江戸川乱歩猟奇館
屋根裏の散歩者

 江戸川乱歩は最高の物語作家ですから、その映像化作品は、例え何であろうとも、非常な魅力を備えています。それはロマンポルノというフィールドでも例外ではなく、なかなか味わい深い秀作が作られました。しかもそれが、あまりにも有名な乱歩の代表作であり、タイトルを堂々と原作に同じくしているのも、凄いところ! まず、その原作とは――

屋根裏の散歩者
/ 江戸川乱歩・著
初出:大正14年8月、「新青年増刊」に掲載

 江戸川乱歩が専業作家となった最初の年、31歳の時に発表した傑作短編です。

 物語は怠惰な日常を送っている郷田三郎が、自分の下宿屋の屋根裏を這い回り、隣人の秘密や本性を覗き見しては悦に入る姿を描いています。そして、ある日、とうとう重大な犯罪誘惑に駆られてしまうのです。

 それは屋根裏から下の部屋に寝ている者の口へ毒薬を落として殺害するという計画で、様々な試行錯誤の末、ついに成功するのですが、完全犯罪と思われたそれに立ちはだかるのが名探偵……。

 というシンプルな展開です。しかしこれは、そうした犯罪や着想の妙、あるいは主人公の猟奇性に感情移入させられる読者自信の恐さをダイレクトに描いたところが、全く乱歩の独壇場であり、文章から滲み出る不思議な芸術性が驚異的な傑作になっています。

 これをロマンポルノ化したのが――

江戸川乱歩猟奇館・屋根裏の散歩者(昭和51年6月)
監督:田中登
製作:結城良熙&伊地智啓
原作:江戸川乱歩
脚本:いどあきお
撮影:森勝
音楽:蓼科二郎
出演:宮下順子(清宮美那子)、石橋蓮司(郷田三郎)
■出演:渡辺とく子(前衛美術家)、中島葵(娼婦)
■出演:長弘(清宮)、織田俊彦(運転手・蛭田)
■出演:田島はるか(女中)、八代康二(救世軍・遠藤)
■出演:夢村四郎(道化師)、秋津令子(モデル) 他

 キャストをご覧になれば原作を改変しているのは言わずもがな、しかし物語には乱歩の他の作品も上手くミックスされていますし、なによりも大正時代を背景にしているところに好感が持てます。もちろん演出と時代考証も雰囲気満点♪

 さて舞台となるのは原作どおりの雰囲気という下宿屋で、物語はまず、そこに住んでいる郷田三郎=石橋蓮司が押入から屋根裏に上がる場面からスタートします。ここは薄暗くて、空気が淀んだ埃っぽい屋根裏の映像描写が素晴らしく、また梁を伝って這い回る石橋蓮司の猟奇の行動が最高の演技・演出で、思わず感情移入されるでしょう。光を影を完全にコントロールし、そういうムードを素晴らしい映像に焼き付けた森勝のカメラも秀逸です。

 そして屋根裏の小さな窓から表通りを眺めた石橋蓮司は、貴婦人の宮下順子が自分の下宿屋にやって来るのを見て、猛烈な好奇心に導かれていくのが発端です。

 彼女はその下宿屋に部屋を借りていて、今となってはレトロモダンな和洋折衷のインテリアに統一されている室内には、ご丁寧にも完全扮装の道化師が待っているのです。おぉ、乱歩っ!

 そして2人は退廃的な戯れに興じますが、ここは宮下順子のレトロな下着姿が素敵です。道化師にズロースを脱がされたり、しなやかな肉体を嘗め回されたりして悶える彼女の「やられ顔」と歓喜の声の控えめなところも、たまりません。

 もちろんこれを屋根裏から覗いているのが、郷田三郎=石橋蓮司というわけですが、節穴からの強烈な目の演技! さらに何かに憑かれたような陰鬱な表情も流石です。

 さて、この貴婦人の正体は上流階級・清宮家の美人妻♪ しかし大切な夫婦の営みではマグロ状態……。本来は気の進まなかった結婚なのかもしれませんが、実は道化師との戯れを石橋蓮司に覗かれていた事に気がついており、その刺激が忘れられないのです。

 一方、石橋蓮司は屋根裏での徘徊にますます熱が入り、隣人の秘められた本性を覗き見しては悦に入る毎日です。例えば救世軍で神様に仕え、社会奉仕が自分の役目として生活している八代康二は、下宿屋の女中=田島はるかにちょっかいを出し、前衛美術家の渡辺とく子は獣人の扮装をさせたモデル=秋津令子とレズに耽溺しているのです。

 そして今日も、貴婦人の宮下順子は下宿屋にやって来ます。そこではもちろん、屋根裏に潜んでいる郷田三郎の存在は既に気づかれていて、天井を見上げながらのオナニーは強烈! レトロなドレスを着たまま、大股広げての自然体はド迫力♪ せつない声の出し方も素晴らしく、これには流石の石橋蓮司もタジタジというか、思わず次の計略を練るのですが……。

 それは道化師に扮装することでした。ここは衣装と化粧道具を手に入れた石橋蓮司が女郎屋の一室でピエロのメイクをし、娼婦=中島葵と虚無的に戯れる演出が圧巻! たそがれた雰囲気と退廃的なムードが最高に上手く表現されていますし、石橋蓮司の屈折した芝居と中島葵の玄人っぽい仕草が、非常にリアルです。

 さらに劇中には清宮家の運転手・蛭田=織田俊彦が宮下順子に恋するあまり、人間椅子になるという最高の展開まで用意されています♪ しかも宮下順子が人間椅子で悶えてしまうという名演技から、夫の清宮=長弘との絡みに進んでいく演出も素晴らし過ぎます。つまり宮下順子は「前から、後ろから」状態なんですねぇ〜♪ 衣服を脱いでいないところも、逆にグッときます

 さて、そういう退廃した真夏の1日、宮下順子は今日も道化師と下宿屋の一室でお楽しみですが、もちろん石橋蓮司が屋根裏から覗いているのは百も承知! 興奮のあまりか、ついに道化師の首を脚で締め、殺してしまうのです。否、清々とした彼女の表情と仕草から見て、これは殺人淫楽! その喜びに目覚めた彼女が、夜の夫婦生活で常ならぬ痴態狂態を見せるところも最高です♪ あぁ、長弘が羨ましい! そして室内には蠢く人間椅子がっ!

 という展開から、物語後半は郷田三郎=石橋蓮司が宮下順子に呼び出され、淫乱な誘惑を受けますが、2人の屈折した芝居と演技にはジンワリと心が揺れます。そしてついに決意を固めた郷田三郎は、原作どおりに屋根裏からの毒殺を実行に移すのですが……。

 ここがまた、非常に密度が高く、原作の味わいが色濃く映像化されています。もちろん首尾良く成功するのですが、その過程の試行錯誤と心理状態が石橋蓮司の名演技と田中登監督のディープな演出によって、ギリギリまで煮詰められているのですから、心底ゾクゾクしてきます。

 こうして互いに殺人淫楽に耽る2人の男女は、ついにクライマックスで結ばれますが、その時こそが大正12年9月1日午前11時58分! 光と闇が交錯するエロスの屋根裏がっ!

 ということで、ネタバレがあるので詳しくは書けないものの、原作には無い貴婦人の宮下順子の恐さも出色で、運転手の蛭川=織田俊彦の手を踏み潰したり、人間椅子に怖ろしい仕打ちをしたり……! それがクールな表情で演じられ、屈折したエロスに繋がっていくのですから、たまりません。さらに怖ろしい企みまでも仕掛けているのです。

 もちろん主人公の郷田三郎を演じる石橋蓮司のニヒルで鬱屈した表情・演技は完璧でしょう。原作の味わいを決して損なっていないと思います。

 そしてその2人が前衛美術家の渡辺とく子から全身に血管のボディペインティングを施してもらうあたりのオドロの雰囲気は、田中登的乱歩解釈の真骨頂で、見事にクライマックスの演出に繋がっていきます。また渡辺とく子が生贄的に犠牲になるところも、エグイ演出です。

 全篇にしっかりとした時代考証と大正ロマネスクの味わいも深く、本来は庶民的な宮下順子を成金娘の貴婦人に設定したキャスティングの上手さ! 宮下順子も力むことなく、しなやかな肉体と柔らかな声の魅力を存分に活かした名演で魅了してくれます。

 それと地味ながら、女中や下女役が十八番の田島はるか♪ 彼女も名演だと思います。

 当時の田中登監督は、その情熱的で力強い作風がロマンポルノという枠を越え、既に高く評価されていた時期でした。この作品も道化師を登場させたり、救世軍の音楽をテーマに使ったり、実写の記録映像までも取り入れたカット毎の映像の密度、演出の完成度は非常に高いと思います。しかしそれがイマイチ、整い過ぎているようにも感じます。つまり乱歩ワールドの病的な部分が、やや欠如しているような……。

 そして個人的には、そこを補っているのが出演者各々の名演だと思っています。それ故でしょうか、この作品は昭和56年度キネマ旬報ベストテンの第10位に入って、吃驚! ちなみにリアルタイムの同時上映は「奴隷妻」だったことを付け加えておきます。

 当にロマンポルノが日本映画界をリードしていた時代です。そこで生まれた本作は、映像化された乱歩物の名品として、決して避けて通れません。


(2007.11.01 敬称略)