The Beatles / Let It Be の謎 9

 後に「レット・イット・ビー」と呼ばれる映画とアルバムについて、ある程度のメドがついたのは1969年の秋の終わり頃だったと思われます。まず映像は映画として劇場公開し、すでに新鮮味が無くなっていた「ゲット・バック」のタイトルは放棄、新たなタイトルが模索されますが、それが次の新曲候補になっていた「レット・イット・ビー」になるのは、皆様良くご存知のところです。新アルバムのタイトルが「7」ですでに述べたように「Let It Be and 10 other songs」となり、同じく「7」に掲載したジャケットの試し刷りが行われたのもこの時期かもしれません。

 映像フィルムの編集は急ピッチで進められ、付属する写真集も完成、アルバムの仕上げは再びグリン・ジョンズに依頼されますが、ここで問題になったのが、映像では出てくる曲が、その音源テープには完成形で存在していなかったことでした。その曲は「I Me Mine」、これはジョージの作曲で、映画の中では彼が前の晩に作ったこの曲を、リンゴにギターだけで聞かせたりする良い場面があったので棄てがたく、そこで結局、新たにスタジオでレコーディングすることになりました。

 このセッションは1970年1月3日に行われ、プロデュースはジョージ・マーティンでしたが、ジョンは参加しておりません。当然、各種のオーバー・ダビングが行われ、ここに「生演奏・一発録り」というセッション開始当初の決め事は破られてしまうのですが、実はそのセッションを事実上仕切っていたグリン・ジョンズも、前年4月に行ったマスター・テープの仕上げの段階で僅かながら音の差し替えやダビングを行っていたことが、後に明らかにされる記録で残っております。

 また翌日には新曲として発売が決まった「Let It Be」のマスター・テープ製作が、これもジョージ・マーティンのプロデュースで行われ、ここでもギターやブラス、コーラス等がダビングがされました。

 こういう動きは明らかに映画公開を優先したものであり、また、どのような約束も一度反故にされてしまえば歯止めが効かなくなるという現実の表れでした。

 しかし一方、グリン・ジョンズはそれでも頑なにこれまでの方針を貫き通そうとしていました。そして彼が1月5日に完成させたマスター・テープには、前述した「I Me Mine」が含まれてはいるものの、それを自分なりに再編集したバージョンに改変し、また収録曲も以前仕上げたものから何曲か差換えて下記のような曲が並んでいたと言われております。

A-01 One After 909
A-02 Rocker
A-03 Save The Last Dance For Me
A-04 Don't Let Me Down
A-05 Dig A Pony
A-06 I've Got A Felling
A-07 Get Back
A-08 Let It Be

B-01 For You Blue
B-02 Two Of Us
B-03 Maggie Mae
B-04 Dig It
B-05 The Long And Winding Road
B-06 I Me Mine
B-07 Across The Universe
B-08 Get Back(reprise)

 皆様ご存知のとおり、このマスター・テープはそのまんまの形で世に出ることはありませんでしたが、手元にある海賊盤音源から推察すると、「Rocker(A-02)」はピアノを中心としたお遊び的な短いインスト曲、「Save The Last Dance For Me(A-03)」はアメリカの黒人グループ=ドリフターズが1960年に放った大ヒット、日本では「ラストダンスは私に」として知られている曲のカバーです。また「Get Back(A-07)」は前年4月11日に発売されたシングル・バージョン、「Let It Be(A-08)」はジョージ・マーティンが手を入れる前のバージョンのようです。

 全体の構成としては「Teddy Boy」と「The Walk」が外され、「I Me Mine(B-06)」と「Across The Universe(B-07)」が新たに加えられました。「Rocker(A-02)」は前回のマスター・テープでは曲間のおしゃべり等の部分に含まれていたようです。ちなみに「Teddy Boy」はポールの曲で、後に彼のソロ・アルバム「マッカートニー」に改変されて収録されます。また「The Walk」はアメリカのブルース・シンガー=ジミー・マクラクリンが1958年に大ヒットさせた曲のカバーです。

 「I Me Mine(B-06)」についてはすでに述べましたが、問題は「Across The Universe(B-07)」です。この曲は1968年2月にレコーディングされ、当時はシングル盤発売も検討されていたほどの名曲ですが、作者のジョンが納得出来ずにお蔵入りしていたものでした。それが1969年12月に発売された世界野生動物保護基金のためのチャリティ・アルバム「No One's Gonna Change Our World」に収録されたことから評判を呼び、それは限定発売だったことから新アルバムにも収録する運びとなったようです。ただし「No One's〜」のバージョンはジョージ・マーティンの手によってオリジナルからやや改変されたものでしたし、また後年、様々なバージョンが登場してきますが、ここに収録されたのがどのようなものになっていたのかは不明です。ちなみにそのチャリティ・アルバムのタイトルは「Across The Universe」の歌詞からいただいたものであることは、言わずもがなです。

 こうしてグリン・ジョンズが再び仕上げたマスター・テープはメンバーやスタッフにもかなり好評だったようですが、今回もまた決定直前になって頓挫します。それはグリン・ジョンズがアルバム・ジャケットにプロデューサーとしてのクレジット掲載を要求したからだと言われております。フリーの立場から言えば、ビートルズと仕事をしたことは計り知れないメリットになるわけですが、そういうビートルズを使った売名行為はジョンには許しがたいことのように思われたのだと、今日の研究では決め付けられております。はたして真相はどうなのでしょう、ジョンは金銭で解決を図ろうとしたと言われておりますが……。

 結局、アルバム発売はまたしても延期になりましたが、とりあえずグリン・ジョンズが絡んでいない、つまりジョージ・マーティンが仕上げた方の「Let It Be」をシングル盤として発売することが決定されます。こうしたゴタゴタでの営業サイドの苦渋は計り知れないものがありますが、そうした現実から逃避するかのように、ビートルズのメンバー達は各々がソロ活動に力を入れ始めて行きます。ビートルズが9月の段階で実質的に解散状態だったのはすでに述べたところですが、それが表立って誰の目にも明らかになったのが、この時期でした。

【参考文献】
 「ビートルズ・レコーディング・セッション/マーク・ルウィソーン」

(2003.09.30 敬称略・続く)