素晴らしい名演だと思います。この人は、ご存知キャロルのメンバーとして一世を風靡して後、音楽と平行した俳優活動が高く評価されています。この作品でも、ひたすらに早乙女愛を愛し続ける実直な男を熱演していますから、彼女とのセックスレスには同情してしまいますねぇ。なにしろジョニー大倉の名演が、この「炎の中の美女」を傑作にしているのですから!

 ということで、これは原作をかなり改変していながら、犯人の動機部分やドロドロした人間関係を巧みに抽出して描き出した名作だと思います。新案のトリックを使った意欲も評価できます。

 また明智探偵事務所の面々や浪越警部のオトボケもほどよく、明智小五郎は相変わらず自由にタバコを吸えない境遇に甘んじていますが、今回の事件では独善的な部分を押さえ、クライマックスでは意想外の心理的盲点を突くという論理的な推理を披露して、ファンの溜飲を下げてくれます。

 これで早乙女愛がオールヌードを披露していたら、さらに恐るべき傑作になったはず……。

 そういえば、この作品はシリーズではお約束の入浴シーンがありません。その意味でも、江戸川乱歩の原作と同様、一味違った仕上がりです。

 そして最後に個人的に気になる点をひとつ、それは出演者クレジットで見つけた影沢銀子の名前です。私の記憶が確かならば、その芸名は小川美那子の前身であるはずですが……? いったいどこに彼女が出演しているのでしょう? 劇中、萩原流行がスタジオで撮影し、そのまま濡場を演じてしまうヌードモデルが登場しますが、彼女とはイメージが違い過ぎると思います。

 という謎を含んだミステリ劇の傑作として、お楽しみいただきとうございます。

(参考文献:DVD「炎の中の美女」付属解説書」)

(2006.09.25 敬称略)