The BeachBoys / Smile の謎

 こうしてアルバム「スマイル」は幻となりましたが、そのために録音された音源は消えてしまったわけではありません。それらは今日までにビーチボーイズの公式盤及び海賊盤等々で、我々の前に少しずつ登場してきているのです。

 まず「3」で取上げたブライアンのメモに残された曲の内、「Good Vibrations」は非常に完成度の高いシングル盤として、すでに発表されていましたし、他の幾つかはある程度完成された形で残されていたようで、後に発売されていく彼等のアルバムで少しずつ収録されていきます。また1980年代になってからは海賊盤として、かなり多くの音源が流失しており、今回はそれらを元にして「スマイル」の実態に迫ってみようと思います。

 で、「スマイル」が頓挫したことにより、早急に次の新曲を用意せねばならなかったビーチボーイズは、その夥しい未完成の音源からとにかく使える物を抽出し、ブライアンの自宅にあるスタジオで手直しして、1967年7月にシングル盤「Heroes And Villains / You're Welcome」を発売します。その内容は――

Heroes And Villains / You're Welcome(Brother 1001)

side-A:Heroes And Villains(B.Wilson-V.D.Parks)
 邦題は「英雄と悪漢」、「スマイル」の中心になるはずだったと云われている曲で、完成に向けた膨大な録音録音時間から夥しい音源マテリアルが残されていることが、今日の研究で確認されています。もちろんその幾つかは公式盤&海賊盤で聴くことが出来ますが、このテイクはそのうちのひとつを土台にして、新規に録音されたものです。その内容は敵対するインディアンとスペイン人の争いの場で踊る混血の少女の物語を歌っています。当然、現実のベトナム戦争や人種差別問題を取り扱った内容ですが、歌詞の中に意味不明の言葉もあって、イマイチ理解出来ない部分もあります。これは「スマイル」に想定されていた全体テーマが不明なことにも要因がありそうです。ただし、全体の出来は力強くて幻想的雰囲気もあり、特にコーラス・ワークは絶品! かなりサイケ・ロックしている名曲だと思います。

side-B:You're Welcome(B.Wilson)
 前述のメモにはありませんでしたが、一応、その一連の録音セッション中で残されたとされています。内容はブライアンの消え入りそうなボーカルの多重録音で「ユーアーウェルカム」と繰り返して盛り上げていく、ただそれだけの曲です。味付けにチェレスタと大太鼓が使われています。

 このシングルはアメリカではチャートの12位、イギリスでは8位まで上がるヒットを記録しています。ちなみにこれはビーチボーイズ自身のレコード会社「ブラザー」から最初に発売されたものですが、配給はこれまでどおりキャピトルでした。しかしこれは原盤の権利を彼等自身が持つことに意味しているのだと思います。

 そして9月にはアルバム「スマイリー・スマイル:Smiley Smile」を発売します。もちろんタイトルどおり、「スマイル」を下敷きにしているのは明らかです。ちなみに★印は「3」で触れた、ブライアンがキャピトルに渡したメモにあった曲です。その内容は――

Smiley Smile(Brother 9001)

A-1:Heroes And Villains(B.Wilson-V.D.Parks)★
 これはシングル盤と同一のバージョンです。

A-2:Vegetables(B.Wilson-V.D.Parks)★
 「3」ですでに述べたブライアンとボールの会談の際に、ビーチボーイズが録音していたのがこの曲だったと云われております。それにはポールも一部分加わったという伝説もありますが、ここに収録されたものは、後にそのオリジナル・バージョンから抽出されたもので、実際にポールが入っているのか、否かは私には不明です。
 曲そのものは弾むようなベースをバックにした彼等のコーラスが楽しく、タイトルどおり野菜を齧ったり、コップが触れ合う音が印象的です。

A-3:Fall Breaks And Back To Winter(B.Wilson)
 コーラスでも演奏だけでも無い、モヤモヤしただけの曲で、明らかに何かの残り物という雰囲気が濃厚です。

A-4:She's Goin' Bald(B.Wilson-M.Love-V.D.Parks)
 パーカッションをバックにスタートする最初の部分は柔らかくて好きですが、途中からテープ・スピードを変えたり、いろんな曲の断片が無理矢理挿入されてきて、楽しめません。狙ったサイケ調が意味不明になったという感じです。

A-5:Little Pad(B.Wilson)
 一応、ハワイアン風なんですが、これも中途半端な出来の短い曲です。

B-1:Good Vibrations(B.Wilson-V.D.Parks)★
 これはすでに大ヒットした名曲で、そのシングル盤と同一テイクです。全体的にダルイ出来の本作中では、やはり傑出しています。

B-2:With Me Tonight(B.Wilson)
 冒頭からの素晴らしいビーチボーイズのアカペラ・コーラスに惹きこまれてしまう、静謐な曲です。メロディーも良く、控えめなオルガンとベース主体の伴奏も効果的です。

B-3:Wind Chimes(B.Wilson)★
 これは前曲のムードを引き継いでいながら、全く意味不明な曲です。妙な効果音とかテープ編集が何の意味も感じられない、出口が見えないという仕上がりです。

B-4:Gettin' Hungry(B.Wilson-M.Love)
 これも躍動的でありながら、投げやりな倦怠感が水をさしているような曲です。完全になんだかなぁ、ですが、驚いたことに、資料によればシングル盤も発売されたらしいです。

B-5:Wonderful(B.Wilson-V.D.Parks)★
 主テーマ部分がかなり良いメロディーの佳曲ですが、途中からテープ操作&編集で迷走してしまいます。もったいない……。

B-6:Whistle In(B.Wilson)
 まったくダメなこのアルバムの中では、個人的に気に入っている曲です。楽しいサイケ童謡みたいな雰囲気ですが、短いのが残念です。タイトルどおり口笛が印象的で、コーラスもフワフワしたところが妙に心地よいです。

 というこの作品は前作同様にモノラル仕様で、聴いていて全く楽しさも無いし、サイケというには中途半端で明らかに失敗作と言わざるをえません。だいたい収録曲のほとんどにドラムスが入っていないので、ロック的なビート、躍動感が無いのです。

 ところがそれはシラフで聴いた時の話で、実はずっと前ですが、メチャ酩酊してこのアルバムを聴いたところ、脳内分泌が活性化されたというか、擬似トリップ状態になったことがあります。彼等のコーラスや擬音、そして普段は控えめだと思われたオルガンやベースがそれらに渦を巻く様に粘っこく絡んで聴こえたのです。ゲッ、これは……!

 そうです、もう皆様ご推察のとおり、キメて聴くように作られたアルバムかもしれないのです。このあたりは法律的なことがあるのでボカシておきますが、普通に聴いて何ともつまらないアルバムが、ある薬物に異存した時には最高の音を感じさせてくれるという代物が、当時=サイケ全盛期の1960年代後半には間違いなく存在していました。もしかすると、このアルバムもその1枚かもしれないのです。もちろん、こういう判断は私だけの感覚では下せないので、気になった私はアメリカ人の友人に尋ねたところ、確かにそのような部分を含んでいるとの回答だったとだけ、今は述べておきます。確かにその状態になった時には音に異様に敏感になるので、ドラムスやギンギン・ギターは刺激が強すぎて危ないと云われておりますから、メリハリ無い曲が多数を占めるこの作品の作りも頷けるところではありますが……。

 とにかくこのアルバムは、それまでの経緯から残り物を何とかして纏め上げたことは間違いありませんが、狙いは当時の流行だったサイケということで、思い切ってその重要なポイントであったドラッグ文化に的を絞った可能性は否定出来ないと思います。資料によれば、その仕上げ時間は2週間という短期間だったとか、案の定、あらゆる方面から酷評を受け、売上げも完全に低迷して、ビーチボーイズは泥沼に落ちて行くのでした。

参考文献:「ビーチボーイズ・リアル・ストーリー / スティーブ・ゲインズ」
       「ブライアン・ウイルソン自叙伝」

(2004.09.27 敬称略・続く)