恋人たちは濡れた

 私がロマンポルノに夢中になったのはリアルタイムの若さゆえ、女の裸やエロ場面が見たかったという単純な理由は言わずもがなです。しかしその中に確かに存在した映画の本質的な魅力に惹きつけられたのも、言い訳ではありません。それは当時の俊英監督&スタッフの情熱と力量、出演者の真摯な演技、さらに時代の空気を見事に封じ込めた作品群の魅力でした。中でも私が特に感銘を受けたのが――

恋人たちは濡れた(昭和48年3月)
監督:神代辰巳
企画:三浦朗
脚本:神代辰巳&鴨田好史
撮影:姫田真左久
音楽:大江徹
助監督:海野義幸
出演:中川梨絵(ヨーコ)、
■出演:絵沢萌子(映画館主の妻)
■出演:薊千露、大江徹(謎の男=カツ?)
■出演:高橋明(映画館主)、堀光一(ミツオ)
■出演:清水国雄(三浦) 他

 1970年代初頭のあてどない空気が見事に焼き付けられた青春映画の傑作!

 物語には起伏のあるストーリー性なんて特に無く、ある漁港の小さな町を舞台に、映画館でフィルム運びをする若い男の正体を巡っての、微熱な日常が描かれています。

 その男=大江徹は、どうやら故郷に戻って来たらしいのですが、自分自身を否定して旧友や母親にも心を開かず、喧嘩をしては情けなく負け、独りおどけては映画館主の妻=絵沢萌子と脂っこいセックスに没頭し、周囲を惑わせるのです。

 ちなみに絵沢萌子(えざわもえこ)は成人映画も含む独立系作品で活躍した後、ロマンポルノでは「濡れた唇(昭和47年・神代辰巳監督)」で主演デビューしている実力派! この作品当時は33歳の熟女系ですから、その濃縮された女の本性を露わにするエロスの演技は自然体で素晴らしく、また劇中では映画館の切符売り場で常に猫を抱いている佇まいも素敵です。そして何よりも色っぽくて穏やかな台詞まわし、さらにあの時の声の魅力が最高なんですねぇ〜♪ ロマンポルノでは印象的な助演も数多く、「裸のお仕事」としては昭和57年頃まで出演を続けました。もちろん並行して一般作品やテレビ等々で活動しています。そして実は告白すると、リアルタイムでは単なるおばちゃん……、なんて思っていた私ですが、今はその魅力に夢中になっています。

 さて、そんなある日、大江徹は野外セックスに没頭しているカップルに出会いますが、その中川梨絵と堀光一の営みを傍らからジックリと眺め、話しかけたりするのですから、いやはやなんともです。

 もちろんこの2人も意地になってそれをやめないあたりが、如何にも当時の性描写という雰囲気で、感度良好♪ 特に派手なヨガリ声の中川梨絵には映画的な魅力がいっぱいです。

 そして成り行きから親しくなった3人は、奇妙な三角関係となるのが「お約束」ながら、それは決して明確な表現ではなく、三者三様の曖昧模糊とした感情の縺れが怠惰に描かれながら、映画は進んで行きます。

 なにしろ大江徹は頑なに自分の正体を明かしませんし、それでもどこか共通の雰囲気を漂わせる中川梨絵だけは苦手の様子です。しかし彼女は物語の本筋を離れてスクリーンの中を自在に浮遊♪ また、それをカメラが執拗に追いかけますから、男の正体は一向に明かされません。このあたりは本当に私が大好きな描写で、例えば大江徹と堀光一がシビアな話をしながら喫茶店に入っていく場面では、中川梨絵だけが直ぐに店の中に入らず、店の前をフラフラと歩く様子が主体的に映し出されていきます。う〜ん、雰囲気、最高!

 つまり、そういう映像描写の積み重ねで、ひとつの映画作品が出来上がっているのですから、これはそこに浸りきることが出来るか否か!? それが共感の別れ道かもしれません。

 しかしお目当てのセックス描写は決して観念的ではありません。むしろ殺風景なほどのリアルさがあって、大江徹が堀光一から紹介された女=薊千露(けいちろ)をレイプしそこなったり、あるいは砂浜で真昼間の野外セックスなんて、嫌がりから愉悦の表情まで、しっかりと自然体の演出が潔い感じです。彼女の日常的な存在感も実に良いですね♪ ムチムチした肉体と「やられ顔」の良さは流石だと思います。

 う〜ん、それにしてもこんな煮え切らない物語は、一説によると神代監督の自伝的心象風景と言われていますが、それを傑作映画として成立させているのは、押しが強くてアンニュイな雰囲気という、中川梨絵の麻薬的な魅力に他なりません!

 特に後半は物語に必然性の無いヤクザの仁義を披露したり、大江徹に興味を感じたのか、強引に自転車の後ろに乗ってみたり、さらに砂浜での男2人と彼女による意味の無い馬跳びとか……。まあ、今となっては、それらの全てが伝説の名場面にはなっているのですが、当時は神代監督作品だけにある「わからなさ」の象徴として、強い印象を残しています。

 もちろん出演者が皆、そういう演出に納得していたのかは大いに疑問の余地があり、中川梨絵はロケ中の夜の宿舎で連夜、酒を飲んでは神代監督に対して大荒れだったという……。

 また男優では大江徹の圧倒的に情けない存在感が素晴らしく、無気力と自己否定、しかしクールで熱い感性は如何にも1970年代初頭の雰囲気を体現しています。そしてこの作品では音楽も担当し、うらぶれたギターの響き、トーキングブルース調の猥歌による映画の宣伝は、もう最高です。

 そして物語の最終盤、港で自転車の二人乗りをする中川梨絵と大江徹の姿には、リアルタイムで羨ましいほどの詩情が感じられます。さらに唐突なラストシーンさえも、です。

 ということで、これはやっぱり観て、感じてもらうしか無い作品かもしれません。しかし1970年代初頭の雰囲気は、これしかないの決定版! 当時の成人映画には必ずあった、クロベタやフィルムに傷をつける不粋な修正を逆手にとった大袈裟な表現も狙ったものでしょう。そして中川梨絵の悪女っぽい甘さを含んだ声の魅力も絶大で、サイケおやじにとっては生涯の1本になっているのでした。

(2008.08.12 敬称略)