闇の中の妖精

本番女優の巻


 不景気な世相の所為かどうか、最近お上によるエロ物に対する取締りが厳しいように感じます。こういう事はこれまでにも度々行われてきたことですが、大袈裟に言えばそこは種の保存にも関る問題だけに、下々の者はその度に様々な抵抗を示しており、それがその道の発展に大きく貢献し、個人的にはそういうエネルギーの蠢きとでもいうようなものが大好きです。

 例えば、成人映画、エロ映画がAVにシフトしてしまい、所謂「ハメ撮り」、「真性本番」とかいうウリが当たり前になってしまった現在では不思議と思われる方もいらっしゃるでしょうが、かつての劇場映画の世界には「本番映画」というものがあり、それが異常にもてはやされた時期がありました。

 「本番」というのは所謂ハードコアのことで、もちろんそれは日本でも通称ブルーフィルムと呼ばれる地下映画の世界では在りましたが、なにしろ性交場面の実演は刑法百175に触れますから、世間一般の映画館で上映される作品では男女間の性交場面は「擬似」ということになっておりました。しかし、それをあえて乗り越えSEXを実際に行ってそれを撮影し、本篇に使ってしまうというのが「本番映画」で、だだし日本のことですから、欧米作品のように結合場面や性器のモロアップ等は無く、そこにはボカシが存在していたにもかかわらず、それを「そうだ」と宣伝されれば観客は何かを期待して見にいってしまうという現実がありました。

 日本における「本番映画」の第1号は昭和51(1976)年に公開された
大島渚監督の「愛のコリーダ」とされております。そして、そうだとすれば本番映画女優第1号はその主演女優である松田英子になります。


■松田英子(まつだえいこ=現・暎子)■

 彼女の名前が一躍有名になったのは、やはり前記した「愛のコリーダ」ですが、その前の芸暦としては寺山修司の劇団天井桟敷で活動、映画出演は日活の「野良猫ロック・マシンアニマル(昭和45年・長谷部安春監督)」があり、彼女の役はほんのちょい役ですが、ここですでに「愛のコリーダ」で「本番」をやってしまう藤竜也と顔を合わせているのには、巡り合わせの妙を感じてしまいます。で、この後モデル等をしながらの下積みを経て、昭和50年秋に大島渚監督との出会いとなるのです。


愛のコリーダ(昭和51年10月・日仏合作〜大島プロ〜東宝東和)
監督:大島渚
出演:松田英子、中島葵、藤竜也、殿山泰司 他

 日本初の「本番」物として有名なこの作品は戦前の猟奇事件として皆様ご存知の「阿部定事件」を扱ったものです。

 昭和11年5月に起こったこの男根切除殺人事件はこれまでも度々、いろいろなところで取り上げられており、映画でも日活ロマンポルノとして「
実録阿部定(昭和50年・田中登監督)」という大傑作が作られております。

 その所為かどうか、大島監督は最初からハードコアでいくという製作方針を貫いており、刑法や映倫審査から逃れるために日本で撮影したフィルムをフランスで現像するという策をとっておりました。そして完成した作品はまず昭和51年5月にカンヌ映画祭に出品され絶賛を浴びますが、ベルリンやニューヨークでは「猥褻かつ暴力的」ということで上映禁止、また公開中のフィルムを警察に押収させた国もあったようです。

 日本では同年10月に一般公開されましたが、当然その前に映倫と税関から厳しい規制が入り、映像で約30分のカットや修正、音声・台詞も修正多数という要求が突きつけられ、物語の展開上でどうにもならない部分の例えば男女交合のシーンは真中をカットして上下を繋ぎ合わせるという荒業、分割スクリーン方式で逃れるという有様でした。もちろん性器・ヘアの映像はありません。

 しかし、それでも日本では大ヒット、世界的にも無修正版が公開された国はもちろんのこと、それ以外の国でもヒットして高い評価を受ける結果になりました。これにはハードコアであるという事、あるいは猟奇事件を扱っているという事が要因としてあるかもしれませんが、それよりも大島監督の情念の演出、それに応えた定役の
松田英子の妖艶な演技、そして脇役陣の充実と製作者側の熱意によるものだと思います。

 で、肝心の本番部分ですが、私は後年、無修正・ノーカット版を見る機会があり、そこでは確かにちゃんとやっておりましたし、性器のアップ、また松田英子のその部分に卵を押し込む場面や男根切除のシーンもちゃんと在りました。しかし、それだからといって興奮度が高いかといえば、それは一時的なものという感想になります。もちろん物語の展開や映画的構成美を楽しむという観点からいえば、やはりノーカットのほうが望ましいというのは言わずもがなです。そしてメジャーな会社が作った、ちょっと自分には手を届かないような美女や良い女の見たいところまで見ることが出来、しかもその女が実際にSEXをやって悶えているというのを見ることが出来るのですから、これで興奮しない男、あるいは女はおかしいと言わざるを得ないのですが、ただあんまり裏の部分を出してしまうのも面白くないような気が致します。

 つまり、素敵な女優さんがよがっていて、これを見て素直に興奮する人もいれば、あれは演技だと思う人もいるわけで、それは例え本当にSEXをしていたとしても同様だと思うわけです。そしてまた、彼女の演技は凄いと感動したり、本気で感じているのに演技っぽくなる、あるいは演技だとしても本気を超えた迫力があるという場合もありますから、私にはここらへんがエロ映画から足を洗えない部分になっているのでした。結論として実際にやっていようが、いまいが、要はそれを見せてくれる女優さんがいかに自分にとって魅力的であるかということで、それにはその女優さんの資質の他に監督の演出等が欠かせないもので、その意味でこの作品はとても優れており、松田英子の輝きは特筆すべきものがあります。すると私にとっての「本番」ということは単なる人寄せ、宣伝材料に他ならないということになるのですが……。

 尚、この作品には当初
ひし美ゆり子の起用も検討されていたという情報があります。しかしこれには本人も迷いがあり、周囲の反対にあって実現しなかったということでした。

 また、この作品に関連した書籍、「愛のコリーダ/大島渚・著(三一書房)」がこの映画のスチールを掲載しているというので警視庁に摘発され、猥褻図画販売容疑で大島監督と三一書房の社長及び取締役の計3名が書類送検されましたが、昭和54年に無罪判決が下されました。


大奥浮世風呂(昭和52年2月・東映)
監督:関本郁夫
出演:松田英子、渡辺とく子、中島葵 他

 前作の大ヒットで一躍脚光を浴びた松田英子の2本目の主演作品です。

 物語は所謂「大奥物」で、彼女が市井から大奥に上がり、インポの将軍のために浮世風呂、現代のソープランドを作りそこでテクニックを駆使して将軍を篭絡するという展開でした。

 「
愛のコリーダ」でもそうでしたが、ここでの彼女も非常に雰囲気のある存在感を示しており、作品全体にある種の熱気が感じられました。

 そして当時「世界の松田英子」になっていた彼女への注目度は高く、この作品はすでにハードコア解禁(昭和51年)になっていたフランスの配給会社に買い取られました。ただしこの本篇がハードコアでは無いために、
彼女の「本番」シーンを撮り加えて再編集したものになっていたようです。ちなみにタイトルは「将軍とその官能の帝国」となったらしく、こちらを私は見ておりませんが、あぁ、関本監督の胸中やいかに?


母観音大菩薩(昭和52年・若松プロ〜ATG)
監督:若松孝二
出演:松田英子、殿山泰司、蟹江敬三、浅野温子 他

 「
愛のコリーダ」では日本側プロデューサーを務めた若松監督が、松田英子を起用してというので話題になった作品です。

 物語は人魚の肉を食べたがために死ぬことが出来ない苦しみを背負っている八百比丘尼だと自分で思いこんでいる女・松田英子を通り過ぎていく様々な男、そして女達の業を描いたものです。

 「本番」では無い事になっておりますが、若松監督の演出も冴え、世評は高いと云われているこの作品も、実は私にとっては???で、松田英子に拘ったのであろう全体の製作方針の中で、皮肉にもこの
当時15〜6歳だった浅野温子のオールヌードが鮮烈! 今なら問題化してしまうでしょう、間違い無く! 猥褻の基準なんて時間の流れの中でどうにでも変化するものという事実を、今、あらためて実感しております。


ドーベルマン刑事(昭和52年・東映)
監督:深作欣二
原作:武論尊、平松伸二
出演:千葉真一、松田英子、ジャネット八田 他

 当時の人気劇画を映画化したものですが、少年誌に掲載されていたその原作自体が暴力的だとして問題化したこともありました。

 というわけでもないでしょうが、この映画自体は原作からかなり離れた内容で、沖縄から新宿にやって来た型破り刑事・千葉真一の活躍を描いたものになっていました。松田英子はストリッパー役で、劇中にステージで千葉真一を相手に所謂「俎板ショウ」をやってしまうという見せ場がありましたが、コメディリリーフの域を出るものではありませんでした。

 彼女自身はここでも独特の持ち味を発揮しておりましたが、「本番」女優として売り出した彼女の存在感を逆手にとったような役柄と演出は、穿った見方かもしれませんが、例え笑いを取るためとはいえ個人的には???でした。ここでの彼女の演技がとても良いだけに、なおさらそう思えてしまいます。


ピンクサロン・好色五人女(昭和53年11月・日活)
監督:田中登
原作:井原西鶴
出演:宮井えりな、山口美也子、青山恭子、松田暎子、大谷麻知子 他

 ロマンポルノの秀作の一本です。

 物語はそれぞれに事情を抱えた5人のホステスの明るくも悲しい生活を描いており、出演女優それぞれに見せ場が用意されておりますが、松田暎子に限っていえば、精彩が私にはあまり感じられませんでした。

 宣伝でも「愛のコリーダ」の松田暎子が出演、とかなり煽っておりましたし、この頃、芸名も「英子」から「暎子」に変えて出演しているというのに……。作品そのものの出来が良いだけに、またしても???でした。


 この後、彼女は東映のオールスターやくざ映画「総長の首(昭和54年・中島貞夫監督)にちょい役・肺病の娼婦として出演しておりますが、それを最後にスクリーンから遠ざかったようです。

 個人的推察になりますが、結局彼女がいまひとつパッとしなかったのは、「本番」のイメージが強過ぎたのではないかと思います。このあたりが悲しくも所謂「両刃の剣」というところなのでしょうが、それでも「愛のコリーダ」の大ヒット、そして一躍世界的スターになった彼女を目指して、続けて製作される「本番映画」に「本番」女優が登場していきます。


■中島葵(なかじまあおい)■

 実は彼女もまた「愛のコリーダ」に出演、藤竜也演じるところの吉蔵の女房役としてそこで「本番」をやっていたのですが、彼女の場合、当時すでに役者としての名声が確立されており、注目はされたものの、あえてそれをウリにせずとも良かったという事情からか、その後も生き残ることが出来たようです。

  ちなみに彼女は言うまでもなく、両親は二枚目俳優の森雅之と宝塚のスター=梅香ふみ子ですが、やはりスキャンダル的な部分から母方の祖父母に育てられたそうです。演劇の勉強は高校時代から始めたらしく、文学座等の劇団で活躍後、本格的な映画出演は28歳位からでしたが、その血筋以上に輝きのある演技、美貌と艶やかな肉体は最高! その魅力は数多くの一般作品や日活ロマンポルノで遺憾なく発揮されました。しかし、残念ながら平成3(1991)年5月、ガンのために45歳で亡くなっております。

 彼女については別にきちんと取り上げたいので、ここまでとさせていただきます。合掌。


■愛染恭子(あいぞめきょうこ)■

 「愛のコリーダ」に続く本邦二番目の「本番映画」として堂々と作られた「白日夢」に主演し、きちんとそれをこなしたのが愛染恭子です。

 それは昭和56(1981)年のことで、モデル出身の新人として紹介された彼女は記者会見でも「私はセックスが大好き」と発言し、しかもその場でヌードまで披露したのですが、実は彼女はピンク映画のちょい役としては知る人ぞ知る存在であった青山涼子だったのです


白日夢(昭和56年・武智プロ〜富士映画)
監督:武智鉄二
原作:谷崎潤一郎
出演:愛染恭子、佐藤慶 他

 実はこの作品は武智監督によって昭和39年に作られていた同名作品のリメイクです。そちらの主演は路加奈子で、当時彼女の全裸疾走場面が大きく注目されて大ヒット、そして社会問題化した曰くつきの作品だったのです。

 物語は歯の治療を受けている青年が、佐藤慶が愛染恭子を犯す場面を目撃します。しかしそれはすべて治療の麻酔のために見た白日夢だったというオチです。

 で、肝心のその濡場はハードコアといっても日本の事ですから当然ボカシが入っており、ペッティング、クリニングス等一応フルコースが展開されますが、男女交合の部分は正常位だけで、全体に流れも悪く、これは後で知ったことですが、この時の佐藤慶はなかなか勃起せずに苦しんだそうです。

 したがって個人的には物足りなさを感じたのですが作品自体は大ヒットし、愛染恭子はこれを契機にエロ映画界の大スターとなっていきます

 ところでこの作品は国内版と海外版があり、後に海外版を見ることができましたが、基本的には同じ物であり、モロに見えるか否かの違いです。国内版は例えば愛染恭子の性器アップの場面では、その画面に彼女の官能の表情を合成するといった方法がとられていたのでした。また、この映画のスチールを集めた写真集も発売され、当局から修正要求もあったようですが、武智監督は全くの無視を貫いていたようです。思えば武智監督は昭和40年から始まる「黒い雪」騒動を戦い抜いた筋金入りなのでした。この騒動についてはいずれ取り上げたいと思います。


 この後の愛染恭子ですが、映画出演と平行してストリップでも活動し、そのサービスが過ぎて公然猥褻物陳列罪で逮捕されたり、また映画、AVにおいては出演の他に監督・脚本・原作等々と幅広く活躍され我々を楽しませてくれました。その夥しい作品群については彼女のHPを訪れて探索していただきとうございますが、個人的にはその中で昭和59年4月に公開されたミリオンフィルムの「愛染恭子のザ・ザバイバル」が印象的です。これは彼女が処女膜再生手術を受けた後にその映画の中で再び処女喪失をするという天地動転の問題作でした。


■大野美雪(おおのみゆき)■

 彼女についてはこれから紹介する作品しか見ておらず、詳しい情報は書けない状態です。その作品とは――

上海異人娼館・チャイナドール
       (昭和56年・日仏合作〜人力飛行機舎〜東宝東和)
監督:寺山修司
出演:山口小夜子、高橋ひとみ、大野美雪 他

 原作は一応「O嬢の物語」らしいのですが、それを寺山修司が大幅に脚色し、舞台は1920年代の上海に移してありました。

 出演者は上記の他にフランス人、東洋人が多数出ておりますが、日本人で「本番」をやっていたのは大野美雪ただ一人です。彼女はフランス人の中年男にやられていました。私はフランス版しか見たことがありませんので、元々難解なこの物語の意味不明さがますます強く感じられる中での彼女のその場面はかなり迫力があり、言葉になっていない動物的な呻き声からして本気度も高いと推察しております。残念ながら彼女についてはこの作品以外にグラビア等で少し見かけただけですが、どうやらこの作品に出たことで公私共にいろいろあり、姿を消してしまったようです。なかなかの美形で色っぽい人でしたが……。


■親王塚貴子(しんのうづかたかこ)■

 大野美雪とは逆に「本番女優として有名になり飛躍したい」等と言ってデビューしてきたのが親王塚貴子でした。

 そのデビュー作が「花魁」で、本来はモデル出身の堀川まゆみがヒロインに決定していたのですが、土壇場で彼女が降板したために巡ってきたチャンスだったのです。ちなみに堀川まゆみは父がフィリピン人、母は日本人という沖縄育ちの美人で、第4代クラリオンガールでした。グラビアモデルとしても人気があり、この後、作詞家「MAYUMI」に転身しておりますし、知る人ぞ知る女性シンガー麗美の実姉でもあります。面立ちや乳の熟れ具合が高倉美貴系の美女で私はとても好きだったのですが……。


花魁(昭和58年・武智&小川プロ〜富士映画)
監督:武智鉄二
原作:谷崎潤一郎
出演:親王塚貴子、夕崎碧 他

 「白日夢」の大ヒットを受けて再び武智監督がメガホンをとった作品で、これも「本番」がウリでした。

 原作は一応、谷崎潤一郎の「人面疽」になっておりましたが、映画での物語は明治中頃の長崎が舞台になっていて、売れっ子太夫の美しい肌に目をつけた刺青師が彼女と恋仲の男を殺害しますが、殺された男は怨霊となり、その花魁が抱かれるたびに太ももに顔型の痣となって現れて……、という展開です。

 見所としてはやはり遊郭の女達と男の絡みで、葛飾北斎の浮世絵から124(だったと思いますが……)の体位を再現するという宣伝もされていて、全部で9人の花魁がたっぷりと見せてくれました。その中では、とにかく親王塚貴子の気品ある美しさは絶品で、全裸での刺青姿も刺激的でしたし、狂態・痴態も素晴らしいものがありました。

 ところが、あろうことか彼女はこの後、「松田暎子にはなりたくない」「二度と本番映画には出ない」との呆れ返った台詞を吐いて去っていきました。そして数本のイメージビデオや日劇ミュージックホール等に出演していたようですが、結局、注目され人気が出たとたんのこの高慢ちきな態度はファン、関係者に支持されるはずもないのでした。

 あと、この作品で彼女の他に花魁役で「本番」をこなしたのは梓こずえ宮原昭子響恭子等で、また夕崎碧はこの当時現役の女子大生で「ミス絶叫」として派手なよがりで人気がありました。彼女達はこの後、初期AVや実演ショウで活動していきます。

 ところでこの作品も映倫から厳しい審査を受けたそうですが、私は日本公開版しか見ておりませんのでどのような部分だったのかは明確ではありません。ただ、物語中でアメリカ人の金持ちと結婚した親王塚貴子が初夜の晩に悶えると、彼女の性器部分が昔の恋人の顔に変化して、アメリカ人のペニスに噛み付くという場面があり、武智監督はそこのところを「今回の作品では男性性器が解禁」と記者発表しておりましたが、実際はその部分をピンク色に塗りつぶして輪郭が判る程度の描写になっていただけでした。


 ということで、ここでは5人の「本番」女優を紹介させていただきました。

 結論として個人的には好みの女、美女、良い女の秘部が丸見えになっているのは悪い眺めでは無いと思いますが、実際の男女間の性行為は見ていて案外つまらないものだと思います。しかしその時、その女がどれくらい痴態・狂態を見せてくれるのかという点はとても興味があります。したがって今となってはこの路線でSM物が作られなかったのが残念でならない気持ちがありますが、またそれで傑作が出来るとは断言出来ないところが難しい部分でもあります。

 それはエロスに対して興奮する感覚が千差万別であるあたりに要因があり、だとすれば当局が一定の基準でもって「猥褻だ!」と規制を加えてくるのは???としか思えません。

 それなのに昭和59年に風俗営業法改正に伴い、映倫は成人映画に対し自主規制を強化しております。それは成人映画の題名に未成年者や教職者を使わない事、つまり「女高生」「セーラー服」「女教師」等は使えないという事であり、また、みだらな語句は使わない事、これは「犯す」「入れる」「なめる」「淫」「獣」「やる」等々を使うなという事であり、さらに「レイプ」とか「暴行」とかの暴力的表現にも気をつける事というものでした。

 また劇場外に掲示するポスターやスチールにも全裸、乳、股間を強調したものや絡みは使用出来ない事になりました。これはその法律改正で深夜営業のポルノ映画館を対象から外してもらうためのみかえりだったそうですが、結果的に興行成績は一気に下降線をたどり、また折からの家庭用ビデオ機器の普及もあって、成人映画はAVに転換していくことになりました。この後、「ロマンX流出事件」等も起こるのですが、それはまた別の機会にさせていただきとうございます。

 最後に蛇足になりますが、独断と偏見に基づく個人的見解として、エロ映画には「ハードコア」あるいは「本番」は必ずしも必要ではないということを旗幟鮮明にしておきたいと思います。

 もちろんこれは日本では法律上の問題からそういうものが認められていないので製作しても意味が無いということもありますが、判りやすく説明するために不謹慎かもしれませんが、プロレスというものの存在を考えていただきとうございます。

 これもコアなファンからお叱りを受けるのを覚悟で述べさせていただきますが、プロレスというものは観客に見せるという大前提に成り立つ擬似格闘技であり、ショウであります。ただし、それを成立させるレスラーはそれなりにきちんと身体を鍛え、技術習得し、さらにその道で研鑚を積み重ねなければとても観客を満足させることは出来ないわけですし、そうだからといってプロレスラーが弱いということにはならないという点はここで言明させていただきます。

 で、そうして成り立っていたプロレスがある時期からより一層リアルなものを求めて変質し、所謂「UWF」とか「U系」というものが登場してきたのですが、これはつまり、ロープに振ったり振られたりとか、相手の技を受けるとかいう既成のプロレスを否定した部分が多く、実際のリングでは関節技の応酬とか殴る蹴るという展開が主流になり、そういうものですから寝技ではレスラー同士が絡み合って動きも少なく、関節を極められて悲鳴をあげれば、「大袈裟に痛がるな!」という野次が飛んだり、あるいは相手の打撃を恐がってお互いに様子を見ているうちに時間が経過するという緊張感がある展開も、はっきり言えばつまらないという試合ばかりでした。これは後にプロレスマスコミ等の活字媒体の積極的な解説等で観客も心の準備をして観戦するようになり解消されていくのですが、今度はそれをさらに突詰めた形で「アルティメット」という真剣勝負がウリでなんでも有りの格闘技戦が登場し、そこで脚光を浴びたのが最終的には倒れた相手に馬乗りになって殴るというのが極めの「グレイシー柔術」というものでした。

 しかし、これは強いかもしれませんが美しくありません。そこでこのプロレスというものをエロ映画・ポルノ映画に置き換えて考えていただきたいわけです。

 つまり真剣勝負・リアルファイトというものはこちらが期待するほど美しいものでもないし面白いものでもありません。

 これは他に猪木対アリの異種格闘技戦のつまらなさ、あるいは往年の力道山対木村政彦の凄惨な結末を見ても明らかで、すると実際のSEXやハードコアも同様ではなかろうかと思うのです。

 第一、これは私のモノの性能が悪いからかもしれませんが、実際の場面での女は、映画やAVのようにはよがらないという現実に思い当っておられる方も多いのでは、と思います。またこれはヤクザ映画においても当てはまり、義理と人情、任侠道で構築された様式美を堪能させていた任侠物がある時期から実録路線に転換し、これはこれで大ヒットしましたが、やはりすぐに廃れてしまったという歴史的事実もありました。
 
 で、やはりエロスというものは人それぞれの想像力に負う部分が多く、したがってある種のグレーゾーンを含んだ様式美を追求されたほうが、こちらの痛点も多くなり、より一層刺激的ではなかろうかと思います。それを「八百長」とか「やらせ」とか「演技」という人は失礼ながら不粋という他はなく見なければ良いわけで、実生活での充実、例えば自らを中心とした性生活を追求していただきとうございます。私はモロ見えよりもパンチラのように、一瞬垣間見たそこからを妄想をたくましくして、その本質に迫るという雰囲気が好きなのです。

 そして締めくくりとしてあえて声を大にして申し上げたいことがございます。法律を遵守することは必要ですが、あんまり締付けを厳しくするとますます不景気になっちまうぢゃあねぇか!

 失礼致しました。


(2003.01.05「地下画廊」に掲載 / 2006.09.27 改稿転載)
(敬称略・続く)