実録白川和子
裸の履歴書

 白川和子といえば、昭和の映画演劇界では決して忘れられない女優で、一般的には「ロマンポルノの女王」であり、古くからの成人映画ファンにとっては「ピンクの白川和子」であり、歴史的には「日活の救世主」とまで崇められました。

 ですから彼女が婚約と引退を発表した時には大変な騒ぎとなったのです。

 残念ながら私は、そういう大スタアの作品をリアルタイムではひとつも観た事がありません。「ロマンポルノ」での出演作20本は全て後追いで観る事が出来たものの、それ以前の独立系で作られていた200本を超える膨大な「ピンク」は、その一部しか知りませんし、実際に観ている作品も僅かです。

 しかし彼女の引退騒動は当時の成人映画専門誌やスポーツ紙の芸能欄以外の、例えば一般週刊誌やテレビの芸能ニュースでも取り上げられるほどでしたから、それは如何に当時の白川和子が大きな存在になっていたかの証明です。なにしろ当時の成人映画は例の「ロマンポルノ摘発事件(拙稿「闇の中の妖精第4回・中川梨絵の巻」「同第9回・田中真理の巻」参照)」があったりして、現代のAVとは比較にならないほど背徳性が強かったのですから!

 もちろん私も白川和子の名前だけは騒動以前に知っていました。それは当時、街中に堂々と貼り出してあった成人映画のボスターによるところが大きく、当然ながら、そこでますますスケベ心が刺激されたのは言わずもがなです。

 ただしその頃、まだ十代だった私には、白川和子がおばちゃんっぽく見えていたのも、また事実でした。そして後追いながら初めて観た彼女の主演作品は「恋狂い(昭和46年・加藤彰監督)」だったのですが、正直、この時、全く魅力が理解出来なかったは私の若気の迷い道でしょう。それは続けて観た彼女の出演作品数本でも同様の感想……。

 まあ、それでも成人映画専門館で時折開催される「白川和子大会」なんかには行っていたのですから、自分自身では気になるスタアだったというわけですが、そこで観たこの「裸の履歴書」で、ようやく彼女の魅力に目覚めました。そして以降、白川和子の出演作品を心底楽しめるようになったのです。もちろん前述した「恋狂い」も再観し、その素晴らしさにシビレたのは言うまでもありません。

 と、いきなり私的な懺悔に心情吐露を書き連ねましたが、本題に入る前に、白川和子という女優について、私が知っているところを述べておきます――

白川和子(しらかわかずこ)
 昭和22(1947)年、長崎県で生まれ、小学生の時からは東京で育ちました。父親は防衛庁の役人だったそうですから、独立系「ピンク」時代はともかく、「ロマンポルノ」で大ブレイクした時にはかなりの問題になったと、彼女自身が後に語っています。
 最初に注目されたのは、跡見学園女子大に在学中から所属していた劇団「赤と黒」での活動によるもので、それは所謂アングラ劇団によるエロ芝居でした。もちろん私は、そこでの白川和子を実際には見たことがありませんが、当時はそうした演劇が成人映画館やストリップ小屋の幕間、地方の旅館で演じられる事が珍しくなく、彼女の場合は東京の某映画館に出演して忽ち密かな人気を集めていたそうです。ちなみに演目は「拷問金瓶梅」♪♪〜♪ う〜ん、気になりますねぇ〜♪ それは昭和42年だったと言われています。
 そして彼女はそこで成人映画の名監督・向井寛にスカウトされ、同年、独立系ピンク映画「女子寮(関東ムービー・向井寛監督)」に脇役出演し、当然ながら大学は中退して成人映画の女優になったのですが、彼女自身の告白によれば、当時は処女だったとか!?
 まあ、それはそれとして、初主演作は翌年公開の「乳房の密漁(沢賢介監督)」とされています。そして地味な面立ちと濃厚な艶演のアンバランスがリアルな魅力となって人気沸騰、以降4年の間に200本以上の作品に出演したのは、今や伝説になっています。
 その後年に伝えられるエピソードの中では、とても研究熱心で人柄も良く、恋多き女だったと言われていますが、つまりプライベートでの男性体験や性生活を無駄にしていなかったというか、演技とはいえ、その抱き心地の良さは共演男優にもウケが良かったそうです。また三島由紀夫との対談企画で雑誌に登場した事もあるとか!?
 こうして裏の世界とはいえ大スタアとなった白川和子は昭和46年、成人映画制作へ転換した日活に引き抜かれ、ロマンポルノと冠された初作品「団地妻・昼下がりの情事」に主演、大ヒットさせるのですが、そこへの経緯の中には彼女の大手五社に対する憧れと意地があったのは、これも彼女自身が後に告白しているところです。実際、独立系「ピンク」の業界関係者からは引き止めが執拗だったそうですし、そういうものを背負っていたからこそ、ロマンポルノのイメージを確立する大活躍が出来たのでしょう。もちろん彼女の女優魂の凄さは言わずもがなです。そしてあらためて驚くのは、日活では僅か約1年半の活動であり、たった20本しか出演していないというのは、その存在の大きさに比してあまりにも少ないという事実!

 ですから、その大スタアに堂々の引退作品が用意されたのもムベなるかな!!

 内容は「ピンク」の世界で人気スタアとなった白川和子が、「ロマンポルノ」へ転身するまでの劇中劇になっています――

実録白川和子 裸の履歴書(昭和48年2月)
監督:曽根中生
企画:武田靖
脚本:田中陽造
撮影:森勝
音楽:多摩零
助監督:高橋芳郎
出演:白川和子、殿山泰司(珍田一平)
■出演:織田俊彦(瀬木)、五條博、高橋明
■出演:影山英俊、谷本一、松井康子、小川節子
■出演:片桐夕子、宮下順子、田中真理、山科ゆり
■出演:二條朱美、潤ますみ、続圭子、原英美、青山美代子、伊佐山ひろ子 他

 「実録」とされていますが、もちろん脚色されています。しかし「ピンク」からは松井康子、また「ロマンポルノ」からは当時のスタア女優達が実名で登場し、特に後半はドキュメントっぽい仕上がりも鮮やか! その中で白川和子の恋多き女としての部分も含めた生き様が描かれ、それは前述した彼女のプロフィールを知っていると、なおさらに味わい深いと思います。

 その物語は演劇に打ち込んでいる女子大生=白川和子が仲間に騙されて集団レイプされ、しかもその現場をブルーフィルムとして撮影されるのが発端です。

 ここは薄暗い倉庫の中で如何にも当時の女子大生という彼女がリアルに輪姦され、しかも必死の抵抗と泣き叫びの中でコンクリートの粉にまみれて犯されるという演出が最高ですので、観てのお楽しみ♪ まさに冒頭から曽根中生監督ならではの演出が冴えまくりです。もちろん剥ぎ取られる衣装、破かれる下着、露出する熟れた肉体、嫌がりから観念の表情という白川和子の演技も秀逸ですし、男優陣の熱演と躍動的なカメラワークも迫力があります。さらに所謂アフレコで後から入れられた「声」と「セリフ」の表現力も圧巻

 そしてこのブルーフィルムを観ている男・珍田一平=殿山泰司が、彼女を見染めてスカウトする展開となりますが、驚いた事には前述のレイプからフィルム撮影は、あらかじめ仕組まれた業界の罠というか、仕事の一環だというストーリーです。なにしろ殿山泰司は成人映画のプロダクションをやっていますし、レイプの実行犯達はそのスタッフであり、劇中では街で出演女優を探すためにナンパに勤しむ場面さえあるのです。う〜ん、これは現代のAV制作現場にも共通している実態とはいえ……。

 こうして白川和子は成人映画の世界に入り、ついに半年後、初主演作が封切られますが、ここでも驚いた事に、彼女が映画館へその作品を観に行くのです。もちろんそこは男の欲望が渦巻く暗い空間という事で、客席では彼女の太股に手を伸ばしてくる男やスポーツ紙を膝の上に広げ、その下でオナニーする奴とか、これは実際に当時の成人映画専門館では必ずあった行為です。ちなみに白川和子は自分の出演作品は極力、映画館へ観に行っていたそうですし、そこでのお客さんの反応も自分の演技に活かしていたと、後に語っています。流石っ!

 このあたりは劇中でもマリリン・モンローの表情や仕草を研究したり、また殿山泰司に連れられて旅館に行き、セックス中のカップルを覗いて勉強したりと、なかなかに楽しい場面が続きますが、彼女の可愛さも実に良い雰囲気です♪

 もちろんこの頃の彼女はピンク映画関係者の男と同棲中で、粘っこい日常的なセックスも見せてくれますが、本音は小さくても温かい家庭を築きたく、そのために「裸のお仕事」も熱心です。しかし先が見えない自分の現状に嫌気がさし、ついにピンク女優を辞めてボランティアの世界へ……。

 ここはピンク映画撮影現場の熱気が生々しくご覧になれますし、当時の業界人の意地とか夢がしっかりと描かれていて、私は好きなシーンなんですが、驚くのはそこへメジャーへの反発、つまり日活も含めた五社への妬みと憧れ、対抗意識をきちんと盛り込んでいることです。

 すでに述べたように、白川和子が「ロマンポルノ」に引き抜かれ、それを成功に導いたのは「ピンク」の意地があったからという推察は容易ですし、日活にしてみれば面映ゆい事実なのですが、それにしてもいくら引退作品とはいえ、その部分をここまで堂々と描いた曽根中生監督以下スタッフの心意気は、同じ映画人としての共感なのか!? とにかく痛快でもあり、哀しくもあって、皆様にはぜひともご覧いただきたいところですし、非常に潔い演出だと思います。

 しかしそんなある日、一人暮らしの老人を訪ねた白川和子は、病気で汚い爺さんが自分のブロマイドを大切にしている事に愕然とさせられます。そしてある種の感動から、自分の若い肉体を老人に捧げますが、もちろん既に男の機能を失っているのですから結果は……。さらに後日、老人が首吊り自殺した事を聞かされた彼女は再びの迷い道……。

 東京タワーから身寄りのない老人の遺骨を蒔いたり、行きずりのチンドン屋やタクシー運転手とセックスしたり、また寂しいオナニーをしたりと、せつなくもエロスに満ちた場面が続き、このあたりも私が大好きな演出になっています。特に両親に会いに行った横須賀では海上自衛隊の軍艦から流れる君が代日章旗や軍艦マーチをバックにしたカーセックスは、如何にも曽根中生監督らしい演出ですし、その後の反戦デモとか、当時の日常的風景が記録された映像も今では感慨深いところです。もちろん彼女の父親が防衛庁の役人だったという、今では有名な事実も含んだ演出なのは、言わずもがなでしょう。

 こうして紆余曲折、再び「ピンク」の世界に復帰した白川和子は、前にも増して濃厚な演技を披露して看板スタアとなりますが、同時に男遍歴も派手になり、奇行も目立ち、関係者とのトラブルも増えていくのです。

 このあたりの彼女は監禁されたSMっぽい演出や全裸での逃走、そこにコートだけの姿で飲んだくれたり、とにかく映画的な見せ場がテンコ盛り! もちろん業界内部の事情や女優・白川和子の女としての生き様、そして当時の成人映画館の様子等々がドキュメント色強く描かれています。また「ピンクの山本富士子」と一時は称され、絶大な人気があった松井康子が実名で登場し、劇中のリアルタイムではすっかり豊満過ぎるグラマーとなった存在感を見せてくれるのも楽しいところ♪ 脱いでいないのが、逆に良い味になっています。また珍プロ社長・珍田一平を演じる殿山泰司も全篇に味わい深い好演で流石だと思います。

 そんなある日、白川和子は以前「ピンク」の現場で共演した事のある男優で、今は小さなスナックを経営している瀬木=織田俊彦と再会します。その瀬木は当然、自堕落で棄てばちな生活をしている白川和子に親切にしてくれますが、それがミエミエの下心としか感じられない彼女は悲しくなるばかり……。しかしそれでも真剣な瀬木の心情にうたれた白川和子は、ついに結婚を意識するのです。

 ここは「ピンクの女優」として同性から蔑まれ、またどうしても満たされない彼女自身の哀しさ、自暴自棄の生活と新しい夢が上手い脚本と演出で描かれ、ウルウルしてしまいます。多摩零の胸キュン劇伴も最高♪ もちろん2人が結ばれる場面での白川和子の官能の演技は言うことなしの素晴らしさですし、自然体での下着の脱ぎ方や愉悦の表情は唯一無二

 しかし突然に彼女の運命は変転します。それは大手「日活」からの出演依頼! もちろんそれがロマンポルノ最初の公開作となる「団地妻・昼下がりの情事」である事は言わずもがなです。そして憧れていた撮影所での仕事、オールカラーという企画に心を動かされた白川和子は、結局はエロスの映画にもう一度、夢を賭けるですが、その前に瀬木との最後のセックス、さらに別れのシーンは、せつなくも可愛い彼女の演技が、また別の意味で素敵です。

 こうして白川和子はロマンポルノの世界で大輪の花を咲かせることになり、物語の終盤は当時の日活撮影所の威容、撮影現場や食堂の日常がドキュメント調で描かれていきます。もちろん「白川和子名場面集」というような、当時の傑作も部分的にご覧になれますし、同時期のスタア女優さんが様々な趣向で登場する楽しい場面が続きますが、このあたりの曽根中生監督の稚気は本当に微笑ましくて、全く観てのお楽しみ♪ 最後には引退口上までもが用意されています。

 ということで、現実の白川和子は昭和46年に日活と契約、ロマンポルノ初作品にして彼女が主演した「団地妻・昼下がりの情事」の封切りが同年11月20日、そして婚約と引退の発表が昭和47年11月の末でした。この作品はそれからの企画というわけですが、日本映画史上、ここまで堂々の引退作品が作られたのは藤純子、白川和子、谷ナオミの3人しかいないという事実は決して軽くありません。そして最後の口上で彼女自らが挨拶しているとおり、日活の営業社員と翌年2月に結婚し、本当の団地妻になったのです。

 ちなみにその頃にはロマンポルノも路線が安定、意欲的なヒット作が続々封切られていましたし、また摘発事件もあったりして、良くも悪くも世間からの認知度が高くなっていましたから、「ポスト白川和子」も含めた日活のオーデションには多数の応募がありました。その様子もこの作品ではご覧になれますが、そこへ参加してくる女性達の中には素人さんも居ましたが、「ピンク」からの転向組も多数含まれていたのです。それは第二の白川和子になりたいというスタアへの志であり、当然ながら独立系ピンクよりも数段良いギャラの魅力でもありました。

 参考までに記しておくと、「ピンク」の製作費が250〜280万円だった当時、「ロマンポルノ」は750〜800万円で、しかもそれとは別にスタジオが使えたのですから、出演者のギャラも三倍近くの差があったと思われます。劇中では「ピンク」の撮影現場としてアパートの一室が使われているのも、理由が無いことではありませんし、殿山泰司が白川和子に渡すギャラの封筒に厚みがあるのも、納得されることなのです。

 というように、劇中には相当に細かいところまで拘った演出があります。そして何よりも、可愛い女として描かれている白川和子が最高に素敵です。一連のロマンポルノ作品で私が感じたような、おばちゃんっぽいところなど微塵もありません。特に自殺した老人の遺骨を抱えて東京タワーに行く場面は本当にジ〜ンとしてきて、私は大好きです。つまりエロスの場面だけでなく、通常の演技力も抜群だったのが白川和子という女優なのです!

 それと女優陣ばかりではなく、成人映画ではお馴染みの男優達が挙って出演し、すべからく名演を見せていますが、そこに白川和子への敬意のようなものを感じるのは、サイケおやじだけでしょうか。とにかく見どころの多い素敵な映画になっています。

 さて、その後の白川和子は結婚相手が既に2人の子連れでしたから女優業はきっぱりとやめ、主婦としての生活に入っています。しかし昭和50年秋にキングレコードから発売されたシングル盤「おぼろ橋 / 雪心中(キングBS1982)」、および有名ロマンポルノ女優が集結した企画アルバム「おんな不貞寝の子守唄(キングSKA-127)」によって一時的に芸能界へ復帰し、翌年からは映画やテレビにも出演が続いて今日に至っていますが、ロマンポルノは全くやっていません。このあたりは図らずも劇中で彼女が世話をした老人のエピソードが重なりそうというか、白川和子の名前と肉体を忘れ難く思っているファンは多いはずでしたから……。また昭和62年には自伝的半生記「いのち輝いて(潮出版)」も出版しています。

 それゆえに白川和子は伝説と現実の間で、ますます存在感を強めるばかり♪ 皆様には、そのあたりを踏まえて鑑賞されますことを強く希望しております。ちなみにサイケおやじは、初めてこの作品を観た時、本当に泣いてしまいました。

(2008.08.24 敬称略)