Flight To Denmark / Duke Jordan(原盤:Steeple Chase 1011=LP)
 Duke Jordan(p) Mads Vinding(b) Ed Thigpen(ds)
 1973年11月25日&12月2日 コペンハーゲンで録音

 ジャズ喫茶は高級オーディオ装置での大音量がウリですが、だからといって常にブンブン・ブリブリのハードなオサラばかりが鳴っているわけではありません。シミジミとした雰囲気や哀愁が漂うものが、なかなか人気を集めるのです。今回ご紹介するアルバムもそうした中のひとつで、全篇これ寂寥感の塊のような作品です。

 リーダーのデューク・ジョーダンは1940年代中頃から活躍してきた黒人ピアニストで、モダンジャズを創生した天才=チャーリー・パーカー(as)全盛期のバンドのレギュラーを務めたほどの実力者です。特に歌物におけるイントロの作り方やコードの付け方が抜群に上手く、パーカーのバンドを辞めた後はスタン・ゲッツやソニー・ステット等に雇われて、素晴らしい演奏を残しています。もちろんリーダー盤も当時から発表していましたが、何故か本場ではその実力のわりにレコーディングが少なく、また著作権上のトラブル等もあって、1960年代前半にはリタイアしてタクシーの運転手をしていたと言われています。

 どうも本人は地味な性格らしく、世渡りも下手なタイプで、噂ではマイルス・デイビスとソリが合わなかったという話も……。で、その彼が1970年代初頭に興ったハード・バップ・リバイバルでカムバックし、渡欧して吹き込んだのがこの作品というわけです。その内容は――

A-1 No Problem(D.Jordan):1973年11月25日録音
 邦題は「危険な関係のブルース」として、あまりにも有名なモダンジャズのヒット曲ですが、これはラクロ原作による1959年のフランス映画「危険な関係:Les Liaisons Dangereuses」のテーマ曲でした。そのサウンド・トラックはアート・ブレーキー(ds)とリー・モーガン(tp)、ボビー・ティモンズ(p)、ジミー・メリット(b)という当時のジャズ・メッセンジャーズに加えて、フランス人のバルネ・ウィラン(ts)と作曲者のデューク・ジョーダン本人が参加して作られ、映画の劇中にも演奏シーンで登場していましたが、何と作曲のクレジットは某フランス人になっており、もちろん印税はほとんど入ってこないという始末でした。
 このあたりは、当時の映画制作のシステムでは当たり前というか、映画本編の音楽担当者や関係者がその権利を丸ごと取得するのが慣例だったようで、デューク・ジョーダンも泣き寝入り……。しかしこの事実がアメリカのジャズ界の知るところとなり、ついに1962年になってチャーリー・パーカーの未亡人であるドリスが自己のレーベル=チャーリー・パーカー・レコードにデューク・ジョーダン名義でこの名曲を吹き込ませ、堂々と本当の作曲者を世に公表したのでした。No Problem という曲名はこの時に付けられたもので、もちろん強烈な皮肉が込められています。
 で、ここでの演奏ですが、まずポクポクポクポクという木魚のようなドラムスが地味に鳴り始め、続いてこれもジミ〜なベースがブ〜ンブンと唸りますが、それ以上に枯れたピアノが哀愁を含んだテーマを奏でます。オリジナルの映画でのテーマ曲はかなり景気の良いテンポで迫力がありましたが、ここではテンポが落とされ、哀愁が強調されています。しかも曲そのもののツボを知り尽くしている作者自らの演奏ということで、アドリブ・パートも随所に美メロが飛び出してきて、聴くほどにシビレる出来です。
 特筆しておきたいのは、その雰囲気を生み出す音の作り方で、録音は良好なのにドラムスは遠くで鳴っているし、ベースも当時としては控えめな部類、そしてピアノは安物のアップライト型のように聴こえて来るのです。これはアルバム全篇を通してのことで、当時としては???でしたが、もちろんこれは意図的、狙いは寂寥感だと思います。

A-2 Here's That Rainy Day(J.Burke-J.V.Heusen):1973年12月2日録音
 近年はボサノバのリズムで演奏されることが多い爽やか系のスタンダード曲ですが、デューク・ジョーダンは正統派4ビートで勝負、しかも暗〜く、重く弾き始めます。そして淡々とした佇まいの墨絵のような演奏として完成されていきます。それにしてもスロー・テンポで、ここまで悲しいアドリブ・メロディを紡ぎ出すデューク・ジョーダンは、ネクラと言ってしまえばミもフタもありませんが、知らず知らずのうちに引き込まれてしまいます。このあたりが、雰囲気だけで弾いていると貶されたりしますが、しかしこれだけ雰囲気を出せるピアニストがいるでしょうか。

A-3 Everything Happens To Me(T.Adair-M.Dennis):1973年11月25日録音
 弾語りの名歌手&大作曲家として有名なマット・デニスの代表曲で、多くの名演・名唱が残されておりますが、その中でも私が特に大好きなのが、このデューク・ジョーダンのバージョンです。というか、この演奏でこの曲の魅力に目覚めました。とにかく気分はロンリーな演奏で、元々せつなく粋な原曲よりも琴線に触れてくるアドリブ・メロディが出るんですから、堪りません。

A-4 Glad I Met Pat(D.Jordan):1973年11月25日録音
 デューク・ジョーダン作の愛らしいワルツ曲です。ここでも一抹の寂しさをたっぷり含んだアドリブ・メロディを堪能出来ますが、それをサポートするエド・シグペンの繊細なドラミングも見事です。この人は1959〜1965年頃までオスカー・ピータソンの所謂「黄金のトリオ」の要として活躍した大名人で、このアルバムの成功も、この人の参加が大きなポイントだと思います。

B-1 How Deep Is The Ocean(I.Berlin):1973年12月2日録音
 これも有名スタンダード曲で、マイルス・デイビス(tp)やビル・エバンス(p)による名演が残されておりますが、決定版はチャーリー・パーカーが1947年に公式録音したバージョンです。そしてそこでピアノを弾いていたのがデューク・ジョーダンというわけで、イントロから完全にツボをとらえた演奏を聞かせてくれます。

B-2 On Green Dolphin Street(N.Washington-B.Kaper):1973年11月25日録音
 マイルス・デイビスによる決定的な名演があるので、もはやスタンダード曲というよりはモダンジャズの定番になっておりますが、このバージョンも素晴らしい出来です。アルバムの中では比較的勢いのある演奏で、デューク・ジョーダンもアドリブ・パート後半はブロック・コードで盛り上げていきます。しかしやっぱり、随所に泣きのメロディが出てきて、心地よく切ない気分にさせてくれます。中盤でアドリブ・ソロを披露するベーシストのマッズ・ヴィンディングはデンマーク人で、現在欧州ジャズ界の重鎮となっておりますが、ここでの演奏はその彼の駆け出し時代、本場アメリカの名手に囲まれて緊張している雰囲気が感じられるものの、セッションの最初から最後まで大健闘しています。

B-3 If I Did - Would You ?(D.Jordan):1973年11月25日録音
 これまた仄かな暗さが漂うデューク・ジョーダンのオリジナル曲で、短い演奏ながらが、妙に心に残る演奏です。 
 
B-4 Flight To Denmark(D.Jordan):1973年12月2日録音
 アルバムの締め括りはデューク・ジョーダンのオリジナル曲で、ドラムスとベースは躍動的ですが、リーダーのピアノはここでも内向的というか、音数を切りつめながら絶妙なスイング感を聞かせてくれます。このあたりは黒人感覚が希薄で、ビバップというよりは、それ以前の白人主導だったスイング時代の黒人ピアニスト、例えばテディ・ウイルソンの影響があるように思います。もちろんそれは、この曲に限らず、デューク・ジョーダンの全ての演奏に感じられるものです。

 というこのアルバムは、クロスオーバー〜フュージョンが主流になりつつあった1970年代後半のジャズ喫茶ではモロジャズ=もろにジャズ=純正ジャズの人気盤となり、また小音量で聴いても心に染みる演奏なので、特に日本ではかなりの売上げがあったようです。そして長い間恵まれない活動をしていたデューク・ジョーダンは、このアルバムによって息を吹き返すというよりは、一躍人気ピアニストになり、多くの録音を残していくのです。

 今日ではそれらが玉石混合だったというのは否定しようもありませんが、しかし、このアルバムは傑作という他はありません。まさにイブシ銀の名盤で、そのポイントはすでに述べたように、ブルーノートに代表されるようなアメリカのジャズの音ではない、その対局にあるような沈んだ雰囲気の録音だと思います。そしてそれがデューク・ジョーダンのシブイ音楽性と見事に合致しているのです。おそらくこれは完全に狙ったものなはずで、同時期に同じレーベル内で作られた別のミュージシャンの作品では、全く別の音が聴こえてきます。

 というように、1972年に正式発足したスティープルチェイスというレーベルは、初期の段階ではかなり緻密なプロデュースを施した作品を出しており、それを象徴するのがこのアルバムです。そしてそのヒットにより、スティープルチェイスは「欧州のブルーノート」と呼ばれ、イノセントなジャズ・ファンにもてはやされたのが1970年代でした。そして私は、このアルバムがきっかけとなり、しばらくの間、デューク・ジョーダンを追いかけていくのでした。

【現行CD】
 輸入盤で入手出来ます。尚、CDにはボーナス・トラックとして No ProblemGlad I Met PatIf I Did - Would You ? の別テイクと Jordu の計4曲のオマケがついているようです。Jordu はデューク・ジョーダンのオリジナルで、彼以外のジャズメンの吹き込みが多数あるモダンジャズの有名曲です。ここに収められたのは、同じセッションで吹き込まれ、同レーベル次回作として発表されるアルバム 「Two Loves:Steeple Chase 1024」収録された同曲の別テイクと思われますが、実はCDを持っていないので確認出来ていません。申し訳ないです。

【追記&感謝】
 掲示板の上不三雄氏の書き込みにより指摘された箇所を訂正致しました。
 上不三雄氏には心から感謝致します。

(2005.02.15掲載 / 2006.11.09改稿・敬称略)