The BeachBoys / Smile の謎

 ビーチボーイズが「スマイル」の製作中止と「スマイリー・スマイル」の大コケで暗黒時代に突入した頃の1967年後半は、ロックの世界が大きく変わり始めた時期でした。まずビートルズが不滅の名盤「サージェント・ペパーズ〜」を発表してサイケ・ブームを決定的にすれば、アメリカではサンフランシスコを中心としたシスコ・サウンドが注目され、またブルースやジャズ、そしてクラシックまでも取り込んだ演奏をするバンドが世界中に登場していくのです。これらのバンドはいずれも長いアドリブを織り込んだ生演奏が得意で、そのステージの演出はアバンギャルドな照明や演劇的要素等が用いられていました。また、激化するベトナム戦争や人種差別に反対するメッセージ性の強い歌を発表するミュージシャンも脚光を浴びていきます。

 こういう動きはもちろん日本にも伝わり始め、ミュージック・ライフ等の音楽誌では毎月「サイコデリック・サウンドとは?」「花開くフラワー・ミュージック・ブーム」等々の特集が組まれていました。そしてツウのロック・ファンはクリーム、ジミ・ヘン、ジェファーソン・エアブレイン、ヴァニラ・ファッジ等々のアルバムを買っていたのです。

 もちろん一般の人気はビートルズ、ストーズ、モンキーズに混じってビーチボーイズも根強いものがありましたが、やはりそういう演奏が出来ない彼等は、翌年から人気も急降下しています。ただし、この時期にも「Darlin'」「Do It Again」等のシングル・ヒットやアルバム「ワイルド・ハニー」「フレンズ」「20/20」を出して、一応はコンスタントな活動は行っていました。しかし、時流に乗り切れない彼等の巡業は入りも悪く、レコード・セールスも低迷、またレコード会社との訴訟合戦やチャールズ・マンソン一味によるシャロン・テート殺害事件にデニス・ウイルソンが関係していた事からのスキャンダル、さらにブライアンの不安定な精神状態等々から、出口が見つからない状態でビーチボーイズは迷走を続けたのです。

 こうして時が流れました。1970年代に入り、猛威を振るっていたサイケ〜ニューロックに変わり、シンガー・ソング・ライターが注目を集め、爽やかなコーラスを伴ったウエスト・コースト・ロックが主流になりつつありました。そしてその流れの中で、ビーチボーイズにも再び光が当りはじめます。そのきっかけが冒頭にジャケ写を掲載した「サンフラワー:Sunflower」というアルバムでした。

 ここからは個人的体験談になりますが、1971(昭和46)年の春、私はレコード屋で偶然にもこのアルバムを聴き、久しぶりにビーチボーイズの名前を認識しました。それまでの思い込みで彼等は時代遅れのサーフィン、と決め付けていた私の耳に入ってきたのは、当時人気絶頂だったクロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングにも負けない爽やかコーラスと、抜群のポップ感覚に満ちた楽曲でした。これぞまさしく、時代の先端を行くロックだったのです。もちろん、その場でお買い上げ、それからしばらく、このアルバムは私の愛聴盤になったのです。ビーチボーイズはイイなぁ、心底、そう思っていました。

 ですから、次に出たアルバム「サーフズ・アップ:Surf's Up」も、それに期待して入手したのですが、何とこちらは暗い雰囲気というか、やはり当時流行していたプログレというジャンルに入れても不思議ではない出来になっていました。この2枚の落差……、それは左に掲載したジャケ写でも明らかですが、当時の私には完全に???でした。しかし、それはもちろん、ここに到るまでの彼等の軌跡、つまり「スマイル」騒動とか、その後の低迷の裏事情等々を、当時の私が知らなかった所為です。

 しかし、それでこのアルバムが嫌いになったのかといえば、逆に私は、その不思議な力強さが、かなり気に入っていました。ですから次のアルバム「カール&ザ・パッションズ:Carl & The Passions」も迷わずに入手出来たのです。というか、実はこれ、某デパートで開催された輸入盤バーゲンで買ったもので、2枚組なのに1700円位で売っていたので、得した気分で買ってしまったのが真相です。そしてここで、私はビーチボーイズの真の凄さに仰天させられたのです。

 この「カール&ザ・パッションズ」というアルバムは、それまでのビーチボーイズの諸作とは一線を隔するものという評価があります。まず「カール&ザ・パッションズ」とは、彼等がビーチボーイズと名乗る前のバンド名ですし、精神状態が危なくなっていたブライアンと演奏技術が不安定なデニスの代わりとなるように、ベース担当のブロンディ・チャプリンとドラムス担当のリッキー・ファターという2人の黒人を、新メンバーとして加入させているのです。そしてここで主導権を握っているのが、タイトルどうり、ウイルソン三兄弟の末弟=カールでした。後の資料によれば、ブライアンはほとんど何もしていない状態だったようです。また6人目のメンバーとしてステージでブライアンの代役を務め、レコーディングでも楽曲作り等で大活躍していたブルース・ジョンストンも、ここで脱退しています。

 したがって出来上がったこのアルバムは、前作にも増して従来のビーチボーイズ路線から大きく離れた内容になっていました。当然、昔からのファンはソッポを向いたわけですが、ここでオマケに付けられていたのが、今日では名盤中の名盤とされている「ペット・サウンズ」のオリジナル・モノラル・ミックス盤でした。つまり1枚は「カール&ザ・パッションズ」、もう1枚は「ペット・サウンズ」という徳用盤だったわけです。そして私は、ここで初めて、その名盤と邂逅したのです。それは1972(昭和47)年の夏のことでした。

 ここでもまた「ペット・サウンズ」について、クドクド書くことは致しません。しかし、ただ一言、書いておきたいのは、このアルバムはロック色が非常に薄いということです。全篇素晴らしい内容ですが、非常に良く出来過ぎているが故に、これはやはりポップスのアルバムだと思います。ロックの持つワイルドな雰囲気、分かっちゃいるけど止められない情念のような部分が、私には感じられないのです。

 一方「カール&ザ・パッションズ」は、ビーチボーイズ特有のコーラス・ワークの冴えも無く、楽曲も中途半端、全体の纏まりも稚拙ですが、なかなか力感溢れる演奏は、何処かしら捨てがたいものがあります。黒人メンバーがリズム隊ということで、後に流行するファンキー・ロックの萌芽さえ感じられるのです。あぁ、この2つが合わさっていたらなぁ……、とは当時の私の素直な感想でした。ところが、実際にそういうものが過去に存在していたという情報が、この頃入ってきたのです。それが幻のアルバム「スマイル」でした。

参考文献:「ビーチボーイズ・リアル・ストーリー / スティーブ・ゲインズ」
       「ブライアン・ウイルソン自叙伝」

(2004.09.30 敬称略・続く)