徳川セックス禁止令
色情大名

 歴史というものは、後世の者が認めて成立していくものですが、もしも日本エロ映画史というものがあるならば、そこに屹立する作品のひとつが「徳川セックス禁止令・色情大名」だと、私は思います。

 この作品は昭和47(1972)年のゴールデンウィークに公開された東映プログラムビクチャーでしたが、後付ながら、この作品は「東映」という製作会社内において、まず大きな意味を持つに至りました。まずこの作品が公開されるまでの経緯を簡単に振返ると――

 東映が本格的にエロ映画業界に参入したのは昭和43年、その5月に公開して大ヒットさせたのが石井輝男監督の「徳川女系図」でした。そしてその勢いに乗じて同監督に撮らせた「温泉あんま芸者」「徳川女刑罰史」「元禄女系図」「異常性愛記録ハレンチ」「徳川いれずみ師・責め地獄」は当時、通称、異常性愛路線と呼ばれ、ヒット街道を驀進する興行成績をあげたのですが、道徳を錦の御旗とする一部評論家や婦人団体、教育団体からは大顰蹙! また業界内部からも批判を浴びるなど、世間を騒がせました。特に「徳川いれずみ師・責め地獄」は、現場の製作スタッフからも反撥されるなど大揺れの作品となったのです。しかし、その出来栄えは、今日でも全く衰えることのないエネルギーに満たされています。

 ところが、これで燃え尽きたのか、あるいは世間の反撥を恐れたのか、否、新機軸を狙ったのか、実録現代物にシフトした「猟奇女犯罪史」は低調な雰囲気が濃厚……。さらに今日ではカルトムービー最右翼のひとつになっている「江戸川乱歩全集・恐怖奇形人間」に至っては、興行的にも大コケしてしまいます。

 このあたりの原因は不明ながら、突き詰めれば、やはり観客に飽きられたということになりましょうか……、ここは会社側も石井監督も潔く、この路線を捨て去るのでした。ちなみに、この異常性愛路線は、プログラムビクチャーの添物=B面作品と思われがちですが、「徳川女系図」「徳川女刑罰史」「徳川いれずみ師・責め地獄」は堂々のメイン作品、そして成人指定なので、独立系のピンク映画を添物として公開していた劇場もあったと思います。

 とはいえ、こういう言わばキワモノ作品はB面としての利用価値が高かったのも、また事実でした。しかし当時の東映は看板の任侠物がマンネリから低調で、ヒット作と呼べるものは藤純子主演による「緋牡丹博徒」シリーズがメイン、添物ながら好評だったのが梅宮辰夫主演による「不良番長」シリーズ、そして若山富三郎主演による「極道」シリーズあたりでした。もちろん鶴田浩二、高倉健という大スタアの主演作品は安定的な興行成績をあげてはいたのですが……。

 そういう状況では必然的に新機軸が求められ、ここでジワジワと成果を上げていたのが鈴木則文監督です。今日では確信犯的娯楽主義者として評価の高さも局地的ではありますが、企画制作&脚本家としても素晴らしい実績を残していて、特に前述した「緋牡丹博徒」は鈴木則文の脚本です。しかし当然、監督もやるのが当たり前なのでしょうが、現実には任侠映画が得意の山下耕作監督が演出を担当し、藤純子の凛とした美貌を存分に活かした傑作として大ヒット♪ そしてシリーズ化した一連の脚本は鈴木則文が担当するのです。

 しかし結局は任侠ヤクザ路線がメインの東映にあって、一番痛かったのが昭和47年3月の藤純子引退でしたから、鈴木則文監督としてもポスト藤純子を確立するのが命題となるのです。そして天尾完次プロデューサーが発見した池玲子をピンク路線の主力女優に抜擢する過程で「ポルノ」という造語を生み出し、「温泉みみず芸者(昭和46年7月)」でデビューした彼女は続けて「女番長ブルース・牝蜂の逆襲(昭和46年10月)」「現代ポルノ伝・先天性淫婦(昭和46年12月)」「女番長ブルース・牝蜂の挑戦(昭和47年2月)」という主演作品で大ヒットを飛ばすのですが……。


 なんと次回主演作品が決まっていながら池玲子は突然の歌手転向宣言! これには育ての親の鈴木則文監督が大激怒! というゴタゴタがあって公開されたのが――

徳川セックス禁止令・色情大名(昭和47年4月)
監督:鈴木則文
企画:天尾完次
脚本:掛札昌裕&鈴木則文
撮影:増田敏雄
音楽:荒木一郎
助監督:依田智臣、土橋亨、中島信宏
出演:杉本美樹(清姫)、三原葉子(藤浪)
■出演:サンドラ・ジュリアン(サンドラ)
■出演:名和宏(小倉忠輝)、成瀬正孝(森田勝馬)
■出演:山城新伍(源太郎)、渡辺文雄(博多屋)
■出演:殿山泰司(米津勘兵ヱ)、池島ルリ子(梢)
■出演:女屋実和子(梅乃)、衣麻遼子(おつや)
■出演:城恵美(おみよ)
、オードリー・クルーズ
■出演:鳳啓介、京唄子、岡八郎、大泉滉
■出演:平参平、山田みどり、中川みなみ 他

 既に述べたように、エロ映画とはいえ、東映がゴールデンウィークに用意した時代劇大作ですから、お正月作品として大ヒットした「現代ポルノ伝・先天性淫婦(昭和46年12月)」に続けて、人気絶頂だった池玲子とサンドラ・ジュリアンの再共演を狙った企画でした。ところが製作直前になって池玲子が歌手転向宣言をしたことから、デビュー同期ながら助演に甘んじていた杉本美樹に主役の座が回ってきたという、因縁の名作になりました。

 さて、時代は徳川将軍・家斉の天下、世相が爛熟退廃していた文化・文政の頃ですから、将軍その人も精力絶倫とあって子沢山! そしてその中のひとりである清姫=杉本美樹と、独身の田舎大名・小倉忠輝=名和宏の縁組が決まったところから物語は始ります。

 ところが小倉忠輝は武門一筋で女嫌い、どうやら34歳にもなって童貞疑惑まであるのですから、家臣ばかりか城下の庶民までもが、あれこれと気を回すのです。一方、清姫はセックスへの好奇心から春画を眺めては御付の中揩竝元達に屈託無く様々に質問しては、偏った知識を得ていくのですが……。

 ここは清姫=杉本美樹が春画に描かれた男女の交わりを見つめながら、「夫婦(めおと)になるには、この様な事をするのか? この形は難しそうだのう……」等とノーテンキに尋ねるのですから、たまりません。棒読みの台詞まわしが、逆に浮世離れしていて結果オーライです。

 しかし言わば教育係の中掾E藤浪=三原葉子は、セックスは楽しみでは無く、子孫繁栄が優先! しかも相手が田舎大名なので、「葵の御紋」がある姫ならば下半身だけを許せば良いと、厳しく縛めたことが、後でアダとなるのです。それでも自分の秘部に入るであろう男のサイズを気にしては張型を眺めたり、腰元達に体を洗ってもらいながらアレコレと実際のセックスについて質問する姫君が、実に素敵です♪ 杉本美樹の細身ながらバランスの良い肢体も魅力的ですねぇ♪ その彼女のプロフィールは――

杉本美樹(すぎもとみき)
 昭和28年生まれ、東映の天尾完次プロデューサーによって池玲子と同時期に発見・スカウトされましたが、それ以前はファッションモデルだったという説が有力です。しかし華々しく売り出された池玲子とは対照的に脇役出演が続きました。それは些かネクラというか、良く言えばクールビューティな雰囲気が強すぎた所為でしょう。結論から言えば、梶芽衣子にも通じるその魅力は後年、東映で夥しく製作された女番長系の作品で輝くのですが、とにかくデビュー当時はメリハリのあるスリムな肢体と脱ぎっぷりの良さだけが目立っていた程度です。
 しかしこの「徳川セックス禁止令・色情大名」の主演に抜擢され、サンドラ・ジュリアンに負けないエロス王道の魅力を発揮して以降、本格的に人気を集めていくのです。特にノースタントでバイクアクションをこなした「女番長ゲリラ(昭和47年8月・鈴木則文監督)」、泣きを入れて東映に復帰した池玲子とハードボイルドに本格対決した「女番長(昭和48年1月・同)」や「恐怖女子高校・暴行リンチ教室(昭和48年3月・同)」、さらに恐くて綺麗なお姉さま達のエグイ復讐劇を描いた「前科女・殺し節(昭和48年10月・三堀篤監督)」、ヤバ過ぎる女刑事を演じた「0課の女・赤い手錠(昭和49年5月・野田幸男監督)」あたりは大傑作として必見! 何れの作品も映画的な充実度に加えて杉本美樹の魅力があってこその完成度が痛感されます。
 それは決してあるとはいえない演技力を逆手に活かした自然体の魅力、野生の本能ともいうべきセックスアピール、良い感じにボリュームのある乳とスレンダーな肢体、クールな眼差しとシャープな美貌が、まさに昭和40年代後半の雰囲気にジャストミートしていたのです。
 もちろん当時のスタア女優の常として歌謡曲のレコードも吹き込んでおり、中でも昭和47年11月に発売され、女番長作品の主題歌となっていた「女番長流れ者(作詞:すずきすずか、作曲:水木京子)」は、冒頭に仁義の啖呵もキマった傑作となっています。
 しかし昭和50年頃からは「裸のお仕事」をセーブするようになり、一般作品やテレビへの出演も増えましたが、昭和52年11月、結婚により完全引退! 惜しまれつつ芸能界を去りました。

 という彼女が演じる清姫が、いよいよ九州にある小倉忠輝の居城にやって来るのは大袈裟過ぎる嫁入り行列で、実際の撮影にも何百人というエキストラが使われた豪華版です。しかし肝心の小倉忠輝=名和宏は、入浴中に腰元達が性的経験を積ませようとして半裸で現れただけで、烈しくうろたえる始末……。当然、初夜の寝所でも、「草深き所ゆえ、どこがどうなっているのか、分からぬのじゃ……」と大切な営みを中断してしまうトホホのお殿様です。

 これには何の色気も無く、ただ足を無造作に広げ、「参れ」「早う、せぬか」と高飛車な杉本美樹の態度も悪いのですが、それにしても緊張しまくってオドオドする名和宏の名演は流石! そしてここは家老=殿山泰司の機転によって、有名落語を流用したオチが楽しいところです。杉本美樹の「やられ顔」も実に良いですねぇ〜〜♪

 しかし相手を田舎大名と蔑んでいる清姫は、そんな粗野な殿様に満足するはずもなく、また家臣達も「葵の御紋」の威光を恐れた挙句、世事俗事にたけた大商人・博多屋=渡辺文雄に事の次第を相談するのですが、それは忠輝に色の道を仕込み、女好きにするという羨ましい計画でした。

 そして博多屋に3日間預けられた忠輝には南蛮渡来の媚薬が与えられ、黒人女とのファンキーファッキン♪ プロの高級娼婦達による色責めが展開され、なんと最終日には、生きたフランス人形=サンドラ・ジュリアンが献上されるのです! しなやかな黒人女との粘っこい絡みも結果オーライとはいえ、やはり白くて妖艶な西洋女の魅力は絶大♪ このあたりは所謂金髪に弱いという日本男児の弱味につけこんだ演出が完全に成功しています。

 もちろん忠輝は一瞬にして夢見心地、彼女のストリップから焦らし戦法に翻弄されつつも、ソフト&メロウなメイキングラブという、桃源郷に誘われるのですが、ここは大袈裟で悪趣味な欧州様式の室内セットの中で、名和宏のアクの強さとサンドラ・ジュリアンの濃厚な存在感がスバリとキマッた名演出です。というか、こういう堂々としたバカ映画系の演出こそが、鈴木則文監督の真骨頂かもしれません。実際、ちょっと早い結果論ですが、この作品を観て、1回も笑わなかったら、その人は……。

 こうしてすっかりセックスの楽しさに目覚めた忠輝は、城へ戻ると早速、清姫と寝所へ向かい、女上位やおしゃぶりを強要しますが、清姫からは「無礼者!」と叱りつけられ、今度は逆ギレした殿様から妻失格を申し渡される清姫なのですが……。しかし忠輝にしてみれば、徳川の威光による我侭としか思えません。しかも下半身はギンギン状態ですから、ここは添寝役・おみよ=城恵美との熱い抱擁から成行き任せのお楽しみ♪

 そして結局、サンドラ・ジュリアンが忘れられない忠輝は、側室として彼女を迎え入れるのですが、なんと彼女の正体は禁断のキリスト教宣教師の娘であり、博多屋=渡辺文雄は隠れキリシタンでしたが、拷問弾圧を受けて改宗し、お金が全ての生き様に転向した、所謂「転びバテレン」だったのです。もちろんサンドラ・ジュリアンはネチネチ虐められていますよ♪ 黒人女とのレズプレイも時間が短いのが残念などに感度良好

 さらに城へ入った彼女は素敵な和装とキュートな振る舞いですから、名和宏の演技も本気度が高くなります。特にサンドラ・ジュリアンの白く柔らかい肉体に赤ワインを流し、名和宏がそれを舐めて吸う場面は圧巻! しかし肝心なところで寝所に乗り込んでくるのが清姫と御付中揩竝元達ですから、その場は忽ち修羅場となって、しかも異人女を側室にしている事が清姫の機嫌を損ねている事実には、家臣達もこれが江戸にバレたら大変とうろたえるのですが……。

 しかし憤る忠輝は城下にお忍びで庶民のセックスや色の遊びを視察し、ますます激怒! 自分が何故、これまでこのような喜びを知らなかったのか、ただただ惨めな気分に陥るばかり……。そしてついに藩内では男女の交わり・営みを全て禁止する「法令第175條・閨房禁止令」を発布するという乱心へ! ここは徳川家に対する反撥と性快楽への限りない執念を露わにした忠輝のドス黒い情念を、陰湿な高笑いで表現した名和宏が畢生の名演技です。

 もちろん城下は大混乱! しかしそんな庶民の苦界を他所に、忠輝はサンドラ・ジュリアンと連日連夜のお楽しみ♪ 逆に清姫は食欲も無く、また家臣達も仕事に身が入らないのですから、ついに藤浪=三原葉子は腰元達を先導してサンドラ・ジュリアンを捕らえ牢に入れて竹で烈しく打ちすえるのです♪ あぁ、それにしても西洋美女が和服姿でビシバシに打たれて被虐の官能美という図は実に倒錯的で、やっぱりたまりませんねぇ〜♪ さらに牢から脱出したものの途方に暮れる彼女は、今度は博多屋に捕らえられ、下賎な漁師達によって磔にされ、グリグリに犯されるのでした。

 また禁を破った者は捕らえられ、大切な男子のイチモツを切断されたりという処罰が始りますから、たまりかねた藤浪=三原葉子は江戸へ密使を出すのですが、それを阻止するのがフラリと現れた源太郎=山城新伍! 実は家老の嫡男ながら、色好みが過ぎて忠輝の不興を買い、長崎へ出奔していたのですが、藩内の混乱を耳にして戻って来たらしく……。とにかく飄々とした行動で、物語では絶妙のスパイスになっています。

 それは三原葉子を篭絡する手際、あるいは清姫に現実的な性教育を施す段取の良さが楽しく、三原葉子も烈しく乳を吸われたり、ムチムチの太股を見せまくる大熱演♪ ちなみに山城新伍が長崎から連れ帰って来た女房・おつや=衣麻遼子(えまりょうこ)も、良い味出しまくりです。もちろん彼女にいろいろと快楽のツボを仕込まれる清姫=杉本美樹にも、アブナイ雰囲気がいっぱい♪ このあたりの脚本はひねりの利いた台詞とか、様々な面白みがゴッタ煮状態で、実に上手いと思います。

 そしてついに、忠輝が最も信頼する近習・森田勝馬=成瀬正孝が許婚の梢=池島ルリ子と禁を犯しているのが発見され、捕らえられて忠輝の前に引き出されます。これは乱心の殿様に対し、森田勝馬が死をもって抗議する思惑だったのですが、忠輝が下した処罰は池島ルリ子への前例の無い女の切腹! しかも成瀬正孝に、その介錯を命じるという残忍なものでした。

 ここは時代劇では作法どおりの切腹場面が用意され、弾力のありそうな豊かな乳をモロ出しにした池島ルリ子が、血まみれの切腹を演じる、非常に緊張感がある哀切の名シーン! 真っ赤に流れる血飛沫、苦痛が歓喜快楽と紙一重になった彼女の表情、ギリギリの心情に追いつめられた成瀬正孝の煮詰まった演技、さらに劇伴が甘くせつない美メロのボサロックですから、こう書くと残虐で悪趣味なエログロが丸出しかと思われるでしょうが、その演出と映像の美しさは絶品! ここを観るだけでも感動は必至です。私なんか、最初に観た時には、本当に泣いてしまいましたよ。

 一方、実質的にセックスレスになっている清姫は思い悩んでサンドラ・ジュリアンに胸中を打ち明けます――

 「男女の交わりで一番大切なものは、なんじゃ、教えてたもれ」
 「ココロデ、ゴザイマス。アイスル、ココロサエアレバ、ドノヨウナコトデモデキルモノデス」

――こうして心を通わせた杉本美樹とサンドラ・ジュリアンは生臭いレズシーン、さらに全裸で遊ぶ菜の花畑の幻想シーンが混ぜ合わされた桃源郷を見せてくれるのです。そしてここで流れるサンドラ・ジュリアンが歌うボサロック調の主題歌「ジュテームはさよならの始まり」にも、最高にシビレます♪♪〜♪

 しかし面白くないのが博多屋=渡辺文雄です。その根底にはキリスト教への不信があり、封建制度への不満、さらには我侭な為政者への反撥があるのは明らかなんですが、それをサンドラ・ジュリアンへの虐めで解消しようとする陰湿な性格には、いろんな期待でワクワクさせられます。なんと強烈なジャスファンク歌謡のインストをBGMにして、渡辺文雄が烈しく彼女に襲いかかるのですからっ! そしてその結末は、観てのお楽しみというグリグリにエグイものです。

 こうしてクライマックスはサンドラ・ジュリアンと近習・森田勝馬=成瀬正孝の正統派セックスとなりますが、これはもちろん、殿様の目を覚まさせるために再び仕組んだ命懸けの抗議ですから、場所はもちろん忠輝の寝所! ちなみにここもというか、成瀬正孝がサンドラ・ジュリアンを抱く演技は、演技になっていない熱っぽさがありますが、まあ、当然でしょうねぇ〜♪ 2人の些か哲学的な男女の会話も味わい深いところです。

 で、結局、森田勝馬はその場で自害、サンドラ・ジュリアンは捕らえら、処刑の運命に……。しかし忠輝は彼女への処罰に仰天し、刑場へ馬を飛ばすのですが……。ここは波打ち際に頭を下にして磔られたサンドラ・ジュリアンが限りなく美しく、しかも実際に波で頭から全身がずぶ濡れという、恐るべき役者魂を見せてくれます。もちろん名和宏も王道の名演ですから、ここもきっと、感動しますよ。

 こうして自らの愚かさに気づいた忠輝は、もちろん「禁令175條」を解いたのは言うまでもありません。清姫も「葵の御紋」を捨て去って、いよいよ2人は本当の夫婦となるのですが、ここから最高のオチに繋がるのは言わずもがな! 全く痛快です。

 ということで、全篇がエロスと笑いと反権力に満たされた大傑作です。荒木一郎が担当した劇伴サントラも最高にお洒落ですし、サンドラ・ジュリアンのヘタクソな日本語歌唱も結果オーライ♪ ちなみにこの音源は編集や台詞をダビングして再構成され、また彼女が歌う歌謡曲のカバーバージョンも追加して「セクシーポエム」というアルバムが作られています。最近ではCD復刻もされていますから、ぜひとも聴いてみて下さいませ。

 そしてこの作品は公開当時、リアルタイムの我国権力者への痛烈な反撥エネルギーであり、エロスを愛する一般庶民には最高に素敵なプレゼントになっていました。もう、ここまで書けば瞭然でしょうが、その頃の日本で大きな社会問題として提起されていたのが、昭和47年1月の「日活ロマンポルノ摘発事件」でした(「闇の中の妖精・田中真理の巻」参照)。もちろんその根底にあるのは、刑法第175条・わいせつ物頒布罪! しかしこれは所謂「被害者なき犯罪」であり、憲法で保障される「表現の自由」に抵触する可能性があるものです。そんな曖昧なもので、人間が生きる根源の喜びが制限されてはたまらない!

 劇中、サンドラ・ジュリアンが処刑される浜辺に駆けつけた忠輝=名和宏は――

 「誰の許しを得て、サンドラを処刑致した!」
 「禁令を破ったものは、全て処刑されます。法は既に殿の手を離れて、生きております」

――、その場の役人に、こう切りかえされて絶句する忠輝……。

 ここは本当にジーンとする名場面です。堂々としたベタな演出! これが本物の映画の魅力でしょうねぇ。果たしてこの作品を、当時の司法関係者がどのような気持ちで観ていたか、大いに興味が湧くところですが、まあ、観ていない人が多かったという想像は易いです。ただ、私のような者にとっては最高♪ ラストシーンでは、強烈な本音のテロップが出てきます――

 あらゆる生命の根源たる性を支配し管理検閲することは、何人にも許されない
 例え、神の名においても――

 あぁ、もう、何も言いますまい。

 しかしこれは決して理屈っぽい作品ではありません。鈴木則文監督の演出は観客を楽しませることに徹していますし、それはそのものスバリのタイトルを如何に濃厚に表現するかに腐心した映画魂の素晴らしさだと思います。ちなみに「色情大名」は、サンドラ・ジュリアンがヒットさせていた「色情日記」等々のシリーズから影響を受けた、というよりもモロパクリなのは当時の常識でした。

 また出演者の熱い演技も素晴らしく、特に名和宏は任侠ヤクザ作品でも名演が多数ありますが、この色情大名・小倉忠輝も、最高の代表作でしょう。そして東映時代劇史上、最も「らしく」無いお姫様の杉本美樹も特筆物で、その「やられ顔」の良さがたまりません。さらにコメディリリーフ陣のツボを押えた笑劇は、脚本や演出の楽しさを完全に表現しています。

 それと劇中で頻繁に表れるキリスト教への不信と冒涜は、鈴木則文監督が他の作品でも多用する演出ですが、当時の日本人の一般的な感覚としては異教徒への複雑な気持ちとして、十人十色の感想があるでしょう。このあたりは後年、「聖獣学園」という傑作で極北に至ります。

 そうした事も含めて、これは冒頭でも述べたとおり、あくまでもエロ映画の大傑作! ひとりでも多くの皆様にご覧いただきたいと、切に願っております。

(2008.05.19 敬称略)