Monk In Paris / Thelonious Monk(原盤:Thelonious TMF9316=CD+DVD)
 Charlie Rouse(ts) Thelonious Monk(p) Larry Gales(b) Ben Riley(ds)
 1965年3月7日、パリのオリンピア劇場での実況録音=CD
 1966年4月15日、ノルウェーのオスロでのテレビ録画=DVD

 セロニアス・モンクは難解、とっつき難いという文章を、ジャズの入門書や日本盤レコード解説で良く見かけます。本当かなぁ〜? 確かに彼のピアノは訥弁だし、弾き出される和音は変な響きだし、妙な曲を沢山作っているし、本人はでかくて怖そうな黒人だし……。でも私は初めて彼の演奏を聴いた時、何の違和感もありませんでした。

 モンクのピアノは自己流でしたが、1940年、19歳の時に「ミントンズ・プレイハウス」というクラブのレギュラーに雇われます。ここが後にモダン・ジャスの聖地となったのは歴史ですが、それはここで営業が終了した後に行われていたジャム・セッションで、チャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピー、バド・パウエル、ケニー・クラークといった後の巨匠達が腕を競っていたからで、それで自然発生的生まれたのがビバップ=モダン・ジャズと云われています。そしてそこでの核となったのが、モンクの弾き出す複雑な和音であり、それは毎夜飛び入りして来るミュージシャンから下手な奴を追い出すためだったとか……。まあ、真偽は別にして、その頃からモンクは独自の和声を追求していたのです。

 しかしこの後、ビバップが形成されて幾多の録音が残され、前述したメンバーが脚光を浴びても、モンクにはちっとも陽があたりません。それはビバップが難解で大衆的な人気を得られなかったより以上に、モンクの追求していたジャズが前衛だったからです。加えて彼は世渡りが下手というか、自分に全く関係が無い麻薬事件に連座してライブの仕事を失ったり、一時的な大金に騙されて不利なレコーディング契約をしてしまったりでは、なかなか世に出られないのも無理ないところです。

 それでも彼を理解していたパトロンやジャズ評論家の働きで、1950年代中頃からは充実した活動が出来るようになり、多くの歴史的名演の録音を残しています。そしてこの時期までに、後にジャズの定番となる有名オリジナル曲のほとんどを生み出しているのです。ジャズ評論家の先生方は、この辺りで作られたレコードを名盤とし、全盛期としています。当然ライブでの集客も良く、人気も出始めるのですが、しかし彼の人気が大爆発し絶頂になるのは1960年代に入ってからです。

 その転機になったのが1962年、大手レコード会社CBSコロムビアとの契約でした。当時のコロムビアはディブ・ブルーベックやマイルス・デイビス等のモダン・ジャズ路線でヒットを出しており、次のスターとしてモンクを獲得したのです。当然それに伴う宣伝も大規模でした。その極みつきが1963年11月25日号として予定されたタイム誌のモンク特集です。これはもちろん表紙もモンクで、黒人が取上げられるのは当時としては画期的な出来事になるはずでしたが、皆様良くご存知のように、これはケネディ大統領暗殺事件の為にお流れとなりました。しかし、企画そのものは翌年に掲載されています。

 こうして一躍メジャーな人気を獲得したモンクは海外巡業も頻繁に行うようになり、絶頂期を迎えます。ただし、大方のジャズ評論家やガチガチのジャズ・ファンには、この時期の演奏がイマイチ評価されていません。確かにこの頃の録音を聴くと、バンド・メンバーや演奏曲目がほとんど変化無く、云わば安定期という演奏になっていますが、私はそれゆえにモンクの演奏を心置きなく楽しめると思っています。

 肝心のモンクの音楽性ですが、まず彼自身が作曲するメロディーの特異なハーモニー構造、そして演奏される時にモンクが繰り出す不協和音的なピアノの響き、リズミックで縦横の繋がりがないフレーズ等々が特徴です。しかし実はモンクの作曲した作品は、スタンダード曲のコード進行に基づいているものが多く、それでも従来の感覚からすると変態に聴こえてしまうのは、モンクがスタンダード曲のキモであるユダヤ人モードから脱却しようと試みていたからだと、私は思います。ただ、ピアノという楽器はガチガチの西洋音階に基づいているので、どうしても正統派の弾き方ではそれが難しく、ですからモンクは全く独自の表現方法に走ったのだと思うのです。

 しかしそれは、1950年代までのリアルタイムでは全く異端の感覚で、同じ土俵のジャズ・ミュージシャンでさえ、理解の範疇を超えたものだったようです。もちろん既成の概念で音楽を楽しみたい一般大衆には受容れられるはずもありません。また彼は、演奏の途中で他のメンバーを無視して平気で弾くことを止めてしまいます。これはスタジオでもライブでも頻繁にあって、時には独りで踊りだすことさえあるのです。ですからこの時点で、モンクは難解だという指摘は間違っていないのです。

 ではその彼が、どうして1960年代に人気が出たのでしょう。それはまず彼が作った曲の素晴らしさが認識されたからです。例えばマイルス・デイビスでお馴染みの Round Midnight はその代表です。また彼の曲や演奏には従来の黒人っぽさがありません。本当はどこまでも脱西洋の純黒人的な音を追求していたと思われるのですが、それが白人層にはニュー・ウェイプとして感じられたのではないでしょうか? だいたいモダン・ジャズの愛好者は圧倒的に白人が多く、クラブで生演奏を楽しんでいる客層は、ほとんどが金持ちの白人でした。これは当時の写真からも推察出来ますし、資料によれば有名文化人とか映画スター達が黒人ジャズメンの生演奏の場に出入りするのは、ある種のカッコイイ事だったようです。そしてそこにモンクの奇行、例えば演奏中に踊りだすとか、そういうものが伝説的に加わり、巨体の黒人が奇怪な行動で変なピアノを演奏し、新しいジャズをやっているという、ひとつのエンタテインメントとして受け取られていたのではないでしょうか? もちろんそこに芸術としての素晴らしさを見出していた人が大勢いたのも事実です。そしてそういうものが、CBSのメジャーな宣伝によって広められ、人気が爆発したのではないでしょうか? 実際、1960年代中頃までの日本の洋楽ツウの間では、モンクを聴くのがイカシタ事だったそうです。そう、モンクス・ミュージックはカッコイイ音楽なのだ!

 等と、いろいろ独り善がりを書き連ねてまいりましたが、結局モンクの演奏は聴いて、そして観てもらわないと、その真髄を感じ取ることが出来ません。で、今回取上げたアルパムは最近出たものですが、その当時の欧州巡業からの生演奏とテレビ放送用のスタジオ・ライブ映像を収録してあるという、まさにその趣旨にピッタリの優れものです。これはマイナー・レーベルからの発売ではありますが、モンクの遺族公認の正規盤です。その内容は――

☆disc1:これは1965年春、パリでのライブ録音で、遺族から蔵出しされたテープがきちんとリマスターされていて、モノラル録音ですが音質は良好、迫力ある演奏をしっかり伝えてくれます。そして何より、モンク以下、メンバーの気合の入り方が半端ではありません。

01 Rythm-A-Ning (T.Monk)
 数多いモンクのオリジナルの中ではステージの定番だった曲です。かなり幾何学的なメロディ構成で、タイトルどおりモンクのピアノが打ち込んでくるリズムがポイントです。残された録音は公式・非公式を含めて沢山ありますが、ここでの演奏はいつもよりテンポを速め、ビートも強くなっています。そして何よりもメンバー全員のテンションが高く、特にテナー・サックスのチャーリー・ラウズはいつも同じようなフレーズばかり吹いていると非難されますが、ここでもその個性は変わらないものの、非常に気合の入った演奏を聴かせてくれて、吃驚です。かなりモンクを聴きこんでいらっしゃるファンでも納得の演奏だと思います。

02 Body & Soul (J.Green-E.Heyman-R.Sour-S.Eyton)
 割れんばかりの拍手の中、有名スタンダード曲がモンクのピアノ・ソロで演奏されますが、初めて彼の演奏に接する人は、なんてヘタクソな……?! と思われるでしょう。たどたどしく原曲メロディを手探りで探し、その合間に特異な響きの和音とスケールを挟み込んで演奏は進行しますが、これがモンクなんです。聴いているうちに、不思議な孤独感に包まれるところが快感です。

03 I Mean You (T.Monk)
 再びバンド演奏に戻って、モンクのオリジナル曲が披露されますが、モンクは3分目あたりからピアノでの伴奏を止めてしまいます。おそらくステージ上をうろついているのでしょう、これは珍しいことではありません。そして4分20秒目頃から自分のソロ・パートに入ります。ただし、モンクは演奏の流れが阻害されることを嫌っているようで、ベースとドラムスには休むこと無くテンポを外さない演奏を強要します。これはこの頃のバンドの約束事になっているようです。

04 April In Paris(E.Y.Harburg-V.Duke)
 再び有名スタンダード曲「パリの四月」をモンクがピアノ・ソロで演奏しますが、これは彼もお気に入りらしく、いろいろな録音が残されています。ここではご当地ソングとしてのサービスでしょうか、1分ほどの短さで訥々とメロディを弾いているだけですが、大歓声の中で最初のピアノの音が出た瞬間に、孤高の世界に引き込まれてしまいます。

05 Well You Needn't (T.Monk)
 マイルス・デイビスをはじめ、多くのジャズメンが取上げているモンクの代表曲のひとつです。アップ・テンポ演奏されますが、ここでの聴きどころはスタートから4分目位まで、チャーリー・ラウズがソロを取っているバックでのモンクの弾きまくりです。これはもう伴奏じゃなくて、アドリブの応酬という修羅場です。物分りの良いラウズもマジギレというか、「うるせぇぞっ!」的なフレーズを吐出して対抗するあたりが最高です。もちろんドラムスのベン・ライリーはモンクの味方、かなり激しいオカズを入れてくるので、スリル満点です。そしてモンクのピアノ・ソロに続くドラム・ソロも迫力がある熱い演奏です。

06 Bright Mississippi (T.Monk)
 前曲の熱気が継承され、ここでも伴奏のモンクが激烈なコードを炸裂させます。モンクはひとりで弾く時が最高だ、と良く言われますが、私は他人のソロのバックをつける厳しい姿勢のモンクが大好きです。これを中心に聴いていくと、いささか凡庸と云われるチャーリー・ラウズのソロが光り輝くのです。何故モンクが彼を長期間雇っていたのか、それは彼が太陽の光を受けて妖しく光る月のような存在だったからに違いない、と私は思います。もちろん強烈なエネルギーを放出する太陽がモンクです。

07 Epistrophy (T.Monk)
 バンドのテーマとしてステージのラストに演奏される、お約束の曲です。モンクのオリジナルの中でも特に異様なものを含んでいますが、それもそのはず、前述したモダン・ジャズ創成期のジャム・セッションで、ヘタクソを除外するためにワザと変なコードばかりで作った曲はこれだと云われています。しかし、それだけにツボを押えて演奏した時の破壊力は抜群で、ここでもじっくりと煮込んだ濃厚な味が滲み出て来ます。

☆disc2:これは1966年の春の欧州巡業時にノルウェーのオスロでテレビ放送用に行われたスタジオ・ライブ映像を収録したDVDです。もちろんリージョン・フリーなので、日本の機器でも観る事が出来ます。ちなみにモノクロ映像ですが、画質・音質とも、当時の物としては良好です。

01 Lulu's Back In Town (A.Dubin-H.Warren)
 モンクのピアノによる変則的なイントロからベースとドラムスを従えてテーマのバリエーションが演奏され、続けて悠然とテナー・サックスのチャーリー・ラウズが登場し、テーマからアドリブへ流れて行きます。そのバックで不気味なコードを弾いていたモンクは2分目位からピアノを離れてウロウロ、しかしメンバーを厳しい眼差しで監視しています。そして自分の出番が回ってくると、すばやく鍵盤の前に戻り、独特の理論に基づいたソロを披露しますが、ここはモンクの特異な奏法をたっぷり観る事が出来ます。もちろんここも、納得するだけ弾いたモンクが突然演奏を止めてベースのラリー・ゲイルズにバトンタッチ、再びスタジオをウロウロしてメンバーの監視に戻るのです。あと、注目したいのは、テレビ放送用ということで、ドラムスのセットが簡易化されているのですが、それでも流れを断ち切らない見事な演奏を展開するベン・ライリーは、やはり名手です。

02 Blue Monk (T.Monk)
 これはモンクのオリジナルでも人気曲のひとつで、ブルース形式ですが、ニューオリンズR&Bの香りが仄かに漂っています。つまり明るく楽しい中に哀愁が感じられるという、それだけにアドリブ・パートでは演奏者の個性・優劣が出やすい両刃の剣ですが、流石にメンバー全員がツボを外していません。特にモンクは全身のリズム感と選び抜かれた音の響きを存分に使ったソロを展開、素晴らしい見物・聞物になっています。

03 Round Midnight (T.Monk)
 モンクのオリジナルの中では一番有名な曲でしょう、一時はCMにも使われたほどですから、特にジャズに興味が無い人でも一度は耳にしたことがあるはずです。一般的にスローで演奏されることが多い曲ですが、ここではミディアム・テンポでムーディに歌い上げるチャーリー・ラウズのバックで炸裂する、ハードボイルドなモンクのピアノが最高です。そしてそれに誘発されて、徐々に燃えていくメンバー達が、これまた素晴らしい! そして珍しや、演奏の途中で終了の合図をするモンクを観る事も出来ます。

 というこのライブ映像は必見・必聴です。やっぱり文章でいろいろと書いたって、実際に接しなければモンクの実像は理解出来ません。このDVDの冒頭にも「You Really Haven't Heard Monk, Until You've Seen Him」と字幕&ナレーションが入りますが、まさにその通りなのです。モンクを体験するには、まずコレ! マニアはもちろん、皆様にはぜひとも入手していただきたいオススメのアルバムです。

 ところで最初に私は、初めて彼の演奏を聴いた時、何の違和感も無かった、と書きました。それは何故か? 結論から言うと、私がモンクに出会う前に所謂ニュー・ロックを聴いていたからだと思います。つまり彼がやっていたようなリズムや和声に対するアプローチは、後にニュー・ロックやアート・ロックと呼ばれたグレイトフル・デッドやドアーズ、ジミ・ヘンドリックス、そして中期ビートルズがしっかり取り入れていたのです。そして私はジャズ以前にそれらに親しんでいたために、モンクには本物の刺激を感じたのだと思います。

 モンクの全盛期は一応1967年頃までと云われておりますが、ちょうどその頃からポピュラー音楽の世界は完全にロック一色となっていきます。しかし、モンクス・ミュージックはきちんとそこに継承されていたのです。それが証拠に1984年にモンクへのトリビュート・アルバム「セロニアス・モンクに捧ぐ:That The Way I Feel Now」が製作・発表された時の参加メンバーは、半数がロック系のミュージシャンでした。しかも演奏の出来がジャズ系のメンバーの物よりも良かったのです。機会があれば、これも一度をお聴き下さい。

【購入ガイド&今後のオススメ】
 マイナー・レーベルなので日本盤はありません。しかしアマゾンとかで買えます。値段も2枚組で2千円前後です。同趣向のアルバムに「Monk 'Round the World」も出ていますが、私はこれも近々、入手予定です。あと、気に入られた方は、映像作品として「セロニアス・モンク〜ストレート・ノー・チェイサー」というDVDがあるのでチェックしてみて下さい。これはモダン・ジャズ愛好者の俳優であるクリント・イーストウッドが1988年に製作総指揮を取ったドキュメントで、当時残されたフィルムや関係者のインタビューで構成された素晴らしい作品です。日本では廉価盤が出ているはずです。

(2004.08.21掲載・敬称略)