濡れた荒野を走れ

 その全てとは言いませんが、初期ロマンポルノに色濃く投影されていたのが、反権力という構図でした。それは昭和47年1月のロマンポルノ摘発事件(「闇の中の妖精・田中真理の巻」参照)があって、尚一層強まり、しかし会社側の事情も考慮してか、より巧妙な地下潜伏的な表現へと変化していったと思われるのですが、いやいや、ここに強烈な反権力作品が登場しています――

濡れた荒野を走れ(昭和48年6月)
監督:澤田幸弘
脚本:長谷川和彦
撮影:山崎善弘
音楽:多摩零
出演:山科ゆり(清水まりこ)、川村真樹(中村添子)、地井武男(原田)
■出演:高橋明(加藤)、井上博一(中村)、大山節子(娼婦)
■出演:久松洪介(牧師)、しまさより、南昌子、牧原貴子 他

 地井武男と高橋明という人相の悪い男が2人、黙々と街歩いているという冒頭の場面で、ははぁ、今回はギャング〜ヤクザ物か、と心の準備をしていると、案の定、この2人はいっしょにコーラをラッパ飲みし、ある田舎の駅前で行われているベトナム救済募金活動を見張っているのです。

 そしてその夜、件の募金を主催していたキリスト教会に数人の賊が押し入り、牧師の娘は犯され、集められた善意の募金も強奪されるのですが、ストッキングの覆面はしていても、その賊の中には明らかに冒頭で登場した2人の男が混じっているというのが、観客にはミエミエです。

 もちろん、ここでの見せ場は牧師の娘のレイプです。彼女は黄色いミニのワンピース姿ですが、募金活動をしていた時のトッポイ姿とは別人のようにキュートで、男好きのする肉体をしていますから、強盗に襲われて大股開きのあられもない姿とか、礼拝堂で衣服を引裂かれて犯されるところの怯えと羞恥の仕草には、グッときます。当然、泣き叫びも♪ 私の勉強不足から、この女優さんの名前がわからず、非常に残念です。

 それにしても、この礼拝堂の場面はキリスト教関係者が観たら激怒か! あるいは悶絶必至の演出でしょう。

 こうして娘の貞操と善意の募金を奪われた牧師は、殴られて傷つきながらも、賊が去った後に必死で警察に連絡するのですが、その知らせを受けたパトカーの側には、なんと先ほどの強盗が着替えの真っ最中! ゲッ、冒頭でヤクザと思っていた地井武男と高橋明は刑事、その他の手下は巡査だったという驚愕の権力冒涜! もちろん強盗現場には一番乗りで、捜査に見せかけた証拠隠滅に勤しむのでした。

 うむむ、これはリアルタイムで観た時、本当に痛快でしたが、ここまで書いてもネタバレということにはなりませんので、ご安心下さい。むしろ物語は、この下地があってこそ楽しめるのです。

 なにしろ、この警察官達のアルバイトについては署長もグル! ですから所轄の強盗事件は迷宮入りが多いという当然の結果があるので、それをカバーするために公安関係の事件には拷問を使ってまで検挙数を上げるという点数稼ぎが、日常茶飯事になっているのです。

 と、そこへ、管轄内の精神病院で火災が発生、焼け跡から数人の焼死体が発見され、しかもその中には火災前に殺害されていた者が含まれており、患者の1人が逃走しているという通報が入ります。そしてその逃走者は元警察官で、実は当該署で一緒に強盗を働いていた仲間でしたが、実は真面目すぎるほどの実直警官だったところから、悩みの挙句に発狂、停職中の身だったのです。

 もちろんこの発狂には仮病の疑いを持つ者が大勢いて、何時か世間に自分のやってきた事が暴露されるのではないか……、という懸念が潜在していたところでの脱走劇でしたから、冒頭で登場した人相が悪い2人の刑事=地井武男&高橋明は、すぐさま専従として追跡を命じられるのです。必ず射殺せよ! 正当防衛に見せかけて! という密命があるのは、言わずもがなです。

 そして、まず向かった先が逃走者・中村の家、そこでは美貌の妻=川村真樹が驚愕して2人を迎えるのですが、もちろん彼女は高橋明にちょっかいを出され、この嫌がりがたまりません。ただしここは、その場に子供がいたことから、裸は後のお楽しみですが、それにしても彼女の色っぽさは最高です。

 一方、逃走した中村=井上博一は自分でも自分が分かっていないという、やはり本物の精神異常者らしく、病院では看護婦にレイプを企て、こうして自由の身になっても駅のトイレで婦女暴行?! そして、その結果の変死体発見の報が入り、地井武男と高橋明は件の駅へ向かうのですが……。

 という長〜い発端から、いよいよ山科ゆりが女子高校生として登場♪ 彼女はテニス部の仲間と試合に向かうために駅に来ていたという設定で、それにしてもこのテニス部はなかなかの美女揃い♪ そしてその中で一際色白で処女のような輝きがあるのが、山科ゆりというわけです、ふっふっふっ♪

 そして乗り込んだ列車の中で、殺人犯とは知らぬまま、井上博一と親しくなるのですが、このあたりの2人の無言の芝居、精神異常を自然体で演じる井上博一と怯えながらも無邪気な山科ゆり、このコントラストが鮮やかな演出と演技が、徐々に日常の中に潜む潜在的欲望のエロスに繋がっていくのです。あぁ、山科ゆりの汗ばんだ演技が絶品です。このあたりは制服マニアにとっては悶絶必至では!?

 もちろん地井武男と高橋明は、その列車に井上博一が乗り込んでいることを発見し、必死の追跡! ここは駅のホームから車での猛追跡がスリル満点のアクション・シーンになっており、特に踏切の場面はポルノ作品とは思えない力の入り方ですし、バックのジャズ・ファンクな音楽も最高のカッコ良さです。

 一方、列車内の山科ゆりは井上博一のエキセントリックな様子にジリジリと追いつめられ、また、自ら望んで身も心も捧げんとしているか? という不思議な状況から、ついには人気の無いデッキで衣服越しに肉体をいたずらされるという展開に♪ あぁ、この時の山科ゆりの微熱に浮かされたような愉悦の演技は、自然体を超越した名演技だと思います。

 しかしその最中を乗客に発見され、騒ぎになったことから、丁度列車が到着した駅で井上博一は下車して逃亡、もちろん山科ゆりは人質です。そしてそこへ追いついた地井武男と高橋明は、またまた新たな展開に必死の追撃! なんと高橋明は無謀な拳銃発射! このあたりのアクションも本当にリアルで迫力満点ですが、結局、犯人を取り逃がして2人は大目玉を食らい、夜はうらぶれた旅館に娼婦=大山節子を呼んで不貞腐れの快楽を追求するのでした。

 ここは如何にも当時のロマンポルノというか、終りなき日常の一場面的な、したたかな生活感があります。なにしろ地井武男は酒の飲みすぎから不能状態、大山節子はヤル気がないくせに、ただただ札ビラだけが嬉しく、さらに高橋明に回されてバックから責められながら出前のラーメンを不味そうに喰うという、とんでもない濡場です。しかも肝心なところで、これ見よがしの黒ベタが入れられるなど、完全に観客をバカにしているようですが、逆に強烈な反権力と見ることが容易だと思います。

 ちなみに娼婦役の大山節子は演技になっていない自然体が魅力の女優さんで、主演作品は無いものの、この時期のロマンポルノにはちょくちょく登場していた気になる脇役でした。そして昭和50年頃からは日劇ミュージックホールのダンサーに転身しています。

 さて一方、山科ゆりを人質に逃亡した井上博一は車まで盗んで、どこかの湖畔に辿り着きますが、愕いたことに、すでにその場の雰囲気は山科ゆりがリードしている展開に! なんと彼女は家出の常習犯で、井上博一の訳有りな態度と行動は納得済みなのでした。

 そしてこのあたりから物語はリアルさを失いつつ、全く1970年代前半の雰囲気にどっぷり浸かっていくのですが、これは当時をリアルタイムで感じられる者にしか理解し得ないところかもしれません。

 その最たるものが深夜放送のラジオをモチーフにした物語展開で、実際に当時の人気DJだったミドリブタが狂言回しとなるのです。ちなみにこの人は、林美雄というTBSラジオのアナウンサーで、担当していた「バック・イン・ミュージック」では洋楽ノリの和物ロック&フォークを積極的に流していました。それはデビューしたばかりのユーミンとか石川セリ等々、枚挙にいとまがありません。この劇中でも独特の落ち着きがあるお喋り、そして流してくれる「たどりついたらいつも雨ふり / モップス」が、非常に効果的です。というよりも、私の世代では懐かしさに涙するのでしょうか……。

 で、この曲をバックに展開するのが、山科ゆりと井上博一の濡場というのは、お約束です。

 ここでは、散々生意気を言って井上博一を翻弄していた山科ゆりが急に控えめな受身となり、土壇場で「おじさん、恐い……、恐い……」と囁くのですから、たまりません♪ また、この前段として、山科ゆりが下着姿で湖に入る水浴びもグッときます。あぁ、彼女の色白の肌が!

 おまけに佳境に入ると、ラジオから流れる音楽が非常にエロいスローなジャズファンクに変わるという凝り様です♪

 物語はこの後、同じ深夜放送を聞いていた地井武男に閃くものがあり、井上博一と山科ゆりの行く先を突き止めるのですが、あまりにもご都合主義と言う無かれ、これも映画のお約束です。

 そして2人の刑事は川村真樹を同行して現場へ向かうのですが、ここから先はネタバレがありますので、観てのお楽しみとさせていただきます。

 しかし、あえてその見所を特筆すれば、やはり荒野の中で裸に剥かれ、立ち木に手錠で拘束されてたあげく、犯される川村真樹の痴態・狂態です♪ もちろんそれに逆上した井上博一と地井武男&高橋明の対決、さらに壮絶で虚無的なラストは、日活アクションの伝統を見事に踏襲した素晴らしさ! 加えて反権力と、それに敵わぬことの裏返しという卑屈な憧れが、地井武男のサングラスに象徴されています。

 と、苦しい理屈を並べるよりも、本当は川村真樹の熟れきった肉体を気にするのが、私です。

 そしてもうひとつ、井上博一は本当に狂っていたのか? という主題はさておき、この井上博一のエキセントリックな演技は本当に秀逸です。この人は下積みが長かったようですが、この作品で初めて大きな役を得て以降、ロマンポルノはもちろん、一般作品やテレビでも活躍していきます。中でも「色情旅行・香港慕情(昭和48年・日活・小沼勝監督)」では、狂気に落ちる男を再び熱く演じ、忘れがたい印象を残しているのでした。

 ということで、これは一般映画のハードアクション物として観ても、充分に楽しめる作品です。しかも当時の風俗というか、ベトナム戦争、深夜放送、アングラ劇団等々が実社会ではどのような位置を占めていたのか? リアルタイムで体験していない皆様にも、ご理解いただけるかもしれません。

 さらにラストでの山科ゆりの刹那の台詞! これがやっぱり、身に染みるのでした。

(2006.07.02 敬称略)