黒真珠の美女 江戸川乱歩の「心理試験」


 今更隠してもはじまらないのが、この作品の哀しさです。それはもちろん天知茂の明智小五郎には、最後の事件簿なのですから……。

 しかし製作時には、誰一人、そんな事を予想するはずもありません。シリーズも通算25本目ですから、ある意味のマンネリは当然ありますが、しかしそれは、ある種の安心感です。今回の天知茂は、どのように独善的な名探偵を演じてくれるのか!? また登場する美女は、どのような宿命を背負っているのか!? そしてお目当ての美味しい場面は!? というあたりのワクワク感は、シリーズ不滅の「お約束」です。

 しかし蔑ろに出来ない原作の存在から今回選ばれたのが、本格ミステリの傑作「心理試験」なんですから、これはっ!? はっきり言って、「美女シリーズ」では難しいネタだと思ったのは、私だけでは無いでしょう。その原作とは――

心理試験
初出:大正14年2月、「新青年増刊」に掲載

 江戸川乱歩が専業作家を決意して書上げた本格ミステリの傑作短編で、あの名作「D坂の殺人事件」に次いで発表された明智小五郎物語のひとつです。

 しかしその構成は犯人側から描かれる倒叙形式なので、犯罪者の綿密な計画や心理、そして何よりも濃密に描かれる犯罪者の人物像が強烈であり、対してニコニコしながらもクールに構える名探偵・明智小五郎の印象も鮮烈な存在感を示しています。

 さて物語は、独善的な秀才の苦学生・蕗屋清一郎が、友人の斉藤から下宿屋の老婆が小金を溜め込んでいる話を聞き、完全犯罪を企てるという展開です。

 それは余計な小細工をせず、ストレートに老婆を殺害して隠し金を半分だけ奪い、それを道端で拾ったとして警察に届け、ほとぼりを冷ましてから持ち主不明の拾得物として自分が貰い受けようとする、実に周到なものでした。もちろん現場には何も証拠を残さないように注意を怠らず、首を絞められた老婆が苦し紛れにキズをつけた屏風や現場の乱れからも何ひとつ危険が無い事を確認して、こっそりと現場を立ち去っています。

 ですから容疑者として逮捕されたのは、そこに下宿している友人の斉藤であり、何と蕗屋清一郎がワザと残していった隠し金の半分を着服していた事が、動かぬ証拠とされました。

 しかし事件を担当する笹森判事は、どうも納得出来ず、しかも当日に蕗屋清一郎が現場近くの交番に拾得物として大金を届けている事実もあって、ついにこの2人に対して「心理試験」を行います。これは色々な言葉に対して即答を求める、一種の連想問答みたいなテストで、もちろんその中へ事件に関連する言葉を混ぜ込んであるのです。そして各々の言葉に反応する時間と連想から、何とか証拠を掴もうとする、まあ、現代からすれば如何にも時代遅れの捜査方法なんですが、当時とすれば最新の科学捜査というところでしょう。

 もちろん秀才の蕗屋清一郎にとっては、そんな事は百も承知ですから、「心理試験」には準備万端で望み、尻尾を出しません。対して斉藤はオドオドと疑わしい態度と結果で、ますます容疑は深まるのですが、土壇場で登場する明智小五郎によって意外なミスディレクションが指摘され、真犯人は自滅するというウルトラ級の大傑作になっています。

 当時の江戸川乱歩は31歳! 既に述べたように専業作家として本格的な活動に入ったこの年には、他にも「赤い部屋」「算盤が恋を語る話」「白昼夢」「屋根裏の散歩者」「人間椅子」「一人二役」等々の傑作を次々に発表していた上昇期であり、その中にあって、特にこの「心理試験」は真っ向から本格ミステリに取組み、見事に結果を出した不滅の名品です。

 というこれを美女シリーズ化するのは、原作を知っていれば完全に???でしょう。なにしろ「女」は殺される老婆しか出ませんし、物語そのものも乱歩的な妖しさが排除されているのですから……。しかし流石は人気シリーズ! きちんと「お約束」を入れて作られています――

黒真珠の美女;江戸川乱歩の「心理試験」
監督:貞永方久
脚本:山下六合雄
原作:江戸川乱歩「心理試験」
放送:昭和60(1985)年8月3日、テレビ朝日「土曜ワイド劇場」
出演:天知茂(明智小五郎)、岡江久美子(蕗屋裕子)、高橋昌也(徳田礼二郎)
出演:長塚京三(宍戸)、代日芽子(徳田由香)、東千晃(橋口ゆみえ)
出演:荒井注(浪越警部)、藤吉久美子(文代)、小野田真之(小林芳雄)
出演:久富惟晴(北原教授)、伊藤克信(小池)、ガーソン・バンスタイン(ハミルトン)
出演:北町嘉朗、秋山武史(競馬のノミ屋)、佐久間英弌、貞永敏、堀之紀 他

 原作を知っていれば、まずキャストをご覧になっただけで、物語が改変されていることも、さらには犯人までもが分かってしまうはずです。しかし、それだからこその面白さが凝縮された仕上がりで、もちろん名探偵・明智小五郎=天知茂のキャラクターが存分に楽しめます。否、と言うよりも、実は既に述べたように昭和60年7月27日に急逝した天知茂の追悼番組として放送されたのが、この作品……。ですから、ファンとしては天知茂の見納めという心の準備があって、尚一層に味わい深いところでしょう。実際、名探偵の一挙手一投足に天知茂の完成された様式美が堪能できるのです。


 さて今回の物語は、某美術館で絵画を鑑賞する美女=岡江久美子と名探偵・明智小五郎の出会いから始りますが、これは「陰獣」? というイメージゆえに、思わず彼女のうなじを凝視させられてしまう、乱歩ファンにはニクイ演出になっています。もちろんこれは、黒真珠のアクセサリーを愛用している蕗屋裕子という女性をクローズアップしたものなんですが、う〜ん、それにしても岡江久美子の何とも言えない色っぽさ、不思議な妖しさは絶品ですねぇ〜〜〜♪ もう、ここだけで、後に展開される陰惨な悲劇が予感されてしまうほどです。バックに流れる哀しみのテーマというような劇伴音楽も、実に最高! その彼女のプロフィールは――

岡江久美子(おかえくみこ)
 テレビドラマ「お美津(TBS)」のヒロインとして昭和50年にデビュー以来、テレビドラマでは若妻・良妻のイメージで人気を確立しておりますが、所謂「2時間サスペンス」物にも欠かせない存在として、その美貌を遺憾なく披露した活躍をしています。さらにバラエティの世界では「連想ゲーム(NHK)」における頭の回転の速さと心配りの素晴らしさが好評♪ しかし、そこで一緒に出演していた大和田漠と昭和58年に結婚し、多くのファンを嘆かせました。現在ではバラエティの司会から料理や家事の本まで出版する幅広い才能が高く評価されていますが、その熟女の魅力は今でも充分な人気の秘密でしょう。そして実は、その昔に出していた着エロ風の写真集(下の画像)がネットで高値を呼んでいるという、本物のお色気スタアでもあるのです。この「黒真珠の美女」における彼女は、全く、そのイメージです。

 劇中での彼女の正体は蕗屋裕子と名乗る美術商で、ゴッホの幻の名画と言われる「星月夜」を見つけ出した事から、一躍、時の人に! そして名探偵は、そのお披露目パーティで彼女と再会するのですが……。

 という発端から、前述の絵の真贋を巡って、様々な駆け引きや事件が続発していきます。

 まず蕗屋画廊のお得意様で大富豪の徳田礼二郎=高橋昌也が、真っ向からそれを贋物扱いです。ちなみに徳田家では、箱入り娘の由香=代日芽子が親の反対を押し切って修行中のカメラマンと熱愛中だったり、また運転手の斉藤が借金を抱えていたり、家政婦・橋口ゆみえ=東千晃も謎の行動が多いという内情が、後の事件を複雑化させるのですが……。

 そうした中、ついに明智小五郎に問題の絵の真贋を調査する依頼があります。ところがそれは、声を変えた電話と匿名で送金された調査費の百万円という謎に満ちていますから、ここは蕗屋裕子に直接尋ねるという名探偵の潔さが、味わい深いところです。また幻の名画に関する薀蓄や過去の因縁も分かり易く解説されていますから、物語は淀むところなく展開されます。

 それはある夜、徳田礼二郎が自宅で何者かに襲撃され、意識不明の重体に陥ったところから、愛娘の由香、運転手の斉藤、さらには家政婦の橋口ゆみえに執着していた小池という妙な人物が次々と容疑者にされますが、いずれも決定的な証拠がありません。

 ここはオトボケの浪越警部が意外にも論理的な推理を披露したり、名探偵が地味な張り込みや調査をしたりして、なかなか本格ミステリの味わいも漂う演出が心地良いところです。

 しかし今度は病院内で徳田礼二郎=高橋昌也が殺害され、次いで家政婦の橋口ゆみえ=東千晃が入浴中に毒殺されるという、シリーズ恒例の名場面が続きます。ちなみに東千晃は、もちろん全裸の大サービス♪ やや疲れが感じられる熟女の肢体が非常に猥褻な雰囲気で好ましく、完全勃起状態の乳首も良い感じですが、この人は昭和50年代の宝塚では娘役として絶大な人気があったスタアですから、ここでの脱ぎっぷりの良さには驚愕です! この場面以外にも、別にシャワーシーンが用意されていて、そこでは尻のワレメも鮮烈な全裸の立ち姿までも披露しています♪

 そして今度は徳田由香=代日芽子が、なんとヌードモデルとなって撮影されている現場で、殺されるのです。あぁ、この時の代日芽子はボディペインティングに極小のバタフライだけなんですから、強烈です。もちろんしなやかな肢体、乳首や尻のワレメも完全披露というウルトラ級の大サービス♪ ちなみに彼女は当時リアルタイムのグラビアアイドルとして人気がありましたから、この手の演技・演出には抵抗無く魅力を発揮しているようです。

 こうした展開から、問題の「星月夜」は権威ある鑑定の結果、本物と断定されますので、忽ち巨額の金が動く争奪戦となります。しかし関連する殺人事件が未解決とあって、明智小五郎は煮え切らない気分で単身、徳田邸に潜入調査を行うのですが、なんと背後から不意打ちされて火を放たれるという絶体絶命! 実際に火ダルマと化す名探偵の運命は!?

 そしてクライマックスは幻の名画「星月夜」のオーション会場です。怖ろしい勢いで高沸する入札価格もさることながら、最後の最後で登場してきた謎の人物によって、展示されている絵画が切り裂かれる場面は痛快です! もちろん、それは贋物! と糾弾されるわけですが……。

 もちろん、その謎の人物が誰なのかは、言わずもがなでしょう。また鮮やかに全ての謎が解明されていくあたりは、アルフレッド・ヒッチコックが言うところの「全て分かっている楽しみ」に他なりません。ですから、ここは犯人の哀しい過去に由来した動機の告白や微妙な心理のアヤに根ざした演技・演出を存分に味わうのが、王道かと思います。

 原作との絡みでは、犯人を指摘する動かぬ証拠としての屏風の存在が、本当に上手く使われていますし、独善的な名探偵の存在感は原作以上にシリーズ究極のエグミがあります。明智探偵事務所の文代と小林芳雄も、今回は良い働きをしていますし、浪越警部以下の捜査陣も憎めません。特にヤケ喰いして小林芳雄を辟易させる文代=藤吉久美子は、良いですねぇ〜♪

 しかし、このエピソードの主役たる岡江久美子は、もう最高です! クライマックスでの演技はエキセントリックなものに加えて、ある種の諦観が滲む名演だと思います。微妙な生臭味も、実に素晴らしい! あぁ、岡江久美子の美しさ……。ちなみにここで彼女が床に倒れた場面では、彼女の腋の下が気になるのは、私だけでしょうか♪

 そしてやっぱり、天知茂です。何故か今回は、美女に対する下心がほどほどになっていますが、いろいろと用意されている岡江久美子との2人芝居では、クールで優しい十八番の演技が堪能出来ます。さらにラストシーンで岡江久美子を抱きかかえて退場していくところは、既に急逝した天知茂の悲劇を知っているだけに、涙無くしては観られない名場面! バックの劇伴音楽もベストマッチですし、恒例のラストテーマが流れて後は、涙がボロボロこぼれます。

 ということで、あまりにもジャストミートなラストシーン! これはあくまでも私の妄想に過ぎませんが、天知茂の急逝により放送が早められた今回のエピソードは、部分的に音楽の差し替えがあったように思いますが、いかがなもんでしょう。

 こうしてシリーズにピリオドを打たれた明智小五郎物語は、これ以降も個性的な男優によって演じられていますが、やはり天知茂の「美女シリーズ」を超えて輝く作品は、失礼ながら見当たりません。それはもちろん、天知茂だけの功績では無く、監督やプロデューサー以下のスタッフ、そして競演者の優れた才能があってのことだと思います。しかしあえて言わせていただければ、天知茂が決定的なイメージを作り上げてしまった明智小五郎という独善的な名探偵は、原作をも超えたところで永久に存在し続けるでしょう。

 幸いにも今日、「美女シリーズ」全25話はDVD化されています。我々、乱歩愛好者、天知茂ファンのみならず、ミステリやサスペンスドラマが好きな皆様には、人生を通しての楽しみとして、これを鑑賞していただきたいと願っています。

 天知茂、享年54歳……。その役者魂に、あらためて感銘を受けてやみません。合掌。

(参考文献:DVD「黒真珠の美女」付属解説書」)

(2007.07.27 / 天知茂23回忌 敬称略)