Reflections / Stan Getz(原盤:Verve V6-8554=LP)
 Stan Getz(ts) Kenny Burrell(g) Gary Burton(vib) George Duvivier(b)
 Joe Hunt(ds) with Orchester & Strings
 Arrangements By Claus Ogerman & Lalo Schifrin
 1963年10月21,22,28日、ニューヨークにて録音

 スタン・ゲッツはジャズの白人テナー・サックス奏者です。ジャズと言うと難解な音楽、一般的には馴染みの無いものという先入観があるかもしれませんが、それは一面では正解ながら、彼の演奏には基本的にそれがありません。否、むしろ分かりが良すぎて、一部のガチガチのジャズ・ファンからは非難されたりもしてきました。そのスタイルは流麗にして滑らか、涼しくて知的、とても即興演奏とは思えないメロディアスなアドリブ等々、いかにも白人的ですが、その驚異的なリズム感は黒人ジャズメンをも圧倒するグルーヴを生み出しているという、モダンジャズの歴史においては、ソニー・ロリンズ、ジョン・コルトレーン、ウェイン・ショーターといった黒人の偉大なテナー・サックス奏者にも引けを取らない唯一無二のスタイルを完成させた巨匠だと、私は思っています。

 ゲッツの凄いところは、誰も真似が出来ない高度な演奏をやっていながら、それがちっとも難しく聞こえない、つまり一般大衆にも理解しやすい演奏をしてくれることで、彼はモダンジャズ創世記から活動を開始し、時代の流れの中で演奏の外枠は変化しても自身のスタイルは変えることなく、1991年に亡くなるまで、いつの時代にもヒット曲を出してきました。例えば初めて大きな注目を集めるようになったのがウディ・ハーマン楽団在席時の1947年に録音した「フォー・ブラザース」や「サマー・シークエンス・W」、1948年に録音した「アーリー・オータム」等々ですが、ここで所謂クール・サウンドを確立し、その後に独立してからは自己のバンドを率いて1950年代にポピュラー・ジャズ・ソングを山のように録音していきます。そして、そのどれもが3〜5分間程度のコンパクトな物であるにもかかわらず、内容は濃密、しかも都会的で黒人っぽいところも無く、耳障りが良いというのでメジャーな人気を獲得していきます。多くのジャズ評論家の先生方はこのあたりを全盛期として推薦することが多いようですが、ゲッツが本当に世界的な人気を獲得するのは1962年からのボサノバ路線になってからで、ブラジルのジャズともいえるボサノバの洒落たコード進行とリズムに乗った彼のクールでメロディアスなテナー・サックスが心地よく、グラミー賞まで獲得する大ヒットをとばしました。

 で、このアルバムはその人気絶頂時に製作されたもので、その内容から更なる大衆人気獲得を目論んでいることが明白な為に、特に日本のジャズ評論家の先生方や硬派のジャズ・ファンからは完全に無視されているのが現実でした。なにせ日本では1960年代から、ジャズは悩んで聴く物というような風潮が根強く、それは当時メキメキと頭角を現してきたジョン・コルトレーンとかチャーリー・ミンガスあたりの暗い情念の爆発に根ざした演奏が、学生運動等の反体制的な動きとシンクロしてしまったためかもしれません。現実にはこの頃のジョン・コルトレーンの長ったらしいライブなんて、本場では全然受けていなかったと言いますから、そのマイナー性が反体制的なものと共鳴してしまうのも、頷けるものがあります。つまりジャズは凄いのに売れないところが良いという……。したがって、そんな風潮のド真ん中で発表されたこの大衆性がいっぱいという作品が無視されるのは、当たり前だったのでしょうねぇ。

 しかし私は好きですよ、堪らなく! どんな風に良いのかは曲目紹介で――

A-1 Moonlight In Vermont (Kart Suessdorf / John Blackburm)
 邦題は「バーモントの月」、ゲッツのヒット曲のひとつですが、ただしそれは1952年にギタリストのジョニー・スミスをリーダーとした録音で、ムードたっぷりなスローな曲調の中で、歌うがごときゲッツの繊細でクールな演奏が大きな評判となりました。ここではその雰囲気を壊すことなく、さらに深化したクールネスとポップさが、クラウス・オガーマンの弦アレンジを得て見事に表出されております。

A-2 If Ever I Would Leave You (A.J. Lerner / F. Loewe)
 いきなりテナー・サックスとギターの絡みでスタートしますが、途中から流麗で厚味のあるストリングスが入って来ます。スロー・ナンバーですが、リズム隊の好サポートもあって、力感ある仕上がり、ゲッツはムードに流されること無く、かなり思い切ったフレーズを吹いています。ちなみにこの曲のアレンジもクラウス・オガーマンです。

A-3 Love (R. Blane / H. Martin)
 一転して明るいラテン調の曲になりますが、出だしから曲の真ん中あたりまではパーカッションとゲッツのテナー・サックスだけのデュオで、高速フレーズの応酬がスリル満点です。その後にリズム隊がフル参加、さらに男女混声のコーラスまでも加わってきますが、この辺りになるとゲッツはアドリブに専念し、物凄いフレーズの洪水に驚愕させられます。間然することの無いアレンジはラロ・シフリン、以下B-4まで同様です。

A-4 Reflections (Lalo Schifrin / Gene Lees)
 アルバム・タイトルとなったこの曲はアレンジも担当したラロ・シフリンのオリジナルで、何とも言えないムーディな雰囲気が最高です。主役のゲッツは主旋律のメロディーをほとんど崩さない吹奏ですが、そのバックには男女混声のコーラスやギター、ヴァイブラホーン等々が巧みに配され、その隙の無い構成がうっとりするような世界を醸し出しております。

A-5 Sleeping Bee (H. Arlen / T. Capote)
 このアルバムの目玉トラックのひとつで、躍動的なリズムに乗っていきなり左チャンネルから男女混声コーラスによって明るく切ないテーマがスキャットされてきます。主役のゲッツは2コーラス目から登場しますが、いきなりアドリブでリズムのウラから入り、テーマを魅惑的に崩しながら素晴らしいアドリブを紡ぎだしていきます。

A-6 Charade (Mancini / Mercer)
 私がこのアルバムに魅せられるきっかけとなった演奏で、原曲はもちろん、オードリィ・ヘップバーン主演による映画「シャレード」のテーマです。そして、その一抹の哀愁を含んだメロディを抜群の解釈で聴かせるゲッツが最高に素晴らしく、私は中学生の時にこの演奏をラジオの深夜放送で聴いて、あぁ、こんなにイカした音楽があったのかぁ……、とジャズの魅力に開眼させられました。

B-1 Early Autumn (Burns / Herman / Mercer)
 前述したようにゲッツがウディ・ハーマン楽団在席時に残したヒット曲の再演ですが、ここではその当時のアレンジが男女混声コーラスを用いて再現され、その中をクールに浮遊するテナー・サックスの音色が最高という仕上がりです。

B-2 Penthouse Serenade (Will Jason / Val Burton)
 軽いラテン・リズムをバックに男女混声コーラスとゲッツのテナー・サックスが対峙するように進行しますが、両者がバラバラにやっているようでいて、実は緻密に絡み合っているところが快感という演奏です。

B-3 Spring Can Really Hang You Up The Most (T. Wolf / F. Landesman)
 邦題は「春が来たのに」と名付けられている魅力的なスロー・ナンバーです。ここでもクールな吹奏を聴かせるゲッツですが、オーケストラと共に作り上げる山場の上手さは流石です。

B-4 Nitetime Street (Lalo Schifrin)
 ちょっとハードボイルドな雰囲気の、如何にもモダンジャズ的な曲です。ピアノと作・編曲を担当したラロ・シフリンはアルゼンチン出身で、後に「燃えよドラゴン」「ダーティ・ハリー」等々の映画音楽を担当してヒットを放つことになりますが、そのファンキー&ムーディな作風はすでにこの作品で味わうことが出来ます。

B-5 Blowin' In The Wind (Bob Dylan)
 邦題は「風に吹かれて」という、誰もが知っているプロテスト・ソングの名曲ということになっていますが、どう聴いてもこれは、日本でも菅原洋一の歌でお馴染みの「知りたくないの:I Really Don't Want To Know」です。そうなったのもゲッツが最初から原メロディを崩した演奏をしているからですが、その豊かな歌心がこの素敵なバリエーションを生み出したのです。これがジャズの楽しいところで、バックのパーカッションやストリングスの躍動的なアレンジも流石はクラウス・オガーマン、最高です。何度聴いても飽きない名演!

 という名曲・名演が詰まったこのアルバムは、そのあまりの楽しさ、爽やかさゆえに、日本のジャズ喫茶や評論家の先生方からは完全に無視され続けてきました。しかしジャズ・ファンには、虚心坦懐に聴いていただきたい逸品です。ゲッツの凄さにあらためて驚愕されるはずです。そして正直言うと、実はソフト・ロックとかラウンジだとか騒いでいる方々にこそ、ぜひとも聴いていただきたいのです。もちろん入門者にも絶対のオススメ盤なのです。

【現行CD】
 2003年夏に出た日本盤(UCCV-9103)は紙ジャケット仕様、輸入盤はプラケース仕様ですが、その半値ほどで買えるはずです。音質は共にリマスターがしっかりしています。

(2004.08.15掲載・敬称略)