新妻地獄

 「日活」に「谷ナオミ」、そして「団鬼六」とくれば、ロマンポルノでは「SM物」というのが美しき慣例ですが、しかしそこに揺るがせに出来ない原作があるとなれば、コアな愛好者は心穏やかではありません。実際、その最初の作品「花と蛇」は、あまりの逸脱ぶりに原作者もファンも怒りと呆れの二重奏だった歴史が残されているほどです。

 しかしそれを逆手にとった場合には、とてつもない傑作が生まれたのもまた事実で、例えば「生贄夫人」はその最たるものでしょう。

 さて、この作品もそうしたひとつで、原作は団鬼六が「SMファン」誌の昭和49年10月号から、翌年の7月号にかけて連載した中編ですが、ここではタイトルと一部の設定だけを使い、全く別な物語としてロマンポルノ王道の味わいが楽しめます――

新妻地獄(昭和50年12月)
監督:加藤彰
制作:伊藤亮爾
脚本:久保田圭司
撮影:仁木秀信
音楽:奥沢散策
助監督:上垣保朗
出演:谷ナオミ(雪路)、東てる美(夏子)
■出演:絵沢萌子(ナオエ)、井上博一(相沢)
■出演:粟津號(トオル)、五條博(影井)
■出演:吉井亜樹子(万引き女)、清水国雄(シゲオ)
■出演:三川裕之(田能村)、山本まき(アケミ)
■出演:高山千草(トミ)、田井中浪子 他

 結論から言えば、原作からの設定を使っているのはヒロインの名前が雪路になっているだけです。しかし内容は紛うことなきSM物! しかもミステリ風味さえあるのですから、ここで全てを詳らかに書くわけにはいきません。

 さて物語の舞台は利根川流域のある田舎町、その風景をひとり眺めている和服姿の美女が雪路=谷ナオミです。どうやら彼女はその土地を離れる決意をしているようですが、実は6年前の高校を卒業したばかりの頃、愛する男・教師の影井=五條博を追って、家出同然にこの町にやって来た過去があるのです。もちろんそれは妻子ある影井との、所謂略奪愛でした。

 ここは熟れきって色気ムンムンの谷ナオミが、その彼女の6年前の姿を二役で演じるのですが、やっぱり些かの無理があります。つまり演出では五條博との濡れ場で見せる豊満な肉体と濃厚な官能美が、あまりにも強烈過ぎますから、とても18歳には……。もちろん2人は同棲から結婚に至るのです。

 しかしそれが今、何かの事情で実家へ帰る彼女の胸中には、様々な思いが去来しているようです。例えば上野アメ横で万引き女=吉井亜樹子が現場を見つかり、野次馬が集まる路地で酷い目あわされているところを見ているうちに、谷ナオミは立っていられないほどの気分に急き立てられるのです。う〜ん、それにしてもここは吉井亜樹子の被虐の演技が秀逸で、もちろん後には許してもらうために肉体を蹂躙されるのですが、そこにもちょっとした如何にもの演出がありますので、観てのお楽しみ♪

 こうして実家に戻った谷ナオミは、やはりフェロモン過多の雰囲気が濃厚ですから、忽ち幼馴染の粟津號からちょっかいを出されたり、責め絵のモデルを強要されたりしますが、どこか煮え切りません。もちろん弟=清水邦雄はあれこれ心配をするのですが、そんな日々の中、谷ナオミが知りあうのが井上博一です。

 しかも男の傍にはグリグリに縛られて転がされた女=東てる美が!

 ここは本当に縄がびっちりと食い込んだ東てる美が鮮烈ですし、驚愕しながらも興味深々の谷ナオミが非常に印象的♪ もちろん井上博一と谷ナオミがデキてしまうのはロマンポルノ的な「お約束」です。しかしその経緯については、ネタばれがありますので、詳らかに出来ません。

 ちなみに東てる美はM女♪ バーのママとして働き、そのヒモが井上博一という設定です。しかし井上博一は、そんな境遇から脱出したい気持ちのようですし、谷ナオミにしても過去を棄ててやりなおしたいのは同じですが……。

 あえてネタばれに触れてしまえば6年前、素晴らしい未来があると信じていた谷ナオミと五條博は、いよいよ正式に結婚出来ると決まったその日、彼女のちょっとしたイタズラから一気に暗転していたのです。

 そして監禁され、嫉妬の愛撫や変質した純愛に責め苛まれる谷ナオミ……。

 ここは本当に陰湿な愛情から彼女を大切にしすぎる五條博が迫真の名演で、その執念と苛立ち、自己嫌悪と運命の非情さに苦しむあたりは、なかなかに感情移入出来ると思います。そしてついに悲劇が訪れますが、もちろんここまでの間には谷ナオミの濃厚な官能艶技、せつなくも儚い愛情の本質、さらには縄や監禁といった物理的なSMの事象が、見事に心理的な葛藤と愛欲の本能に結びついた名場面の連続になっています。

 まさにタイトルに偽り無しの新妻地獄

 一方、東てる美も哀しく寂しい女です。縛られなければ何も感じない真正M女であり、ヒモの井上博一が自分から離れていくのを怖がりながら、やはり新しい刺激を求めてやみません。その男好きのする容姿と儚さが滲む佇まいは、この作品を殊更に味わい深いものにしています。

 特に満たされない自分の欲求から自縛のオナニーは強烈♪ その悶えの最中、現場を粟津號に発見され、そのまま犯されながら何も感じることが出来ない虚ろな表情も印象的です。

 さらに井上博一と谷ナオミの熱いセックスを縛られたままに傍らで見ながら、精神的なMの世界に覚醒していくあたりは、必死で男へにじり寄り、足蹴にされて尚更に身悶える名演となって、さらに強烈な印象を残します。

 ですから結局、谷ナオミはそうした2人の日常的な異常関係に立ち入ることが出来ないと、諦めて……。そして責絵師・田能村=三川裕之のアトリエを訪れ、自ら被虐の官能を求めるのです。もちろん強烈な縄、火焙り、さらに芝居っぽい状況設定でのレイプ等々、ほとんどSM誌のカラーグラビアが動画になった素敵な場面が楽しめます。しかし――

 最後の場面は些か観念的な演出が、如何にも加藤彰監督作品という印象です。こういう独特の余韻というか、些か納得し難い雰囲気も、何となく分かったような気分にさせられるのは、谷ナオミという女優の存在感があればこそでしょう。ですから、ここは観てのお楽しみとして、多くは書きません。

 それゆえに通俗的な正統派SM物を望む愛好者にはウケが良くないでしょう。物語の時系列をバラバラに繋ぎ合わせた編集も賛否両論かもしれませんし、クライマックスで谷ナオミが縛られ、吊るされても、それは単なるサービス場面という感じがしないでもありません。むしろ東てる美の縄姿にグッと惹きつけられます。その愛くるしい面立ちが嫉妬で自暴自棄に歪み、さらに縄や精神的な苦痛で身悶える被虐の演技には、谷ナオミとは微妙に異なる魅力がいっぱい♪ この作品では和服姿も多い所為か、その儚げな佇まいも素敵だと思います。

 そしてこの当時の東てる美は、前年の「生贄夫人」での鮮烈のデビュー以来、ますますの人気沸騰でオナペット・ナンバーワン! 完全な裏アイドルとして男性週刊誌やテレビの深夜番組でもスタア扱いでしたから、実はこの作品にもリアルタイムで彼女目当ての観客が多かったと思います。もちろん既に同年7月公開の「残酷・女高生(秘)私刑 / 林功監督」に主演し、ひとり立ちしていたのですから、昭和51年度の日活カレンダーでは3月に東てる美、12月には谷ナオミという抜擢も当然でした。

 ちなみに東てる美はご存じのように、高校生の頃に叔父の繋がりから谷ナオミに弟子入りし、妹分として谷ナオミ劇団に参加したのが、この世界に入るきっかけでした。それは谷ナオミのマネージャーであり、当時の同棲相手でもあった山辺信雄が、東てる美の叔父と知り合いだったという経緯から、実は3人が同じマンションに同居していたのです。そして当然ながら、若い東てる美に愛人を取られたと谷ナオミがマスコミに発表したのですから、後は大スキャンダル! しかしそれでも東てる美の人気は全く衰えず、むしろますますの急上昇でした。

 そうした現実の三角関係が、この作品の谷ナオミ、東てる美、井上博一の劇中での関係と重なって思えるのは、今になっての感想です。リアルタイムではガチガチのSM物を期待して、些かの肩透かしとなった仕上がりに虚しい気分でした。

 しかし谷ナオミが陥る、文字通りの「新妻地獄」の部分は素晴らしい物語展開と脚本の冴えがあります。なかなかに悲しい女の物語なんですねぇ〜、これは。ですからロマンポルノとしては一級品の名作だと思います。

 ここに書いた、そんなあれこれが、皆様のご鑑賞のスパイスになれば幸いです。

(2008.10.26 敬称略 / タイトル挿絵制作:七四式様)