My Favorite Things / John Coltrane(原盤:Atlantic 1361=LP)
 John Coltrane(ts,ss) McCoy Tyner(p) Steve Davis(b) Elvin Jones(ds)
 1960年10月21,24&26日に録音

 モダンジャズの世界にもヒット曲=十八番は必要で、例えばマイルス・デイビスならば「枯葉」や「ソー・ホワット」、ビル・エバンスならば「ワルツ・フォー・デビィ」等々、ステージではこれが出ないと収まらない雰囲気のモチネタが必ずあるのです。それは一見、商業主義に背を向け、孤高の世界を追求しているかのようなジャズメンとても同じで、我がコルトレーンにとっては「マイ・フェバリット・シングス」が、それに該当するのです。

 人気の秘密は、ソプラノ・サックスで情熱的に泣きながら、奔流のように迸らせる音の洪水です。聴いているうちに、身も心も自然とそこに委ねてしまう浮遊感が魅力なのです。恐らく1960年代に独立して自分のバンドを持ってからは、毎ステージ演奏していたと思われます。またソプラノ・サックスという楽器がメジャーになったのも、このコルトレーン・バージョンのおかげだと思います。したがって、録音も公式・非公式含めて多数残されておりますが、その決定的名演が「Selflessness:Impulse AS-9161」に収録された1963年のニューポート・ジャズ祭のライブ録音として、異論は無いはずです。

 しかし、それはコルトレーンの死後に発売されたもので、リアルタイムでは今回ご紹介するスタジオ録音盤とライブ盤の「Live At The Village Vanguard Again:Impulse AS-9124」があるだけでした。しかも「Selflessness」のバージョンに比べると、前者は物足りなく、また後者のライブ盤は、かなりフリーに接近していて壮絶過ぎるのです。そこで結局、ジャズ喫茶では「Selflessness」のバージョンが定番の人気で、ガイド本での名盤・名演紹介でもそれが取上げられています。

 こう書くと、スタジオ録音盤全体が大した事ないと思われるかもしれませんが、いえいえ、これがなかなか充実した素晴らしい出来なのです。その内容は――

A-1 My Favorite Things(O.Hammerstein-R.Rodgers):10月21日録音
 ジャズ愛好者にとってはコルトレーンのヒット曲ですが、元々は1959年のミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」の挿入歌で、ベニー・グッドマンが当時すでにジャズ・バージョンを録音・発表していました。しかし、やっぱりこの曲が有名になったのは、コルトレーンがレパートリーに取入れてからだと思います。ただし、ここではまだ後年のような溢れ出る情熱的な演奏にはなっておらず、こじんまりとしています。したがって、先にライブ・バージョンを聴いてから、このオリジナル・バージョンに接すると、肩透かし気味になるのは否めません。この辺りは録音そのものにも問題があるようで、ステレオ盤では完全に左右に泣き別れのミックスですから、音像が薄っぺらでリズム的興奮もイマイチです。しかし、執拗にテーマ・メロディを反復してモード的解釈で推し進める長時間演奏のパターンは既に完成されており、じっくり聴くと密度はなかなか高いものがあります。ちなみにこのアルバムは1961年3月の発売で、ミュージカルのヒットと共に、この曲の人気も高かったで、この演奏は編集されてシングル盤としても発売されています。

A-2 Everytime We Say Goodbye(C.Porter):10月26日録音
 前曲が14分近い長時間演奏だったので、聴き手はかなり疲れているだろうということで、ここは愛らしいメロディのスタンダード曲が安らかに演奏されます。コルトレーンはここでもソプラノ・サックスを吹いていますが、テーマを素直に聞かせるだけです。しかし、それが何とも魅力的! 激しさと安らぎの同時成立がコルトレーンの凄いところで、これは後年の精神性の高い演奏に凝縮されていきます。

B-1 Summertime(D.Heyward-G.Gershwin):10月24日録音
 結論から言うと、このアルバムはB面の方が凄く、しょっぱなからコルトレーンがお馴染みのテーマ・メロディを暗く、そして重く崩しながら熱く迫ってきます。もちろんアドリブ・パートでは、得意のシーツ・オブ・サウンド:Sheets Of Sound を駆使して、限られたスペースの中に、より多くの音を吐き出そうと奮闘するのです。ちなみに「シーツ・オブ・サウンド」とは、その名のとおり「敷きつめた音」という意味で、コードの構成音を全て使いきるような音の洪水というか、16分音符を基調として恐ろしばかりのスピードでフレーズを構成して吹きまくる奏法です。ただし、それはひとつ間違うとスケール練習になってしまう恐れも秘めているという両刃の剣で、そこに如何にして情念とメロディ感覚を盛り込むことが出来るのかが、演奏者の力量を問われるところなのです。コルトレーンはやはり創始者ということで、そのあたりが絶妙、ここでも泣きフレーズと情念の爆発が堪能出来ます。しかし、ここではガーン・ガーン・ガーンと炸裂するリズム隊がさらに強烈で、特に後半のベースとドラムスの掛け合いは凄まじいものがあります。こういうヘヴィな感覚は、このバンドのウリのひとつで、コルトレーンも安心して自己の心情吐露に専念出来たと思われます。そして、ついつい音量を上げてしまう演奏です。

B-2 But Not For Me(I&G.Gershwin):10月26日録音
 私がこのアルバムで一番好きな演奏です。コルトレーンは、ここでもいきなりテーマ・メロディを暗く変奏していますが、アップ・テンポなので逆にそこが快感です。しかもアドリブ・パートでは得意のシーツ・オブ・サウンドを駆使して大量の音を発散させますが、けっしてスケール練習の垂れ流しになっておらず、きちんと歌心を発揮しているのです。つまりメロディアスな部分とバルカン砲の炸裂的な音符の洪水のバランスがしっかり確立されています。それは続くマッコイ・タイナーのピアノ・ソロにも受け継がれ、さらにラスト・テーマを奏でて曲を終わらせようとしたコルトレーンが再びアドリブ・パートに突入してしまうという、ノリノリの展開になっていくのです。そしてこの再登場したコルトレーンが圧巻の出来で、誰かオレを止めてくれっ! という雰囲気です。でも誰も止められませんから、最後にはコルトレーン自らがもう一度テーマ・メロディを持ち出してきますが、それに何の未練も無いことが感じ取れる、潔い素晴らしさなのでした。

 というこのアルバムは、全てスタンダード曲で構成されていながら、演奏はヘヴィで過激なものをたっぷりと含んでおります。ただし、それは後年、さらに深化していきますので、そこから聴き込んでこられた皆様には物足りなく感じられるかもしれませんが、実は私は、この時期のコルトレーンが大好きなのです。それはきちんとメロディを奏でていることに加えて、深みにはまる前の上昇期の勢いが感じられるからなのです。

 それはエルビン・ジョーズとマッコイ・タイナーという盟友を得て、好きなように演奏出来る喜びに溢れたものの現れでもありますが、しかし、現実では彼等の演奏は一般聴衆にはウケていなかったと言われております。実際、このアルバムの前々作「Giant Steps:Atlantic 1311」は今日では決定的名盤扱いになっておりますが、全曲オリジナルで構成されていたことと、当時としては超過激な内容に、同業者や一部の評論家を除いては理解の範疇を越えていたために、リアルタイムでの売上げはイマイチだったようです。したがって、それ以降のセッションではスタンダード曲やブルースを録音させられたらしいのですが、仮にそんな裏事情があったにせよ、コルトレーンはただひたらすに自らの信ずる道を歩んで行けたという、その素晴らしき日々が、ここに記録されているのです。

 しかし、このアルバムの大きな欠点は、大音量で聴きたくなるということで、どうしてもジャズ喫茶でということになるんですが、そこでの定番はA面というのが、また困ったものなのです。どうか皆様にはB面をリクエストしていただいて、浴びるようにコルトレーンの真髄に接していただきとうございます。

【現行CD】
 国内盤、輸入盤とも入手は容易です。「デラックス・エディション」には My Favorite Things のシングル・バージョンがおまけに付いております。

(2004.12.04掲載・敬称略)