The Beatles / Let It Be の謎 完

 ということで、ほぼ2ヵ月にわたって書き続けてきたこの特集も纏める時になりました。

 大元になった聖典「レット・イット・ビー」というアルバムは、当初、原点回帰の「ゲット・バック」として企画されて行われたセッションであることは、これまでに度々述べたことですが、そこからこの世に現れ来たものは、現時点では少なくとも3種類の味を持っております。つまりグリン・ジョンズが仕上げた幻の「ゲット・バック」、フィル・スペクターが仕上げた公式盤「レット・イット・ビー」、そして今回の「ネイキッド」です。

 前回、私は「ネイキッド」ではお喋り等が極力カットされ、曲間が切り詰められた編集に違和感があり、グリン・ジョンズの仕上げたものに愛着があると書きましたが、そこで最期にその幻の「ゲット・バック」をご紹介してみようと思います。ちなみにこれは1970年1月5日に仕上げられ、メンバーも気に入ってリリース寸前までいったとされるものです。このあたりの事情については「」をご参照下さい。

A-01 One After 909(1969年1月30日)
 冒頭に短いお喋りやピアノの慣らし弾きがあってから曲がスタートします。もちろんこれは屋上ライブからの演奏を使っていますので、「レット・イット・ビー」や「ネイキッド」と基本的には同じものですが、大きく違うのがボーカルで、ジョンが左、ポールが右に定位しています。また演奏が終わった後に例の「ダニー・ボーイ」の一節に続き「オーディションに受かりたい」云々というジョンのお喋りが編集で継足してあります。これは実際には屋上ライブの最期にあったものなので、やや違和感があります。

A-02 Rocker(1969年1月22日)
 2秒位の曲間があってフェード・インしてくるアップ・テンポのロックン・ロールですが、ほとんど演奏だけで、すぐに中断してしまいます。

A-03 Save The Last Dance For Me(1969年1月22日)
 前曲にお喋りで繋がっています。そして「Save The Last Dance For Me〜♪」とポールが楽しげに短く歌った後、おなじテンポで「Don't Let Me Down〜♪」と歌い継がれ、直ぐに中断して、またお喋りが始まりますが、ここは大変に気持ちが良いトラックです。ポールのベースがブンブン唸っています。

A-04 Don't Let Me Down(1969年1月22日)
 ここも切れ目無く繋がっています。曲のテンポもグッと落とされ、グルーヴィな雰囲気が濃厚に漂っています。ただし出来としては屋上ライブの演奏のほうが良く、ここではビリー・プレストンのエレピ・ソロの後にジョンがグチャグチャっと終わらせてしまいます。そして続けてこの場面では彼がリーダー・シップを握り、「ディッグ・ア・ポニーをやろう」と言うと他のメンバーが各々の楽器のキメを試したり、コーラスを唸ったりして、とても創造的な雰囲気が感じられます。

A-05 Dig A Pony(1969年1月22 or 24日)
 前からのお喋りが続き、出だしをやり直して始まるこの曲は、資料にした「ビートルズ・レコーディング・セッション/マーク・ルウィソーン」よれば前曲とは別の日=1月24日の録音としていますが、手元にある海賊盤から推察すると、前曲との自然な繋がりで1月22日の録音かとも思います。いずれにしろとても自然な編集で好感が持てます。ただし演奏はリラックスしすぎてややダラけており、途中でジョンが吹出したする場面もあります。

A-06 I've Got A Felling(1969年1月22 or 23 or 24日)
 続けて直ぐに始まりますが、これも前曲と同様な理由で録音日を特定出来ません。これはおそらく「アンソロジー3」収録のものと限りなく同じものだと思いますが、その付属解説書によれば録音日は1月23日、資料にした「ビートルズ・レコーディング・セッション」によれば1月24日になっていて、その両方ともがマーク・ルウィソーンによって書かれているのですから、益々???です。個人的には海賊盤音源の繋がりから1月22日の録音と推察しているのですが……。
 で、肝心の演奏は渦巻くようなキメのギター・リフも出来上がっておらず、明らかに未完成で中断してしまいます。そしてその後に短いお喋りがあって次曲に繋がります。

A-07 Get Back(1969年1月27 & 28日)
 シングル盤と同じ演奏で、イントロが徐々に大きくなっていくバージョンです。これが「ネイキッド」ではいきなり始まっていく雰囲気に変えられました。

A-08 Let It Be(1969年1月31日)
 3秒位の曲間があってお喋りから例のピアノのイントロ、曲が始まります。このバージョンは一応シングル盤のものに準拠しておりますが、例えばコーラスやオルガンのミックスの大きさ等々、非常に細かい点で全く同じでは無いと思います。
 ちなみにこの曲の公になったバージョンはすべて1969年1月31日録音のものをベースにしているらしいのですが、これまでレコードやCD化されたものと映画で使われたものは、その土台となったテイクが違うような気がしています。で、今回の「ネイキッド」はその映画版が土台かもしれません。
 それと間奏のギターは参考資料によると、後にダビングされたものが使われていて、シングル盤では1969年4月30日のものを、アルバム「レット・イット・ビー」には1970年1月4日のものが使われたそうです。ここではもちろん前者のものが使われました。
 余談ですが、海賊盤ではその2つのギター演奏が同時に左右から分かれて聴くことができるバージョンがあります。これはおそらく業者が勝手に作り出したものだと思いますが、なかなか出来が良いので、機会があればぜひともお聴き下さい。

B-01 For You Blue(1969年1月25日)
 お喋りからスタートしますが、もちろんそれは公式盤「レット・イット・ビー」のものとは違います。また公式盤や「ネイキッド」でのジョージのボーカルは後に取り直してダビングしたものですが、ここでは生のままです。そしてピアノが左、ジョンのスライド・ギターが右定位しているは「ネイキッド」と同じですので、これがオリジナルのミックスだったのでしょう。ボーカルは拙い部分がありますが、とても自然なグルーヴが感じられます。

B-02 Two Of Us(1969年1月24日)
 これも前曲ラストからお喋りで繋がります。「アンソロジー3」と同じ日の録音ですが、これは別テイクで、スロー・テンポの暖かみのある演奏になっています。もちろん公式盤「レット・イット・ビー」や「ネイキッド」のテイクとも違います。

B-03 Maggie Mae(1969年1月26日)
 公式盤「レット・イット・ビー」収録のものとほとんど変わりませんが、その収録位置の違いにグリン・ジョンズとフィル・スペクターのプロデューサーとしての個性と資質の違いを見出せるという、興味深いものとなっています。

B-04 Dig It(1969年1月26日)
 公式盤「レット・イット・ビー」と同じテイクですが、それよりもかなり長い演奏になっていて、映画で接したものとかなり近く、その楽しく激しいノリが堪能出来ます。

B-05 The Long And Winding Road(1969年1月26日)
 「アンソロジー3」で公になったストリングやコーラスの入らないバージョンと基本的には同じものですが、各楽器の定位等のミックスが大きく違い、やや団子状の音像になっています。「アンソロジー3」のきちんと整理整頓されたミックスも良いですが、こちらも棄てがたく、このあたりの好き嫌いはリスナー各々の好みによるところだと思います。ちなみに私は両方好きですし、たっぷりと装飾された公式盤「レット・イット・ビー」収録のバージョンや映画版に準拠した「ネイキッド」バージョンも非常に気に入っています。

B-06 I Me Mine(1970年1月3日)
 ここも曲前にお喋りが入っています。演奏そのものは基本的に同じですが、ここでのミックスはやや深みが足りず、フィル・スペクターがオーケストラ等を追加ダビングした公式盤「レット・イット・ビー」に収録されたバージョンの良さが認識出来たりします。

B-07 Across The Universe(1962年2月4 & 8日)
 これまでにも度々述べてきたように、いろいろと問題のあるバージョンばかりですが、これは素晴らしい! オリジナル・マスター・テープに入っていた女性コーラスを残し、様々な装飾も取り払っていながら、インド系の楽器も自然にミックスされ、尚且つジョンの歌声も暖かいということで、個人的にはこれが理想の形だと思うのですが……。ちなみに「アンソロジー2」に収録されたバージョンとは完全に別物ですが、雰囲気は良く似ています。

B-08 Get Back(reprise)(1969年1月28日)
 前曲ラストのリフレインが自然に消えていった後に、フェード・インしてくるこのトラックは、原曲の断片ですが、映画「レット・イット・ビー」のラストをイメージした製作意図が感じられます。

 以上の曲が収録されたこのマスター・テープは長らく行方不明になっていましたが、EMIスタジオで録音エンジニアの下働きとしてビートルズ末期のレコーディングに関わったジョン・パレットが、1980年代に「ビートルズ・レコーディング・セッション」を纏めていたマーク・ルウィソーンの手伝いをしていた時に発見したものと言われております。そしてそれが流出して海賊盤となったのです。

 で、こうして3種類をあらためて聴き比べてみると、そのいずれも企画当初の意図であるライブ感覚を大切にしていることが分かります。それは大袈裟な装飾が施されているとして、玄人筋には評判が芳しくない公式盤「レット・イット・ビー」でさえも顕著で、例えば、アルバムのラストに置かれた「Get Back」での最期のお喋り=「オーディションに受かりたい」云々というところは、ビートルズの解散と相まって、絶妙としか言いようがありません。またアルバムの随所に入る気の利いたお喋り、曲順や繋ぎの流れ等々、流石に場数を踏んできたフィル・スペクターの仕事と、今回あらためてその真髄に触れた思いです。

 しかし、これはフィル・スペクター単独の力ではもちろん無く、その叩き台となったのは、グリン・ジョンズが仕上げた「ゲット・バック」なのです。今回ご紹介したように、全体の流れが会話で繋がれているために、未完成の曲がかえって効果的なのも、その場の雰囲気を実際に知っていた彼ならではの技というところだと思います。そしてフィル・スペクターは、その意図をけっして無視していたわけではないのです。それは彼がプロデュースした公式盤「レット・イット・ビー」に会話等が用いられた編集が施されたことからも明らかです。

 そこで今回の「ネイキッド」ですが、結論から言うと、「ネイキッド」は裸にされてはいましたが、「ネイキッド」と言うよりも「ヌード」と言うべきものだと思います。露出度は高いのですが、けっしてモロ見えでは無く、ちゃんと修整されているのです。そしてきちんとした演出が施されているのです。これは「ネイキッド」だけでなく、グリン・ジョンズ版「ゲット・バック」と公式盤「レット・イット・ビー」にも言えることで、現代的刺激度が強いという部分から「ネイキッド」は「アダルト・ビデオ」というところでしょうか……。するとグリン・ジョンズ版「ゲット・バック」と公式盤「レット・イット・ビー」は「成人映画」や「ロマン・ポルノ」という位置付けというのは不謹慎でしょうか……。ちなみに「The Get Back Journals U」あたりのセッションをそのまんま捉えた海賊盤は「盗撮物」の裏ビデオというところだと思います

 今回「ネイキッド」が発表されたそもそものきっかけは、今年=2003年初頭にオランダで、行方不明になっていた1969年当時のセッション・テープが大量に発見されたことだったと言われております。おそらくそれは、映画フィルムとの同期トラックだったと思われますので、それが今回どの位用いられたのかは分かりませんが、この流れで早期に映画版「レット・イット・ビー」がDVD化されることを願って止みません。

 これまで「レット・イット・ビー」はビートルズの崩壊を如実に表したものというのが定説になっておりますが、確かに当時のグループを取巻く状況は色々な面で厳しく、メンバー間の人間関係も良くは無かったのは事実だとしても、海賊盤も含めてこれまで聴いてきた音源から推察すると、私にはそんなに酷いものだったとは思われません。それが一般的に定着してしまったのは、映画版「レット・イット・ビー」ことさらその辺りが強調された演出・編集の所為ではなかったでしょうか? それ故にこの作品は傑作ロック映画となったのですが……。

 またアルバム「レット・イット・ビー」が今日に到るまで鬼っ子扱いされているのは、製作当時のポール対ジョン、ジョージ、リンゴという対立の図式が形となって表れてしまったからで、当然ながら最終的にその企画から外されてしまったジョージ・マーティンやグリン・ジョンズ、及びその関係者達は公式に出来上がったものを肯定出来るはずもなかったのでは……。そして評論家やマニアもそれに便乗することによって自己を主張するというか、否定することがツウであるという雰囲気が当時から濃厚でした。

 しかし一般のファンはどうだったでしょうか、私は当時も今も、フィル・スペクターは悪いことはしていなかったと確信しています。なによりもポール以外のメンバーが認めた聖典なのです。だいたいポールは自分の知らないうちに内容が勝手に変えられていたと主張しておりますが、アルバム収録曲の決定やその順序等は、演奏者自らの主張と収入に大きく関わってくるのですから、前述した「知らなかった」云々というポールの主張はおかしな話と判断せざるをえません。知ってはいたが、自分の意見が通らなかったというべきではないでしょうか……?

 そこで今回の「ネイキッド」ですが、すでにジョンとジョージはこの世の人ではなく、フィル・スペクターも長い隠遁生活の果てに殺人容疑者となっているのでは、その発表もポールの独り善がりとして、やや説得力に欠けていることは否定出来ません。そしてここまでやったのであれば、公式盤「レット・イット・ビー」の今日的リマスター盤、そして幻のグリン・ジョンズ版「ゲット・バック」の公式発売を、ぜひとも実現させて欲しいところです。

 そして最期に、前述したジョン・パレットが20年ほど前にデモンストレーション用としてリミックスし、編集したとされる「GET BACK BY JOHN BARRETT」が海賊盤として登場するという噂があることを記しておきます。いやはやなんとも、まだまだ夢と謎を沢山残しているビートルズの素晴らしさを痛感させられますが、暴言ご容赦、深くお願いしてこの文章の締めくくりとさせていただきます。

【参考文献】
 ビートルズ・レコーディング・セッション/マーク・ルウィソーン」

(2003.11.24 敬称略・続く)