the rolling stones song chornicled
転石音盤史
1969 part 23

■The Stones In The Park (1969年7月5日:ブライアン・ジョーンズ追悼公演 )
 ストーンズ史の中で決して忘れられてはならないのが、1969年7月5日に行われたロンドンはハイドパークでの無料コンサートです。
 これは本来、ブライアン・ジョーンズの後任として新メンバーとなったギタリストのミック・テイラーお披露目公演として企画されていたのですが、なんとその2日前にブライアン・ジョーンズが自宅プールで溺死という悲報から、急遽、名目が追悼公演に切替られたのです。
 この背景には、ライブ巡業の現場へ復帰を目指すストーンズ側のマネージメント事情もあり、薬物事件で有罪判決を受けたブライアン・ジョーンズは、アメリカ等の他国へ出国許可が下りない状態では、クビもやむなし! ミック・テイラーを入れた新生ストーンズは、既に6月中旬からリハーサルを開始していたのです。
 そしてその最初のステージを広大な野外会場で行う事については、当時ようやく実用化された巨大PAシステムの試用目的もあったと思われます。それまでのステージ音響は、エレキを使ったロックといえども、幾つものアンプを接続して大音量を確保するのがやっとで、観客の叫び声や嬌声に満ちた会場では、ほとんど無意味な状態が多々あったのです。もちろんバンド側も自分達の演奏が聞こえるモニターさえ、満足にはありませんでした。これはビートルズがライブの現場から撤退した理由のひとつでもあり、ストーンズにしても、人気が沸騰するにつれて会場では暴動が頻発していましたから、時代の流れできちんとした演奏をするためには必須の条件! つまりステージに登場してヒット曲だけを演奏し、女の子をキャーキャー騒がせるだけでなく、ライブパフォーマンスの質の高さが求められていたのですから、ブライアン・ジョーンズ抜きでは満足な演奏が出来ないストーンズが新ギタリストを入れた理由もそこです。
 また同時期のアメリカでは、サンフランシスコを本拠地としていたグレートフル・デッドやジェファーソン・エアプレインといった有名バンドが、時には儲けよりも音楽的な楽しみを優先させた無料コンサートを開催して大きな支持を集めていましたし、それが次なるレコードの売上げや巡業の成功に繋がるという好結果は、時代の趨勢に敏感なストーンズにとって無視できない現状でした。おそらくは既に進行していたであろう秋からの北米巡業計画、あるいは夏に開催予定のウッドストックフェスティバルの進捗状況も意識しての事でしょう。
 そして現実には、ストーンズのコンサートより約1ヵ月前の6月7日、驚異のスーパーグループと評判の高かったブラインド・フェイスが、同じハイドパークで15万人を集めたデビューの無料コンサートを開催していましたが、その製作を担当したプラックヒルズ・エンタープライゼズが、今回のストーンズのステージも手掛けることになったのです。
 こうしていよいよコンサート当日、会場には30万人以上の観衆が集まったと言われています。そして開演は午後1時、前座にはこれが公式デビューと後付したキング・クリムゾン、ストーンズの師匠ともいえるアレクシス・コナーの他にファミリー、サード・イヤー・バンド等々が登場したとされていますが、これには諸説があるようです。ちなみに客席には後にストーンズに加入するロン・ウッドが居たという因縁もつきました。
 肝心のストーンズが登場したのは午後5時25分、この記念すべき復活ライブはイギリスのグラナダTVによってフィルム収録され、またラジオ放送もあり、当然ながら客席では隠密録音も敢行されていますので、今日ではそうした様々な音源からストーンズの演奏した全曲を聴くことが出来ます。ちなみに前述したグラナダTVはこの日のソースに加えてメンバーの楽屋裏の様子、ミック・ジャガーへのインタビュー等々を加え、ライブの曲順を変更してドキュメント風の番組を制作し、それを1969年9月2日に「Stones In The Park」のタイトルで放送していますが、我国でも翌年になってNHKがそれを放送し、また後年、ビデオやLD、DVDとなって広く流布していくのです。もちろん様々な海賊盤が出回っているのは言わずもがなでしょう。ここではそれらのソースを多角的に参考にしながら、当日の演奏を振り返ってみますが、演目は以下のとおり――

01 Eulogy For Braian (●▲■)
02 I'm Yours And I'm Hers (●■)
03 Jumpin' Jack Flash (●▲■)
04 Mercy, Mercy (▲■▼)
05 Stray Cat Blues (▲■▼)
06 No Expectations (▲■▼)
07 I'm Free (●▲■)
08 Down Home Girl (■)
09 Love In Vain (●▲■)
10 Give Me A Drink ≒ Loving Cup (▲■)
11 Honky Tonk Woman (●▲■)
12 Midnight Rambler (●▲■)
13 Satisfaction (●■)
14 Street Fighting Man (●▲■)
15 Sympathy For The Davil (●▲■)

――ちなみに演目の後につけた記号は、●公式テレビ音源、▲FMラジオ音源、■客席からの隠密録音音源、▼は最新リマスターDVDのボーナストラックを表しています。

Eulogy For Braian
 これは曲ではなく、演奏に先立ってステージに登場したミック・ジャガーがブライアン・ジョーンズを追悼して選んだ、パーシー・シェリーの詩の朗読です。そしてステージには夥しい蝶々が放たれ、いよいよ新生ストーンズの演奏がスタートするのです。
 しかし、こういう書き方は嫌ですが、こんな芝居がかったクサイ演出をこなせるのはミック・ジャガーだけでしょうね……。実際、映像を観ると悲しんでいいんだか、逆にワクワクさせられたりしますから、これにはブライアン・ジョーンズも草葉の陰で面食らっていると……。

I'm Yours And I'm Hers≒I'm Yours She's Mine
作者:Johnny Winter
録音:1969年7月5日、ロンドンのハイドパーク
 シンミリと前述の詩の朗読を終えたミック・ジャガーが、「オーライ〜ト」と合図を出した瞬間、スタッフがダンボールの箱から夥しい蝶々を空中に放ち、バンドはヘヴィなブルースロックを演奏し始めます。これが映像でも確認出来るように、非常にインパクトが強い最高の瞬間ですねぇ〜♪ ミック・テイラーの唸るスライドギター、ジャンプするミック・ジャガー、地の底からドライヴするビル・ワイマンのベース!
 ちなみにこの曲はアメリカの白人ブルースロッカーで、当時「百万ドル」の契約金が大きなウリなっていたジョニー・ウィンターのデビューアルバムに収録されていたのが元ネタですが、ストーンズとしての公式演奏は、このハイドパークのライブバージョンしか発表されていません。
 あくまでも私見ですが、この選曲と演奏には、新生ストーンズがブライアン・ジョーンズに劣らないギタリストを入れたという決意表明があったと思われます。実際、ミック・テイラーは大ハッスルで熱いスライドをかき鳴らし、バンドはドロドロのブルースロックを披露しています。
 しかし残念ながら、テレビ放送からの映像バージョンは短縮編集……。曲名についても「I'm Yours She's Mine」とされていますが、正しくは「I'm Yours And I'm Hers」です。それでも映像のドキュメント部分ではステージへ登場する直前までこの曲のリフやアンサンブルを練習するミック・テイラーとキース・リチャーズの姿が印象的でした。その楽屋はトレーラーハウスですが、周囲に群がるファンに果物を窓からプレゼントするチャーリー・ワッツは、流石の余裕♪

Jumpin' Jack Flash
作者:Mick Jagger & Keith Richards
録音:1969年7月5日、ロンドンのハイドパーク
 当時も今も、ストーンズと言えば外せない大ヒット曲♪ しかも公式には初めてのライブバージョンとあって、メンバーも気合が入っていたはずですが、結果はアンサンブルが乱れてボロボロ……。なにしろキース・リチャーズはイントロで危うく「Street Fighting Man」をやりそうになって一端中止! その後にあの狂熱のリフを弾き直すというトホホを演じています。
 ただし大音量PAシステムの恩恵か、前年12月の「ロックンロールサーカス」バージョンより遙かにヘヴィになった演奏のフィーリングは、後のライブ最強時代へ繋がるものでしょう。このあたりはブライアン・ジョーンズ時代の演奏と常に較べられることになる宿命かもしれません。個人的には前述したロックンロールサーカスでの演奏に軍配を上げます。

Mercy, Mercy
作者:Don Covay & Ronnie Miller
録音:1969年7月5日、ロンドンのハイドパーク
 これもブライアン・ジョーンズ時代からの演目で、1965年5月に録音された公式スタジオバージョンは英米ともにLP「アウト・オブ・アワ・ヘッズ」に収録されているR&Bのカバー曲♪ また海賊盤でも当時のラジオ放送音源やライブバージョンが幾つも聴けますから、ストーンズにとっては十八番のはずなんですが、これまたチューニングも怪しいコケ気味の演奏です。
 ブライアン・ジョーンズのパートを懸命にこなすミック・テイラーは、当然ながら前任者ほどの突進力も無く、苦しそうに歌うミック・ジャガーには悲壮感が……。
 しかしキース・リチャーズが弾くニューロックな音色のギターは、それなりに気持ち良く、乱れるアンサンブルゆえにブレイクがカッコ良いという、些か苦しい言い訳的な仕上がりになっています。そして個人的には、スタジオバージョンで効果的だったブライアン・ジョーンズのファルセットコーラスが聞けず、悲しい気分になるのでした。

Stray Cat Blues
作者:Mick Jagger & Keith Richards
録音:1969年7月5日、ロンドンのハイドパーク
 名盤「ベガーズ・バンケット」に収録されていたストーンズ流儀のブルースロックで、当時としてはピカピカの新曲が、既にそのスタジオ録音バージョンを凌駕する勢いで演奏されています。もちろんそれはラフなアンサンブルが良い方向に作用した結果でしょうし、ミック・テイラーの流麗なギターソロも、後年のライブバージョンに比べれば些か物足りませんが、明らかにライブ最強時代の萌芽が感じられます。

No Expectations
作者:Mick Jagger & Keith Richards
録音:1969年7月5日、ロンドンのハイドパーク
 ブライアン・ジョーンズ最後の名演として歴史に残る名曲ですが、これは無謀な挑戦であり、結果は悲惨な出来……。「ベガーズ・バンケット」のセッションから世に出たスタジオ録音バージョン、あるいはリアルタイムでは未公開だった「ロックンロールサーカス」のバージョンで聞かれた完成度が無残にもぶちこわされています。
 なにしろここでの演奏は原曲の魅力だった、こみあげるような哀切感を否定するような、無骨な8ビートのブルースロックっぽいアレンジに変えられ、ミック・テイラーのスライドギターはブライアン・ジョーンズの繊細で諦観が滲む味わいの足元にも及ばない若気の至り……。
 演奏しているメンバー達も、途中から明らかに失敗を自覚しているような雰囲気に陥り、観客にも全く受けていない様子が最近発掘された映像からも伝わってきます。せっかく前曲で盛り上がりかけた良いムードが、一瞬にしてシラケるのですから、ライブの現場の恐さが実感されますね。あらためてブライアン・ジョーンズを失ってしまった事の大きさ、この取り戻すことの出来ない現実を痛快させられたに違いないストーンズは、以降、1994年の巡業まで、この曲は滅多に演奏しなくなるのでした。

I'm Free
作者:Mick Jagger & Keith Richards
録音:1969年7月5日、ロンドンのハイドパーク
 これも懐かしいというか、1965年のヒットシングル「ひとりぼっちの世界」のアメリカ盤B面が初出だったフォークロック曲のライブバージョンというわけです。結果としてはまあまあの出来だと思いますが、歌詞の内容が「俺は自由だ、何でも出来る、だから俺を抱いてくれ〜」という、まさに当時の若者の感性に訴えかけるものでしたから、演目に入ったのでしょうか? この後、1969年秋の北米巡業でも演奏されているのですが……。

Down Home Girl
作者:Jerry Lieber & Mike Stoller
録音:1969年7月5日、ロンドンのハイドパーク
 カバー曲ながら、これまたブライアン・ジョーンズ時代の名演を再現しようと狙ったはずが、結果は悲惨な……。イギリス盤LP「No.2」に初出収録されたスタジオ録音バージョンで聞かれた化学変化的なR&Bグルーヴは失われ、それでもニューロックっぽい味わいは出ているのですが、まあ、2本のギターの絡みがブルースロックの本質として楽しめるかもしれません。
 ちなみにこの演奏は、公式テレビ&ラジオ放送、復刻DVDからもオミットされ、客席からの隠密録音だけで聴くことが出来るという事情を、ご理解願います。

Love In Vain / むなしき愛
作者:Robert Johnson
録音:1969年7月5日、ロンドンのハイドパーク
 早世した天才ブルースマンのロバート・ジョンソンが1937年に作ったと言われる名曲ですが、実は世界中に知られるようになったのは、ストーンズがカバーしたからでしょう。それはこの年の12月に発売されるアルパム「レット・イット・ブリード」に収められているのですが、録音は既に1969年春頃に完了しており、そこにはブライアン・ジョーンズもミック・テイラーも参加していません。
 しかしロバート・ジョンソンのオリジナルバージョンをゴスペル&カントリーロック風味で大胆に改作したストーンズの演奏は、ここにミック・テイラーという正統派ブルースギターの名人が入ったことで、明らかにスタジオ録音バージョンよりも輝きを増しています。
 実際、ここでのライブバージョンはミック・テイラーが本領発揮のスライドギターによって、観客が陶然とさせられる様子が映像にも見事に記録されていますし、ここを境にして前半はヘタレ気味だったバンドが、クライマックスに向かって力強く前進していくのです。
 そして以降、ストーンズのライブでは定番の演目になっているは、ご存知のとおりです。

Give Me A Drink ≒ Loving Cup
作者:Mick Jagger & Keith Richards
録音:1969年7月5日、ロンドンのハイドパーク
 演奏前に「新しい曲を演奏するよ」と、ミック・ジャガーが紹介した曲名は「Gimme Little Drink」と聞こえますが、実は1972年に発売される傑作アルバム「メインストリートのならず者」に収録の「Loving Cup」と極めて近い元ネタです。
 資料によればストーンズは、このコンサート直前のレコーディングセッションで完成を目指していたそうですから、後の公式バージョンと較べても、ここでの演奏は荒削りながら非常に魅力的です。それはストレートなゴスペルロックの味わいが深く、ギター中心のアレンジが結果オーライ♪ ミック・ジャガーの歌いっぷりも潔く、個人的には1972年の完成バージョンよりも好きなほどです。ミック・テイラーに煽られ気味のキース・リチャーズも健闘しています。

Honky Tonk Woman
作者:Mick Jagger & Keith Richards
録音:1969年7月5日、ロンドンのハイドパーク
 このコンサートの前日にイギリスで発売されたピカピカの新曲ですから、会場の一体感が強まる瞬間のはずでしたが、肝心のストーンズが……。なんというか、失礼ながらリズムのニュアンスがキモだった曲の魅力が再現されていません。それはミック・テイラーが勘違いしたリズムギターを弾いていることに象徴されています。
 あぁ、こういうイモな演奏に接していると、これがブライアン・ジョーンズだったらなぁ……、という思いを打ち消すことが出来なくなるのでした。
 ただしキース・リチャーズが、ここでも奮闘しています。

Midnight Rambler
作者:Mick Jagger & Keith Richards
録音:1969年7月5日、ロンドンのハイドパーク
 これまた、この時点では未発表だった曲ですが、ご存知のように年末に発売されるアルバム「レット・イット・ブリード」に収録のストーンズ流ブルースロック! しかも以降、現在まで続くストーンズのステージでは欠く事の出来ないクライマックス的な演目の、実質的なライブ初演というわけです。
 そして実に素晴らしい出来なんですねぇ〜、これがっ!
 ミック・ジャガーのブルースハープ、グイノリで暴れるリズム的興奮、中盤からの芝居がかった演奏パートではエグイ展開に熱気あり、呻きながら泣きじゃくるミック・テイラーのスライドギター! さらに大団円に向かって突進するバンドの勢いは最高です。
 もちろん後年のライブバージョンに比べれば、またまだ未完成な部分は多々ありますが、この荒削りな勢いは、捨てがたい魅力に満ちています。
 公式テレビ放送では最初の部分に中盤の演奏が編集されていますが、ミック・ジャガーのステージパフォーマンスは既に出来上がっており、観客を完全にコントロールしている様がご覧になれます。ストーンズ、最高っ!

Satisfaction
作者:Mick Jagger & Keith Richards
録音:1969年7月5日、ロンドンのハイドパーク
 説明不要の大ヒット曲ですから、あの扇情的なイントロが出ただけで会場は爆発的な盛り上がり! ストーンズも前曲からの熱気をそのままに、ブライアン・ジョーンズ時代よりもファンキーな味わいを強く打ち出した演奏を聞かせてくれます。途中のブレイクのところなんか、もう最高です♪ バラバラになりそうなところで踏み止まるのが、ストーンズの真髄!
 ただしメンバー達にとっては特別な思い入れが無いんでしょうか、テレビ放送用のフィルムでは部分的にしか楽しむことが出来ません。実に勿体無いと思います。

Street Fighting Man
作者:Mick Jagger & Keith Richards
録音:1969年7月5日、ロンドンのハイドパーク
 これも今に続くストーンズのステージでは、絶対的な演目の実質的な初演ライブバージョンですが、既にしてバンドの勢いはどうにも止まらない感じです。しかし、これもまた、テレビ映像では音声だけが短縮されて使われているだけです。
 ただしこのパートではステージ警備について、あの有名なバイク集団のヘルズ・エンジェルズに指示を与えるセキュリティチーフのトム・キーロックの姿とか、ステージ裏のスタッフの様子も映し出されていて興味深いところです。
 というのも、今では歴史となった1969年12月6日の「オルタモントの悲劇」で問題化したのが、やはりヘルズ・エンジェルズの存在でした。ちなみにこのバイク集団は決して暴力優先主義者達ではなく、自由を求めるアウトローというのが本当の姿だと私は解釈しています。もちろん当時のロックの世界ではミュージシャンと共感しあえる集団でありましたから、1960年代中頃から多くの有名バンドがコンサートの警備を頼んでいたようです。
 そしてハイドパークでそれを引き受けたのがヘルズ・エンジェルズのロンドン支部でした。

Sympathy For The Davil / 悪魔を憐れむ歌
作者:Mick Jagger & Keith Richards
録音:1969年7月5日、ロンドンのハイドパーク
共演:Rocky Dijon を含むアフリカ系打楽器セクション
 これぞ、このコンサートのハイライト! と言う以上に、ストーンズのライブ史上でも最高に熱いパフォーマンスが繰り広げられています。なにしろミック・ジャガーが「次はサンバだ、ドラムに合わせて踊ろう」と観客を煽りますから、これには会場全体が大喜び♪
 そして始る演奏には、アフリカ系の打楽器奏者数人が加わった強烈なアフロロック大会! 視覚的にも完全に未開の土人という者まで登場して太鼓を敲き、槍を振りかざして踊りますから、会場は熱狂のルツボです。セキュリティのヘルズ・エンジェルズまでもが仕事を忘れて踊り狂ったりしていますし、中には火のついた松明まで持ち出す観客もいるほどっ!
 もちろんストーンズ演奏はチャーリー・ワッツのポリリズム優先主義のドラミングが冴えまくり、キース・リチャーズが無理を承知のニューロックギター! ミック・テイラーが意外にもジャズっぽいフォローをしているのには、ちょっとびっくりします。
 さらにミック・ジャガーが観客を自在にコントロールしていくパフゃーマンスの素晴らしさ! ステージに上がってくるファン、それを制止するスタッフの手際も良く、バンドは緩急自在な演奏を繰り広げます。特に2本のギターの絡みは官能的であり、また終盤に聞かれるチャーリー・ワッツのシンバルワークは本領発揮のモダンジャズですねぇ〜♪ それをガッチリとロック&ソウルに引留めているビル・ワイマンのベースも流石だと思います。
 しかしこれほど素晴らしい演奏でも、もしもここにブライアン・ジョーンズが居たら、どうしていたか……? おそらくフリーキーなサックスのアドリブを演じていたのではないでしょうか……。あるいはジャズファンクな……。そんなことを思うのが私なのでした。


参考文献:「ローリング・ストーズ・クロニクル / マッシモ・ボナンノ著」
参考文献:「ノット・フェイド・アウェイ / ジェフリー・ジュリアーノ著」
参考文献:「Das Weissbuch / Dieter Hoffmann著」
参考文献:「Collector's File / Wilfried Stember著」
参考文献:「DVDハイドパークコンサートの付属解説書」


(2008.05.23 敬称略・続く)