the rolling stones and mee
転石音盤史

 どんな人にも自分の人生に影響を与えられたものがあると思います。

 私の場合は団鬼六の著作「花と蛇」であり、日活映画の「生贄夫人」であり、また江戸川乱歩の全ての著作もそうですが、音楽に関してはビートルズ以上にローリング・ストーンズが、私の生き様に大きく関与して今日に至っています。

 今回、「転石音盤史」と大上段に構えてスタートさせたのは、ローリング・ストーズが残した楽曲についてのデーターと諸々の四方山話ですが、序文として、私は何ゆえにストーンズなのか! という告白を、ここに掲載致します。

 さて、信じられない話でしょうが、私の家にはテレビよりも先にステレオがありました。昭和30年代の話です。それは音楽好きの祖父と新し物好きの父の陰謀かと思われますが、それゆえに休日ともなれば、我が家には様々なレコードを抱えた音楽好きの人達が集っていました。

 私はそんな中で当時の流行歌とかジャズ、クラシックや民謡まで幅広く、自然に親しんでいたので、小学生の頃からラジオで洋楽ポップスを聴いては喜んでいました。

 ところが当時の日本ではポップスなんて流行ってはいませんでした。学校でもクラスの中で洋楽なんて熱心に聴いているのは私ぐらいで、他に女の子が歌謡曲のスタアに憧れている程度でした。つまり橋幸夫とか加山雄三あたりが洒落たポップスで、またスパイダースとかはまだまだメジャーではなく、何よりもエレキは不良というのが世間の常識でした。

 ですから中学生になって、初めて洋楽ポップスを聴いている同級生に邂逅した時は嬉しかったですねぇ♪ しかもそいつは、学年でも常にトップの成績でスポーツ万能、ピアノまで弾けるというバリバリの優等生でしたから、そういう友達が出来たということで母は大喜び、小遣いも僅かながら上げてもらえるという幸運にも恵まれました。

 その頃はラジオのヒットパレードのチャートを毎週書き残したり、ミュージック・ライフを教科書代わりに読んだりするのが最高の楽しみでしたし、何よりも同好の士という友人と、そういう事を語り合えるのが一番嬉しかったのです。

 しかし、やっぱりレコードは高くて、なかなか満足に買えません。そこで、その友人と計らって、毎月欲しいレコードを2人で決め、お互いに買ってから貸し借りするという方策をとることにしました。

 で、1学期の期末テストが終わるその日に、私はビートルズの「レディ・マドンナ」を買うことを約束していたのですが、実は前夜にラジオの深夜放送でストーンズの新曲として「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」を聴いたのが運の尽き! その烈しいギターリフ、狂乱の中から困惑させられるようなビートの嵐、そして何よりも凄いカッコ良さ!

 1回聴いただけで完全に虜になった私は、翌朝、雨の中を自転車でレコード屋へ疾走し、開店前の店の人を叩起こして、そのシングル盤を迷わずに買ったのです。もちろん登校前に鳴らしまくったのは言わずもがなです。

 そして学校へ行くやいなや、友人にその件を熱っぽく語ったのですが、なんとそいつは完全に呆れ果て、「ストーンズなんて二流バンドの曲をっ!?」と詰るのでした。もちろん私が約束を破ったことも含めてですが、とにかくボロクソに貶されたのです。

 その時の私は、完全に自分そのものを否定されたという屈辱で、首のあたりが熱くなりました。もちろん私も懸命に言い返したのですが、やはり約束を破っているという負い目から、ついに手を出して取っ組み合いに!

 しかし結果は分かっていました。相手は柔道部の新人戦で準優勝していたほどの奴でしたし、教師から止められた時、私は惨めにも組み伏せられていたのです。しかも、その喧嘩の原因が私の約束不履行にあり、先に手を出していたのも私であり、さらに相手は学校でも期待の優等生、逆に私は……、という状況であれば、悪いのは私と決め付けられても反論出来ません。

 唯一、何故、ビートルズが良くて、ストーンズが悪いんだ!? という不条理に憤るのが関の山でした。確かに当時の日本ではビートルズが何でも一番で、他はただのポップスバンドという扱いでした、ストーンズでさえもです!

 結果的に私はそれ以来、クラスでは常に反主流という立場になりました。母はその喧嘩のために学校に呼び出されて半狂乱でしたし、上げてもらった小遣いも元の木阿弥……。しかし私の頭の中には「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」のリフが強烈に鳴り続けていました。

 そしてその時から、私は「ストーンズ命」の世界に入ったのです。

 実は白状すると、それまでローリング・ストーンズなんて、あまり意識して聴いてはいませんでしたし、あくまでも「なんて」の世界のバンドでした。ところがこの事件をきっかけに、従兄のお姉さんが持っていた「ゴールデン・アルバム」という日本編集のベスト盤を借りて聴いてみると、これが自分の感性にズバッと決まったストライクゾーンでした♪

 で、それ以来、ストーンズのレコードを聴き漁るようになったわけですが、そこには、何でも一番のビートルズと優等生のそいつがダブって感じられることへの反撥があったことは隠せません。もちろんビートルズは大好きでしたが、少なくとも学校ではストーンズが最高だぁ! と言い続けていましたし、実際にビートルズとストーンズとは別物の魅力なのです。

 ということで、これは私の悲しい物語のひとつにすぎませんが、ストーンズに関しては語りつくせないほどの思い出あり、例の初来日中止騒動と徹夜で並んだチケット買い、海賊盤地獄、アメリカで初めてライブに接した時の驚き、レコード蒐集のあれこれ等々は、この「音盤史」の掲載を続ける中で追々に書いていきたいと思います。

 もちろん私はビートルズもジャズも、ロックもソウルも歌謡曲も好きですが、私の頭の中には、いまだに何かあると「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」のリフが鳴り出します。それが宿縁なのか、この世とおさらばするまでには結論を出したいのですが……。

 最後に、この「音盤史」はストーンズのイギリス盤、アメリカ盤、そして日本盤を中心に発売・発表順に彼等の音源を整理したものです。この世界にはストーンズの専門家が大勢いらっしゃるので、今更、私なぞがわざわざ稚拙な筆を労することもないわけですが、前述のような理由から、これは私が生きている証としての自己満足です。したがって解説の文章は、私自身の鑑賞体験に基づく独断と偏見によるものであることを、お断りしておきます。

 以上、よろしくお願い致します。

(2006.05.18 敬称略・続く)