エロ映画がAVにシフトしてしまった現代では、ほとんどお目にかかれなくなったのが時代劇ポルノです。なにしろセット、衣装、メイク、大道具・小道具等々、費用が莫大ですから、こういうものは撮影所システムがきちんと運営されていなければ作れるものではありません。また現代物に比べて、演じる役者の資質や監督&スタップの経験が特に大きな比重を占める分野でもあります。したがって昭和50年代に入り、本格的に日本映画が弱体化していくにつれ、ただでさえ予算が厳しいポルノ作品は、時代物から離れていかざるをえませんでした。今回ご紹介する作品は、その最後の傑作にして、時代劇ポルノの代表作となっています。

好色元禄(秘)物語(昭和50年・東映)
監督:関本郁夫
脚本:田中陽造
出演:ひし美ゆり子(お夏)、橘麻紀(お七)、山田政直(西鶏)、汐路章(清海)
    名和宏(加納屋喜兵衛)、川谷拓三(久松)、中林章(与之介)
    笑福亭鶴光、窪園千枝子、坂本長利、三井マリア 他

 主演は永遠の女神・ひし美ゆり子、彼女の「和服三部作」の真ん中にあたる作品です。ちなみに脚本・製作段階でのタイトルは「好色一代女」で、それが公開時に、どぎづいものに変えられてしまうのは、当時の東映ではお約束というところでしょうか……。

 舞台は元禄時代の京都、湿地帯の長屋に住む棺桶屋の娘、お夏=ひし美ゆり子&お七=橘麻紀は美人姉妹です。しかしこの2人、性格・生き様は正反対で、ひし美ゆり子は父親の仕事の繋がりから、ある寺の住職・清海=汐路章の妾になっており、橘麻紀は入婿の川谷拓三と貧しくとも親孝行の毎日です。

 そして姉のひし美ゆり子は自らの美貌と豊満な肉体を武器に上昇志向、世話になっている寺で法事があっても、その裏山で呉服屋の若旦那・丹波屋の与之介をたらしこんで野外セックスです。もちろん狙いは若旦那の妻の座で、かなりギラギラした本質があるのですが、この場面は竹林の中の光線の陰影を巧みに活かしたハイキー調の映像が柔らかい雰囲気を醸し出し、そういう生臭みが消されています。そして、乱れた着物からこぼれる彼女の豊満な白い肉体が、限りなく美しい……。

 反面、この後、寺に戻った彼女が風呂場で汐路章の世話をする場面では、全裸では無いのに非常にドロドロしたものが上手く表現されています。なにしろ汐路章の生臭坊主全開の演技が強烈で、ひし美ゆり子の太腿の奥に手を伸ばした時の嬉々とした表情、また彼女が着物の裾を捲り上げてしゃがみ、背中を流している時の滲み出るお色気の素晴らしさは、恐ろしいまでのツー・ショットに凝縮され、後々まで異様な残像として脳裏に刻み込まれます。

 で、この後、彼女は汐路章の子供を宿したと偽って寺を出ます。もちろんそれは寺の住職としての体面を逆に利用し、手切れ金もしっかり取って、しかも呉服屋の与之介と結婚するための策略なのです。しかし、それに気がついていたのが寺の青年僧・西鶏で、ここからは彼が狂言回しを務める展開になります。

 こうして実家に戻ったひし美ゆり子は、ここから本性ムキ出しというか、それまでの可憐で色っぽい部分に加えて、育ちの悪さ故の下卑た仕草でメシを食い、本音丸出しの台詞で妹=橘麻紀や父親をケムに巻いていきますが、このあたりの演技が最高に秀逸で、それまでの彼女の芸暦からは相当別次元のところを堪能出来ます。もちろんそれが無ければ物語が成立しないのですが、この両面を見事に演じ分けたところが、彼女の女優としての真骨頂だと思います。

 ところがここで彼女の思惑が見事に外れ、与之介が別な女と結婚することを知るやいなや、赤い襦袢姿で丹波屋へ全力疾走! もちろん着物の裾や襟元は乱れ、そこからこぼれる白い素肌が眩しい演出です。当然、祝言真っ最中の店では狂女扱いの門前払い、しかも用心棒のチンピラ達に平手打ち、さらにレイプ寸前に追い込まれるのですから、たまりません。この時のひし美ゆり子の必死の形相、そして居直った不貞腐れが、また最高です。

 こうした彼女の失意の一部始終を知ったのが、前述の西鶏で、彼はその復讐のために与之介の初夜の寝所に忍び込み、新婚夫婦の寝床にヘビを放つという恐ろしい事をやってのけます。もちろん新婦の秘所にそれが潜り込み、ウブな新婦の物凄い悶えから与之介が仰天して怯えるところまで、きっちりと描写されています。それにしても田中陽造の脚本もエグイが関本監督の演出もエグイ! なにしろヘビは本物、秘所に潜り込んでいくところの描写もリアル且つ妄想を膨らませるように演出されておりますし、新婦を演じた三井マリアの悶えの演技にもグッときます。その彼女のプロフィールは――

三井マリア(みついまりあ)
 東北美人らしい色白でしなやかな肉体と端正な面立ちが魅力の彼女は、昭和49年頃から山城新伍の司会で社会現象化した本音番組「独占!男の時間(東京12ch=現・テレビ東京)」の看板娘として注目され、人気が爆発しました。彼女の良さは何といってもエッチ場面の熱中度の高さで、この作品でも初夜の新婦の恥じらいが、男女の交わりからヘビを咥え込む顛末まで、熱を帯びていくにつれ、狂態に変化していく様が圧巻です。多分、映画出演はこの作品が最初かと思いますが、体調を崩されたことから活動は2年ほどだったのが残念です。したがって出演作品は少ないのですが、その中では唯一の主演作「わたしのSEX白書・絶頂度(昭和51年・日活・曽根中生監督)」が、これまた強烈です。

 一方、妹の橘麻紀は小間物行商をやっている入婿亭主の川谷拓三と、いずれは店を持とうと地道に生活しておりますが、あまりの貧乏暮らしに耐え切れなくなった川谷拓三は、非道にも彼女の身体を売り物にしてしまうのです。そして、そうとは知らず小間物を持って逢瀬の宿に行った橘麻紀は、もちろんそこで……。ここも本当に見応えのある名場面で、むりやり着物を剥がされ、乱暴されていくところの哀切の表情や仕草が、グッときます。その彼女のプロフィールは――

橘麻紀(たちばなまき)
 この人も東北美人で、確か昭和47年に歌手・加納エリ子としてデビューしているはずです。その時は脚線美がウリで、1億円の保険を掛けたと話題作りをしていました。しかし結局、歌手としてよりは女優としての資質を見込まれ、東映作品を中心に活動していきます。その頃の彼女には「仁義なき戦い・完結篇(昭和49年・深作欣二監督)」や「県警対組織暴力(昭和50年・深作欣二監督)」等でお目にかかることが出来ますが、橘麻紀と改名したのは、おそらくこの「好色元禄(秘)物語」からだと思います。そしてこの後も幾つかの東映作品に出演していくのですが、それほど印象的なものが私には感じられず、やはりこの作品が代表作だと思います。

 という彼女が犯されている間に、亭主の川谷拓三は貧乏長屋で酒に溺れ、そこに戻ってきたひし美ゆり子に全てを見抜かれて居直ります。そして諍いのあげくに誤って義父を殺害、さらにひし美ゆり子を我が物にしようと襲いかかるのです。ここで必死に抵抗する彼女との絡みも、なかなか映画的構成を大切にしていて、あわやという時、戻ってきて入口に立ち尽くす橘麻紀が、この世のものとは思われぬ美しさ! このワンシーンを観るだけで、この作品の密度の濃さが証明されています。

 で、ここは失意と激情にかられて、橘麻紀が亭主の川谷拓三を殺害してしまいますが、ここでの姉妹の感情の起伏や怖いものを含んだ演技が強烈です。なにしろ彼女達が深夜に始末をつけるために死体を引きずって沼地に向かうのです。季節は夏、着物の裾や襟元は乱れ、汗まみれの熟れきった肉体がチラリズムの極致で描かれ、さらに本性ムキ出しの必死の形相、怖さを増幅させる照明と演出がグリグリと迫ってきます。そしてここでも、一部始終を見ていた青年僧の西鶏が手助けするのですが、3人で川谷拓三を沼地に放り込んで沈めようとするところは、泥沼と人間の本性の醜さが巧にリンクされた上手い演出で、特にドロドロに浸かり込んで死体を沈めようとするひし美ゆり子のエグさは、最高です。

 こうしてどうにか始末をつけた3人は、その後、当然、放心状態です。特に亭主を殺した橘麻紀は完全にイカれる寸前で、見かねた西鶏は「男千人斬り」の供養を提案するのです。それは自らが生き仏として千人の男に身体を捧げ、満願を達成して亭主の供養とし、安寧を得ようとするものでした。そしてそれを受け容れる決心をした彼女は、あらゆる男の慰みものになっていくのです。

 その手引きをするはもちろん西鶏、そして橘麻紀は、ある寺のお堂に篭り、次々にやってくる男達に体を捧げ、本当に生き仏になっていくのです。もちろん劇中では彼女の絡みがたっぷり描かれていきますが、個人的には、やや大袈裟な演技かなぁ、と思います。しかし、これは最後の満願成就の日にやってきた男の正体を知って仰天する物語の流れからすれば、これで良いのかもしれません。その男とは、殺して沼に沈めたはずの川谷拓三だったのですから……。

 当然、その2人の絡みは脂ぎったドロドロした怨念と快楽の法悦境となり、何と川谷拓三は腹上死! これは夢は幻か、それとも現実か?! ここでの橘麻紀の恍惚として悲嘆にくれる様は、大袈裟な中にも映画的な面白さに溢れた演出だと思います。そして次に彼女は「男万人斬り」の苦行に臨んで行くのです。

 さて一方、ひし美ゆり子はいつの間にか与之介とヨリを戻し、再び丹波屋の嫁の座を狙いますが、ネックは与之介の父親・丹波屋忠兵衛=坂本長利の存在でした。そこで彼女はある企みを仕掛けるのですが、それは観てのお楽しみ! とはいえ、あえて見所を記すと、それはもちろん彼女が美貌と豊満な肉体を駆使しているのは言わずもがなですし、時代劇のお約束であるクルクル回って帯を解かれる場面や濃厚な絡み、艶然とした微笑の中から溢れる大人のお色気……、等々をたっぷりと楽しむことが出来ます。

 ということで、物語はそれぞれの幸せを求める美人姉妹の生き様を描いていたわけですが、ラストシーンはひし美ゆり子と青年僧・西鶏の対決の場というか、劇中かなり訳知りな発言・行動を繰り返していた西鶏が実は童貞&包茎であることを彼女に見抜かれており、人間としての生き様の真理を追究されます。そして男根だけでなく精神も皮被りであることを諭され、筆卸のお恵みを受けるのです。この場面は冒頭の竹林と同じ場所で、光と影の処理がまたまたソフトタッチ、しかし、その中身はかなりエグイという凝ったものになっています。もちろんひし美ゆり子の美しさは絶品で、淡々と事を終え、西鶏に人生の機微を教えた後は爽やかに竹林を通り抜けて去っていくのです。この時の彼女の表情の素晴らしさは筆舌に尽くしがたいものがあり、もちろんここで「終」の字幕が出るのですが、本当にいつまでも眺めていたい気分にさせられます。

 ちなみにここで稚拙な自己完結していたことに気がついた西鶏は、坊主をやめて人生をやり直すことを決意しますが、それは「鶴」になることでした。そうです、日本文学史上有名な、あの人物になったというオチがついているのです。

 また途中で何の脈略も無く登場する窪園千枝子は当時注目され始めていた「潮吹き」がウリだった人で、笑福亭鶴光とのやり取りは絶妙のコメディ・リリーフでした。もちろん、お題は「潮吹き」で、こういうお遊び的場面が入るのも、プログラム・ビクチャーの楽しいところです。

 というこの作品は、とにかくひし美ゆり子の演技が素晴らしいの一言です。暑い夏の日に下卑た仕草でうちわを使ったり、着物の着こなしも、だらしない部分から艶やかな輝きまで完璧に見せてくれます。また舞台が京都であることから台詞が京都弁になっており、その部分が非常に苦労したと彼女自身が語っておりますが、その本質は分からないながらも私には違和感がなく、彼女の持ち味である余韻のある演技にぴったりでした。ちなみにその指導には京都撮影所に所属の女優さんがあたられたそうです。関本監督は早撮りで有名ですから、短時間でその台詞回しを完全にこなした彼女は、やはり流石は「女優」なのです。

 そういう演出の関本監督は、今では「極道の妻」シリーズをはじめとした大作を手がけておられますが、この頃の東映では添物のB面作品ばかり撮っていました。しかし、私はこの当時から関本監督の大ファンで、それは実景描写を美しく取り込んだ絵作り、物語の流れを壊さない映像の組立、さらに役者の個性を活かす場面の作り方等々、映画としての面白さのツボをはずさない上手さが感じられます。しかし、それゆえにアクの強さとかエッチ場面でのつっこみが物足りないとか、いろいろと批判もされるのですが、それがここでは良い方向に作用していると思います。後年のインタビューで関本監督はこの作品について「忘八武士道を観て、ひし美ゆり子でいこう」と決心されたとか、つまりファンにとっては嬉しい決断だったわけです。

 そして彼女は、この作品で「週刊ファイト主催/第1回映画ファンのための映画まつり・主演女優賞」を受賞し、スターとして地位を絶対的なものにしています。もちろん成人映画ということで、彼女自身、その出演にはかなりの決断が必要だったはずですし、前年にテレビ作品のレギュラー「プレイガール(東京12ch=現・テレビ東京)」が終了していたこともあって、当時は「女優」から気持ちが離れつつあった事を、自著で告白されています。しかし彼女の素晴らしさを、やはり周囲は放ってはおかず、東映では続けて看板作品の「新仁義なき戦い・組長の首(昭和50年・深作欣二監督)」に大きな役で起用され、大輪の花を咲かせるのです。また同時にテレビ作品では、連続ミステリドラマの傑作「手紙(日本テレビ)」で妖艶な演技を披露し、自らが「女優として一番いそがしい時期だった」と回想されているとおり、演技者として最高の評価を得ていくのでした。

 というこの作品も、来年で三十周年、その間、名画座では切札的作品として度々上映され、また今日ではビデオ化もされ、名作としての評価が定まっているとおり、その内容はまったく古びていません。もちろんそこには「ひし美ゆり子主演の成人映画」というお宝的評価が含まれていることは否定出来ませんし、彼女自身、この作品も含めて、当時の裸のお仕事について相当ナーバスになっている部分が、今でも確かにあると思います。しかし、そういう部分を斟酌してもなお、これは素直に素晴らしい作品であることを、声を大にして訴えたいのです。

 願わくば、三十周年の記念として、おまけ映像、予告篇、関本監督&ひし美ゆり子の対談〜音声解説、スチール等々を満載したDVDが復刻されることを、決死的に熱望しています。

(2004.10.07 敬称略)

(参考文献:「セブンセブンセブン/ひし美ゆり子」「アンヌとゆり子/同」)