The BeachBoys / Smile の謎

 これまで文章からすると「ペット・サウンズ」を私はあまり評価していないと思われるかもしれませんが、いえいえ、1972(昭和47)年に高校生だった私は、そのあまりの出来の良さ、素晴らしに圧倒されました。何よりも素敵なメロディとコーラス、厚みのある演奏、完璧な曲の流れ等々、何度聴いても飽きることがありませんでした。そして、いったいこのアルバムは何だ?! という疑問が湧き上がってきたのです。

 で、いろいろと調べてみると、何とこれはその時から6年以上前に製作・発売されていたことに突き当り、心底驚愕させられました。うっ、ビーチボーイズって?! 正直、ビートルズとはまた違った位置でトップにあったバンドじゃなかろうか……、と遅蒔きながら認識させられたのです。そしてそれからの私はビーチボーイズの過去の作品を聴くようになり、同時に所謂オールディズ物を探索するようになりました。

 ところで、そういう情報を得るところといえば、当時はラジオの深夜放送でした。その頃はこれがかなりのブームになっていて、多くの人気DJがスター扱いされており、局所属のアナウンサーに混じって売出中のフォーク歌手、お笑い系のタレント、声優&アイドル等々が華々しく活躍していました。したがって番組の内容もお喋り中心の人、あるいは自分の歌を生で聴かせる人、ハガキ・リクエストで盛り上げる人等々、それぞれに特色を打ち出して人気を競っていたわけですが、その中にもちゃんと、洋楽中心でやっているDJがいたのです。それもかなり専門的&最新情報に拘っていたのですから、なかなかディープな世界でした。

 そこに私がハマリ込んだのは中学生の頃で、その時以来、洋楽情報を得るために特に良く聴いていたのが、日本放送「オールナイト・ニッポン」では糸居五郎亀淵昭信、TBS「バック・イン・ミュージック」では福田一郎、文化放送では八木誠の洋楽チャート番組あたりでした。いずれも最新のロックをガンガン流してくれましたが、その中に音楽業界の内幕とか、過去の名曲・名盤に関する薀蓄を話してくれるので、最高に勉強になりました。ラジオの洋楽チャートをメモしていたのは、言わずもがなです。ちなみに当時=1972(昭和42)年の私の愛聴盤は「バッファロー・スプリング・フィールド・アゲイン」「イマジン/ジョン・レノン」「展覧会の絵/エマーソン・レイク&パーマー」「ハーベスト/ニール・ヤング」「ライブ・クリームVolU」あたりを筆頭に、もちろんビートルズ&ストーズ、サンタナ、ブラスロック物、オールマン兄弟の「フィルモア・ライブ」、クラプトンの「レイラ」、レッド・ツェッペリンやジミ・ヘン等々のアルバムやリアルタイムのシングル・ヒット曲でした。

 しかし「ペット・サウンズ」に目覚めてからは、過去に残された未知の音楽・音源に対する興味の方が深まり、FENも聴くようにもなりました。ネライはもちろんオールディズ番組です。またジャズ喫茶へ行くようなったのも、結局は過去の音楽に興味があったからなのです。そして、もともと歴史が好きだったこともあり、この頃から私の過去への旅路が始まりました。リアルタイムになったのは日活ロマンポルノを中心としたエロ映画、そして月間SM誌だけになっていくのです。

 またラッキーだったのは、この頃から輸入盤を扱うレコード店が増えてきて、中には海賊盤や洋楽ミニコミ紙、ファンジンを置くところもありました。当然、その方面の仲間とも知り合い、情報交換&自慢話に花を咲かせ、中古レコード店回りも今は楽しい思い出です。

 さて、そうこうしている間にも、この時期のビーチボーイズは「オランダ:Holland」と「イン・コンサート:In Concert」という新作アルバムを出しています。彼等は1960年代後半にアメリカで落目になると、活路をイギリスや欧州に求めていたのですが、これはそうした活動の集大成というか、特に「オランダ」はそのタイトルどおり、メンバーが自分の家族やスタッフ共々にオランダに移住し、専用スタジオまで設けて録音されたものでした。また「イン・コンサート」は2枚組ライブ・アルバムで、1972年と1973年の欧州巡業から作られています。

 で、商業的にはまあまあ、しかし、このライブ盤はデビュー以来絶え間の無い巡業で叩き上げたライブバンドとしてのビーチボーイズのピークを記録しています。内容は彼等のヒット曲&当時の最新曲が演奏されており、特に黒人メンバーがリズム隊ということでのファンキー味に加えて彼等独特のコーラスが、後のドゥビー・ブラザースやイーグルスの元祖・元ネタ的雰囲気を漂わせる瞬間が記録されています。また「オランダ」は暗くて地味ではありますが、実は後に重大な意味を含んでいたことが推察されるキーポイントの作品です。

 というようなリアルタイムの動きがビーチボーイズにはあったわけですが、日本ではこの辺りの活動はほとんど無視状態でした。もちろんシングル・ヒット曲も無く、音楽マスコミで新譜が大きく取り上げられ事もありません。たまにラジオから流れる彼等の曲といえば、夏場にかかるサーフィン物がせいぜいでした。また発売されているレコードも往年のヒット曲を集めたペスト盤が中心になっていたのです。

 ところが1974年に入るとFENからビーチボーイズの曲が頻繁に流れるようになりました。それは彼等の全盛期とされていた1960年代のヒット曲ばかりでしたが、これは嬉しい反面、何故なんだろうという思いがありました。しかし、その謎はすぐに解けます。この年の夏、ビーチボーイズはキャピトル時代のヒット曲を集めた2枚組アルバム「エンドレス・サマー:Endless Summer」を発売するのですが、当時の彼等の新録音は自分達のレーベル=ブラザーで製作され、ワーナー・リプリーズから発売されていたにも関わらず、キャピトル側は大宣伝を敢行していたのです。そしてその結果、このアルバムはチャート1位の大ヒットになり、ここからビーチボーイズのリバイバル・ブームが巻き起こるのです。ちなみにここでの選曲は、ブライアン自らのものとされ、新たにステレオ・バージョンにリミックスされた曲もあるということで、するとこれはキャピトルとビーチボーイズの共同企画?!

 こうした憶測から、もしかすると近いうちに幻となった「スマイル」が発売されるかもしれないという期待が、マニア&ファンの間に広がり、同時にその幻の全貌と経緯がジワジワと浸透していくのでした。これまで書いてきた「スマイル」についての文章は、私がこの時期から知るようになった情報を基にしたものです。そしてそれは、まだまだ、意外な事実を含んでいるのでした。

参考文献:「ビーチボーイズ・リアル・ストーリー / スティーブ・ゲインズ」
       「ブライアン・ウイルソン自叙伝」

(2004.10.03 敬称略・続く)