江戸川乱歩全集
恐怖奇形人間

 映像化された江戸川乱歩の諸作中、一番カルト的扱いを受けた作品です。

 というのも、物語が「パノラマ島奇談」と「孤島の鬼」をメインに展開されている所為でしょう。特に後者は現代において映像化するにはタブーが多すぎて……。しかしそれをスバリとやってのけたのが、タイトルともどもに凄いところです。まず、その原作とは――

孤島の鬼
/ 江戸川乱歩・著
初出:昭和4年1月〜昭和5年2月、「朝日」に連載

 全てが傑作という大乱歩の諸作中でも、抜群に面白い長篇です。

 物語は主人公の独白調で綴られ、それは当時25歳の箕浦青年が同じ商事会社に勤務する木崎初代と親しくなり、ついには婚約の贈り物を交換するのですが、その時、彼女から貰ったのは古い系図帳というのが発端です。

 初代は幼い頃に大坂の船着場で今の母親に拾われ、今日まで育てられた生い立ちになっているのですが、その時に持っていたのが件の系図帳であり、どうやら樋口というのが本当の姓らしい……。しかもそれはかなりの家柄で、法外な値段でその系図帳を買い取ろうとした人物も現れるという因縁があるのです。

 そしてある日、初代が完全密室の家で殺害された事件から物語は戦慄の展開に突入し、素人探偵の深山木幸吉が登場して謎解きを進めるのですが、今度は大勢の人が溢れる海水浴場で、名探偵が胸を一突きにされて殺害され……。

 こうして単身、復讐と探偵の仕事をすることになった箕浦青年の周囲には、同性愛疑惑の友人・諸戸道雄や化け物みたいな老人が出没し、事件を混迷させていくのです。しかも深山木幸吉は、それを予測していたかのように、ある「品物」を箕浦青年に送っていたことから、後半は異様な人物の告白文や因果に満ちた家系、さらに洞窟内での死の恐怖、宝探しに同性愛……等々、もう乱歩ワールドのお約束が濃密に展開されるのです。

 しかもそれが、あまりにも怖ろしい! というか決して触れてはならない現実の闇とSF的妄想がゴッタ煮状態です。特に些かネタバレとはいえ、人工的なフリークス製造とか諸々の因果応報が奇怪に絡み合う物語展開の妙!

 このあたりは中国の古典に素材を求めた痕跡もありますし、エドガー・アラン・ポーの「モルグ街の殺人」や「黄金虫」の影響も感じられますが、しかしそれが江戸川乱歩の妖気漂う筆でじっくりと醸成されているのですから、一読、虜になってゾクゾクさせられた読者は数知れずでしょう。さらに了読した後味が、決して悪くないどころか、かえって爽やかという素晴らしさです。

 という傑作に「パノラマ島奇談」をミックスして映画化したのが――

江戸川乱歩全集・恐怖奇形人間(昭和44年10月・東映)
監督:石井輝男
企画:岡田茂&天尾完二
原作:江戸川乱歩
脚本:石井輝男&掛札昌裕
撮影:赤塚滋
音楽:八木正生
助監督:依田智臣
出演:吉田輝雄(人見広介・菰田源三郎)
■出演:由美てる子(初代・秀子)、賀川雪絵(静子)
■出演:葵美津子(とき)、小畑通子(千代子)
■出演:土方巽(菰田丈五郎)、小池朝雄(蛭川)
■出演:上田吉二郎(医者)、桜京美(看護婦)
■出演:片山由美子(精神病患者)、高英男(看守)
■出演:由利徹(坊主)、大泉晃(坊主)、沢彰謙
■出演:大木実(明智小五郎)、近藤正臣(タケシ)
■出演:三笠れい子、尾花ミキ、田仲美智(ぎん)
■出演:加藤欣子(按摩)、土方巽暗黒舞踏塾 他

 時代は大正13年秋、ある日突然、気がついた時には精神病院に入れられている人見広介=吉田輝雄は、何故こうなったのか自問自答するばかりで答えが出ません。聞こえてくるのは懐かしい子守唄、そして頭に浮かんでくるのは荒涼とした海と断崖絶壁……。さらに醜い男の顔を持った美少女の記憶……。

 ここは夥しい狂女の群の中に唯1人の男として翻弄される吉田輝雄の困惑した演技が印象的ですが、刃物を振り回して狂笑する片山由美子も強烈です。もちろん狂女達のほとんどは半裸で乳や太股の大サービス♪ それを嬉々として鞭打つ看守の高英男はシャンソン歌手としても有名ですが、やっぱり私の世代では「吸血鬼ゴケミドロ(昭和43年・松竹・佐藤肇監督)」ですから、ここでの不気味な存在感は流石だと思います。ちなみにその作品には吉田輝雄も出演していましたから、阿吽の呼吸が見事です。

 そしてついに病院内で謎の坊主頭の男に襲われ、逆にこれを殺害して逃走した人見広介は、真夜中の街で曲馬団の美少女・初代=由美てる子に出会うのですが、彼女こそ病院の外で懐かしい子守唄を歌っていたという謎が解けるのです。

 このあたりは、ご都合主義と原作の巧みな改変が上手い流れになっており、続けて描かれるサーカスの場面にも乱歩色が滲んでいます。

 しかし件の断崖絶壁の記憶と初代の思い出が結びつく寸前、彼女は突如として飛んできたナイフによって殺害されるのです。そしてまたまた殺人容疑者となった人見広介は、さらなる謎の解明を求めて日本海側へ列車で逃亡するのですが……。

 なんとここで自分とそっくりの大富豪・菰田源三郎の突然死を知り、物語はいよいよ「パノラマ島奇談」へと発展していきます。もちろん原作どおり、入れ替わりを画策する人見広介の墓場からの蘇えりは、由利徹と大泉滉、上田吉二郎と桜京美による最高のコメディリリーフで抜かりの無い演出になっています。

 こうして思惑どおりに入り込んだ菰田家には妻・千代子=小畑通子、遠縁の娘・静子=賀川雪絵、執事の蛭川=小池朝雄、乳母のぎん=田仲美智、他に女中や使用人が住んでいますが、菰田源三郎に成りすました人見広介にとっては、皆が油断ならない人物です。

 しかも源三郎の父親・丈五郎は生まれつき手に水掻きがあるというカタワ者でしたから、妻と一緒に地所内の孤島に逼塞し、どうやらパノラマ島を作っているらしいという……。そして源三郎は島で生まれながら、3歳の頃から実家に戻って乳母に育てられ、例の子守唄はそれで記憶にあるというのですから、人見広介はいったい何者!?

 という深まる謎の中、人見広介=吉田輝雄は弱った病人を装いますが、妻の千代子との夜の生活は避けられず、また遠縁の娘・静子ともデキているのですから、たまりません。ここは小畑通子の成熟したお色気と賀川雪絵の若々しいエロスの対比も嬉しい演出で、もちろん2人とも和服姿というのも、実に良い雰囲気♪ 粘っこい接吻も最高です♪

 さらに屋敷内には不気味な人物が跳梁跋扈し、千代子や静子の夜の生活の一部始終を詳述した手紙が出てきたりするあたりは、これも乱歩の傑作「陰獣」からのアダプテーションで気が利いています。また賀川雪絵が入浴中の湯殿に蛇が入り込んでくるのは、これも乱歩色が極めて強い演出で、もちろん彼女の美しい裸体と熟れた乳や微妙に使い込んだ乳首が存分に楽しめます♪ それとオマケ的に入る女中達の寝乱れ姿や入浴シーンも♪

 物語はこの後、妻・千代子の不可解な死があって、ついに人見広介は菰田源三郎の父親・丈五郎が棲むという孤島に渡るのですが、そこに待っているものは!?

 という展開から突入する後半は、当に「孤島の鬼」と「パノラマ島」のエッセンスがゴッタ煮となった乱歩世界の天国と地獄が映像化されています。それは鬼気迫る踊りと情念の演技を見せつける土方巽とその一座! 想像を絶する人体改造を施された美女や白塗りの奇怪な人物達の群! 極色彩美に拘りぬいた毒気のある美術セットやエグイ演出に撤する石井輝男監督の乱歩偏愛主義が、これでもかと続きます。

 そしてもちろん、悲劇のシャム双子! これはポスターにも大きく扱われていますが、それにしても当時からヤバ過ぎる映像でした。ちなみに演じているのは由美てる子と近藤正臣で、近藤正臣は屈指の二枚目俳優ながら、こごではグロテスクなメイクが圧巻! また由美てる子は当時、いろんな名前でグラビアモデルをやっていたので、その正統派美女としての面立ちとバランスの良い肢体は最高に魅力的♪ ここ作品でも綺麗過ぎる乳首を拝ませてくれます

 肝心のストーリー展開は、ネタバレがあるので詳しく書けませんが、原作に近い味わいのドロドロした家系の因縁や洞窟内の恐怖はきちんと演出されていますし、別の意味で恐い因果応報も用意されています。

 さらに土壇場で登場する名探偵は明智小五郎=大木実になっていますが、原作云々というよりも、やはりこれがなくては、なんの「江戸川乱歩全集」でしょう! 劇中には他にも「屋根裏の散歩者」や「蜘蛛男」、そして「人間椅子」等々の趣向が盛り込まれていますから、強烈です。しかもそこには、アッと愕く演技・演出の妙がありますから、全く観てのお楽しみでしょう。

 もちろんクライマックスは、今や伝説となった「人間花火」です。ここは、あまりに極北の演出なので、笑うか感動するかの踏絵的な目論みさえ感じられて、恐いほどです。

 ということで、まずはぜひとも、ご覧いただきたい問題作! どうやらこれは石井輝男監督が自ら持ち込んだ企画と言われており、今日ではカルト的な扱いが決定的な名作としての評価に繋がっているようですが、リアルタイムでは大コケでした。ただしそれは人権的な配慮や批判からではなく、やはり一連の所謂「異常性愛路線」が飽きられていたからだと思います。

 また、一応、ミステリ的な味わいとして謎解きもそれなりに付けられていますが、ストーリーの整合性に破綻もあることは、言わずもがなです。

 出演者では吉田輝雄の煮詰まった表現がなんとも言えず、女としての執念を感じさせる葵美津子も名演だと思います。また小池朝雄の「ありえない」演技にも仰天させられるでしょう。名探偵・明智小五郎の私生活が短いながらも、それらしく演出されているのにも好感が持てます。

 既に各方面で言われているように、日本でもここまでイッてしまった映画を作れた時代がありました。そこに石井輝男という強烈な偏愛主義者が居たことと合わせて、この作品は永遠に語り継がれるものと確信しております。

(2007.10.14 敬称略)

【付記】
 この作品は言わずもがなの事情により、長らくパッケージ化されませんでした。しかし機会がある毎に再上映され、またブートビデオの流通も公然の事実として偏愛されてきたのです。それが今年になって、ようやく海外でDVD化されました。そこには石井輝男監督のインタビュー等々がボーナストラックで入っておりますので、ますます嬉しいプレゼント♪ もちろん音声はオリジナルの日本語ですし、リージョンフリーになっております。そして購入もネット通販で簡単に出来るのです。

 しかし今回の掲載にあたっては、やはりスチール写真からの画像掲載は自粛致しました。そのあたりを、なにとぞ、ご了解下さい。