序:Got A Good Thing Goin' Russ Meyer

 ラス・メイヤーについて、何をどう書いていいのか分からないので、まずは私とラス・メイヤー監督作品との出会いから始めます。それは1974(昭和49)年のことでした――

 その年の夏、私はある事情からアメリカに行くことが出来ました。今と違って当時は海外旅行なんて夢のまた夢でしたし、国の方針で子供の頃からアメリカ一番という教育を受けていた私にとって、そこは憧れの地でありました。そして中でも特に衝撃を受けたのが、ドライブイン・シアターの存在でした。

 それは広大な駐車場の奥に映画のスクリーンが設置してあり、観客は車の中からそれを観るのです。音声がカーラジオから聞こえてきたのにも新鮮な驚きがありました。さらにそこで上映されている作品のほとんどが、日本では無名の俳優達によるセックス&バイオレンスがウリになった、所謂B級作品で、中には露骨なポルノ映画も少なくありませんでした。こんなん野外でやっていいんだろうか……、やっぱ、アメリカはすげぇなぁ……、と心底まいった記憶が、今でも生々しく残っております。

 もちろん基本的にエッチ物が好きな私ですから、すぐにその虜になったのは言うまでもありません。幸いにも一緒に行動していた現地の人が、かなり趣味の合う人だったので、夜は極力時間を作ってドライブイン・シアターへ行くことが出来ました。しかしそこで上映される作品は、台詞が私の貧弱な語学力では理解不能なスラングが多く、ストーリーも起承転結が不足しているようなものばかりでした。はっきり言うと、裸の女が登場すればOK、それがグラマーで色っぽく、えげつなければさらに良し! という作りなのです。したがって映像表現も単調、そのものズバリのストレートなものが多く、最初は喜んでいた私も、なんだかなぁ……、という雰囲気に落ち込んでいた時に観たのが「ブラック・スネイク:Blacksnake!」という作品でした。

 内容はある島の農園で、絶対的な権力を握る女主人が白人・黒人関係なく男を奴隷化して横暴を極め、さらにそこに敵討ちや暴動等々が絡んだSMバイオレンス物語といった趣向でした。すでに「花と蛇」によってSM物の虜になっていた私が、この作品を気に入ったのは自然の流れではありますが、それよりも強烈な印象だったのが、全篇を通してのスピード感溢れるカット割や斬新な編集、スマートなカメラワーク、そして粘っこく演出されたエロ場面から溢れ出るポップ感覚でした。

 それらは当時の私にとって、それまでに観ていたエロ映画、ポルノ作品からは感じ取ることが無かったものであり、特にポップな感覚には驚嘆させられました。そしてこの作品を撮ったのが、それまで私が全く知ることの無かったラス・メイヤーという監督だったのです。

 ところがこのラス・メイヤーという人は、監督作品のほとんど全部がポルノ作品であるにもかかわらず、当時のアメリカではけっこう有名だったらしく、このあたりにも日本とアメリカの文化の違いを痛感させられました。

 残念ながら私がその時期に観ることが出来たのはこの作品だけでしたが、帰国後にもラス・メイヤー熱に浮かされていたのは、言わずもがなです。で、いろいろと調べたラス・メイヤーのプロフィールは――

★ラス・メイヤー:Ryss Meyer(1922-2004)
 カリフォルニアで警察官の息子として生まれ、18歳の時にアメリカ陸軍通信部隊の従軍カメラマン養成募集で映画撮影技術を習得、第二次世界大戦中は欧州戦線でニュース映画製作に携わりました。この頃に撮影したフィルムは、後の戦争映画に流用されているとのことですが、戦後、ハリウッドで働く夢は叶わず、鉄道会社等でドキュメント作品を製作していきます。そしてこれが後年、ラス・メイヤー独自の映像美学に結びついていると思われますが、同時期にはプレイボーイ誌でヌード写真家としての活動も行っていました。

 今日一般的なイメージとしての、ラス・メイヤー=巨乳好きというのは、この時期に本人が覚醒したのかもしれませんが、自伝によれば高校生時代のクラスメートに巨乳娘がいて、自分も含めて男は皆、彼女が鉛筆を拾うだけで大喜びだったとか……。どうか皆様、その格好をご想像下さい、ふっふっふっ。

 ということで、この時期にグラビアで女の裸を撮っていたラス・メイヤーが、エロ映画の世界に進出していくのは、これまた自然の流れと言うべきものです。しかし、それはハリウッドのメジャーな世界ではなく、インディーズ、つまり自主制作の世界でした。ただし製作・脚本・演出・撮影・編集等々をほとんど独りでやらなければならないその環境が、逆にラス・メイヤーの自由な発想を飛躍させたとも言えるのです。極言すれば、自分の好き勝ってに好きなものを撮れば良いわけで、したがってラス・メイヤーの作品には個人の趣味全開の巨乳美女が大勢登場していくのでした。

 このあたりについてラス・メイヤー本人は「私はマス釣と巨乳が大好きだが、その関連性は、ただ私が好きである、ということ以外に無い」とまで言い切る潔さです。また出演させる女優については、巨乳であることが必要条件ではありますが、その時点では無名な人がほとんどで、それは「ギャラが安いほうが、限られた予算内で多くの女の子を出すことが出来るから」と、なかなか基本を大切にしています。

 しかし、ラス・メイヤーの作品は、ただ巨乳美女が裸を見せ、淫乱な行為をしている映像というだけではありません。すでに述べたように、かなりエグイ場面がポップな感覚と同居しているのです。そのほとんどがソフトコア・ポルノであるにもかかわらず、一度観たら何度でも観たくなって大ヒットするのは、そのあたりに秘密があるようです。

 こうして1950年代末から独自の信念に基づいたエロ映画を作り続けたラス・メイヤーは、ついにハリウッドのメジャーである20世紀フォックスへ招かれ、1970年に傑作「ワイルド・パーティー:Beyond The Valley Of The Doll」を発表するのですが、その後は再びインディーズの世界に立ち返り、素晴らしい作品を撮り続けていくのでした。以下はその主なフィルモグラフィーです――

1959:インモラル・ミスター・ティアーズ;The Immoral Mr.Teas
1960:イブ&ハンディマン;Eve & The Handyman
1961:エロティカ;Erotica
1962:ワイルド・ギャルズ・オブ・ザ・ネイキッド・ウェスト;Wild Gals Of The Naked West
1963:ヨーロッパ・イン・ロウ;Europe In The Raw
1963:ヘヴンリー・ボディ;Heavenly Body
1964:肉体の罠;Lorna
1965:欲情;Mudhoney
1965:モーター・サイコ;Motorpsycho
1966:ファスター・プッシーキャット、キル! キル!;Faster Pussycat,Kill! Kill!
1966:モンド・トップレス;Mondo Topless
1967:草むらの快楽;Good Morning & Goodbye
1967:カモン・ロー・キャビン;Common Law Cabin
1968:真夜中の野獣;Finders Keepers,Lovers Weepers
1968:女豹ビクセン;Vixen
1969:エキサイトSEX;Cherry,Harry & Raquel
1970:ワイルド・パーティー;Beyond The Valley Of The Doll
1971:恍惚の7分間;The Seven Minutes
1972:ブラック・スネイク;Blacksnake!
1975:淫獣アニマル;Supervixins
1976:Up! メガ・ヴィクセン;Up!
1979:ウルトラ・ヴィクセン;Beneath The Valley Of The Ultravixens
2001:パンドラ・ピークス;Russ Meyer's Pandora Peaks

 以上の作品はアメリカのポルノであるにもかかわらず、全てがソフトコア物です。もちろんアンダーヘアが見えるものはありますが、所謂本番やモロ見えではないのです。しかし、それでもこれらの諸作はヒットしています。そして同時に、そこに潜んでいた芸術的な斬新さが評価されていくのです。

 そのきっかけは、今やピュリッツアー賞までとって大物となった映画評論家のロジャー・エバートが、駆け出し時代に働いていた新聞社で書いた絶賛の記事だと言われております。そしてそれを読んで喜んだラス・メイヤーが彼とコラボレートして製作したのが、1970年のメジャー作品「ワイルド・パーティー」でした。これは20世紀フォックスでは初の成人指定映画で、本国では大ヒットしましたが、一般評論家からはメタメタに貶されており、それゆえ、以後はカルトな作品として今日の伝説になっていきます。ちなみに、そのカルトな部分については、いずれ作品そのものをご紹介するときに詳しく書く予定ですが、その多くがこれまで様々な作品で引用・パロディ化されています。

 と、ここまでは良かったラス・メイヤーでしたが、同じ20世紀フォックスで製作した次回作品の「恍惚の7分間:The Seven Minutes」が中途半端な出来だったために、彼は再びインディーズの世界に舞い戻っていくのは、すでに述べました。

 ところがその世界も、1970年代後半からはハードコア・ポルノの全盛期となり、家庭用ビデオの普及とドライブイン・シアターの激減が重なって、ラス・メイヤーの信念であるソフトコア物が必要とされなくなり、1980年からの20年間、ひとつの作品も撮っていません。しかしそれ故に、ラス・メイヤーの評価がジワジワと認識され、逆に人気がカルトではありますが、高まっていったのもこの時期でした。そしてついに2001年になって発表されたのが、自伝的要素を絡ませた「パンドラ・ピークス:Russ Meyer's Pandora Peaks」という作品です。

 さらに近年は諸作品のDVD化も進み、またそれらが特集として劇場で再上映される等、ラス・メイヤー信者には嬉しい悲鳴になったのが21世紀です。しかし、好事魔多し……! 悲しいことに2004年9月18日、ロスの自宅でガンのため亡くなっています。

 ということで、ラス・メイヤーこそ、黄金の1960〜1970年代の文化とエッチ物にとって最も必要とされる「秘すれば華」という、私が大好きな要素をしっかりと表現してくれた偉大な映画監督なのです。幸いにも今日、その残された作品の大部分がDVD化されておりますので、これからその宝の山をご紹介していこうと思います。

(参考文献:DVD「ヴィクセン・ボックス付属解説書」)

(2005.02.22 敬称略)