ある暴力団幹部のドキュメント「無頼」より
大幹部

 今日では「日活ニューアクション」というジャンルを高らかに宣言した作品として金字塔になっておりますが、リアルタイムでは、どうだったんでしょうか?

 もちろんこれはヤクザ映画で、資料によれば、実在する暴力団幹部だった藤田五郎の自伝を原作とした実録ドキュメントを標榜していながら、と同時に製作者側は「異色の青春映画」をウリにしていたのです――

「無頼」より / 大幹部(昭和43年1月)
監督:舛田利雄
企画:岩井金男
原作:藤田五郎著「無頼(南北社)」
脚本:池上金男(=池宮彰一郎)&久保田圭司
撮影:高村倉太郎
音楽:伊部晴美
助監督:小澤啓一
出演:渡哲也(藤川五郎)、松原智恵子(橋本雪子)
■出演:待田京介(杉山)、松尾嘉代(夢子)、藤竜也(鈴木)
■出演:三条泰子(サエコ)、北林早苗(キミコ)、高品格
■出演:浜田光夫(猛)、川地民夫(辻川)、深江彰喜(健)
■出演:水島道太郎(水原)、青木義朗(上野)、青江美奈
■出演:戸田晧久、加原武門、市村博、木下雅弘、亀山靖博
■出演:富永美沙子(カトレアのマダム)、八代康司 他

 物語の舞台は昭和30年頃の東京、しかしその前のタイトルロールで、主人公・人斬り五郎の生い立ちが、モノクロ映像で綴られます。


 それは惨めな少年時代であり、雪の降る夜に妹を背負って外で過ごすのは、母が娼婦として男を家に連れ込んで営業しているからで、それを覗き見する五郎の目線の強さが印象的です。もちろん父は居らず、貧しく寒々とした家で妹と過ごす、そんなある日、母は死骸となって家に届けられるのです。また妹が病気になり、医者を頼んでも、貧しさゆえに門前払い……。当然、妹は何の楽しみも知らずに亡くなり、号泣する五郎……。そして後は、お定まりの放浪生活から、戦後の闇市では食べ物を盗み、鑑別所送りになるものの、先輩と脱走して……。

 このあたりは如何にもベタな設定ですが、やっぱり悲惨な少年時代のあれこれには悲しいものを覚えます。それはおそらく原作に基づいた展開なのでしょうが、もちろん簡潔にして濃密な舛田利雄監督の手腕が、言わずもがなに冴えています。

 そして時が経ち、すっかりヤクザ稼業になっている五郎=渡哲也は、「人斬り」の異名を持つ流れ者として水原一家の客人になっていますが、最初のワンシーンから、その目の演技に暗い影と怯えが滲んでいるあたりが強烈です。

 渡哲也は暗いアパートの部屋に潜んでいるのですが、そこへ親分・水原=水島道太郎の危機を知らせに飛び込んでくる藤竜也! それは対立する上野組が雇った殺し屋に狙われているという急報でした。早速、現場のバーへ急行する渡哲也! そこに居た殺し屋こそが、昔、いっしょに鑑別所を脱走した先輩の杉山=待田京介という、哀しい再会も刹那的です。

 ここはアクの強い待田京介の殺し屋ぶりが、全く日活アクションどっぷりのカッコ良さですし、その待田京介を「センパイ」と呼ぶ渡哲也が、これまた日活青春物の味になっています。「アニキ」ではなく「センパイ」ですからねぇ、東映なら完全に「アニキ」でしょう。これが日活です!

 で、ここもベタな演出とはいえ、待田京介は病気という設定で咳き込んだところを渡哲也がドスでグサリ! しかもワザと急所を外して騒ぎを収めますが、当然、警察に逮捕・懲役へ……。もちろんパトカーで連行される渡哲也へは恋人・サエコ=三条泰子が駆け寄り、いつまでも待っていると泣くのです。また刺された待田京介の妻・キミコ=松尾嘉代からも、凄い目つきで睨まれるのでした。

 と、ここまでは物語の発端に過ぎません。それから3年後の昭和30年頃、渡哲也が仮釈放で出所してからが、本編となるのです。

 まず久々の娑婆っ気を味わう渡哲也が、ぜんざいを食べたりして、なかなか良いとっぽさです。しかし因縁のある上野組のチンピラに絡まれている家出娘・雪子=松原智恵子を助けるのは、またまたベタな展開ですが、ヤクザ者の自嘲的なイジケや陰惨な雰囲気を滲ませて、任侠の徒を気取ることはしません。3年ぶりに再会した上野組の代貸・健=深江彰喜との憎まれ口の応酬も、軽くて良い感じです。

 
で、この後、渡哲也は渡世仕来りとして水原一家へ出所の挨拶に出向くのですが、本人は関西へ行こうとする気持ちとは裏腹に、所詮は金も無いところから、結局は水原親分の義理を借りてしまうのです。そしてまたまた否応無く、上野組との対立に巻き込まれていくのですが……。

 ここから後はヤクザ映画のルーティンに従った物語展開となりますが、渡哲也を取巻く人間関係・登場人物の密度が非常に濃く、まず水原一家のチンピラ・浜田光男の兄が、対立する上野組で良い顔の川地民夫です。また浜田光男の恋人が焼鳥屋の看板娘・キミコ=北林早苗で、彼女はヤクザを心底嫌っています。

 そしてやっぱり松原智恵子♪ 彼女は良家のお嬢様ながら、気の進まない縁談を嫌って家出してきた世間知らずなので、助けてくれた渡哲也に忽ち夢中になり、ヤクザと知っていながら離れません。「五郎さんはヤクザだけど、あなたの心はヤクザじゃない」というキメの台詞も、彼女の思いつめた表情や何時も泣いているような瞳ゆえに、クサイ演出と芝居が逆にギリギリの自然体になっています。

 これには流石の渡哲也もタジタジというか、結局、流されての腐れ縁に……。

 また重病で刑が執行停止となって仮釈放された待田京介と渡哲也の再会、そしてそれまで赤線で働く他はなかった松尾嘉代、さらに「待っている」と約束しながら、待ちきれずにカタギのサラリーマンと結婚してしまった三条泰子、日活アクションならではの奇妙な友情を示す深江彰喜、ド汚い非情さをモロ出しにする青木義朗、煮え切らない水島道太郎……等々、とにかく脇役の充実度は出色です!

 肝心の主役・人斬り五郎=渡哲也はネクラな野暮天であり、既にして日活アクション黄金期の主人公像から大きく逸脱しています。なにしろ昔の恋人が結婚して生活している団地に様子を覗いに行ったり、自分に惚れぬいている松原智恵子を冷たく突き放したり、平手打ちまでくらわせます。もちろんヤクザという自分の境遇を嫌っていますが、しかし、それでしか生きられない自分を曲げる男ではありません。

 自分がそこに居ることで騒ぎが大きくなり、指を抓めて詫びを入れても、結局は藤竜也が無残に殺害されたことに激怒して、独り上野組を相手に暴れますが、もちろん多勢に無勢、ボロボロに傷つくあたりも、それ以前の日活アクションスタアと異なっています。

 ここはどしゃ降りの雨の中の烈しいアクションで、本当にドブ泥に浸かり込んでのド迫力! 暗いながらもメリハリのある照明と躍動的でありながら客観的なカメラワークは、本当の職人技!

 物語はこの後、浜田光夫と川地民夫の兄弟確執から悲しい最期……、待田京介の十八番の演技が冴える無残な殺され方と続き、クライマックスはもちろん渡哲也の怒りが爆発してっ! という展開ですが、その前に松尾嘉代と松原智恵子を上野駅から夜汽車に乗せての別れの場面あたりは、本当に映画全盛期の良さというか、今となっては古臭い演出・演技が、実は永遠の輝きに満ちていると思いますので、ぜひとも、ご堪能下さい。

 ということで、全体に少しばかり古臭い内容・雰囲気かもしれませんが、それでも舛田利雄監督の演出は素晴らしいと思います。正直言うと、内容的にはギャング映画と青春物の奇妙な折衷であり、これ以降の日活ニューアクション物と比べれば、まだまだヌルイ表現描写が多々、散見されますが、実は後の作品のキモとなる演出の全てが、ここに出ています!

 例えば些かネタバレになりますが、クライマックスでナイトクラブに乗り込む渡哲也が、青江美奈の歌う「上海帰りのリル」をバックに上野組の奴等を斬りまくるアクションシーンでは、全く擬音や台詞が無く、本当に歌しか聞こえないという仰天の演出です! しかもその格闘&殺陣が半端ではありません! あくまでも演技でありながら、リアルさが強く、しかも演出が擬似サイレントですからねぇ〜♪

 これは舛田利雄監督の師匠である井上梅次監督直伝の技なんですが、ここまで効果的に使われては、娯楽映画の冥利に尽きるというものでしょう。他にも新たな希望に向けて駅へ駆け出す浜田光夫と北林早苗をひたすらに撮るカメラワーク、そしてその直後、駅で殺される浜田光夫の、これもサイレントな最期……、等々、温故知新の名演出がたっぷりです。

 気になる美味しい場面は、この作品にはありません。まあ、個人的には、暗い部屋で渡哲也を待ち続ける松原智恵子の太股あたりにグッとくる程度ですので、過大な期待は禁物ですが、これから日活ニューアクション物をご覧になろうという皆様には、ぜひとも最初の1本にしていただきとうございます。

 そしてこの作品の続篇、つまり続きが次回作の「大幹部 / 無頼(小澤啓一監督)」ですので、やはりこれから観るのが王道かと思います。


参考文献:Hotwax Vol.1 (ウルトラ・ヴァイヴ)

(2007.01.19 敬称略)