The BeachBoys / Smile の謎

 1974年からのビーチボーイズ・リバイバル・ブームのおかげで、我国でも彼等の過去のアルバムがきちんと発売されていくようになりましたが、それでもやはり、彼等の一般的な人気はイマイチだったと思います。しかし、逆にロックファンというか、マニアの間では、ビーチボーイズに詳しくない者は恥ずかしいというような雰囲気が強くなっていきます。それはこの頃から彼等に関する情報がマニアックな書物やラジオで伝えられるようになってきたからで、特に「スマイル」に関しては完全にオタク化していくのでした。

 で、この頃に知りえた彼等の実態といえば――

ビーチボーイズはレコードでは実際に演奏していない

 これは充分予測のついていたことですが、かなりショックを受けたファンもいたようです。なにしろ彼等はビートルズと同様に自分達で演奏して歌うステージをやっていたわけですから。

 しかし、私にはショックでも何でもありませんでした。それは私がすでに映画の世界におけるスタントマンの存在等々を知っていたからです。今日のCGや特撮が無かった当時、危険な演技や役者には不可能な身のこなしをスターに代わって演じる彼等の存在無しには、映画が成り立ちませんでした。また、やや肉体的に衰えの感じられる女優さんの手のアップには「手」専門の代役が存在しているのです。際どい裸体の表現にも、それ専門の肉体派女優が起用されます。もちろん顔は映らないのです。そしてミュージカル映画での歌の吹替えは、当たり前の事でした。そういう事からして、音楽の現場でもスタジオ代を倹約するためにスタジオ・ミュージシャンが使われるのは当たり前と受け取ったのです。

 これはビーチボーイズに限らず、アメリカのバンドでは、かなりの常識だったようです。ただし彼等の場合、それが裏目に出たのは、ブライアンがライブ活動から離れてしまった時期以降です。つまりブライアンはスタジオで自分の納得の行くまで作業を続けられるわけですが、他のメンバーとは意思の疎通を欠いていくのです。

 ビーチボーイズは演奏技術はやや稚拙でしたが、コーラスワークは完成されているのですから、出来上がっていたカラオケに合わせて歌を入れるのは簡単ですが、ブライアン以外のメンバーが理解出来ない楽曲を歌わせられるのは納得し難いわけです。したがって、ブライアンの好調が持続しているうちは良いですが、精神的な破綻が際立ってくれば、これはもう地獄です。

ブライアン・ウイルソンの健康状態は最悪である

 これまで書き連ねてきたとおり、ブライアンは父親との確執、フィル・スペクターやビートルズとの競争、キャピトル側とのトラブル、メンバーとの隔たり、私生活の恋愛問題等々からのストレスでドラッグに溺れ、精神的に変調をきたしていました。巡業にも加わらなくなり、スタジオや自宅に引きこもり状態、そして「スマイル」製作中止以降は完全に表舞台から消えていきます。そしてついに1969年発表のアルバム「20/20」のジャケット写真には登場することも出来なくなりました。ちなみにブライアンの代役として準メンバーになったのが旧知のブルース・ジョンストンでしたが、その彼もマネージャー兼広報担当のジャック・ライリーとの確執から、1971年にアルバム「サーフズ・アップ」製作後、グループを離れています。そして新メンバーとして迎え入れられたのが、2人の黒人=ブロンディ・チャップリンとリッキー・ファターで、ここにブライアンも参加して作られたのが1973年発表の「オランダ」でしたが、彼はこのアルバム発売後に本格的に長期の療養に入るのです。

 ということで、音楽面の中心だったブライアンが不在ということから、この時期の彼等はブライアン以外のメンバーがそれぞれに活躍していますが、やはり苦戦は免れず、それゆえに過去の遺産ともいうべき「スマイル」関連音源が、事ある毎に引っ張り出されていくのです。

スマイルで録音された音源は、その後に転用されている。

 これについては、すでに少し書きましたが、この時期からの情報を基に、ここでもう少しその実態に触れてみようと思います。その情報とは、彼等の内幕暴露本やマニアックなファンジンに加えて、海賊盤の存在が重要です。特に1984年頃から「スマイル」関連の海賊盤が次々に市場に出回りました。また公式盤でも1983年に発売された「レアリティーズ:The Beach Boys Rarities」やCD時代になって再発された過去のアルバムに収録されたボーナス・トラック、そして1993年に発売された箱物「グッド・ヴァイブレーションズ・ボックス:Good Vibrations / Thirty Years Of The Beach Boys」等には、これまで発表された楽曲の別テイクや関連する未発表曲が含まれていました。こうして「スマイル」製作の舞台裏やそこで録音され、結局、お蔵入りした音源の存在が知れ渡るようになったのです。私が把握している曲は以下のとおりですが、その内の幾つかは、これまで少しずつ公式盤で聴かれていました。曲名の後につけた記号は収録された公式オリジナル盤を示しています。SS=スマイリー・スマイル、WH=ワイルド・ハニー、20/20=20/20、SF=サンフラワー、SU=サーフズ・アップ、GB=グッド・バイブレーションズ・ボックス、SSWH=スマイリー・スマイル&ワイルド・ハニーの2in1CD

Good Vibration(B.Wilson-M.Love)SS
 1966年10月に発売されたシングル盤A面が初出のこの曲は、当時流行のサイケ味が前面に出た最高にポップなロックです。当然、米・英でチャート1位の大ヒット、そして、この曲こそ「ペット・サウンズ」から「スマイル」に繋がる最重要ポイントかもしれません。公式盤では以下のバージョンが主なところです。
 ▲シングル盤&アルバム「スマイリー・スマイル」のバージョン
 ▲アルバム「レアリティーズ」に収録のバージョン
 ▲アルバム再発CDのボーナス・トラック
 ▲ボックスセット「グッド・ヴァイブレーションズ・ボックス」収録のバージョン

Heroes And Villains(B.Wilson-V.D.Parks)SS
 1967年7月に発売されたシングル盤A面曲で、アルバム「スマイル」の中心曲とされていたらしいです。公式盤で特に重要なバージョンは以下のとおりです。
 ▲シングル盤&アルバム「スマイリー・スマイル」のバージョン
 ▲アルバム再発CDのボーナス・トラック
 ▲ボックスセット「グッド・ヴァイブレーションズ・ボックス」収録のバージョン
 ▲テレビ特番「エンドレス・ハーモニー」のサントラCDのバージョン

You'er Welcome(B.Wilson)SSWH
 シングル盤「Heroes And Villains」のB面曲です。現在はCD「スマイリー・スマイル」のボーナス・トラックとして聴けます。

Vegetables(B.Wilson-V.D.Parks)SS
 「スマイリー・スマイル」の中でも出来の良かった曲ですが、「グッド・ヴァイブレーションズ・ボックス」に収録されたオリジナル未完成バージョンでは、後にアルバム「ワイルド・ハニー:Wild Honey」で発表される Mama Says のフレーズが含まれています。

She's Goin Bald(B.Wilson-M.Love-V.D.Parks)SS
 海賊盤によると、元のタイトルは He Gives Speeches で、「スマイリー・スマイル」に収録されたバージョンは歌詞が変わっているようです。

With Me Tonight(B.Wilson)SS
 ビーチボーイズのコーラスワークの素晴らしさが堪能出来る曲ですが、元々は「Heroes And Villains」の一部だったとされています。「スマイリー・スマイル」に収録されたバージョンは、その再録音でしょうか?

Wind Chimes(B.Wilson)SS
 「スマイリー・スマイル」収録のバージョンは暗くて訳の分からなさが強調されていましたが、「グッド・ヴァイブレーションズ・ボックス」に収録されたものは、おそらく「スマイル」のための完成形ではないかと思えるほど、素晴らしい出来でした。カール・ウイルソンのボーカルが絶妙の泣きを聴かせてくれます。

Wonderful(B.Wilson-V.D.Parks)SS
 これも「スマイリー・スマイル」よりは「グッド・ヴァイブレーションズ・ボックス」に収録されたものの方が出来が良く、おそらくこちらが「スマイル」に収録予定だったと思われます。

Mama Says(B.Wilson-M.Love)WH
 「スマイリー・スマイル」の次のアルバムとして1967年12月に発表された「ワイルド・ハニー:Wild Honey」のラストに収録されたアカペラ曲です。アルバム全体が当時流行していたR&B風の作りという、彼等としてはかなり無理のある設定の中にあって、この曲だけが唯一、往年のビーチボーイズらしが出ていましたが、それは前述したように Vegetables のオリジナル・バージョンの一部だったからです。しかし、これは再録バージョンらしく、アルバム・コンセプトにあわせてR&B風のネバリが少し感じられます。

Our Prayer(B.Wilson)20/20
 1969年発表のアルバム「20/20」に収録された荘厳なアカペラ曲です。歌詞はありませんが、彼等の素晴らしいコーラス・ワークには驚愕させられます。これは「スマイル」収録予定のバージョンに、後からダビングを加えたもので、そのオリジナル・バージョンは「グッド・バイブレーションズ・ボックス」に収録されています。

Cavinessence(B.Wilson-V.D.Parks)20/20
 これもまず「20/20」に収録されて陽の目をみた曲です。幾つかの曲を組み合わせた、所謂組曲風の展開にプログレ的な音作り、そして素晴らしいコーラス・ワークがたっぷりという重厚な出来ですが、歌詞が意味不明です。山の中の家とか、機関車がどうのこうのとか、トウモロコシ畑でカラスの鳴き声がしているとか、これではブライアン以外のメンバーが戸惑うのは無理ないところです。ただしバックの演奏がなかなか凝った作りになっているので、不思議な感覚に襲われます。このカラオケ部分は「グッド・ヴァイブレーションズ・ボックス」に編集前のものが収録されています。

Cool Cool Water(B.Wilson-M.Love)SF
 1970年に発表され、ビーチボーイズが息を吹き返すきっかけになった傑作アルバム「サンフラワー:Sunflower」のラストに収録されていた組曲です。全体は3部構成で、最初の部分は爽やかコーラス&愛らしいメロディが魅力的ですが、中盤は嵐のような擬音や不気味なメロディ、重苦しいコーラスが不安をかきたてるような展開となり、締め括りは執拗にループするコーラスや水の流れの擬音が重なってフェードアウトしていきます。アルバム全体が温か味のある作りだったので、明らかに違和感がありましたが、今日鑑みれば、これは次回作「サーフズ・アップ」の予告篇だったのかもしれません。
 肝心の「スマイル」との関連では、最初のパートが Toens 、中盤が I Love To Say Da Da を元にしていると言われておりますが、どうかなぁ……。また、これは「スマイル」の中心を成すはずだった The Elements の一部だという説もあります。

Surf's Up(B.Wilson-V.D.Parks)SU
 1971年に発表されたアルバム「サーフズ・アップ」のタイトル曲で、ビーチボーイズというよりも、ブライアン・ウイルソンとしての傑作曲です。ただし歌詞は難解で私には良く分かりません。雰囲気が何とも言えず気に入っているだけなんですが、とにかく美しいメロディの展開が抜群です。ポール・マッカートニーのようでもあり、中間部のオペラ的なところはクイーンがやっても全く違和感が無いと思われますが、これはやっぱりブライアンだけの世界だと思います。
 この曲は「スマイル」製作中の1966年にブライアンの弾語りとして歌われた映像が残っており、それは1967年にCBSテレビが「インサイド・ポップ」という番組で放映、後にドキュメント・ビデオ作品「ザ・ビーチボーイズ/アン・アメリカン・バンド」に収録されました。
 「サーフズ・アップ」に収録されたバージョンは「スマイル」セッションで録音されたものに新しくコーラスをダビングし、後半部分は Child Is Father Of The Man という未完成曲を手直しして継足したものと言われております。ちなみにオリジナル・バージョンは「グッド・ヴァイブレーションズ・ボックス」に収録されておりますが、その時点で全体に未完成であることがはっきり分かります。

Been Way Too LongCan't Wait Too Long(B.Wilson)SSWHGB
 この曲は本来「スマイル」のためのものでは無いらしいのですが、関連海賊盤には堂々と収録されているので取り上げておきます。で、そこでのタイトルは Been Way Too Long としてあるものがほとんどですが、公式盤ではまず「スマイリー・スマイル」と「ワイルド・ハニー」が2in1形式でCD化された際にボーナス・トラックとして蔵出しされ、この時にタイトルが Can't Wait Too Long とされました。また、別バージョンが「グッド・ヴァイブレーションズ・ボックス」に収録されています。いずれも Wind Chimes を発展させて作られたように感じるので、深いところで「スマイル」と繋がっているのでしょう。

Do You Like Worms(B.Wilson-V.D.Parks)GB
 3パートからなる組曲形式で、そこにはロック、インディアン調、ハワイアンが混ぜ込んであります。これは全て Heroes And Villains の最初予定されていた完成形の一部だったという説もありますが、実際は???です。公式には1993年に「グッド・ヴァイブレーションズ・ボックス」で陽の目をみましたが、実はすでに前述したビデオ作品「ザ・ビーチボーイズ/アン・アメリカン・バンド」の中で、プロモーション・フィルムのような雰囲気ながらも、一部が出ていました。

I Love To Say Da Da(B.Wilson)GB
 全く意味不明ながら、聴いていて不思議な気持ち良さかある曲です。最初はピアノと打楽器中心の演奏が続き、途中からワ〜ワ〜ワ〜というコーラスが延々と続く展開です。バックの演奏が Cool Cool Water に少し似ているので、関連があるとされますが、これは別物と思うのですが……。

 以上が公式盤で聴かれる「スマイル」関連音源です。そして以下は海賊盤で流出している曲ですが、タイトルが発売された海賊盤で異なっていたりするので、ここは私の所有しているものから記載しておきます。

Barnyard(B.Wilson)
Bicycle Rider(B.Wilson)
Child Is Father Of The Man(B.Wilson-V.D.Parks)
The Four Elements
George Fell Into Into His French Horn
Holidays(B.Wilson)
Mrs. O'leary's Cow (Fire)(B.Wilson)
The Old Master Painter 〜 You Are My Sunshine
Tones(B.Wilson)
Water(B.Wilson)
The Woodship Song(B.Wilson)

 と、この辺りは曲の断片や、本当か? というような音源です。それと「スマイル」は「アメリカ史」と「ジ・エレメンツ」という2つの組曲形式にAB面が分かれているとか、いろいろと憶測がありますが、リアルタイムでは真実は闇の中でした。また、その製作・録音過程においても様々な伝説が残されており、その辺りの真相に迫る資料として貴重なのが、前述したビデオ作品「ザ・ビーチボーイズ/アン・アメリカン・バンド:The Beach Boys An American Band」です。

 これは1985年に製作されたドキュメントで、デビューからデニス・ウイルソンの死までが扱われており、貴重な映像とともに、ベッドで寝たきりのブライアンや、メンバー&関係者がいろいろと回想や告白をしている興味深いものです。

 その中で「スマイル」関連のものは、まず Good Vibration についての部分で、テレビ出演映像は当然クチパクですが、なかなかサイケな作りになっています。またブライアンの弾語りによる Surf's Up は全篇を通じてのハイライトで何度観ても飽きません。ここにヴァン・ダイク・パークスの解説が入っているのも良い編集です。それに幻だった Do You Like Worms の短いプロモーション的なサイケ映像も強烈です。そして極みつきがメンバーやスタジオ・ミュージシャンに消防士の帽子を被せて演奏させたという伝説の Mrs. O'leary's Cow (Fire) が、実写映像で収録されているのです! う〜ん、これは本当だったのか……!

 この作品は現在日本盤でDVD化されているので、ぜひともご覧いただきたい逸品です。ちなみにパッケージは冒頭に掲載したものです。そして余禄として、水着姿や素敵なファッションで大勢登場する当時の女の子をじっくり鑑賞することも出来ます。

 ということで、関連資料や情報が膨大ですが、そうやって様々に妄想を膨らませてしまう魅力が、「スマイル」には確かに存在しているのでした。

参考文献:「ビーチボーイズ・リアル・ストーリー / スティーブ・ゲインズ」
       「ブライアン・ウイルソン自叙伝」
       「グッド・ヴァイブレーションズ・ボックス」付属解説書

(2004.10.14 敬称略・続く)